解雇された宮廷錬金術師は辺境で大農園を作り上げる


「わわっ! 地震ですか!?」

「みてえだな!」

ちょっとやそっとの地震では崩れないように作っているが、いくら頑強なプラミノスハウスでも地面が崩れてしまえば崩落してしまうことになる。

万が一を考えると、プラミノスハウスにいるよりも外にいた方が安全だ。

「外に出ましょう!」

「ああ!」

決断すると、俺たちは他に作業をしている赤牛族たちにも声をかけて速やかにプラミノスハウスを出た。

「イサギ様、ご無事ですか?」

外に出ると、別のプラミノスハウスで視察をしていたメルシアが血相を変えて駆け寄ってきた。

後ろにはメルシア以外の赤牛族たちもいる。

彼女も俺たちと同じ判断をして、外に連れ出してくれたようだ。さすがだ。

「俺は大丈夫だよ。メルシアは?」

「イサギ様がご無事でなによりです。私の方は問題ございません」

ルシアもどこも怪我をしていないようで安心だ。

「長い揺れですね?」

先程からジーッと外で待機しているが地面の揺れが収まる気配がない。

というよりどうも揺れが強くなっている気がする。

「なんか普通の地震とは違わねえか?」

そう言われてみると確かに揺れが地震の時とは違って、妙に不規則だということに気付いた。

横に揺れたと思ったらせり上がるように縦に揺れたりと変だ。気持ちが悪い。

「イサギ様、なにか地中から気配を感じます」

メルシアの言葉を聞いた瞬間、俺はすぐに錬金術を発動。

地中に魔力を巡らせて気配を探る。

すると、巨大な長細い生き物たちが真下からこの場へとすごい勢いで近づいてきていることに気付いた。

「急いでこの場から離れてください!」

叫んだ瞬間に俺たちの真下にある地面が割れた。

メルシアが即座に俺を抱えて跳躍し、キーガスをはじめとする赤牛族たちは驚異的な反射速度と身体能力で決壊する地面から逃れる。

着地したメルシアに下ろしてもらい視線を上げると、地面から三体ものワームが飛び出した。

砂漠や荒野や鉱山などの地中に棲息し、獲物を地面から襲いかかる魔物。

弾力質な長い身体は全長十メートルを越えている。先端部分には大きな丸い口がついており、奥にはびっしりと小さな歯が何列にもなって生えている。ちょっとグロい。

「サンドワームだ! お前ら武器を持って戦いやがれ!」

キーガスが声を上げると、赤牛族の戦士たちが次々と赤いオーラを纏わせてサンドワームに飛びかかった。

赤牛族の振るった鍬がサンドワームの腹部に強く打ち付けられる。

弾力質な体をしているワーム種は打撃系の攻撃に対して強いのだが、ここにいる戦士は全員が獣人であり屈強な身体強化を使える戦士だ。

いくら打撃に耐性があろうと赤牛族の身体強化による一撃を体のあちこちに受けては耐えられるはずもなく、あっという間に二体が地面に倒れ伏した。

えげつない。

「族長、一体がそっちにいきました!」

赤牛族たちの活躍により二体のサンドワームがなすすべなく地面に沈むが、最後の一体がキーガスの方に突進してくる。

十メートルを越える巨体の突進にキーガスは怖気づく様子もなく、冷静にサンドワームに合わせてトマホークを振るった。

キーガスの振るったトマホークはサンドワームの頭部を斬り込んだ。と思ったら、そのまま胴体から尻の方まで綺麗に両断した。

二つに分かれたサンドワームの体がドサリと砂漠の上に落ちる。

「ったく、こっちに流すなよ。カッフェの農園が潰れちまうだろうが」

身体強化すら使わずに一撃で屠ることができるのだからさすがだ。

キーガスの一撃によって赤牛族たちが湧く中、地中からまたしても振動が響いた。

「またしてもサンドワームです!」

地中から十体のサンドワームが出てくる。

そのうちの五体はその場に留まって攻撃を仕掛けてくるが、残りの五体は地中へと潜行した。

襲いかかってくると思って構えるが、いつまで経っても攻撃を仕掛けてくる様子はない。

「おい、五体はどこにいった?」

「……集落の方に行ったのではないでしょうか?」

「なにい? 目の前の餌を襲うしかねえサンドワームだぞ!? あり得ねえだろ?」

メルシアの懸念に対し、キーガスが信じられないとばかりの声を上げる。

「錬金術で探査してみましたが、間違いなく集落に向かっています」

「んな!? くそ、俺は集落の方に行ってくる! 悪いがここは任せた!」

返答をする間もなく、キーガスは数名の赤牛族の戦士を連れていくと集落の方へ走っていった。

「任せたって言われても俺は錬金術師であって戦士じゃないんだけど……」

レギナとティーゼがいれば、サクサクと倒してくれるのであるが、彼女たちは彩鳥族の集落で農業に励んでいる。生憎とこの場での戦力としては期待できないだろう。

「赤牛族が健闘していますし、私たちは傍観しておきますか?」

「いや、頼まれちゃったし俺たちも戦おう」

メルシアの提案に乗りたい気持ちは山々だけど、目の前で暴れている魔物を無視するのは心が痛む。

それに何よりせっかく皆と一緒に農園をめちゃくちゃにされるかもしれないと思うと、居ても立っても居られなかった。

そんなわけで俺とメルシアもサンドワームとの戦いに加わることにした。





サンドワームが巨体を揺らしてメルシアに突進を繰り出す。

メルシアはサンドワームの突進を横ステップで回避。それと同時にガラ空きになっているサンドワームの横っ腹に拳を叩き込んだ。

ズンッと腹に響くような低い音が鳴り、サンドワームの体が一瞬持ち上がった。

並大抵の魔物であれば、今の一撃で骨や内臓をやられてノックアウトとなるが、サンドワームの体はぶよぶよとした弾力質の分厚い皮に覆われており、一撃で沈むようなことはなかった。

衝撃を受けて内部にダメージを受けているようだが、すぐにズルズルと体を動かして地中に潜っていく。

「動きは鈍いのですが、無駄に打たれ強くて面倒ですね」

レギナのような大剣や、キーガスのようなトマホークを持っていれば、分厚い皮ごと切断して倒すことができるが、己の肉体を主体とするメルシアではそうはいかない。

いくらか短剣や投げナイフなどの暗器も使えるっぽいけど、それらの武器ではサンドワームの巨体を切り裂くのは難しいだろう。

などと冷静に分析していると、今度は俺の傍にある地中から気配があった。

「イサギ様!」

「大丈夫だよ」

錬金術の探査で地中にいるサンドワームの気配を正確に把握し、地中から顔を出すタイミングで右手をかざした。

「風刃【ウインドスラッシュ】」

地中からサンドワームが顔を出した瞬間に、風魔法が発動。

右腕に収束していた風の刃が発射され、サンドワームの頭部を切断した。

サンドワームの一番の長所は普通の人間が知覚できない地中に潜れること。

しかし、錬金術で地中に魔力を浸透させることのできる俺からすれば、地中に潜っているサンドワームの姿は丸見えも同然だ。

地中に潜ったサンドワームを感知し続けて、地面から出てくるタイミングで魔法を放つだけだ。

両サイドにある穴から同時に出てくるサンドワームに合わせて風魔法を発動すると、二体のサンドワームが頭を落とすことになった。

地上を高速で動き回る魔物の方が魔法を当てるのが難しいが、サンドワームの場合は無警戒で地面から出てきてくれるので当てるのが簡単だな。

「さすがはイサギ様ですね」

「あはは、サンドワームとの相性がいいだけだよ」

メルシアが感嘆の視線を向けてくるが、これはサンドワームとの相性がいいだけで決して俺のセンスがいいわけじゃない。見えないはずの相手が見えているとなれば、倒すことができるのは当然だった。

「メルシア、後ろの穴から出てくるよ」

「ここですね!」

地中から這い出ようとしているサンドワームの気配を教えると、メルシアは華麗に跳躍し、サンドワームが顔を出したタイミングで強烈な踵落としをお見舞いした。

分厚い皮に阻まれて一撃で倒すのは難しいだろう。そう思って風魔法を準備していたのだが、踵落としを食らったサンドワームの頭部が派手に弾けた。

「あれ? 一撃だったね?」

「頭部は弾力性が低く、打撃に対する耐性は低いようです」

胴体に比べると、弾力質な皮が薄いようだ。

「一撃で倒せるのであれば処理は簡単です」

サンドワームの弱点を看破したメルシアが次々とワームへと飛びかかっていく。

頭部には大きな口があるので攻撃を仕掛けるにはリスクが高いのだが、メルシアにはそんなものは関係ないらしい。サンドワームの噛みつきをかいくぐり、力強い拳で頭部を撃ち抜いていく。

サンドワームの数が大幅に減っていることに安堵するものの、またしても地中から無数のサンドワームが砂を撒き散らして這い出てきた。

「また増えた」

「先ほどからキリがありませんね」

キーガスにここを任されてからサンドワームを二十体以上は倒しているが、倒しても倒しても地中から増援がやってくるのだ。

しかも地下にはまだまだサンドワームが控えている模様。一体、この付近にはどれほどの数のサンドワームがいるのやら。

「メルシア、ちょっとサンドワームの注意を引いてくれる?」

「かしこまりました」

チマチマと倒していてはキリがない。地上に出てきたサンドワームの相手はメルシアと赤牛族に任せ、俺は地下にいるサンドワームを一掃することにした。

地面に魔力を流し込んでいく。魔力の波がぶつかり合うことで地中を調査。

地下に潜むサンドワームの数とそれぞれの位置を把握すると、俺は錬金術を発動。

地中の土を操作し、サンドワームへと殺到させる。

ただ土が迫りくるだけではサンドワームには分厚い皮であるので痛くも痒くもないだろうが、周囲の土は錬金術による魔力圧縮による硬化されている。逃げ場のない場所で三百六十度から硬質な土で圧迫されれば、たとえサンドワームでも無事では済まないだろう。

サンドワームたちが動き回って抵抗してみせるが、数秒後にはブツンッと押し潰される手応えがあった。

手で芋虫を握りつぶしたわけじゃないのに、そんな感触がダイレクトに伝わってくるようだった。

「イサギ様、今のは……?」

地中の土を派手に操作したことでメルシアにも振動は伝わっていたようだ。サンドワームの相手をしながら驚いたように振り返る。

「錬金術で地下の土を操作してサンドワームを圧殺したんだ」

「な、なるほど」

「これで地下にいるサンドワームは殲滅できたよ。後は地上にいる奴等を倒せば――」

上々な戦果に満足していると地上に残っていたサンドワームたちが次々と地中に潜っていく。

しばらく様子を見てみるも俺たちに攻撃を仕掛ける様子はない。

「サンドワームが退いていった?」

「どうやらそうみたい」

魔力を流して地中の気配を探ってみるも、サンドワームは遥か東の方角へと遠ざかっていた。

さすがになりふり構わずに退却されると、先ほどの錬金術で圧殺することも難しい。

とりあえず、この場はサンドワームを撃退できたことを喜ぶことにした。

「そっちは無事か!?」

サンドワームを撃退し、怪我人の介抱や農園の修理などをしていると、キーガスがやってきた。

「赤牛族の方も含めて全員無事です」

「全員無事……?」

メルシアの報告を聞いて、キーガスが訝しげな顔をする。

まあ、あれだけの数のサンドワームが襲ってきたのだ。いくら屈強な赤牛族の戦士が揃っていようと全員が無事というのは考えづらい。

「赤牛族に七名ほど負傷した人がいましたが、ポーションで治療したために無傷となりました」

七名ほどが骨折、打撲、捻挫、裂傷などの怪我をしていたが、俺がポーションを与えて治癒させた。なので、怪我人は無しということになっている。

「そんな貴重なものまで使ってもらってすまねえな。お礼は後で必ず払う」

「ライオネル様に貰った支援物資の中の一つなので気にしないでください」

「そうか……ライオネルには感謝しねえとな」

正確には支援物資にあったポーションを俺が改良して効力を高めたものなのだが、わざわざそれを報告して謝礼を請求するつもりはなかった。

「ただ、農園の方は損害無しとはいきませんでした」

できるだけサンドワームを農園に近づかせないように戦っていたのだが、地中から迫りくる相手にこれだけの広範囲を守り切るというのは難しかった。

プライノスハウスの三つがペシャンコになっており、キーガスが愛情を注いで育てていたカッフェ農園も半分ほどがダメになっている。

「くそ! せっかくここまで育てたっていうのによ!」

そんな光景を見つめて、キーガスが悔しそうな声を上げる。

皆で力を合わせて、もうすぐ収穫というところまできていたんだ。

それを台無しにされて平気でいられる方が難しいだろう。

「すみません。ここを任されていながら」

「イサギたちに落ち度はねえよ。あれだけの数のサンドワームを相手に死者を出さず、農園にまで被害を出さないなんて俺にだって無理だからな」

大きく深呼吸をすると、キーガスの気持ちは落ち着いたようだ。

「集落の方は問題ありませんでしたか?」

「かなりの数の家がやられて怪我人もいるが、幸いにしてこっちも死者はいねえ」

「ポーションがまだ残っているのでお渡ししましょうか?」

「助かるぜ」

治癒ポーションの瓶を二十本ほど取り出すと、キーガスと一緒に集落から戻ってきた赤牛族の戦士がずいっとやってきたので渡してあげた。

すると、戦士はぺこりと頭を下げて、急いで集落の方に戻っていく。

怪我人の治療については彼に任せるのだろう。

「俺はサンドワームが空けた穴を塞いでしまいますね」

「ああ、頼む」

サンドワームが好き勝手に土を掘ってくれたので農園やその周りは穴だからけだ。

このままでは農園を修復するのにも支障が出るので、俺は錬金術で土を操作して穴を埋めた。

「イサギー!」

錬金術で穴を埋め終わると、上空から聞き覚えのある声がした。

「レギナ! ティーゼさん!」

上空に視線を向けると、空を飛んでいるティーゼとバスケットに乗って運んでもらっているレギナの姿が見えた。

二人に手を振ると、ティーゼがゆっくりと降下して地上へと着陸した。

「二人ともどうしてこちらに?」

ティーゼとレギナは先日の大収穫を終えて、集落で栽培作業を行っていたはずだ。

赤牛族の集落にやってくる予定はなかったはずだが。

「こっちの集落にサンドワームの群れが出たのよ!」

「えっ!? そっちにも?」

「そっちにもってことはやっぱりこっちにも出たんだ?」

「うん。幸いにも死者や大きな怪我人は出なかったけど、集落や農園に少なくない被害が出たかな」

「そう。こっちも同じ感じだね」

「幸いにもこちらにはレギナ様がいたのですぐに撃退できましたが、不可解な動きをするサンドワームでしたので心配になって様子を見にきました」

「不審な動き?」

「サンドワームの癖にあたしたちを無視して集落を襲おうとすると、水道を攻撃しようとするしで妙に動きに連携があったのよね」

「こちらの集落を襲ったサンドワームも変でした。戦力を分散させたこともですが、イサギ様が一気に殲滅した瞬間に撤退までしましたし」

ワームは目の前の獲物を捕食することだけしか考えることしかできない知能の低い魔物だ。

戦力を分散させて人を襲うといった動きはできないし、獲物を前にして別の物を襲うとすら考えすら持たない魔物のはずだ。

それほど知能の低い魔物に言うことを聞かせることのできる存在はと言うと……。

「……上位個体がいるのかもしれないね」

「十中八九そうだろうな。サンドワームが二つの集落をほぼ同時に襲うなんてあり得ねえだろ」

「私もその確率が高いかと思われます」

サンドワームの不振な動きを見て、同じ考えにたどり着いたのは俺だけじゃなかったようだ。

「俺は倒しに行くぜ。今日みたいに地面を掘って襲われたら生活もままならない上に農業だってできねえからな」

「私も行きます」

「ああん? なんでティーゼまできやがる?」

「私の集落も襲われた以上、サンドワームは彩鳥族を脅かす危険な魔物です。放置することはできません」

「けっ、そうかよ」

ティーゼが討伐に参加することを訝しんでいたキーガスだが却下することはなかった。

仲は悪いが、実力については認めているのだろう。

「イサギ様、私たちはどうしますか?」

「もちろん、俺は行くよ」

あれだけの数で襲ってきたサンドワームが、集落を襲うのをやめると考えられない。

きっとまたタイミングを計って襲ってくるはずだ。

次は二つの集落や農園が無事でいられる保障はない。

「イサギならそう言ってくれると思っていたわ!」

「イサギ様が行かれるのであれば、私もお供いたします」

レギナは最初からそのつもりで、メルシアはいつも通り俺が行くなら付いてきてくれるようだ。

「そういうわけで俺たちも上位個体の討伐を手伝いますよ」

「本当ですか!?」

「俺らとしちゃ嬉しいが、本当にいいのか?」

「せっかくそれぞれの集落で農業ができるようになったんです。それを魔物の台無しになんてされたくありませんから」

彩鳥族の集落で最初に植えた作物が収穫でき、食生活が各段に豊かになった。

さらにカカレートの加工や、レシピ開発も進んでおり、特産品としての価値を高める段階に入っている。

赤牛族では栽培を始めた作物がもうすぐ収穫できるようになり、カッフェを飲むのが集落の文化として広まりつつある。

どちらもこれまでとは違った新しい未来に進んでいるんだ。

二つの氏族の明るい未来を閉ざしたくはない。皆の笑顔を守るために俺たちは戦うんだ。

「強い奴は大歓迎だぜ」

「一緒に魔物を倒しましょう」

キーガスとティーゼに歓迎されて、俺たちもサンドワームの上位個体討伐に加わることになる。

「さて、問題はその親玉がどこにいるだけど……」

「それならばおおよその位置はわかっています。こちらにやってくるついでに逃げたサンドワームの方角を確かめておきましたから」

「さすがですね」

どうやら上空からティーゼが魔物のおおよその居場所を突き止めてくれているようだ。

こういう時に空を飛べる種族は反則だと思う。

「親玉の居場所がわかっているなら迷うことはないわ! 今度はあたしたちの方から攻め込むわよ!」

力強いレギナの言葉に賛同し、俺たちはサンドワームの親玉の住処に向かうことにした。

サンドワームの親玉を討伐することにした俺たちは、赤牛族の集落を出て、そのまま東へと進んでいく。

討伐に向かうのは俺、メルシア、レギナ、キーガス、ティーゼの五人だ。

赤牛族の戦士や彩鳥族の戦士を総動員して討伐するという案もあったが、相手のサンドワームたちの潜伏先が洞窟ということもあって大人数で挑むのが難しいのだ。

さらに先ほどのようにいつまたそれぞれの集落を襲いに行くかわからない以上、集落の守りを手薄にすることもできない。

サンドワームの親玉は討伐しましたが、農園と集落は滅びましたなんてことになれば目も当てられない。

そんな事情もあってか今回は少数精鋭での討伐となったわけだ。

今回は彩鳥族がティーゼしかいないために全員は運ぶことは不可能だ。よって、ティーゼ以外の四人はゴーレム馬に乗って移動をしている。

「このゴーレム馬っていうのは楽でいいな!」

キーガスはゴーレム馬に乗るのは初めてだったが見事に乗りこなしている。

こうしてあっさりと乗りこなしている人を見ると、ダリオってスバ抜けてセンスがなかったんだなって思ってしまう。

「なあ、イサギ。うちの集落のためにもう何台か作ってくれよ!」

「イサギさん、私も欲しいです」

キーガスだけでなく、空を飛んでいたティーゼが高度を下げながら頼んでくる。

「お前は空を飛べるからいらねえだろうが」

「私だって地上を早く進んでみたいんです。別にいいじゃないですか」

キーガスの突っ込みに同意しそうになったが、ティーゼ曰く空を快適に飛べるのと地上を快適に走れるのは別問題のようだ。

「どちらの集落にも作ってあげますから喧嘩しないでください」

「そうですよ。そろそろそれらしいものが見えてきましたし」

馬上と空でやんやと言い合っていたキーガスとティーゼだったが、俺とメルシアの言葉を聞いてピタリと会話をやめた。

俺たちの視線の先では巨大な岩がそびえ立っていた。

大きさは数百メートルある。まるで大きな山のようだが、鎮座しているのはまさしく岩だ。

「でかっ!」

「大樹よりは小さいけど大きな岩ね!」

「砂漠大岩【デザートロック】と言われる大きな岩です」

「あそこにサンドワームがいるの?」

「内部の岩はサンドワームによってくり抜かれており、岩洞窟となっているんです」

どうやらこの辺りは元々サンドワームの群れの住処だったらしい。

それに加え、彩鳥族の集落から逃げ延びたサンドワームの痕跡と、赤牛族の集落から逃げ延びたサンドワームの痕跡から親玉がここにいる確率が高いと言ったわけだ。

ゴーレム馬を走らせると、砂漠大岩の傍までやってきた。

ゴーレム馬から降りると、マジックバッグへと速やかに回収。

近くまでやってくりと大岩の圧迫感をさらに感じるな。

顔を上げ、腰を逸らしても岩の頭頂部は見えないほどだった。

「さて、どこから入るかだな」

大岩を眺めながらキーガスがポツリと漏らす。

大岩の表面にはサンドワームが空けたものらしき無数の穴が空いている。

入り口らしい入り口が見当たらないので、どこから入っていいかわからない。

「とりあえず、中に入ってみよう。中に入れば、俺の錬金術で構造がわかるし、索敵もできるようになるから」

「そうね。中に入らないことには何も始まらないし」

というわけで俺たちは近くの穴から大岩の洞窟に入ってみることにした。

洞窟の内部は以外と涼しい。灼熱の日光が岩によって遮られているお陰だろう。

しかし、そのせいで洞窟の内部は薄暗いのでマジックバッグで光の魔道具を取り出して照らす。

俺以外は必要のない灯りだが、俺にとっては必要なので照らすしかない。

五人が横になって歩いても余裕がある程度には広かった。

サンドワームがあの巨体で掘り進めた穴なので人間が通る分には余裕があるのは当然なのだろう。

「この中に入ったのは初めてだが、まるで迷路だな」

洞窟内を見渡しながらのキーガスの言葉が反響する。

彼の言う通り、洞窟内の通路は無数に枝分かれしており迷路のようだった。

歩きながら壁の表面を撫でてみるとザラザラとした岩の感触。

拳で叩いてみると当然のように硬い。

これを平然と掘り進んで洞窟にできてしまうサンドワームの掘削能力はかなりのものだな。

壁に触れつつ俺は錬金術を発動し、魔力を流して洞窟内部の情報を読み取っていく。

「イサギ様、内部の情報はいかがでしたか?」

「すごく複雑だね。少し情報を整理させてほしい」

サンドワームが捕食行動のために無軌道に掘り進めたせいだろう。洞窟内の通路は迷路のように複雑に入り組んでいる。さすがに脳内だけで情報を整理することは難しいので、マジックバッグから紙とペンを取り出して簡易的な地図を作製する。

「……中心部にぽっかりと空いた大広間があって、そこにサンドワームとは違った大きな生物の気配がする」

数分ほど地図を書きながら情報を整理していると、大岩洞窟の大まかな内部の様子がわかった。

「それがサンドワームに指示を出している統率個体ですね」

「だったら、そこを目指すわよ!」

統率個体らしき魔物の居場所がわかったのなら話は早い。

俺たちは大広間を目指すためのルートを進むことにした。

魔物の索敵に関してはメルシアたちに任せ、俺は大広間へと案内することに専念する。

案内と同時の俺はナイフで壁に傷をつけてマッピングをしていく。

「さっきから何をチマチマ書いてんだ?」

「マッピングですよ。これだけ複雑な通路だと帰るのも困るでしょうし」

サンドワームが無軌道に掘り進めた通路なせいか、洞窟内には特徴らしい特徴がなく三百六十度がほぼ同じ光景だ。これだけ複雑な迷路だと間違いなく帰り道も迷うことになるので、こうやってマッピングをしておかないといけない。

それに今後も砂漠大岩に魔物が住み着いて同様の事件が起きるかもしれない。そういう時のためにも砂漠大岩の内部情報はあるに越したことはないだろう。

キーガスの質問に答えながらマッピングをしていると、不意に前を歩くメルシアが足を止めた。

「気を付けてください。サンドワームがきます」

メルシアが言葉を発するまでもなく意図が伝わったのだろう。既にレギナやキーガスは武器を構えていた。

程なくして通路にある穴からゴゴゴ、と音を立てて地中を泳いでいるだろうサンドワームの複数の気配が感じられた。

程なくして正面の通路からサンドワームが大きな丸い口を開けて飛び出してきた。

びっしりと生えた鋭い牙がこちらに襲いかかってくるが、それよりも先に俺は風魔法を準備しており、大口に向かって風の刃を飛ばすと真っ二つになった。

少し遅れて横の通路からサンドワームが飛び出してくるが、それにはメルシアが頭部に掌打を叩き込んだ。

サンドワームの頭部はあっけなく弾け、赤い血しぶきを撒き散らしながら通路に横たわる。

他にもサンドワームは天井から後ろ、反対側の通路からも迫ってきていたようだが、レギナは大剣で胴体を切断し、キーガスが頭部にトマホークを振り下ろして叩き潰し、ティーゼは得意の風魔法で切り刻んで倒していた。

この面子ならサンドワームを相手に遅れを取ることはなさそうだ。

サンドワームを倒して一息ついていると、またすぐに地中を泳ぐサンドワームの音が響く。

「一か所に留まっていると四方八方から襲われ続けます」

「ここからは走って大広間を目指そう!」

俺たちの居場所がサンドワームたちの捕捉されたのだろう。メルシアの言う通り、ずっとここにいるとサンドワームの群れの餌食になってしまう。

俺の提案に異論はなく、他の仲間たちもこくりと頷いて走り出した。

急いで戦闘場所から離れて前に進むが、サンドワームの気配が完全になくなることはない。

恐らく俺たちが移動する音を察知して、追いかけているのだろう。

さすがにサンドワームの潜行速度には敵わず、移動している最中にもサンドワームに襲われる。

だが、サンドワームがいくら奇襲してこようと意味がない。

なぜならば、サンドワームが襲ってくる方向やタイミングが俺たちには手に取るようにわかるからだ。

俺以外の仲間は全員が獣人だ。

サンドワームがどこから近づいてきているのか正確に耳で聞き分けることができる。

よってサンドワームは通路から顔を出した瞬間にレギナの大剣の餌食かキーガスのトマホークの餌食となるのであった。

これが人間族のパーティーであれば、サンドワームが潜行する音を聞き分けることができず、何度も奇襲を受けてジリ貧になってしまうことだろう。可哀想に。

しかし、サンドワームを統率している者もバカではない。

これ以上、侵入者をみすみす通らせまいと正面の通路から五体ほどのワームがやってきた。

しかも、体表が紫色に赤い斑点がついているワームであり、妙に毒々しい見た目をしている。

ワームが五体となると通路はギチギチだ。

ワームたちが身体をぶつかり合わせながら圧倒的な質量で通路を塞ごうとする

「うわっ、気持ち悪い!」

「ポイズンワームだ! 毒を持ってるから気をつけろ!」

体で通路を塞いでいる上に毒を持っているとなると迂闊に近づくことはできない。

錬金術を使って殲滅しようかと思っていると、ティーゼが俺の頭上を越えて前に出た。

「ここは任せてください。『風刃乱舞』【エルウインド】」

ティーゼの鮮やかな翼に淡い翡翠色に光が収束。

ティーゼが翼を羽ばたかせると、翼から風の刃が次々と射出されて五体のポイズンワームが輪切りになった。

種族的に風魔法が得意だと聞いていたが、これほどまでの威力が発揮できるとは思わなかった。

「すごい威力の風魔法ですね。さすがです、ティーゼさん」

「ありがとうございます」

今の威力の魔法を放っても本人は至ってピンピンとしている。

あれくらいの魔法であれば、まだまだ放つことができるらしい。

水源を探索した時はまったく本気じゃなかったようだ。頼もしい。

前方を塞いでいるポイズンワームの遺骸が邪魔なので、マジックバッグに収納することで除去。

俺たちは足を止めることなく颯爽と通路を進んでいく。

「皆さんがいるとサンドワームの群れの中でも怖くないですね」

統率個体が棲息している魔物の巣に突入しているのに、まるで恐怖や不安を感じていない。

代わりにあるのは圧倒的な信頼感だった。

「なに言ってるのよ。イサギがいるからここまで楽に進めてるのよ?」

「イサギさんがいなければ、私たちはこの迷路のような洞窟で迷い続けていたでしょうから」

「俺が認めて数少ない人間族の男だ。もっと胸を張りやがれ」

「そ、そうですかね? ありがとうございます」

なんて呟くと、レギナ、ティーゼ、キーガスが口々にそんな嬉しいことを言ってくれる。

そんな光景を目にしてメルシアが生暖かい視線を向けてくるのがこそばゆい。

「もう間もなく大広間だ」

なんて風なやり取りをしながら進んでいると、目的地である大広間にたどり着いた。

視界を確保するために光魔法を打ち上げると、大広間の中央には灰色の体表に刺を生やした大きなワームがいた。

「キングデザートワームです!」

魔物を目にするなりティーゼが叫んだ。

不自然なサンドワームの動きの裏には、やはり統率個体がいたようだ。

「くるぞ!」

キングデザートワームが地中へと潜行した。

長い胴体を蛇のようにくねらせながら真っすぐに俺たちの方へ突撃してくる。

超質量の突進をされてはさすがに力自慢のレギナやキーガスも真正面から立ち向かうことはできない。

俺たちは大人しくその場から跳躍することで突進を躱す。

安全圏である宙へと逃れたティーゼが、地中から僅かに出ているキングデザートワームの背中向けて風の刃を放った。が、翡翠色の刃は灰色の甲殻によって虚しく弾かれる。

「……硬いですね」

ワーム種は弾力質な肉体により衝撃を受け流す特性がある代わりに、切断系の攻撃には弱い傾向にあった。

しかし、この統率個体は硬い甲殻をその身に纏うことで、切断系に対する強い防御力を獲得しているようだ。

それでいながらしなやかな肉体はそのままで縦横無尽に地中を駆け抜けていた。

「もう! じっとしなさいよ!」

「こうも潜ってばかりだと手が出せねえぜ!」

前衛であるレギナとキーガスは先ほどからずっと武器を手にしているが、キングデザートワームが派手に動き回るものだから攻めあぐねている模様だ。

隙を伺って攻撃を仕掛けようにも、相手がほとんど地中にいるのであれば無理だ。

「俺が地中から引っ張り出します!」

だったら俺が地中から引っ張り出してやればいい。

地面に手をついて錬金術を発動。

キングデザートワームの周囲にある土を操作すると、そのまま上へと押し上げた。

かなりの重量があるために宙に打ち上げることはできなかったが、キングデザートワームをしっかりと地上へと持ち上げることができた。

「おらあああっ!」

「てりゃああああっ!」

無防備な姿を晒すキングデザートワームに向けて、身体強化を発動したトマホークによる一撃と、跳躍したレギナの大振りの振り下ろしが炸裂した。

二人の強烈な一撃はキングデザートワームの甲殻の一部にヒビを入れた。が、それだけであり、キングデザートワーム自身はピンピンとしている様子だった。

「あの一撃でも叩き切れねえのか」

「硬ったーい! 腕がジンジンするんだけど!」

俺たちの中でも特にパワーに優れた二人の攻撃でも、キングデザートワームの甲殻にヒビを入れられる程度らしい。

キングスパイダーも甲殻を纏っていたが防御力が桁違いだ。

この砂漠で生き残るに当たって、防御力に特化して進化したのかもしれない。

「とはいえ、キーガスさんとレギナ様の一撃は確実に相手の甲殻を破砕しています。同じところを攻撃し続けて、肉体を露出させることができれば私たちの攻撃でも十分に通るかと」

いくら防御力が高くても要である甲殻がなくなれば、肉体的な構造はただのサンドワームと変わらない。

先にあの強固な甲殻を剥ぎ取ってから攻撃を仕掛けるのがいいだろう。

「メルシアの言う通りだ。二人を援護――って、わあああ! なんかこっちに来るんだけど!」

レギナとキーガスを援護しようと後ろに陣取っていると、なぜかキングデザートワームが一直線にやってくるではないか。

キングデザートワームの口から白い息が漏れており、「フオオオッ」という唸り声のようなものが聞こえている。

相手に表情なんてものはないが、なんとなく怒っているような気がする。

「攻撃をお見舞いしたのは俺じゃないのになんで!?」

「恐らく地中から無理矢理引っ張り出されたことによって強いヘイトが向いたのかと!」

どうやら相手にとっては甲殻に傷をつけられることよりも、地上へと引っ張り出されたことの方が屈辱的だったらしい。

キングデザートワームにとって地中は自分の絶対支配領域だ。

それを妨害されて怒る気持ちはちょっとだけわからなくもない。

とはいえ、それを受け入れるかどうかは別問題。

俺は錬金術を発動し、キングデザートワームの足元にある土を杭状に変化せる。

土杭は見事に直撃したのだが、甲殻に負けて砕けてしまった。

やっぱり俺の一撃では足止めすらできない模様。

大きな口が俺を丸呑みにしようと迫ってくるので俺は慌てて横に飛んで回避。

すると、さっきまで俺のいた場所の地面が抉られた。

攻撃を外してこちらへ振り向くキングデザートワームの口には岩や土が入っており、無数な小さな歯で粉々に噛み砕いた。

……あんなものに噛みつかれてはひとたまりもない。

噛みつき攻撃の威力に戦慄していると、キングデザートワームの首が突然にゅっと伸びてきた。

予備動作もまったくない、予想外の攻撃に俺は反応することができない。

マズいと思った瞬間、俺の肩を何かが掴んで勢いよく宙へと持ち上げられた。

この浮遊感には覚えがある。

「助かりました、ティーゼさん」

「どうやらまだ諦めていないようです!」

助けてくれたことに礼を言うと、ティーゼはやや焦った顔をしながら即座に上昇。

ふと視線を下に落とすと、キングデザートワームの頭部から触手のようなものが伸びており俺たちを絡め取ろうとしているではないか。

急加速、旋回、急降下などを駆使して俺を抱えながらティーゼは触手を躱す。

しかし、大広間という限られたスペースということや、人間一人を掴んでいると思った以上に速度が出ないのか触手が俺の足へと迫ってくる。

風魔法を使って跳ね除けようとしたところで、不意に触手たちが断ち切られた。

「イサギ様には触れさせません!」

「ありがとう、メルシア!」

メルシアのフォローにより、俺とティーゼはキングデザートワームの攻撃範囲内より脱出した。

「ちょっとイサギに夢中であたしたちを忘れてるんじゃない!?」

「よそ見とは言い度胸だな!」

キングデザートワームが俺たちに気を取られている間に、レギナとキーガスが懐に入り込んで大剣とトマホークを存分に振るった。

それと同時にキングデザートワームが苦悶の声を漏らした。

視線を向ければ二人が攻撃を加えた甲殻が破砕し、灰色の体表に裂傷が出来ていた。

何度も同じ場所に攻撃を加えることで頑丈な守りを突破できたらしい。

「ルオオオオオオオオッ!」

傷を負ったキングデザートワームが体を震わせながら不気味な声を上げる。

そして、長い体を急に縮こませたと思うと、体表に生やしている棘が長くなるのが見えた。

とても嫌な予感がする。

「二人とも離れてください!」

警告の声を上げると、同時にキングデザートワームの体表から無数の刺が飛び散った。

俺は錬金術を発動し、自分だけでなくティーゼ、メルシアの前方に土の障壁を展開した。

遅れて前方にいるレギナとキーガスの前にも障壁を展開したが、二人は上手く凌げただろうか?

土の障壁を穿つ音が聞こえなくなると、俺はおそるおそる土の壁を崩した。

慌てて駆け寄ってみると、二人は無事だったものの手足に切り傷ができていた。

「大丈夫……と言いたいところだけど、少しマズったかもしれないわ」

「即効性の毒か……腕が痺れて武器が持てねえ」

キングデザートワームの刺には毒が含まれているらしく、二人は苦悶の表情を浮かべていた。

「解毒ポーションです。完全に解毒することはできませんが応急処置になります」

俺は急いで解毒ポーションを取り出すと、二人の口に瓶を当てて飲ませた。

「ティーゼさん、二人を安全なところに!」

「はい!」

ティーゼにレギナとキーガスを安全な後方へと運んで貰った。

「お二人は大丈夫なのですか?」

隣にやってきたメルシアが尋ねてくる。

「即効性が強い代わりに、命を脅かすほどの毒じゃないみたい」

「そうですか」

ひとまず、二人の命に別状がないことを伝えるとメルシアは安堵の表情を見せた。

「でも、早めに本格的な治療をした方がいいね」

解毒ポーションで応急処置をしたとはいえ、完全に解毒ができたわけではない。

しっかりと治療するにはキングデザートワームの毒に対応した解毒ポーションを飲ませる必要があるだろう。

「さすがに俺もキングデザートワームの毒に対応した解毒ポーションは持っていないからね。二人のためにも早めに撤退をした方がいいかもしれない」

キーガスは赤牛族の族長だし、レギナは獣王国の第一王女だ。

二人ともここで死なせていい人物ではない。このまま押し切ることよりも万が一を回避するために安全に撤退した方がいいんじゃないだろうか。

「あたしたちのせいで撤退だなんて冗談じゃないわ!」

「ちょっと痺れるくらいの毒がなんだ! これくらい気合いで何とかしてやらぁ!」

なんて考え込んでいると、後ろでティーゼに介抱されているはずの二人が立ち上がって言った。

「二人とも無茶しちゃダメだよ!」

「いいえ、無茶をするわ! ここで逃がしたらコイツはまたティーゼたちの集落を襲うもの!」

「ここで逃がせば次に会えるのがいつになるかわからねえ。俺が安心してカッフェを作るためにもコイツはここで討っときゃいけねえんだ!」

勇ましい台詞を言うものの、二人にはまだ毒が残っているせいか足取りは覚束ない。

いくら解毒ポーションを飲んだとはいえ、上位個体の即効性の毒を食らって、こんなにすぐに立ち上がれるなんてあり得ない。

獣人族としての肉体が強いのか、二人の魔物への執念が強いのか……恐らく、その両方だろう。

ここまで意思が強いと撤退と決めても素直に従ってくれなさそうだ。

「わかった。二人がそこまで言うんだったらやろう。ただし、あまり無茶はできない。やるんだったら早めに決着をつけるよ」

「……ええ、望むところよ」

「ああ。それで問題ねえ」

新しい方針を伝えると、レギナとキーガスは不敵な笑みを浮かべた。

あまり時間をかけて無茶をすると、二人に毒の後遺症が残ってしまう可能性がある。

できれば戦闘は長引かせたくない。

「少しだけ時間をちょうだい。そうすれば、あたしの全力を見せてあげる」

「同じくだ」

「わかった」

レギナとキーガスはそう言うと大広間の端に歩いていって寝転んだ。

「ええっ! 寝てる!?」

「少しでも体力を回復させるためでしょう」 

上位個体を前にして寝るって相当危ないんだけど、それだけ俺たちを信頼してくれているということだろうか。

「ティーゼはそのまま二人の傍に付いていて」

「わかりました」

本音を言うと、ティーゼにも戦線に加わってもらいたいところだが、さすがに無防備な二人を放置しておくわけにはいかない。

そんなわけで戦線を維持するのは俺とメルシアだ。

「さて、二人が復帰するまで時間を稼がないと」

「いっそのこと私たちで倒してしまうというのはいかがでしょう?」

「それができればいいんだけどね」

なんて軽口を叩き合っていると、キングデザートワームが地中へと潜行し始める。

それを見て俺は錬金術を発動。

キングデザートワームの周囲の土を操作し、先ほどと同じように地上へと打ち上げた。

「俺がいる限り潜らせないよ」

本当はサンドワームが赤牛族の集落を襲った時のように、地中の土を操作して圧殺したかったのだが、さすがにサンドワームとは防御力も土への干渉力が桁違いのようで弾かれてしまうようだ。

俺にできるのは相手を地中に潜らせないことだけ。だけど、それだけで十分だ。

地上にさえ留まらせることができれば俺たちで何とかできる。

再び地上に出されることになったキングデザートワームを狙ってメルシアが短剣での攻撃を仕掛ける。

レギナとキーガスが作り出した裂傷を狙って正確無比な斬撃が繰り出される。

傷口へのさらなる追い打ちに相手は苦悶の声を上げた。

キングデザートワームは体を鞭のようにして使って薙ぎ払うが、メルシアは華麗にそれを避けて密着しながら攻撃を続ける。

相手が触手を伸ばそうが、噛みつき攻撃をしてこようが距離を空けることはない。絶えず密着して攻撃を続ける。

そんな凄まじい攻防を目にしながら俺は後方から魔法を放って彼女を援護する。

俺の魔法では甲殻を削ることはできないし、傷を狙って攻撃することもできないが、相手の気を引くことはできる。その分、メルシアが少しでも動きやすくなるならそれでいい。

順調にキングデザートワームを抑えていた俺たちだが、不意に金属が割れるような音が響いた。

どうやらメルシアが使っていた短剣が砕けてしまったらしい。

短剣がなくなったことでメルシアの次の攻撃が空を切ってしまう。

相手はその隙を逃さず、触手を振るった。

「ぐっ!」

俺は錬金術を発動し、こちらへ弾き飛ばされたメルシアを柔らかい砂で受け止めた。

「メルシア、大丈夫かい?」

「ええ、問題ありません。ですが、武器が壊れてしまいました」

メルシア本人に大きな怪我はないようだが、手元にあった短剣の刀身は粉々になっており柄だけとなっていた。

「武器がなくなったら作ればいい」

マジックバッグの中には色々な素材が入ってある。

そういえば、ティーゼの集落の傍にある山でマナタイトを採取していた。それを使って短剣を作り直せばいい。

俺はマジックバッグからマナタイトを取り出すと、錬金術を発動して形状変化をさせる。

待て。メルシアは剣術よりも体術を得意としている。

だったら別に短剣に拘ることはないんじゃないか? そう思って、俺は短剣を作るのをやめて、メルシアの腕に装着できるガントレットを作成した。

「メルシア、これを使って」

「……もしかしてマナタイト製ですか?」

「うん。魔力を流せば、衝撃が増幅されるはずだよ」

マナタイトは剣の切れ味を増幅させるだけでなく、込めた魔力をエネルギーに変換することもできるのだ。

素手であれほどの威力を繰り出せるメルシアなら、このガントレットを使えば有効打を与えられるはずだ。

「ありがとうございます、イサギ様! 行ってまいります!」

メルシアはガントレットを装着すると、力強く地面を蹴って走り出す。

キングデザートワームが首をしならせて鞭のように振るってくる。

メルシアは地を這うようにして攻撃を回避しながら相手の懐に入ると、ガントレットに魔力を纏わせ胴体目掛けて掌打を打ち込んだ。

「ルオオオッ!?」

マナタイトによって増幅されたメルシアの強烈な一撃はキングデザートワームの甲殻を破壊した。

これにはキングデザートワームも戸惑いの呻き声を漏らした。

メルシアの攻撃は一撃では止まらず、キングデザートワームに密着しながら次々と拳を叩き込んでいく。一撃が入ると度に重低音が響き、キングデザートワームの甲殻が派手に飛び散る。

「いけます! イサギ様の作ってくださったこのガントレットがあれば……ッ!」

すごい。メルシアの火力がレギナとキーガスを上回っている。マナタイトの武器を使いこなせば、これほどの威力が出るのか。

メルシアの攻撃によって一方的に甲殻を削られることに危機感を抱いたのか、キングデザートワームは無理矢理距離を取るとけたたましい声を上げた。

すると、大広間の周囲で次々と地鳴りが響いてくる。サンドワームが近づいてくる音だ。

恐らくサンドワームを呼んだのだろう。地中に魔力を浸透させて探査すると、予想通り周囲から大量のサンドワームがこちらにやってきていた。

「残念ながら増援は意味がないよ」

俺は錬金術を発動させると増援として駆けつけてきたサンドワームの周囲の土を操作し、圧殺させた。目の前の相手は圧殺させることができないが、サンドワームのような防御力が低く、土への干渉力が低い魔物であれば容易く葬ることができる。

ただ数が数だったのでかなりの魔力を消耗してしまった。大量の魔力を消費したせいで頭がくらくらとする。

「ルオオオオオオッ!」

「あなたの相手は私です」

増援を殲滅されたことにキングデザートワームが怒り狂って突撃してくるが、横合いからメルシアが飛び出して殴りつける。

そのままメルシアはキングデザートワームに激しいラッシュ。相手が繰り出してくる反撃を巧みに避けながらガントレットによる一撃をお見舞いしていく。

この調子なら俺たちだけでキングデザートワームを倒せるかもしれない。

キングデザートワームが吹っ飛び、体表の露出した頭部と胴体が露わにする。

そこに一撃を加えれば、キングデザートワームの致命打になるはずだ。

なんて希望を抱いた瞬間、メルシアの足からガクリと力が抜けた。

「メルシア!?」

「申し訳ありません、イサギ様。どうやら魔力が足りなかったようです」

メルシアをよく見れば、額からは大量の汗を流しており顔色も悪くなっている

俺と同じく急激な魔力消費による魔力欠乏症になりかけているようだ。

マナタイトは魔力を流して攻撃力へ変換できる代わりに、多大な魔力を消費する。

キングデザートワームを倒すために無茶をしてしまったのだろう。

マズい。キングデザートワームが動きの鈍ってしまったメルシアを狙っている。

このままじゃ、メルシアが危ない。大きな口が彼女を丸呑みにしようとしている。

急激に魔力を消費したせいで彼女も回避することはできない。

錬金術を使って援護したいが、状況を変えるだけの魔力が足りない。

現実を変えるだけの力がないことに絶望する中、俺の視界を赤い何かが横切った。

「ハハッ! ちょうどタイミングってやつか!」

キングデザートワームとメルシアの間に割って入ったのは赤いオーラを纏わせたキーガスだ。

彼はキングデザートワームの大きな口をトマホークで正面から受け止めると、そのまま力で押し切った。

「ふう、ようやく痺れが薄れてきたぜ」

「危なかったわ。もう少し寝坊していたらあたしたちの出番がなくなっていたかもしれないもの」

「まったくだぜ」

体力の回復に努めていたキーガスとレギナが復帰したらしい。憎らしいほどにいい登場だ。

いくら解毒ポーションで応急処置をしたとはいえ、ちょっと仮眠した程度では動き回れるはずがないのだが現にレギナとキーガスは動き回れている。改めて獣人族の肉体の強さを実感する。

「大丈夫ですか、メルシアさん?」

「はい。お手間をおかけしました」

ティーゼに手を差し伸べられて、メルシアがゆっくりと立ち上がった。

魔力消費によるフラつきや倦怠感はあるものの軽く動き回れるだけの体力はあるようだ。

無事でよかった。

「さて、ここまでお膳立てしてもらったもの! 決着をつけるわよ!」

「ああ!」

レギナとキーガスがキングデザートワームへ走り出し、巨体へと武器を振るっていく。

二人が一撃を加える度に、その攻撃は直接身に響きキングデザートワームは苦悶の声を漏らした。

キングデザートワームが地上の二人に気を取られている隙に、宙へと羽ばたいたティーゼは翼に魔力を溜めており、それを一気に放った。

「極彩色の羽根嵐【フェザーストーム】」

すると、キングデザートワームを包み込むように竜巻が発生。

さらにティーゼの翼から羽根を象った風の刃が射出され、竜巻に囚われたキングデザートワーム

の全身を切り裂いていく。

メルシアの攻撃によってボロボロになっている甲殻を、ティーゼの風魔法が確実に剥がしていく。

「まだ倒れませんか」

「でも、かなり効いているよ」

竜巻と羽根の乱舞が終わった頃には灰色の体表を真っ赤に染めたキングデザートワームがいた。

今の攻撃で相手の身を守る甲殻はなくなったし、かなり体力も消費している模様。

ここが攻め時だ。

戦士であるレギナとキーガスは瞬時にそれに気づいたのかキングデザートワームへと走り出す。

二人の接近を知覚したキングデザートワームは体を震わせて何かを溜めるような動きを見せた。

「ブレスだ!」

ほとんど直感による警告の声。しかし、キーガスは回避することなく、むしろスピードを上げて相手に肉薄。身に纏う赤いオーラが血潮のように濃くなる。

「うおおおおおお! 猛牛の一撃ッ!【ホーンテッドインパクト】」

キングデザートワームがブレスを吐き出そうとした瞬間、キーガスは巨大なトマホークをすくい上げるようにして相手の顎を打ち抜いた。

顎を強かに打ち付けられ、キングデザートワームの口が強制的に上を向くことになる。

キングデザートワームの口から発射された土のブレスが、虚しく天井を打ち付ける。

すぐにブレスを止めることはできないのか、キングデザートワームの体が上を向いたまま無防備に晒される。

「イサギ! 足場をお願い!」

レギナの担いでいる背丈ほどの大剣には強大な炎の魔力が宿っており、次の一撃で決めんとする確かな意思を感じた。

レギナの言葉に俺は返事をせずに、なけなしの魔力を振り絞って錬金術を発動。

足場となるような土柱を生やした。

レギナは土柱を足場にして跳躍をすると、キングデザートワームの喉元目掛けて炎を宿した大剣を振るった。

「大炎牙ッ!」

レギナの振るった大剣はキングデザートワームの喉を見事に断ち切った。

ドサリとキングデザートワームの体が崩れ落ちる。

残った胴体の方はしばらくのたうち回っていたが、レギナの一撃によって激しい炎に包み込まれ、やがてピクリとも動かなくなった。

「獅子の牙に宿った炎は相手のすべてを焼き尽くす……なんてね」

カッコつけているところ非常に申し訳ないが言ってやりたいことがある。

「あの、すべてを焼き尽くされると貴重な素材が採れなくなるし、解毒ポーションのための貴重な素材がなくなっちゃうんですけど!」

せっかく上位個体を倒したんだ。せめて倒した証明になる素材は欲しいし、今後のためにも魔石の確保はしておきたい。それに解毒ポーションを作るためにも元となる刺の毒は採取しておきたい。

「わ、わわっ! 皆、消火を手伝って!」

見事な一撃でキングデザートワームを屠ったレギナだが、どうにも締まらなかった。





統率個体であるキングデザートワームを討伐されたことにより、彩鳥族と赤牛族の集落には平和が手に入った。

砂漠大岩には僅かながらサンドワームが残っているようだが、あれから襲撃をしてくることは一切ない。

サンドワームは知能が低い魔物であるが、相手が格上とわかっていて挑むほどにバカな魔物ではない。

今回は上位個体であるキングデザートワームがいたから襲撃をしてきたわけで、そのような存在がいなければちょっかいをかけてくることもない。

仮に次にあったとしてもティーゼとキーガスに洞窟内の詳細な地図を渡してあるので、すぐに突入して殲滅することができるだろう。

二つの集落と農園には少なくない被害が出ていたが、力を合わせて復興に務めたことにより以前と変わらぬ姿になっている。

半壊した集落は元に戻り、壊されたプラミノスハウスは作り直され、植え直された作物が栽培された。

そして、本日は両者の農園で植え直した作物が収穫を迎えることになり、彩鳥族と赤牛族との合同で祝宴を上げることになった。

会場に選ばれた彩鳥族の集落では、彩鳥族だけでなくキーガスをはじめとする赤牛族が集っていた。

彩鳥族の人口を基準として作っているので、やや人口密度が過多になっている気がするが、そもそもが二つの氏族で集まることを前提にしていないのでしょうがないだろう。

「まさか、あなたたちと合同で祝宴を上げることになるなんて夢にも思いませんでした」

「まったくだ。数か月前の自分に言ったとしても信じねえだろうな」

「なにせ二つの集落で農業ができるようになった上に、水源だって増えたんだもの。もうこれ以上あなたたちが資源を奪い合う理由はないものね」

活躍したのはそれぞれの集落の族長。

だとしたら合同で祝うしかないというレギナの提案によって進められたもの。

二つの氏族の係性を考えると、ティーゼやキーガスからも提案できなかったので第三者であるレギナの意見が役に立った形だ。

素直になれない二人でも、レギナが言い出したことであればという理由にもなるしね。

「そうですね。それぞれが満ち足りている以上、強引な手段に出ることはありませんね」

「ああ、そうだ。これからは自分たちで食べ物を作る時代だ」

カカレートとカッフェが安定して作れるようになれば、行商人だって買い付けにくるようになるでしょうし、他の集落や街からも品物が手に入るはずだ。二つの氏族の発展が楽しみだ。

「改めてイサギさんにはお礼を申し上げます。イサギさんのお陰で私たちの集落でも農業ができるようになり、こんなにも食事が豊かになりました」

集落を眺めてそんな未来を想像していると、ティーゼがぺこりと頭を下げながら言った。

広間に設置されたテーブルには小麦、ジャガイモを利用した料理が並べられており、飲み物にはカッフェ、デザートにはカカレートなどが並んでいる。

他にもそれぞれの集落がよく食べている砂漠料理が並んでいるが、やってきた当初に比べると品数が段違いだ。

これらは間違いなく農園による最大の功績と言っていいだろう。

「氏族を代表して俺からも礼を言うぜ。お陰で飢える心配なく、こんなにも上手い料理が食えるようになった」

ジャーマンポテトを口いっぱいに頬張りながらキーガスも礼を言ってくれる。

「いえいえ、皆さんが力を貸してくれたお陰ですよ」

俺たちだけの力では、こんなにも早く農園を作ることもできなかった。

ティーゼが付きっ切りで協力してくれたり、キーガスが速やかに受け入れて、他の人を説き伏せてくれたり。そんな協力があってこその農園だ。決して俺だけの力じゃない。

「まったくお前は謙虚な奴だな!」

「ええ? そうですかね?」

苦笑しているとキーガスが肩に腕を回して言ってくる。

宮廷錬金術師時代は仕事をこなしただけで褒められることはなかったので、こういった時にどんな振る舞いをしたらいいかわからない。

「これだけしてもらったんだ。何か礼でもしねえとなぁ」

「いえ、そんなのいいですよ。ライオネル様から頼まれた依頼ですし」

今回の報酬は王家から支払われることになっている上に、二つの氏族への支援という名目だ。

キーガスとティーゼが俺に報酬を払う必要はない。

「俺たちが感謝したいから渡すんだよ。ほれ、キングデザートワームの魔石だ」

「ええ!? そんな貴重なもの受け取れませんよ!」

キングデザートワームから採取された魔石はかなりの大きさを誇っており、濃密な魔力を宿していた。

魔道具として使用すれば長い間はエネルギー源に困ることがないし、ちゃんとしたところに売り払えば、金貨三百枚以上の値段がつくだろう。使い道はいくらでもある。

「それにそれはティーゼさんとも力を合わせて手に入れたものですし……」

「事前に集落の奴等やティーゼとは相談済みだ」

「ええ。一族の皆さんにも相談したところ快く頷いてくれましたよ」

キーガスやティーゼが視線を巡らせると、広間で食事を楽しんでいた彩鳥族や赤牛族たちがにっこりとした笑みを浮かべてくる。

「いや、でも……」

「受け取ってもらえないでしょうか?」

なおも提案を固辞しようとすると、ティーゼが潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

「イサギ様、この場合は素直にお気持ちをいただくのが良いのではないでしょうか?」

「二つの氏族が感謝の気持ちを渡したいって言っているのよ? 受け取ってあげなさいよ」

悩んでいるとメルシアとレギナがそう言った。

そうだ。別に大金を請求するわけじゃないんだ。二人の気持ちを素直に受け取ろう。

ここまで言われてしまっては受け取らない方が失礼だ。

「では、遠慮なくいただきます。ありがとうございます」

「いえいえ、他に何かほしいものはありませんか? イサギさんは錬金術師ですし、砂漠にある素材は多く持っておいて損ではないと思いますが」

ティーゼにそう言われると、俺の中の研究魂が疼いた。

そんな魅力的なことを言われて、ぐらつかない錬金術師はいないと思う。

「欲しいものが一つあります」

「なんでしょう?」

俺は小首を傾げるティーゼを指さした。

「ええっ、私の身体ですか!? そんなイサギさん困ります」

「大人しい顔をしておきながらイサギも男ってわけか!」

ティーゼが両腕で自らの身体を抱くようにして恥ずかしがり、キーガスが口笛を吹いてはやし立てた。

二人のその口調からわかっていてふざけているのは明白だった。質が悪い。

キングデザートワームの魔石を貰っておきながら、ティーゼも寄越せってどんな鬼畜なんだ俺は。

「違いますから! そういう意味で言ったんじゃなく、ティーゼさんの羽根が欲しいって意味です!」

俺が指さしたのはティーゼの身体だが、正確にはその背中に生えている翼だ。

決して女を要求しているわけじゃない。

「……私の羽ですか?」

「はい。すごく綺麗な羽根なのでずっと欲しいなって思っていまして」

「そ、そうですか? え、えっと、イサギさんがそこまでおっしゃるのであればどうぞ……」

シンプルに欲しい理由を告げると、ティーゼは顔を真っ赤に染めながら自らの羽根をいくつか抜いて渡してくれた。

え? なんでこっちの方が恥ずかしそうなんだろう? さっきの時と同じでわざと恥じらってみせているんだよね? なんだかおかしくない?

それに傍にいるメルシアの視線が怖い。おかしいな。まだ時刻は昼間で気温が下がる夜になっていないにもかかわらず寒気がした。一体どうなっているというんだ。

とにかくこのままでいるのはマズい。

「別に変なことに使うわけじゃないですからね? 鳥の羽というのは骨の中が空洞になっており、保温性、吸着性、吸油性、防振性、防音性などの優れた特性を持っている! いわば、天然の高機能繊維なんです! ダウンジャケットの素材や羽毛布団なんかにも使える優れものなんですよ?」

ただ綺麗だから欲しがったのではなく、錬金術師として使い道やティーゼの羽根の良さを熱弁すると、俺に突き刺さる視線の温度が変わった。

それは微笑ましくも、どこか残念な生き物を見るような目だ。

「やっぱり、イサギって変ね」

ポツリと漏らしたレギナの一言に俺以外の全員が同意するように頷いた。

イサギが変人扱いされている頃。

レムルス帝国ではウェイス皇子の指揮の元、着々と侵略の準備が進められていた。

ウェイスが執務室で人員の配置について考えているところ扉がノックされた。

「ウェイス様、錬金術師課のガリウス様がお目通りを願いたいと」

騎士からその名前を聞いて、ウェイスはうんざりした気持ちになる。

優秀な駒になるはずの錬金術師を勝手に解雇した挙句、イサギが行うはずだった代わりの事業や代替案の提出のできない無能な男。加えて先日のマジックバッグ破裂事件でウェイスの中でのガリウスの評価は最底辺となっている。

もはや役立たずの烙印を押してしまっているのだが、先日の事件から一切顔を見せていなかったというのに急に顔を見せようというのが気になった。

「……通せ」

「かしこまりました」

ウェイスが短く答えると、騎士が扉を開けてガリウスが入ってきた。

「ウェイス様、先日のマジックバッグの納品については私の管理不足による失態です。誠に申し訳ございません」

「もういいい。必要となるマジックバッグは俺自身の手で集めることができたのだからな。で、そんなありきたりな謝罪をするために俺の前に顔を出したわけではあるまいな?」

「もちろんでございます」

案にそれだけの要件できたのなら即座に斬り捨ててやるくらいの脅しをかけたのだが、ガリウスはそれにまったく動じる様子がない。

「それでは用件を聞こうではないか」

今までとは違った泰然としたガリウスの態度を見て、ウェイスはとりあえず話くらいは聞いてやる気持ちになった。

「はい、本日は獣王国侵略のために開発しました軍用魔道具の説明に参りました」

「ほお、軍用魔道具か……概要を説明しろ」

促すと、ガリウスは開発した軍用魔道具を取り出して説明してみせた。

「――というものになります」

またロクでもない提案をしようものなら、侵略の前に左遷してやろうと思ったが、ガリウスの提出してきた軍事魔道具の詳細を耳にしてウェイスは考えを変えた。

この男は無能ではあったが、軍用魔道具の開発という一点に当たっては優秀だった。

「やるではないか! これさえあれば獣人だろうと恐れるに足りない! さすがは帝国が誇る宮廷錬金術師を束ねているだけあって軍用魔道具の製作のお手の物というわけか!」

「お褒めに預かり恐縮です。つきましてはこちらを使用するに当たってお願いがございます」

「これを大量に作るための資金の提供だな?」

「はい」

「いいだろう。金は出しやるから故に、今すぐこの軍用魔道具を大量生産しろ」

「ありがとうございます」

「それと軍用魔道具の運用した基本戦術について記した書類を提出するように」

「かしこまりました。それと恐れながらもう一つお願いがあります」

「なんだ?」

「今回の侵略に私と宮廷錬金術師数名を加えていただきたいです」

「いいだろう。これは貴様たちが開発した軍用魔道具だ。どのみち管理のために同行してもらおうと思っていたし問題はない。しかし、不思議なものだな。宮廷錬金術師はこういった戦争に出張るのを嫌っていたと記憶していたが……」

宮廷錬金術師たちは自分たちの価値を知っているが故に、危険の多い外には滅多なことで出たがらない。それなのに今回は進んで侵略に加えろというのがウェイスは不思議に思った。

「開発した軍用魔道具がどれくらいの殺戮を振り撒くのかこの目で見てみたいのです」

「……悪趣味だな」

そんな呟きを漏らすウェイスだったが、彼自身もこの軍用魔道具の振り撒くであろう死に興味を示しているのだった。

彩鳥族と赤牛族の祝宴のあった翌日。俺とメルシアとレギナは獣王都へ帰還することにした。

「もう帰っちまうのか?」

ティーゼの家で帰り支度を整えて外に出ると、ふらりとやってきたキーガスが言う。

昨日の祝宴の時から今日には帰ることは伝えていた。

遅くまで飲んでいたはずだが、見送りにきてくれたのだろう。

「ええ、ライオネル様に報告を入れないといけないですから」

育てられる作物の数はまだまだ少ないが、ひとまず彩鳥族と赤牛族の集落に農園を作るという最大目標は達成した。目標を達成した以上は依頼者であるライオネルに報告をするのが筋だ。

本当はプルメニア村のようにたくさんの果物や野菜を育てられるようにしたいのだが、さすがにそこまで仕上げるには多くの時間がかかってしまうからね。獣王都を出立して一か月くらい経過しているし、そろそろ報告に戻るべきだろう。

あと長期間メルシアを連れ出しているとケルシーさんがどう動くかわからない。

やけを起こす前に急いでプルメニア村に戻って、メルシアの姿を見せてあげるべきだろう。

「もう少しイサギさんやメルシアさんから農業を学びたかったのですが……」

「俺とメルシアはあくまで錬金術に詳しいだけで農業についての知識はそれほどですよ。俺たちに聞くよりも、現場で働いている人に教えてもらう方がいいかもしれません」

「つまり、イサギさんの大農園で働いていらっしゃる従業員の方に教えてもらえればいいのですね!」

「おお、そりゃあいいな! うちもイサギのお陰で農業ができるようになったが、根本的な知識はまったく足りてねえからな」

「まずは私たちが視察に向かい、その後に集落の者を派遣するというのはどうでしょう?」

「そいつはいいアイディアだな!」

あれれ? 適当に他の土地で農業をやっている人から学ぶことを勧めたつもりが、なぜかうちの大農園で学ぶようなことになっている。おかしい。

というか、二人とも仲が良すぎない? ちょっと前まで険悪な感じだったよね? いや、仲良くなってくれたのは本当に嬉しいんだけど。

「いや、さすがにそんなことを急に決めるわけには……ねえ? メルシア」

「良いのではないでしょうか? 大農園もかなり広がり、そろそろ新しい人員が欲しいと思っておりました」

メルシアに伺いを立てるように視線を向けると、彼女はあっさりと許諾した。

「ありがとうございます。では、集落の農業が安定しましたら、改めてお伺させていただきます」

「おう。こっちも落ち着いたら行くからな」

「は、はい」

こんなにもあっさりと外部からの従業員を受け入れてしまっていいのだろうか? 

まあ、ずっとこちらに住むのではなく、技術や知識を学ぶための研修生のようなものだ。

そこまで深く考える必要はないか。

「なんだか楽しそうね!」

「レギナの本業は王女だよね?」

すっかりと俺たちの一員として馴染みつつあるレギナだが、本業はこの国の第一王女だ。

今はライオネルの命で自由に動けているが、彼女がやるべきことはきっとたくさんあるに違いない。

「そうだけど、たまに遊びに行くくらいはいいでしょ?」

「そうだね。遊びにくるのなら大歓迎だよ」

拗ねたような顔をしていたレギナだが、そう答えると嬉しそうに笑った。

会話が一区切り着いたところで俺はマジックバッグからゴーレム馬を取り出して跨った。

これ以上話していると、名残惜しくなっていつまでもここにいたくなってしまいそうだから。

メルシアとレギナもゴーレム馬へと跨る。

「それじゃあ、俺たちは獣王都に帰ります」

「はい。次は大農園でお会いしましょう」

「次までにはもっと上手いカッフェを用意してみせるからな!」

ティーゼとキーガスに手を振ると、俺たちはゴーレム馬を走らせた。

あっという間にティーゼとキーガスの姿が見えなくなる。

彩鳥族の集落の外に出てしばらく走らせていると、あっという間に岩礁地帯から砂漠地帯へと変わっていく。

賑やかな人たちが減ると、こんなにも静かになるんだな。

「なんだかあんまりお別れって感じがしなかったや」

「お二人ともすぐに大農園に来る気満々でしたからね」

ポツリとそんな感想を漏らすと、並走しているメルシアがクスリと笑った。

落ち着いたらすぐにやってくると豪語しているんだ。

今生の別れみたいにならないのは当然だった。

「にしてもどっちの集落でも農業ができるようになって本当に良かったわ。あんなに楽しそうにしているティーゼたちを見られたのはイサギのお陰よ。改めてお礼を言うわね」

レギナは過去に彩鳥族の集落に訪れている。

過去の状況をその目で見ていたからこそ、農業ができるようになった時の変化が一番わかっているに違いない。そんな彼女から礼を言われるのは素直に嬉しいことだった。

良かった。今回も力になることができて。

確かな充足感を胸に抱きながら俺はゴーレム馬を走らせた。





「大樹が見えた!」

ラオス砂漠からゴーレム馬を走らせること一週間。

俺たちはようやく獣王都に戻ってくることができた。

街を覆う城壁を突き抜けて見える大樹は獣王都を見守るように屹立していた。

「獣王都を離れた期間はそれほど長いわけでもないのに随分と久々に感じるわ」

「ラオス砂漠の仕事はそれほど濃密でしたからね」

一か月と少しほど前に獣王都を出発したというのに随分と久しぶりのように感じる。

メルシアの言う通り、それだけラオス砂漠での仕事が濃密だったということだろう。

プルメニア村に帰ってきたわけでもないのに、なんだかちょっと懐かしい気分。

城壁の前には今日も獣王都に訪れている商人や旅人、冒険者などの入場待ちの列が見えている。

本来であればその後ろに並ぶべきだが、俺たちには第一王女であるレギナがいる。獣王都への入場は顔パス状態だ。

入場門を守る警備の者にレギナが軽く手を振ると、俺たちはあっさりと中に入ることができた。

獣王都に入ると、俺たちは一直線に大樹へと向かう。

今すぐに適当な宿にでも泊まって身体を休めたいところだが、まずは国王であるライオネルに報告をしないとな。レギナは一応第一王女だし、早くお返ししてあげないと。

昼間なせいか大通りには多くの獣人で賑わっていたが、そこは馬上からレギナが声を上げるとすんなりと道が開いた。

帝国の大通りだと怒鳴りつけるくらいじゃないと道が開くことはない。これだけスムーズに道が空くのは国民の九割が獣人である獣王都だからだろうな。

大通りを突き進み、大樹へと続いている蛇行坂を上り切ると、俺たちは大樹へとたどり着いた。

「おお! お前たちよくぞ戻ってきた!」

入り口を守護している犬獣人と猿獣人に声をかけて大樹に入ろうとすると、そんな声を上げながらライオネルが降ってきた。

最初にやってきた時もこんな感じの登場だった気がする。

「父さん! ただいま!」

「ああ、お帰り。イサギたちとの旅を随分と楽しんでいるようだな」

「まあね」

第一王女の帰還なのにライオネルの様子が軽い。

結構な危ないところに派遣した気はするけど、娘の実力を信頼しているのかあまり心配はしていなかったようだ。ケルシーとは大違いだな。

「ライオネル様、ただいま帰還いたしました」

「うむ! イサギとメルシアも無事でなりよりだ! それでどうだ? ラオス砂漠の様子は? 厳しい環境でさすがのイサギでも何かと厳しいだろうが、途中経過を教えてくれ」

あれ? この様子だとライオネルは俺たちが経過報告のために戻ってきたと思っているのだろうか? 

「父さん、あたしたち途中経過の報告にきたわけじゃないからね?」

「どういうことだ?」

まあ、二つの集落ではまだプルメニアの大農園ほど豊富に作物を栽培することができていないので途中といえば途中ではあるが、ライオネルの要望は既に達成しているので報告をさせてもらおう。

レギナに変わって俺は前に進み出て口を開いた。

「彩鳥族、赤牛族の集落で農園を作ってきました」

「うん?」

「それぞれの集落で小麦、ジャガイモ、ブドウ、ナツメヤシの栽培に成功し、既に二回ほど収穫を迎えています」

「……ちょっと待て? もう農園が出来たというのか?」

「そうなります」

「…………」

農園ができたことを報告すると、ライオネルが固まって動かなくなった。

よくわからないが農園の状況を説明させてもらおう。

「栽培している作物の種類は少ないですが、少なくとも先ほど述べた四種類の作物は栽培することに成功しています。さらに付け加えますと彩鳥族の集落ではカカオという食材を栽培し、赤牛族の集落ではカッフェの実の栽培に成功しました」

「こちらがカカオ豆を加工して出来上がったカカレート、こちらがカッフェの実を加工することで出来上がるカッフェという飲み物です」

特産品がどのようなものかわからないライオネルのためにメルシアがどこからともなく用意したカカレートとカッフェをライオネルに差し出す。

呆然としながらもライオネルは差し出されたカカレートを口に含み、カッフェを飲んだ。

「甘くて美味い! それにこのカッフェという飲み物も独特の苦みやコクがあっていいな!」

「合わせて飲むとさらに美味しいです」

「本当だ! カカレートをもっとくれ!」

「どうぞ」

メルシアが追加でカカレートを渡すと、ライオネルはパクパクとカカレートを食べる。

かなり気に入ったようだ。ちゃっかりとレギナもカカレートを摘まんで食べている。

「これらの品々は二つの集落で大量生産し、それぞれの集落で加工の後に特産品として輸出する予定となっております。現在では貨幣を得る手段に乏しい二つの集落ですが、特産品を生産し、輸出することで数多の人々が集まり活性化するのではないかと思っています」

「イサギ様のご活躍によりそれぞれの集落で新しい水源が発見さえ、集落へと引き込むことに成功しております」

「それとティーゼの集落の近くにある山でマナタイトがあったわ! もしかしると、マナタイトの鉱脈があるのかも!」

「待ってくれ。一度に多くの出来事があり過ぎてパンクしている」

俺、メルシア、レギナが口々に行いを説明すると、ライオネルが頭を抱えてしまった。

冷静に考えると一度にたくさんのことが起きているな。彼が戸惑うのも無理はない。

「おーい、ケビン! 来てくれー!」

「何事ですかライオネル様」

大樹に向かってライオネルが叫ぶと、程なくして宰相であるケビンが大樹から出てきた。

怪訝な顔をしていたケビンだがライオネルから俺たちの為してきたことを聞くと、間抜けな表情になってしまった。

「まさかたった一か月と少しでこれ程の成果を上げとこられるとは予想外です。お早めに戻ってこられたので砂漠で食べられる食材の一つや二つを見つけてくるくらいだと」

「イサギなら砂漠であろうと農園を作り上げることができると思っていたが、こんな短期間で成し遂げるとは思っていなかった」

自分たちで送り出しておきながら酷くないだろうか? まあ、でもティーゼたちが快く協力してくれることがなければ、もっと時間がかかっていたことは確かなので二人の読みも間違いではないだろう。

「こちらがラオス砂漠での詳細な活動報告書になります。ご確認ください」

「確かに受け取りました。後でゆっくりと確認させていただきます」

さらっとメルシアがケビンに歩み寄って報告書の束を用意していた。

「ごめん。そういうのを書いておくのをすっかりと忘れていたよ」

「お気になさらず。こういう事は私のお役目なので」

宮廷錬金術師を辞めてから割と自由にやっていたので報告書という概念をすっかり忘れていた。

やっぱりメルシアは頼りになる。

「ゴホン、ひとまずはよくやってくれたイサギ。報酬については詳しく報告書などを読み込んでから渡したい。それまでは大樹でゆっくりと身体を休めてくれ」

「ご配慮いただき感謝いたします」

ライオネルが直々に面倒を見てくれるのであれば辞退する必要もない。今から街に降りて宿を探すのも面倒なので素直に厚意に甘えることにした。

「イサギさーん! ちょうどいいところにいたのですー!」

ゾロゾロと大樹に入ろうとしていると、後ろからそんな特徴的な声が聞こえた。

振り返ると、コニアがゴーレム馬に乗ってこちらにやってきていた。

「わっ、ライオネル様、レギナ様! お話しの最中に大変申し訳ないのです!」

俺の他にライオネルやレギナがいることに気付くと、コニアは慌てて馬上から降りて頭を下げた。

「良い。俺のことは気にするな。急いでやってきたということは重大な話があるのだろう?」

「そうなのです! 聞いてください! レムルス帝国が獣王国に向けて侵略の準備をしているとの情報が入ったのです!」

コニアのもたらした情報に俺たちは誰もが固まってしまうのであった。

「レムルス帝国があたしたちの国に侵攻するつもりですって!?」

コニアからの報告を聞いて表情を険しくさせるレギナ。

キングデザートと相対した時のような……いや、それ以上の殺気を振り撒いている。

愛国心が強い彼女だからこそ、帝国の動きに許せないものがあるのだろう。

そんな中、隣にいるライオネルはレギナの頭にポンと手を置いた。

「落ち着け、レギナ。王女たるものみだりに取り乱すべきではない。上の者が取り乱せば、他の者にも不安が広がってしまう」

「ご、ごめんなさい」

チラリとこちらに視線を向けるライオネルの意図に気付いたのか、レギナがハッと我に返って謝った。

さすがは獣王だ。こんな緊急な報告を入ったというのに非常に落ち着いている。

王だけあって、こういった緊急事態の対処にも慣れているのだろう。

「詳細については今からコニアが説明してくれる。だろう?」

「はい。情報源につきましては帝国に出入りをしているうちの従業員からの報告なのです」

「侵略を前によく獣人族の出入りが許されましたね?」

メルシアが疑問を投げかける。

仮にもこれから侵攻する敵国の種族だ。

いくら帝国といえど、この時期に獣人の商人の出入りには警戒しているので情報を掴んでくるのは難しいのではないか。

「その従業員さんは人間族と獣人族のハーフなので」

「なるほど。獣人族の特徴の薄い方でしたら紛れ込むことも可能ですね」

大国であるからこそ、どうしてもひとつひとつの検問は緩くなってしまう。人間族と変わらないほどの容姿であれば見分けることは難しいだろう。

ワンダフル商会は国内だけでなく、国内外にも根を張っているようだ。

「……ふむ、それだけではうちへの侵略へと断定するには薄いな」

「父さん! コニアが貴重な情報を持ち帰ってくれたのになに悠長なことを言ってるの!?」

「国軍を動かすには明確な大義名分がいるのだ。迂闊に軍を動かせば、無為に周辺諸国を警戒させることになる」

貴重な情報を持ち帰ってくれた手前言いづらいが、王として本格的に動くには足りないのだろう。

「気になって調べてみたところ帝国のお抱え商人が周辺から大量に穀物や鉄製品、魔石などの買い上げをしており、貴族たちが領地から兵力を動員している動きも確認できたのです」

通常ならそういったケースでは内乱といったケースも考えられるが、帝国の場合は侵略を繰り返して領土を拡大してきた歴史がある。

内乱ではないかと楽観的に構えるよりかは、侵略への動きだと疑って準備する方がいいだろう。

「そこまでの大きな動きとなると間違いなく侵略だな! すぐにケビンを呼べ!」

「はっ」

コニアの報告に先ほどまで慎重な態度を見せていたライオネルが、嬉々として部下に指示を飛ばした。

あまりの変わりように俺とメルシアは目を白黒とさせてしまう。

「こうまで慎重にしないとケビンをはじめとする部下が怒るのだ。断定できない状況で勝手に動くなと」

妙に慎重な態度だと思ったら、過去にやらかしたことからの反省だったらしい。

こっちの方がいつものライオネルらしくて安心するな。

「一つ気になるとすれば、どうして俺の国なのかだな……」

「急にあたしたちの国を狙ってきた理由がわからないわね」

確かにライオネルの言う通りだ。

帝国と隣接している国は、獣王国以外にもある。

その中で獣王国が侵略の対象として選ばれた理由がわからない。

帝国が獣王国を侵略しようとする理由を考えてみる。

帝国は慢性的な食料不足を抱えていた。

そんな時、帝国近くの獣王国の辺境に大農園ができた。

その大農園は獣王国をも襲った飢饉を賄えるほどの肥沃な食料の生産地だ。

帝国ならば、その肥沃な土地となったプルメニア村を奪おうと考えるのも無理はない。

むしろ、自然とくる。帝国にいたからこそわかる。

「イサギ様!」

メルシアも俺と同じ思考に至ったらしい。血相を変えてこちらに視線をやる。

「なにか理由が思い当たるのか?」

「もしかすると、俺の作った大農園が狙いかもしれません」

「イサギの作った大農園? そうか! 帝国の奴等はプルメニア村にある大農園を手に入れることで国内の食料事情を改善しようとしているのか!」

彼も今回の飢饉には大きく悩まされ、周辺国の情報は常に仕入れており、大農園の重要性を認知していた。だからこそ、俺の一言を聞いて、ライオネルも同じ結論へと至ってくれたようだ。

「ということは、俺が大農園を作ったせい?」

俺がメルシアの故郷で農園なんてものを作ったから帝国の標的にされてしまった。

俺が帝国から追い出されて余計なことをしなければ、獣王国の人たちは今も平和な暮らしを……。

「そんなことはありません!」

などといった思考を巡らせていると、傍にいたメルシアが声を大にして言った。

落ち着いたメルシアの言葉とは思えないほどの声量だった。

「イサギ様が大農園を作ってくれなければ、私たちは明日に怯えながら生活をし、緩やかな滅びへと向かっていました。それを救ってくださったのはイサギ様です! イサギ様のお陰でプルメニア村には希望の光が灯り、笑顔で満ち溢れました。だから、イサギ様がご自身を責めないでください!」

「……メルシア」

涙を流しながら訴えるメルシアに俺は驚く。

「耳が痛い話だな。俺がもっと国内の隅々まで力を行き渡らせることができれば、そんなことにもならなかったのだがな。プルメニア村だけでなく、イサギの大農園のお陰で多くの国民が救われた。どうかその行いを忘れないでほしい」

「そうよ! ティーゼたちの集落もイサギの錬金術のお陰で生活が豊かになって喜んでいたじゃない! それを忘れないでよ!」

「ライオネル様、レギナ……」

三人が言ってくれたように俺たちが作り上げた大農園は、たくさんの美味しい食材を作り出し、多くの人を笑顔にしてきた。

その事実を忘れることはメルシアをはじめとする救われた人にとっても傷つくものだ。

「そうだったね。ありがとう、メルシア。ライオネル様、レギナ」

だから、卑屈な思考をするのはやめよう。

皆の笑顔や感謝に恥じない行動ができたと堂々と胸を張っていくんだ。

「にしても、イサギの大農園はすごいけど、あたしたちの国も大国よ? 大国に正面から喧嘩を売ってまで手に入れようとするものかしら?」

「帝国なら間違いなくするよ」

「私もイサギ様の意見に同意します」

「えぇ……」

俺とメルシアが即答すると、レギナが驚く。

「レギナ、お前はまだ若いからわからぬかもしれないが、レムルス帝国とはそういう国なのだ」

厳かな口調でそう告げるライオネルの言葉には決めつけではなく、経験を元にした深い含蓄があるようだった。

「なんかうちの国がすみません」

「イサギが謝る必要はない。まったく、あの国はいつになったら落ち着くのやら」

帝国は大国相手には控え目ではあるが、ちょっかいをかけ続けていた。

今さら帝国に愛国心はないが、自分が生まれ育った国だけあって申し訳ない気持ちで一杯だ。