レギナとキーガスはそう言うと大広間の端に歩いていって寝転んだ。

「ええっ! 寝てる!?」

「少しでも体力を回復させるためでしょう」 

上位個体を前にして寝るって相当危ないんだけど、それだけ俺たちを信頼してくれているということだろうか。

「ティーゼはそのまま二人の傍に付いていて」

「わかりました」

本音を言うと、ティーゼにも戦線に加わってもらいたいところだが、さすがに無防備な二人を放置しておくわけにはいかない。

そんなわけで戦線を維持するのは俺とメルシアだ。

「さて、二人が復帰するまで時間を稼がないと」

「いっそのこと私たちで倒してしまうというのはいかがでしょう?」

「それができればいいんだけどね」

なんて軽口を叩き合っていると、キングデザートワームが地中へと潜行し始める。

それを見て俺は錬金術を発動。

キングデザートワームの周囲の土を操作し、先ほどと同じように地上へと打ち上げた。

「俺がいる限り潜らせないよ」

本当はサンドワームが赤牛族の集落を襲った時のように、地中の土を操作して圧殺したかったのだが、さすがにサンドワームとは防御力も土への干渉力が桁違いのようで弾かれてしまうようだ。

俺にできるのは相手を地中に潜らせないことだけ。だけど、それだけで十分だ。

地上にさえ留まらせることができれば俺たちで何とかできる。

再び地上に出されることになったキングデザートワームを狙ってメルシアが短剣での攻撃を仕掛ける。

レギナとキーガスが作り出した裂傷を狙って正確無比な斬撃が繰り出される。

傷口へのさらなる追い打ちに相手は苦悶の声を上げた。

キングデザートワームは体を鞭のようにして使って薙ぎ払うが、メルシアは華麗にそれを避けて密着しながら攻撃を続ける。

相手が触手を伸ばそうが、噛みつき攻撃をしてこようが距離を空けることはない。絶えず密着して攻撃を続ける。

そんな凄まじい攻防を目にしながら俺は後方から魔法を放って彼女を援護する。

俺の魔法では甲殻を削ることはできないし、傷を狙って攻撃することもできないが、相手の気を引くことはできる。その分、メルシアが少しでも動きやすくなるならそれでいい。

順調にキングデザートワームを抑えていた俺たちだが、不意に金属が割れるような音が響いた。

どうやらメルシアが使っていた短剣が砕けてしまったらしい。

短剣がなくなったことでメルシアの次の攻撃が空を切ってしまう。

相手はその隙を逃さず、触手を振るった。

「ぐっ!」

俺は錬金術を発動し、こちらへ弾き飛ばされたメルシアを柔らかい砂で受け止めた。

「メルシア、大丈夫かい?」

「ええ、問題ありません。ですが、武器が壊れてしまいました」

メルシア本人に大きな怪我はないようだが、手元にあった短剣の刀身は粉々になっており柄だけとなっていた。

「武器がなくなったら作ればいい」

マジックバッグの中には色々な素材が入ってある。

そういえば、ティーゼの集落の傍にある山でマナタイトを採取していた。それを使って短剣を作り直せばいい。

俺はマジックバッグからマナタイトを取り出すと、錬金術を発動して形状変化をさせる。

待て。メルシアは剣術よりも体術を得意としている。

だったら別に短剣に拘ることはないんじゃないか? そう思って、俺は短剣を作るのをやめて、メルシアの腕に装着できるガントレットを作成した。

「メルシア、これを使って」

「……もしかしてマナタイト製ですか?」

「うん。魔力を流せば、衝撃が増幅されるはずだよ」

マナタイトは剣の切れ味を増幅させるだけでなく、込めた魔力をエネルギーに変換することもできるのだ。

素手であれほどの威力を繰り出せるメルシアなら、このガントレットを使えば有効打を与えられるはずだ。

「ありがとうございます、イサギ様! 行ってまいります!」

メルシアはガントレットを装着すると、力強く地面を蹴って走り出す。

キングデザートワームが首をしならせて鞭のように振るってくる。

メルシアは地を這うようにして攻撃を回避しながら相手の懐に入ると、ガントレットに魔力を纏わせ胴体目掛けて掌打を打ち込んだ。

「ルオオオッ!?」

マナタイトによって増幅されたメルシアの強烈な一撃はキングデザートワームの甲殻を破壊した。

これにはキングデザートワームも戸惑いの呻き声を漏らした。

メルシアの攻撃は一撃では止まらず、キングデザートワームに密着しながら次々と拳を叩き込んでいく。一撃が入ると度に重低音が響き、キングデザートワームの甲殻が派手に飛び散る。

「いけます! イサギ様の作ってくださったこのガントレットがあれば……ッ!」

すごい。メルシアの火力がレギナとキーガスを上回っている。マナタイトの武器を使いこなせば、これほどの威力が出るのか。

メルシアの攻撃によって一方的に甲殻を削られることに危機感を抱いたのか、キングデザートワームは無理矢理距離を取るとけたたましい声を上げた。

すると、大広間の周囲で次々と地鳴りが響いてくる。サンドワームが近づいてくる音だ。

恐らくサンドワームを呼んだのだろう。地中に魔力を浸透させて探査すると、予想通り周囲から大量のサンドワームがこちらにやってきていた。

「残念ながら増援は意味がないよ」

俺は錬金術を発動させると増援として駆けつけてきたサンドワームの周囲の土を操作し、圧殺させた。目の前の相手は圧殺させることができないが、サンドワームのような防御力が低く、土への干渉力が低い魔物であれば容易く葬ることができる。

ただ数が数だったのでかなりの魔力を消耗してしまった。大量の魔力を消費したせいで頭がくらくらとする。

「ルオオオオオオッ!」

「あなたの相手は私です」

増援を殲滅されたことにキングデザートワームが怒り狂って突撃してくるが、横合いからメルシアが飛び出して殴りつける。

そのままメルシアはキングデザートワームに激しいラッシュ。相手が繰り出してくる反撃を巧みに避けながらガントレットによる一撃をお見舞いしていく。

この調子なら俺たちだけでキングデザートワームを倒せるかもしれない。

キングデザートワームが吹っ飛び、体表の露出した頭部と胴体が露わにする。

そこに一撃を加えれば、キングデザートワームの致命打になるはずだ。

なんて希望を抱いた瞬間、メルシアの足からガクリと力が抜けた。

「メルシア!?」

「申し訳ありません、イサギ様。どうやら魔力が足りなかったようです」

メルシアをよく見れば、額からは大量の汗を流しており顔色も悪くなっている

俺と同じく急激な魔力消費による魔力欠乏症になりかけているようだ。

マナタイトは魔力を流して攻撃力へ変換できる代わりに、多大な魔力を消費する。

キングデザートワームを倒すために無茶をしてしまったのだろう。

マズい。キングデザートワームが動きの鈍ってしまったメルシアを狙っている。

このままじゃ、メルシアが危ない。大きな口が彼女を丸呑みにしようとしている。

急激に魔力を消費したせいで彼女も回避することはできない。

錬金術を使って援護したいが、状況を変えるだけの魔力が足りない。

現実を変えるだけの力がないことに絶望する中、俺の視界を赤い何かが横切った。

「ハハッ! ちょうどタイミングってやつか!」

キングデザートワームとメルシアの間に割って入ったのは赤いオーラを纏わせたキーガスだ。

彼はキングデザートワームの大きな口をトマホークで正面から受け止めると、そのまま力で押し切った。

「ふう、ようやく痺れが薄れてきたぜ」

「危なかったわ。もう少し寝坊していたらあたしたちの出番がなくなっていたかもしれないもの」

「まったくだぜ」

体力の回復に努めていたキーガスとレギナが復帰したらしい。憎らしいほどにいい登場だ。