彩鳥族と赤牛族の祝宴のあった翌日。俺とメルシアとレギナは獣王都へ帰還することにした。

「もう帰っちまうのか?」

ティーゼの家で帰り支度を整えて外に出ると、ふらりとやってきたキーガスが言う。

昨日の祝宴の時から今日には帰ることは伝えていた。

遅くまで飲んでいたはずだが、見送りにきてくれたのだろう。

「ええ、ライオネル様に報告を入れないといけないですから」

育てられる作物の数はまだまだ少ないが、ひとまず彩鳥族と赤牛族の集落に農園を作るという最大目標は達成した。目標を達成した以上は依頼者であるライオネルに報告をするのが筋だ。

本当はプルメニア村のようにたくさんの果物や野菜を育てられるようにしたいのだが、さすがにそこまで仕上げるには多くの時間がかかってしまうからね。獣王都を出立して一か月くらい経過しているし、そろそろ報告に戻るべきだろう。

あと長期間メルシアを連れ出しているとケルシーさんがどう動くかわからない。

やけを起こす前に急いでプルメニア村に戻って、メルシアの姿を見せてあげるべきだろう。

「もう少しイサギさんやメルシアさんから農業を学びたかったのですが……」

「俺とメルシアはあくまで錬金術に詳しいだけで農業についての知識はそれほどですよ。俺たちに聞くよりも、現場で働いている人に教えてもらう方がいいかもしれません」

「つまり、イサギさんの大農園で働いていらっしゃる従業員の方に教えてもらえればいいのですね!」

「おお、そりゃあいいな! うちもイサギのお陰で農業ができるようになったが、根本的な知識はまったく足りてねえからな」

「まずは私たちが視察に向かい、その後に集落の者を派遣するというのはどうでしょう?」

「そいつはいいアイディアだな!」

あれれ? 適当に他の土地で農業をやっている人から学ぶことを勧めたつもりが、なぜかうちの大農園で学ぶようなことになっている。おかしい。

というか、二人とも仲が良すぎない? ちょっと前まで険悪な感じだったよね? いや、仲良くなってくれたのは本当に嬉しいんだけど。

「いや、さすがにそんなことを急に決めるわけには……ねえ? メルシア」

「良いのではないでしょうか? 大農園もかなり広がり、そろそろ新しい人員が欲しいと思っておりました」

メルシアに伺いを立てるように視線を向けると、彼女はあっさりと許諾した。

「ありがとうございます。では、集落の農業が安定しましたら、改めてお伺させていただきます」

「おう。こっちも落ち着いたら行くからな」

「は、はい」

こんなにもあっさりと外部からの従業員を受け入れてしまっていいのだろうか? 

まあ、ずっとこちらに住むのではなく、技術や知識を学ぶための研修生のようなものだ。

そこまで深く考える必要はないか。

「なんだか楽しそうね!」

「レギナの本業は王女だよね?」

すっかりと俺たちの一員として馴染みつつあるレギナだが、本業はこの国の第一王女だ。

今はライオネルの命で自由に動けているが、彼女がやるべきことはきっとたくさんあるに違いない。

「そうだけど、たまに遊びに行くくらいはいいでしょ?」

「そうだね。遊びにくるのなら大歓迎だよ」

拗ねたような顔をしていたレギナだが、そう答えると嬉しそうに笑った。

会話が一区切り着いたところで俺はマジックバッグからゴーレム馬を取り出して跨った。

これ以上話していると、名残惜しくなっていつまでもここにいたくなってしまいそうだから。

メルシアとレギナもゴーレム馬へと跨る。

「それじゃあ、俺たちは獣王都に帰ります」

「はい。次は大農園でお会いしましょう」

「次までにはもっと上手いカッフェを用意してみせるからな!」

ティーゼとキーガスに手を振ると、俺たちはゴーレム馬を走らせた。

あっという間にティーゼとキーガスの姿が見えなくなる。

彩鳥族の集落の外に出てしばらく走らせていると、あっという間に岩礁地帯から砂漠地帯へと変わっていく。

賑やかな人たちが減ると、こんなにも静かになるんだな。

「なんだかあんまりお別れって感じがしなかったや」

「お二人ともすぐに大農園に来る気満々でしたからね」

ポツリとそんな感想を漏らすと、並走しているメルシアがクスリと笑った。

落ち着いたらすぐにやってくると豪語しているんだ。

今生の別れみたいにならないのは当然だった。

「にしてもどっちの集落でも農業ができるようになって本当に良かったわ。あんなに楽しそうにしているティーゼたちを見られたのはイサギのお陰よ。改めてお礼を言うわね」

レギナは過去に彩鳥族の集落に訪れている。

過去の状況をその目で見ていたからこそ、農業ができるようになった時の変化が一番わかっているに違いない。そんな彼女から礼を言われるのは素直に嬉しいことだった。

良かった。今回も力になることができて。

確かな充足感を胸に抱きながら俺はゴーレム馬を走らせた。





「大樹が見えた!」

ラオス砂漠からゴーレム馬を走らせること一週間。

俺たちはようやく獣王都に戻ってくることができた。

街を覆う城壁を突き抜けて見える大樹は獣王都を見守るように屹立していた。

「獣王都を離れた期間はそれほど長いわけでもないのに随分と久々に感じるわ」

「ラオス砂漠の仕事はそれほど濃密でしたからね」

一か月と少しほど前に獣王都を出発したというのに随分と久しぶりのように感じる。

メルシアの言う通り、それだけラオス砂漠での仕事が濃密だったということだろう。

プルメニア村に帰ってきたわけでもないのに、なんだかちょっと懐かしい気分。

城壁の前には今日も獣王都に訪れている商人や旅人、冒険者などの入場待ちの列が見えている。

本来であればその後ろに並ぶべきだが、俺たちには第一王女であるレギナがいる。獣王都への入場は顔パス状態だ。

入場門を守る警備の者にレギナが軽く手を振ると、俺たちはあっさりと中に入ることができた。

獣王都に入ると、俺たちは一直線に大樹へと向かう。

今すぐに適当な宿にでも泊まって身体を休めたいところだが、まずは国王であるライオネルに報告をしないとな。レギナは一応第一王女だし、早くお返ししてあげないと。

昼間なせいか大通りには多くの獣人で賑わっていたが、そこは馬上からレギナが声を上げるとすんなりと道が開いた。

帝国の大通りだと怒鳴りつけるくらいじゃないと道が開くことはない。これだけスムーズに道が空くのは国民の九割が獣人である獣王都だからだろうな。

大通りを突き進み、大樹へと続いている蛇行坂を上り切ると、俺たちは大樹へとたどり着いた。

「おお! お前たちよくぞ戻ってきた!」

入り口を守護している犬獣人と猿獣人に声をかけて大樹に入ろうとすると、そんな声を上げながらライオネルが降ってきた。

最初にやってきた時もこんな感じの登場だった気がする。

「父さん! ただいま!」

「ああ、お帰り。イサギたちとの旅を随分と楽しんでいるようだな」

「まあね」

第一王女の帰還なのにライオネルの様子が軽い。

結構な危ないところに派遣した気はするけど、娘の実力を信頼しているのかあまり心配はしていなかったようだ。ケルシーとは大違いだな。

「ライオネル様、ただいま帰還いたしました」

「うむ! イサギとメルシアも無事でなりよりだ! それでどうだ? ラオス砂漠の様子は? 厳しい環境でさすがのイサギでも何かと厳しいだろうが、途中経過を教えてくれ」

あれ? この様子だとライオネルは俺たちが経過報告のために戻ってきたと思っているのだろうか? 

「父さん、あたしたち途中経過の報告にきたわけじゃないからね?」

「どういうことだ?」

まあ、二つの集落ではまだプルメニアの大農園ほど豊富に作物を栽培することができていないので途中といえば途中ではあるが、ライオネルの要望は既に達成しているので報告をさせてもらおう。

レギナに変わって俺は前に進み出て口を開いた。

「彩鳥族、赤牛族の集落で農園を作ってきました」

「うん?」

「それぞれの集落で小麦、ジャガイモ、ブドウ、ナツメヤシの栽培に成功し、既に二回ほど収穫を迎えています」

「……ちょっと待て? もう農園が出来たというのか?」

「そうなります」

「…………」

農園ができたことを報告すると、ライオネルが固まって動かなくなった。

よくわからないが農園の状況を説明させてもらおう。

「栽培している作物の種類は少ないですが、少なくとも先ほど述べた四種類の作物は栽培することに成功しています。さらに付け加えますと彩鳥族の集落ではカカオという食材を栽培し、赤牛族の集落ではカッフェの実の栽培に成功しました」

「こちらがカカオ豆を加工して出来上がったカカレート、こちらがカッフェの実を加工することで出来上がるカッフェという飲み物です」

特産品がどのようなものかわからないライオネルのためにメルシアがどこからともなく用意したカカレートとカッフェをライオネルに差し出す。

呆然としながらもライオネルは差し出されたカカレートを口に含み、カッフェを飲んだ。

「甘くて美味い! それにこのカッフェという飲み物も独特の苦みやコクがあっていいな!」

「合わせて飲むとさらに美味しいです」

「本当だ! カカレートをもっとくれ!」

「どうぞ」

メルシアが追加でカカレートを渡すと、ライオネルはパクパクとカカレートを食べる。

かなり気に入ったようだ。ちゃっかりとレギナもカカレートを摘まんで食べている。

「これらの品々は二つの集落で大量生産し、それぞれの集落で加工の後に特産品として輸出する予定となっております。現在では貨幣を得る手段に乏しい二つの集落ですが、特産品を生産し、輸出することで数多の人々が集まり活性化するのではないかと思っています」

「イサギ様のご活躍によりそれぞれの集落で新しい水源が発見さえ、集落へと引き込むことに成功しております」

「それとティーゼの集落の近くにある山でマナタイトがあったわ! もしかしると、マナタイトの鉱脈があるのかも!」

「待ってくれ。一度に多くの出来事があり過ぎてパンクしている」

俺、メルシア、レギナが口々に行いを説明すると、ライオネルが頭を抱えてしまった。

冷静に考えると一度にたくさんのことが起きているな。彼が戸惑うのも無理はない。

「おーい、ケビン! 来てくれー!」

「何事ですかライオネル様」

大樹に向かってライオネルが叫ぶと、程なくして宰相であるケビンが大樹から出てきた。

怪訝な顔をしていたケビンだがライオネルから俺たちの為してきたことを聞くと、間抜けな表情になってしまった。

「まさかたった一か月と少しでこれ程の成果を上げとこられるとは予想外です。お早めに戻ってこられたので砂漠で食べられる食材の一つや二つを見つけてくるくらいだと」

「イサギなら砂漠であろうと農園を作り上げることができると思っていたが、こんな短期間で成し遂げるとは思っていなかった」

自分たちで送り出しておきながら酷くないだろうか? まあ、でもティーゼたちが快く協力してくれることがなければ、もっと時間がかかっていたことは確かなので二人の読みも間違いではないだろう。

「こちらがラオス砂漠での詳細な活動報告書になります。ご確認ください」

「確かに受け取りました。後でゆっくりと確認させていただきます」

さらっとメルシアがケビンに歩み寄って報告書の束を用意していた。

「ごめん。そういうのを書いておくのをすっかりと忘れていたよ」

「お気になさらず。こういう事は私のお役目なので」

宮廷錬金術師を辞めてから割と自由にやっていたので報告書という概念をすっかり忘れていた。

やっぱりメルシアは頼りになる。

「ゴホン、ひとまずはよくやってくれたイサギ。報酬については詳しく報告書などを読み込んでから渡したい。それまでは大樹でゆっくりと身体を休めてくれ」

「ご配慮いただき感謝いたします」

ライオネルが直々に面倒を見てくれるのであれば辞退する必要もない。今から街に降りて宿を探すのも面倒なので素直に厚意に甘えることにした。

「イサギさーん! ちょうどいいところにいたのですー!」

ゾロゾロと大樹に入ろうとしていると、後ろからそんな特徴的な声が聞こえた。

振り返ると、コニアがゴーレム馬に乗ってこちらにやってきていた。

「わっ、ライオネル様、レギナ様! お話しの最中に大変申し訳ないのです!」

俺の他にライオネルやレギナがいることに気付くと、コニアは慌てて馬上から降りて頭を下げた。

「良い。俺のことは気にするな。急いでやってきたということは重大な話があるのだろう?」

「そうなのです! 聞いてください! レムルス帝国が獣王国に向けて侵略の準備をしているとの情報が入ったのです!」

コニアのもたらした情報に俺たちは誰もが固まってしまうのであった。