「キングデザートワームです!」
魔物を目にするなりティーゼが叫んだ。
不自然なサンドワームの動きの裏には、やはり統率個体がいたようだ。
「くるぞ!」
キングデザートワームが地中へと潜行した。
長い胴体を蛇のようにくねらせながら真っすぐに俺たちの方へ突撃してくる。
超質量の突進をされてはさすがに力自慢のレギナやキーガスも真正面から立ち向かうことはできない。
俺たちは大人しくその場から跳躍することで突進を躱す。
安全圏である宙へと逃れたティーゼが、地中から僅かに出ているキングデザートワームの背中向けて風の刃を放った。が、翡翠色の刃は灰色の甲殻によって虚しく弾かれる。
「……硬いですね」
ワーム種は弾力質な肉体により衝撃を受け流す特性がある代わりに、切断系の攻撃には弱い傾向にあった。
しかし、この統率個体は硬い甲殻をその身に纏うことで、切断系に対する強い防御力を獲得しているようだ。
それでいながらしなやかな肉体はそのままで縦横無尽に地中を駆け抜けていた。
「もう! じっとしなさいよ!」
「こうも潜ってばかりだと手が出せねえぜ!」
前衛であるレギナとキーガスは先ほどからずっと武器を手にしているが、キングデザートワームが派手に動き回るものだから攻めあぐねている模様だ。
隙を伺って攻撃を仕掛けようにも、相手がほとんど地中にいるのであれば無理だ。
「俺が地中から引っ張り出します!」
だったら俺が地中から引っ張り出してやればいい。
地面に手をついて錬金術を発動。
キングデザートワームの周囲にある土を操作すると、そのまま上へと押し上げた。
かなりの重量があるために宙に打ち上げることはできなかったが、キングデザートワームをしっかりと地上へと持ち上げることができた。
「おらあああっ!」
「てりゃああああっ!」
無防備な姿を晒すキングデザートワームに向けて、身体強化を発動したトマホークによる一撃と、跳躍したレギナの大振りの振り下ろしが炸裂した。
二人の強烈な一撃はキングデザートワームの甲殻の一部にヒビを入れた。が、それだけであり、キングデザートワーム自身はピンピンとしている様子だった。
「あの一撃でも叩き切れねえのか」
「硬ったーい! 腕がジンジンするんだけど!」
俺たちの中でも特にパワーに優れた二人の攻撃でも、キングデザートワームの甲殻にヒビを入れられる程度らしい。
キングスパイダーも甲殻を纏っていたが防御力が桁違いだ。
この砂漠で生き残るに当たって、防御力に特化して進化したのかもしれない。
「とはいえ、キーガスさんとレギナ様の一撃は確実に相手の甲殻を破砕しています。同じところを攻撃し続けて、肉体を露出させることができれば私たちの攻撃でも十分に通るかと」
いくら防御力が高くても要である甲殻がなくなれば、肉体的な構造はただのサンドワームと変わらない。
先にあの強固な甲殻を剥ぎ取ってから攻撃を仕掛けるのがいいだろう。
「メルシアの言う通りだ。二人を援護――って、わあああ! なんかこっちに来るんだけど!」
レギナとキーガスを援護しようと後ろに陣取っていると、なぜかキングデザートワームが一直線にやってくるではないか。
キングデザートワームの口から白い息が漏れており、「フオオオッ」という唸り声のようなものが聞こえている。
相手に表情なんてものはないが、なんとなく怒っているような気がする。
「攻撃をお見舞いしたのは俺じゃないのになんで!?」
「恐らく地中から無理矢理引っ張り出されたことによって強いヘイトが向いたのかと!」
どうやら相手にとっては甲殻に傷をつけられることよりも、地上へと引っ張り出されたことの方が屈辱的だったらしい。
キングデザートワームにとって地中は自分の絶対支配領域だ。
それを妨害されて怒る気持ちはちょっとだけわからなくもない。
とはいえ、それを受け入れるかどうかは別問題。
俺は錬金術を発動し、キングデザートワームの足元にある土を杭状に変化せる。
土杭は見事に直撃したのだが、甲殻に負けて砕けてしまった。
やっぱり俺の一撃では足止めすらできない模様。
大きな口が俺を丸呑みにしようと迫ってくるので俺は慌てて横に飛んで回避。
すると、さっきまで俺のいた場所の地面が抉られた。
攻撃を外してこちらへ振り向くキングデザートワームの口には岩や土が入っており、無数な小さな歯で粉々に噛み砕いた。
……あんなものに噛みつかれてはひとたまりもない。
噛みつき攻撃の威力に戦慄していると、キングデザートワームの首が突然にゅっと伸びてきた。
予備動作もまったくない、予想外の攻撃に俺は反応することができない。
マズいと思った瞬間、俺の肩を何かが掴んで勢いよく宙へと持ち上げられた。
この浮遊感には覚えがある。
「助かりました、ティーゼさん」
「どうやらまだ諦めていないようです!」
助けてくれたことに礼を言うと、ティーゼはやや焦った顔をしながら即座に上昇。
ふと視線を下に落とすと、キングデザートワームの頭部から触手のようなものが伸びており俺たちを絡め取ろうとしているではないか。
急加速、旋回、急降下などを駆使して俺を抱えながらティーゼは触手を躱す。
しかし、大広間という限られたスペースということや、人間一人を掴んでいると思った以上に速度が出ないのか触手が俺の足へと迫ってくる。
風魔法を使って跳ね除けようとしたところで、不意に触手たちが断ち切られた。
「イサギ様には触れさせません!」
「ありがとう、メルシア!」
メルシアのフォローにより、俺とティーゼはキングデザートワームの攻撃範囲内より脱出した。
「ちょっとイサギに夢中であたしたちを忘れてるんじゃない!?」
「よそ見とは言い度胸だな!」
キングデザートワームが俺たちに気を取られている間に、レギナとキーガスが懐に入り込んで大剣とトマホークを存分に振るった。
それと同時にキングデザートワームが苦悶の声を漏らした。
視線を向ければ二人が攻撃を加えた甲殻が破砕し、灰色の体表に裂傷が出来ていた。
何度も同じ場所に攻撃を加えることで頑丈な守りを突破できたらしい。
「ルオオオオオオオオッ!」
傷を負ったキングデザートワームが体を震わせながら不気味な声を上げる。
そして、長い体を急に縮こませたと思うと、体表に生やしている棘が長くなるのが見えた。
とても嫌な予感がする。
「二人とも離れてください!」
警告の声を上げると、同時にキングデザートワームの体表から無数の刺が飛び散った。
俺は錬金術を発動し、自分だけでなくティーゼ、メルシアの前方に土の障壁を展開した。
遅れて前方にいるレギナとキーガスの前にも障壁を展開したが、二人は上手く凌げただろうか?
土の障壁を穿つ音が聞こえなくなると、俺はおそるおそる土の壁を崩した。
慌てて駆け寄ってみると、二人は無事だったものの手足に切り傷ができていた。
「大丈夫……と言いたいところだけど、少しマズったかもしれないわ」
「即効性の毒か……腕が痺れて武器が持てねえ」
キングデザートワームの刺には毒が含まれているらしく、二人は苦悶の表情を浮かべていた。
「解毒ポーションです。完全に解毒することはできませんが応急処置になります」
俺は急いで解毒ポーションを取り出すと、二人の口に瓶を当てて飲ませた。
「ティーゼさん、二人を安全なところに!」
「はい!」
ティーゼにレギナとキーガスを安全な後方へと運んで貰った。
「お二人は大丈夫なのですか?」
隣にやってきたメルシアが尋ねてくる。
「即効性が強い代わりに、命を脅かすほどの毒じゃないみたい」
「そうですか」
ひとまず、二人の命に別状がないことを伝えるとメルシアは安堵の表情を見せた。
「でも、早めに本格的な治療をした方がいいね」
解毒ポーションで応急処置をしたとはいえ、完全に解毒ができたわけではない。
しっかりと治療するにはキングデザートワームの毒に対応した解毒ポーションを飲ませる必要があるだろう。
「さすがに俺もキングデザートワームの毒に対応した解毒ポーションは持っていないからね。二人のためにも早めに撤退をした方がいいかもしれない」
キーガスは赤牛族の族長だし、レギナは獣王国の第一王女だ。
二人ともここで死なせていい人物ではない。このまま押し切ることよりも万が一を回避するために安全に撤退した方がいいんじゃないだろうか。
「あたしたちのせいで撤退だなんて冗談じゃないわ!」
「ちょっと痺れるくらいの毒がなんだ! これくらい気合いで何とかしてやらぁ!」
なんて考え込んでいると、後ろでティーゼに介抱されているはずの二人が立ち上がって言った。
「二人とも無茶しちゃダメだよ!」
「いいえ、無茶をするわ! ここで逃がしたらコイツはまたティーゼたちの集落を襲うもの!」
「ここで逃がせば次に会えるのがいつになるかわからねえ。俺が安心してカッフェを作るためにもコイツはここで討っときゃいけねえんだ!」
勇ましい台詞を言うものの、二人にはまだ毒が残っているせいか足取りは覚束ない。
いくら解毒ポーションを飲んだとはいえ、上位個体の即効性の毒を食らって、こんなにすぐに立ち上がれるなんてあり得ない。
獣人族としての肉体が強いのか、二人の魔物への執念が強いのか……恐らく、その両方だろう。
ここまで意思が強いと撤退と決めても素直に従ってくれなさそうだ。
「わかった。二人がそこまで言うんだったらやろう。ただし、あまり無茶はできない。やるんだったら早めに決着をつけるよ」
「……ええ、望むところよ」
「ああ。それで問題ねえ」
新しい方針を伝えると、レギナとキーガスは不敵な笑みを浮かべた。
あまり時間をかけて無茶をすると、二人に毒の後遺症が残ってしまう可能性がある。
できれば戦闘は長引かせたくない。
「少しだけ時間をちょうだい。そうすれば、あたしの全力を見せてあげる」
「同じくだ」
「わかった」