サンドワームの親玉を討伐することにした俺たちは、赤牛族の集落を出て、そのまま東へと進んでいく。

討伐に向かうのは俺、メルシア、レギナ、キーガス、ティーゼの五人だ。

赤牛族の戦士や彩鳥族の戦士を総動員して討伐するという案もあったが、相手のサンドワームたちの潜伏先が洞窟ということもあって大人数で挑むのが難しいのだ。

さらに先ほどのようにいつまたそれぞれの集落を襲いに行くかわからない以上、集落の守りを手薄にすることもできない。

サンドワームの親玉は討伐しましたが、農園と集落は滅びましたなんてことになれば目も当てられない。

そんな事情もあってか今回は少数精鋭での討伐となったわけだ。

今回は彩鳥族がティーゼしかいないために全員は運ぶことは不可能だ。よって、ティーゼ以外の四人はゴーレム馬に乗って移動をしている。

「このゴーレム馬っていうのは楽でいいな!」

キーガスはゴーレム馬に乗るのは初めてだったが見事に乗りこなしている。

こうしてあっさりと乗りこなしている人を見ると、ダリオってスバ抜けてセンスがなかったんだなって思ってしまう。

「なあ、イサギ。うちの集落のためにもう何台か作ってくれよ!」

「イサギさん、私も欲しいです」

キーガスだけでなく、空を飛んでいたティーゼが高度を下げながら頼んでくる。

「お前は空を飛べるからいらねえだろうが」

「私だって地上を早く進んでみたいんです。別にいいじゃないですか」

キーガスの突っ込みに同意しそうになったが、ティーゼ曰く空を快適に飛べるのと地上を快適に走れるのは別問題のようだ。

「どちらの集落にも作ってあげますから喧嘩しないでください」

「そうですよ。そろそろそれらしいものが見えてきましたし」

馬上と空でやんやと言い合っていたキーガスとティーゼだったが、俺とメルシアの言葉を聞いてピタリと会話をやめた。

俺たちの視線の先では巨大な岩がそびえ立っていた。

大きさは数百メートルある。まるで大きな山のようだが、鎮座しているのはまさしく岩だ。

「でかっ!」

「大樹よりは小さいけど大きな岩ね!」

「砂漠大岩【デザートロック】と言われる大きな岩です」

「あそこにサンドワームがいるの?」

「内部の岩はサンドワームによってくり抜かれており、岩洞窟となっているんです」

どうやらこの辺りは元々サンドワームの群れの住処だったらしい。

それに加え、彩鳥族の集落から逃げ延びたサンドワームの痕跡と、赤牛族の集落から逃げ延びたサンドワームの痕跡から親玉がここにいる確率が高いと言ったわけだ。

ゴーレム馬を走らせると、砂漠大岩の傍までやってきた。

ゴーレム馬から降りると、マジックバッグへと速やかに回収。

近くまでやってくりと大岩の圧迫感をさらに感じるな。

顔を上げ、腰を逸らしても岩の頭頂部は見えないほどだった。

「さて、どこから入るかだな」

大岩を眺めながらキーガスがポツリと漏らす。

大岩の表面にはサンドワームが空けたものらしき無数の穴が空いている。

入り口らしい入り口が見当たらないので、どこから入っていいかわからない。

「とりあえず、中に入ってみよう。中に入れば、俺の錬金術で構造がわかるし、索敵もできるようになるから」

「そうね。中に入らないことには何も始まらないし」

というわけで俺たちは近くの穴から大岩の洞窟に入ってみることにした。

洞窟の内部は以外と涼しい。灼熱の日光が岩によって遮られているお陰だろう。

しかし、そのせいで洞窟の内部は薄暗いのでマジックバッグで光の魔道具を取り出して照らす。

俺以外は必要のない灯りだが、俺にとっては必要なので照らすしかない。

五人が横になって歩いても余裕がある程度には広かった。

サンドワームがあの巨体で掘り進めた穴なので人間が通る分には余裕があるのは当然なのだろう。

「この中に入ったのは初めてだが、まるで迷路だな」

洞窟内を見渡しながらのキーガスの言葉が反響する。

彼の言う通り、洞窟内の通路は無数に枝分かれしており迷路のようだった。

歩きながら壁の表面を撫でてみるとザラザラとした岩の感触。

拳で叩いてみると当然のように硬い。

これを平然と掘り進んで洞窟にできてしまうサンドワームの掘削能力はかなりのものだな。

壁に触れつつ俺は錬金術を発動し、魔力を流して洞窟内部の情報を読み取っていく。

「イサギ様、内部の情報はいかがでしたか?」

「すごく複雑だね。少し情報を整理させてほしい」

サンドワームが捕食行動のために無軌道に掘り進めたせいだろう。洞窟内の通路は迷路のように複雑に入り組んでいる。さすがに脳内だけで情報を整理することは難しいので、マジックバッグから紙とペンを取り出して簡易的な地図を作製する。

「……中心部にぽっかりと空いた大広間があって、そこにサンドワームとは違った大きな生物の気配がする」

数分ほど地図を書きながら情報を整理していると、大岩洞窟の大まかな内部の様子がわかった。

「それがサンドワームに指示を出している統率個体ですね」

「だったら、そこを目指すわよ!」

統率個体らしき魔物の居場所がわかったのなら話は早い。

俺たちは大広間を目指すためのルートを進むことにした。

魔物の索敵に関してはメルシアたちに任せ、俺は大広間へと案内することに専念する。

案内と同時の俺はナイフで壁に傷をつけてマッピングをしていく。

「さっきから何をチマチマ書いてんだ?」

「マッピングですよ。これだけ複雑な通路だと帰るのも困るでしょうし」

サンドワームが無軌道に掘り進めた通路なせいか、洞窟内には特徴らしい特徴がなく三百六十度がほぼ同じ光景だ。これだけ複雑な迷路だと間違いなく帰り道も迷うことになるので、こうやってマッピングをしておかないといけない。

それに今後も砂漠大岩に魔物が住み着いて同様の事件が起きるかもしれない。そういう時のためにも砂漠大岩の内部情報はあるに越したことはないだろう。

キーガスの質問に答えながらマッピングをしていると、不意に前を歩くメルシアが足を止めた。

「気を付けてください。サンドワームがきます」

メルシアが言葉を発するまでもなく意図が伝わったのだろう。既にレギナやキーガスは武器を構えていた。

程なくして通路にある穴からゴゴゴ、と音を立てて地中を泳いでいるだろうサンドワームの複数の気配が感じられた。

程なくして正面の通路からサンドワームが大きな丸い口を開けて飛び出してきた。

びっしりと生えた鋭い牙がこちらに襲いかかってくるが、それよりも先に俺は風魔法を準備しており、大口に向かって風の刃を飛ばすと真っ二つになった。

少し遅れて横の通路からサンドワームが飛び出してくるが、それにはメルシアが頭部に掌打を叩き込んだ。

サンドワームの頭部はあっけなく弾け、赤い血しぶきを撒き散らしながら通路に横たわる。

他にもサンドワームは天井から後ろ、反対側の通路からも迫ってきていたようだが、レギナは大剣で胴体を切断し、キーガスが頭部にトマホークを振り下ろして叩き潰し、ティーゼは得意の風魔法で切り刻んで倒していた。

この面子ならサンドワームを相手に遅れを取ることはなさそうだ。

サンドワームを倒して一息ついていると、またすぐに地中を泳ぐサンドワームの音が響く。

「一か所に留まっていると四方八方から襲われ続けます」

「ここからは走って大広間を目指そう!」

俺たちの居場所がサンドワームたちの捕捉されたのだろう。メルシアの言う通り、ずっとここにいるとサンドワームの群れの餌食になってしまう。

俺の提案に異論はなく、他の仲間たちもこくりと頷いて走り出した。

急いで戦闘場所から離れて前に進むが、サンドワームの気配が完全になくなることはない。

恐らく俺たちが移動する音を察知して、追いかけているのだろう。

さすがにサンドワームの潜行速度には敵わず、移動している最中にもサンドワームに襲われる。

だが、サンドワームがいくら奇襲してこようと意味がない。

なぜならば、サンドワームが襲ってくる方向やタイミングが俺たちには手に取るようにわかるからだ。

俺以外の仲間は全員が獣人だ。

サンドワームがどこから近づいてきているのか正確に耳で聞き分けることができる。

よってサンドワームは通路から顔を出した瞬間にレギナの大剣の餌食かキーガスのトマホークの餌食となるのであった。

これが人間族のパーティーであれば、サンドワームが潜行する音を聞き分けることができず、何度も奇襲を受けてジリ貧になってしまうことだろう。可哀想に。

しかし、サンドワームを統率している者もバカではない。

これ以上、侵入者をみすみす通らせまいと正面の通路から五体ほどのワームがやってきた。

しかも、体表が紫色に赤い斑点がついているワームであり、妙に毒々しい見た目をしている。

ワームが五体となると通路はギチギチだ。

ワームたちが身体をぶつかり合わせながら圧倒的な質量で通路を塞ごうとする

「うわっ、気持ち悪い!」

「ポイズンワームだ! 毒を持ってるから気をつけろ!」

体で通路を塞いでいる上に毒を持っているとなると迂闊に近づくことはできない。

錬金術を使って殲滅しようかと思っていると、ティーゼが俺の頭上を越えて前に出た。

「ここは任せてください。『風刃乱舞』【エルウインド】」

ティーゼの鮮やかな翼に淡い翡翠色に光が収束。

ティーゼが翼を羽ばたかせると、翼から風の刃が次々と射出されて五体のポイズンワームが輪切りになった。

種族的に風魔法が得意だと聞いていたが、これほどまでの威力が発揮できるとは思わなかった。

「すごい威力の風魔法ですね。さすがです、ティーゼさん」

「ありがとうございます」

今の威力の魔法を放っても本人は至ってピンピンとしている。

あれくらいの魔法であれば、まだまだ放つことができるらしい。

水源を探索した時はまったく本気じゃなかったようだ。頼もしい。

前方を塞いでいるポイズンワームの遺骸が邪魔なので、マジックバッグに収納することで除去。

俺たちは足を止めることなく颯爽と通路を進んでいく。

「皆さんがいるとサンドワームの群れの中でも怖くないですね」

統率個体が棲息している魔物の巣に突入しているのに、まるで恐怖や不安を感じていない。

代わりにあるのは圧倒的な信頼感だった。

「なに言ってるのよ。イサギがいるからここまで楽に進めてるのよ?」

「イサギさんがいなければ、私たちはこの迷路のような洞窟で迷い続けていたでしょうから」

「俺が認めて数少ない人間族の男だ。もっと胸を張りやがれ」

「そ、そうですかね? ありがとうございます」

なんて呟くと、レギナ、ティーゼ、キーガスが口々にそんな嬉しいことを言ってくれる。

そんな光景を目にしてメルシアが生暖かい視線を向けてくるのがこそばゆい。

「もう間もなく大広間だ」

なんて風なやり取りをしながら進んでいると、目的地である大広間にたどり着いた。

視界を確保するために光魔法を打ち上げると、大広間の中央には灰色の体表に刺を生やした大きなワームがいた。