キーガスたちの畑の開墾を任せた俺たちは、空き地に工房を作り上げると、早速そこでカッフェの研究をすることにした。
「それじゃあ、カッフェを美味しく飲むための研究をしようか」
「かしこまりました。なんとしてでも私たちの手で美味しいカッフェを作り上げましょう!」
「妙に意欲が高いね?」
クールなメルシアがいつになく熱意に燃えている。
それほどメルシアもカッフェに対しての可能性を見出していたのだろうか。
「これがあまりにも完成度が低いせいで、私はイサギ様の前であのような醜態を晒すハメになりました。許せません」
違った。どうやら汚名返上のためらしい。
からかってやりたい気持ちはあったが、いつになくギラついた様子のメルシアを目にすると憚られた。
「そ、そっか。俺たちの手でちゃんと飲めるものにしないとね」
「ええ」
「まずは色々と加工を試してみようか」
静かな怒りに燃えているメルシアを宥めながら、俺は作業を開始することにした。
カカオと同じように赤い粒のままで発酵、乾燥、加熱、湿気、分離、発酵、成分抽出、形状変化、粉砕などの錬金術の加工法を試してみる。
メルシアは実際にフライパンで焼いてみたり、煮てみたり、洗ってみたりと錬金術とは違った方向性での加工を探ってくれた。
そうやって一通り試し、ケースに仕分けされているカッフェの変化を観察してみる。
「水で洗い流すとぬめりが出てきましたね」
「うーん、どうやって加工していくのが正しいんだろう?」
現段階ではこれといってカッフェらしい香ばしい匂いもしない。
キーガスは適当に天日干しにしたものを煮出しているらしが、その通りになぞったとしてもあの味の再現にしかならないだろう。
つまり、美味しいカッフェにするには、ここから何かしらの手を加えないといけないことになる。
「カカオを同じように発酵を進めてみるのはいかがです?」
「そうだね。原料は同じ豆なんだし、工程をなぞってみようか」
別に外れていたっていい。他にこれだという道筋がないからなぞってみるだけだ。
当たればラッキーくらいの気持ちで錬金術を発動し、発酵具合を調整してみる。
発酵とは微生物が糖分を水や二酸化炭素に分解する反応のことだ。この発酵具合によって豆類の植物は糖度などが変化する。
「まだぬめりが残ってるね」
「乾燥させる前に一度よく洗った方がよさそうですね」
発酵を進めたことでぬめりがいくらか分解されたが、まだ残っているので乾燥を進める前に、大きなタライに入れて水で洗うことにした。
メルシアと一緒にタライに入ったカッフェをジャブジャブと洗っていく。
ちょっとや擦っただけでは綺麗にならないので、たっぷりの水を入れてゴシゴシと洗う。
「意外と重労働だ」
「そうですね」
などと同意してくれているがメルシアはまるで疲れている様子がなかった。
俺が非力なだけなのかもしれない。
ザルの水を三回交換して洗い続けると、ようやくぬめりがなくなって豆が淡緑色っぽくなった。
最初は濁っていた水も今ではすっかりと透明なものになっている。
「よし、今度こそ乾燥だ」
荒い終わったカッフェを錬金術で水分量が十%になるまで一気に乾燥。
気候によっては何週間とかかる作業を一気に短縮できるのは錬金術の強みだな。
すっかり乾燥して豆が綺麗になると、錬金術を使って殻だけを取り除いて脱穀。
「いい感じに豆っぽくなってきたね?」
「せっかくですからこちらも焙煎してみましょうか」
なんとなく悪乗りしている感じはするが、ここまで類似性のある反応をしていれば、カッフェ豆も焙煎してみるのがいいのかもしれない。
「そうだね。やってみよう」
カカオ豆も焙煎することで独特な風味や甘みが各段に増していた。カッフェ豆も同じ反応が出るかもしれない。
メルシアがカッフェ豆をフライパンに入れて蓋をすると、錬金術で加熱していく。
そのまま鍋を揺すりながら加熱していくと、鍋の内部から香ばしいカッフェ豆の香りがするようになった。
「ちょっと中を確認してもいい?」
「はい」
メルシアに蓋を取ってもらうと、フライパンの中にあるカッフェ前は淡緑色からキツネ色へと変化していた。
「キーガスに飲ませてもらったのよりも香ばしくていい匂いがする!」
「もう少し焙煎を進めてみましょう」
確かな手応えを感じたので蓋を載せて、そのまま焙煎を進めてみる。
さらに焙煎を進めると、カッフェ豆はキツネ色から黒褐色となり、独特な香りを漂わせていた。
「これならイケる気がする! これで抽出みよう!」
「かしこまりました」
錬金術でカッフェ豆を粉末状に粉砕。
メルシアが用意してくれたポットの注ぎ口に、粉末が直接落ちないようにペーパーを設置。
粉末を入れると、その上から魔法で用意したお湯を注いでいく。
程なくすると、ポットの中には透き通った黒い液体――カッフェが抽出された。
カッフェが出来上がると、マジックバッグから二人分のカッフェを注いだ。
「うん、香りはいいね」
「妙な酸っぱさやえぐみのようなものも感じられません」
嗅覚の鋭いメルシアがそうコメントするということは獣人にとってもいい香りのものができたと言えるだろう。
「問題は味だね」
「ええ」
俺とメルシアは顔を見合わせるとこくりと頷き、ほぼ同じタイミングでコップを傾けた。
「美味しい!」
口の中に入った瞬間、カッフェの独特な風味と苦みが広がった。
僅かに感じる酸味、果肉の甘み、フルーティーさといった様々な味が舌を刺激するが、不思議とそれらには調和があり、すんなりと受け入れられる味だった。
「味の方も問題ありませんね。香ばしさと苦みが絶妙です。これならいずれは紅茶やお茶といった飲み物に並び立てる飲み物になるでしょう」
カッフェの味にメルシアも大変満足しており、先ほどのような醜態を晒すことなく、スッキリとした表情でカッフェを楽しんでいるようだった。
まさかカカオ豆の加工をなぞるだけでここまで上手くできるとは思わなかった。
やっぱり経験というのは偉大だな。
カッフェを飲み終わったところで俺たちは外に出る。
カッフェ好きのキーガスに改良したカッフェを飲んでもらうためだ。
「キーガスさん、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
鍬を振るっているキーガスに声をかけると、彼は赤いオーラを引っ込めて振り返った。
「改良したカッフェが出来上がったので飲んでもらいたくてですね」
「もう出来上がったっていうのか? 半日も経ってねえぞ?」
「まあまあ、とにかく飲んでみてください」
錬金術でコップを作ると、ポットを傾けてカッフェを注いだ。
キーガスは湯気の立っているコップを手にすると、鼻に近づけて大きく息を吸った。
「いい香りだ」
「味の方も確かめてみてください」
「う、うめえ! なんて香ばしいんだ! 程よい苦みと酸味が口の中で広がりやがる」
驚きの表情で感想を漏らすと、もう一度口をつけて味わうように飲む。
キーガスがホッと息を漏らした。
「俺の作ったやつとは全然違うぜ」
「これなら他の人も飲んでいただけそうですかね?」
「ああ、俺以外にカッフェを飲む奴はいなかったが、これなら飲むはずだ」
キーガスはそう言うと、傍で作業をしていた赤牛族たちに試飲するように声をかける。
「えー、それってこの間族長が勧めてきたクソマズい飲み物じゃないですか」
「俺たち飲みたくないっす」
カッフェを作り上げる段階で他の者の試飲をさせていたせいか、赤牛族の青年たちは嫌そうな顔をしていた。
「クソマズいとか言うんじゃねえ! 今回はそれをイサギが改良して飲みやすくなったんだ。だからお前たちも飲んでみろ!」
「すみません。ぜひ、感想を聞かせてほしくて」
「まあ、錬金術師さんが言うなら……」
第三者である俺が頼み込むと断りにくいのか、赤牛族の青年たちは渋々ながらも頷いてくれた。
青年たちのコップを作り上げると、人数分のカッフェを注いで渡す。
コップに注がれた黒い液体を見て、微妙な顔をしていた青年たちだが意を決したような顔をするとカッフェをあおった。
「あれ? 普通に美味しいっす」
「族長に飲まされたゲロマズいやつと全然違う」
「これなら普通にイケるな!」
きょとんと目を丸くしながら口々に感想を語る青年たち。
好き放題言われているキーガスはちょっとイラっとしている模様だが、カッフェを認めてくれたことは嬉しいのか拳が飛び出ることはなかった。