作業に入ると赤牛族たちは、得意の身体強化を使って凄まじい勢いで開墾を進めていく。
彼らが鍬を一振りするだけで土がザックザックと掘り返されていく。
たった一振りでの効果が凄まじい。
「彼らの開墾速度を見ると、人間族のやっている開墾作業はきっと亀の歩みのように見えるだろうね」
赤牛族たちの作業ぶりを横目にしながら俺は錬金術でプラミノスハウスを作っていく。
既に材料が揃っている上に作り慣れたものなので作成に手こずることはない。ものの数分でプラミノスハウスが建っていく。
「プラミノスハウスを次々と建てていくイサギも大概だと思うけどね?」
「イサギ様を基準とすれば、そこらにいる錬金術師は亀のようだと思います」
すぐ傍では開墾作業を手伝っているレギナとメルシアがそのようなコメントをしている。
二人からすれば、俺もおかしい作成速度をしているように見えるらしい。
俺には一般的な錬金術師というものがわからない。誰か俺に錬金術師の知り合いか、友人をくれ。
なんて俺の叫びは置いておくとして、このままのペースで行けば夕方までには肥料を混ぜ込む作業まで行けそうだ。
設置作業がなくなったので手持ち無沙汰になってしまった。
開墾を手伝うという手もあるが、赤牛族たちがあれだけ張り切っているところに混ざる気にはなれない。俺みたいな奴がトロトロと開墾していたらきっと作業の邪魔になってしまうだろうな。
ヘタに混ざるよりも混ざらない方がいいと判断した俺は、錬金術で砂を操作してちょっとした休憩所を作った。
長イスに腰かけると、ふうと息を吐いた。
日差しを凌げるだけで随分と暑さが和らぐものだ。
「ちょっと借りるぜ」
「どうぞ」
キーガスがやってきたのでお尻をずらしてスペースを空けてあげる。
「飲むか?」
ボーッとしているとキーガスが腰にある革袋を差し出してきた。
受け取ってみると中に入っている液体はとても黒い。
休憩所の屋根のせいで水が黒く見えるのでなく、純粋に革袋に詰まっている水自体が黒いようだ。
「なんの飲み物です?」
「近くで穫れたカッフェを乾燥させて煮出したものだ。名前は知らねえ」
「……味は?」
「飲んでみろ」
キーガスがニヤリと笑いながら言う。
錬金術師の眼力で確かめてみたところ毒ではないのは確かだ。
構成されている成分を深く読み取れば、どのようなものかわかるのだが、それをしてしまえばつまらない気がするので言われた通りに飲んでみる。
「苦っ!」
「ハハハハハ! だろうな!」
感想を漏らした瞬間にキーガスが笑った。
独特な香ばしさの中に強い酸味とえぐみが入っている。
「これ腐ってるんじゃないですか?」
「腐ってねえよ。これはこういう飲み物だ」
試しに読み取ってみると、キーガスの言う通り腐敗していなかった。
こういう味のする飲み物のようだ。
「最初は苦い上に酸っぱくてマズかったんだが、続けて飲んでいると意外と癖になってな。朝なんかに飲むと妙にスッキリするし、気分転換にいいんだ」
キーガスは慣れているようでカッフェをスッと飲んでいた。
試しにもう一度口をつけてみるが、飲みなれていない俺にとってこの苦みと酸味とえぐみのようなものは少しきつい。
風味や苦み自体はとてもいいのでもうちょっと飲みやすくならないものか。
「香ばしい香りがします。イサギ様、なにをお飲みになっているのですか?」
顔をしかめているとメルシアが作業の手を止めてこちらにやってきた。
俺たちの飲んでいるものが気になったらしい。
彼女の好奇心を表すように耳がピクピクと動いていた。
「カッフェっていう飲み物だよ。少し飲んでみる?」
「では、いただきます――ぶふっ!?」
カッフェを口にした瞬間、メルシアが黒い液体を霧状に噴き出した。
「げほっ、ごほっ……醜態を見せてしまい申し訳ありません」
「ご、ごめん。ちゃんと味について注意しておけばよかったね」
背中を向けて乙女らしからぬ様を隠しながら咳き込むメルシア。
俺と同じような反応を期待していたけど、まさか噴いてしまうとは思わなかった。
やがて呼吸を整えて口元を拭ったメルシアが振り返る。
「……なんですか、これは? 酸味と苦みとえぐみが一気に押し寄せてきましたよ。とても飲み物とは思えません」
「わかってねえな。その苦みと酸味がいいんだろうが」
メルシアの率直な感想にキーガスが憤慨する。
「だとしても酸味やえぐみが強すぎます。これでは飲み物として認めることはできません」
やっぱり、俺だけじゃなくメルシアもそう思うか。
ここまで酸味やえぐみが強いのは元々のカッフェの特性なのか? あるいは加工法が間違っており、それらの味が強く出てしまっているだけなのだろうか? 前者の場合は本格的な品種改良を加えないといけないが、後者の場合であればちょっと加工法を変えるだけで簡単に美味しくできる。
それを調べるために俺は錬金術を発動。
「やや酸味とえぐみが強いのはカッフェの加工が不十分だからみたいだ」
調べてみると、キーガスの差し出してくれた飲み物は加工が間違っていることがわかった。
この飲み物の本来の美味しさはこんなものではないはずだ。
「あん? これがもっと飲みやすくなるってのか?」
「その通りです。元になるカッフェがあれば、分けてもらえませんか?」
「別にいいがどうするっていうんだ?」
「俺が慣れていない人でも飲みやすく、もっと美味しいものに加工します」
「これがもっと飲みやすて美味くなるんだったら俺としては嬉しいな」
キーガスはまんざらでもない顔をしながら腰に下げてある小さな革袋を渡してくれた。
そこには真っ赤な丸い実が詰まっていた。
飲み物になる前のカッフェは随分と綺麗な色をしているな。
「ただそんなものをいじっている暇があるのか? 俺としちゃそっちよりも普通に作物を育ててもらいてえんだが」
頬をかきながらキーガスが言いづらそうに言う。
カッフェはあくまで娯楽品だ。これからここで植える小麦、ジャガイモ、ブドウなどの食材と比べると優先度は低い。農業をやるのだから生活に必要な食べ物をできるだけ早く、たくさん作りたいと思うのはキーガスからすれば当然だろう。
「大丈夫ですよ。今みたいな空いた時間や作業の隙間にコツコツと進めていくので」
キーガスたちの気持ちも俺としてはよくわかるので、皆の時間や労力を割いてまでやるつもりはない。
「それならいいんだが……お前の貴重な時間を使ってまでやるメリットはあるのか?」
「美味しいカッフェができれば赤牛族の新しい特産品になります。特産品として輸出できれば貨幣が手に入り、外からも色々な物資を手に入れることができます」
ティーゼたちがカカオを特産品として加工して作り上げているように、キーガスたちの集落でもこの実を加工して特産品として作り上げてほしいと思う。
「俺はこのカッフェという飲み物に可能性は感じているんです。今は強い酸味とえぐみが全体の味を邪魔してしまっていますが、それらがなくなればきっと美味しい飲み物になるはずです」
「なるほど。ただの娯楽じゃねえってことか。俺に手伝えることがあったら何でも言ってくれ。俺も美味しいカッフェを飲んでみてえ」
俺が熱い想いを伝えると、キーガスにも伝ったらしく嬉しそうに笑ってくれた。
ただ顔が強面気味なのでその笑顔は悪人が悪だくみをしているようにしか見えなかったが。