俺はマジックバッグから収穫された畝のところに肥料を撒き、錬金術で土を攪拌。
攪拌が終わったところでジャガイモのタネをそのまま植え、土を被せてから水を撒く。
最後に錬金術を発動すると、植えたばかりのジャガイモのタネからニョキニョキと芽が生えてきた。
「なっ!」
生えてきた芽は葉と茎を大きく伸ばし、あっという間に収穫期のものと同じ大きさになった。
土をかき分け、蔓を引っ張ると、地中から見事なジャガイモが収穫できたではないか。
「イサギさん! こんなすぐにでも収穫はできるのですか!?」
キーガスと戦士二名が口をパクパクとして驚く中、ティーゼは興奮を露わにして尋ねてきた。
「可能ですが、しっかりと錬金術で調整する必要がありますし、長期的なことを考えるとおすすめしないです。今回はキーガスさんたちにわかりやすく農業が可能かを伝えるためにやっただけです」
「そうですか……」
期待させて申し訳ないが、これはデモンストレーションを意識したものだ。
長期的にちゃんとした作物を育てるのであれば、こういった無理はしない方がいい。
「こんなすぐに作物が育つなんておかしい! きっと何かの魔植物だ!」
「やめろ! みっともねえ!」
若き戦士が難癖をつけようとするのを止めたのは、族長であるキーガスだった。
「先日、お前たちに行った侮辱を撤回し謝罪する。すまなかった」
キーガスが深く頭を下げると、戦士二人は遅れながらも頭を下げた。
そんな光景をティーゼはアンデットを見たかのような面持ちで眺めている。
彼が頭を下げて謝罪するというのが彼女にとってそれほど衝撃的だったらしい。
「頭でも打ちましたか?」
「うっせえな! ちょっとやそっとの出来事なら下げねえが、こんだけ目の前で実力を見せつけられたんだ。素直に非を認めるしかねえだろ」
粗野な言動が目立つキーガスであるが、自らの行いを振り返り、きちんと謝罪ができるタイプのようだ。
ああ、帝国の上司も見習ってほしい。彼くらいの素直さと相手を認める心があったら――いや、素直に非を認めて、部下に謝罪するガリウスとか想像できない。
「謝ったことだ。俺たちは帰る」
「待ってください」
プラミノスハウスを出て行こうとしたキーガスを俺は呼び止める。
これで帰ってもらっては困る。俺たちにとってここからが本番なんだ。
「なんだよ? 自慢の作物を見せつけて、謝罪させて、この上俺たちに何をさせようって言うんだ?」
「最初に言った通りです。俺たちと一緒に農園を作りましょう」
キーガスたちとオアシスで出会った時と同じように、俺はもう一度誘いをかけた。
「正気か? 謝罪したとはいえ、あんなにお前のことをバカにしたんだぞ?」
「そのことについては今謝ってくれたじゃないですか。その件はそれで終わりです」
過去に嫌なことを言われたからといって救わない理由にはならない。
私情で彩鳥族だけを救う判断をするなんて俺の矜持にも反するし、ライオネルの命にも反することになる。
だから俺は当初の予定通り、赤牛族にも農業を持ちかけるんだ。
プラミノスハウス内にある成果と、さっき見せた成長過程によって砂漠で農業ができるという証明はできた。
これでキーガスたちも俺たちの言葉に耳を傾けてくれるようになったと言えるだろう。
「……俺たちにも苗を分けてくれるっていうのか?」
「分けるだけじゃありません、一緒に作物を育てるんです。厳しい環境に負けず、豊かな生活を手に入れましょう」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
「錬金術を使って多くの人々を豊かにする。それが俺の信条だからです。そこに国も種族も関係はありません」
素直に理由を述べると、キーガスは目を丸くした後に笑った。
「不思議だな。こんななよっちい身体をしてるってのに、お前にはまるで敵う気がしねえよ」
「そうですか? 戦うことになれば、俺は一瞬で負ける気しかしないですけど……」
人間族と獣人族には大きな力の隔たりがある。自分の身長ほどのトマホークを振り回せるであろうキーガスに敵う気なんてしないのだが。
「そういう意味じゃないですよ」
「イサギってば、賢いのに時々バカになる時があるわよね」
「そんなところもイサギ様の魅力なんです」
俺の言葉を聞いて、ティーゼ、レギナがクスリと笑う。
メルシアだけは笑っていなかったが、絶妙にフォローになっていない気がした。
「体力と力には自信がある。俺たちにも力を貸してくれ、イサギ」
「任せてください。この砂漠で一緒に農園を作っていきましょう」
キーガスが差し出してきた大きな手を俺はギュッと握りしめた。
●
キーガスたちにも農業指導をすることになった俺は、赤牛族の集落へとやってきていた。
ティーゼ、メルシア、レギナ、俺といって外部の者を招き入れることに赤牛族たちは反対気味だっったが、キーガスが新しい方針を説明すると反対の声はピシャリと止んだ。
「すごいですね。たった一声で収められるなんて……」
よっぽどキーガスに対する信頼が厚いのだろう。
「俺の他にもお前のすごさを見た奴等がいるからな。というか、ここまでしてやっぱりできませんでしたっていうのはやめてくれよ?」
「……そうならないように努力します」
キーガスからプレッシャーをかけられる中、俺たちは農業をするに適した場所を探すことに。
「この辺りに農作業をするのに適した場所はありますか?」
「具体的にどんな場所がいいんだ?」
「水源に近い場所がいいですけど、ありますかね?」
「あっちに井戸がいくつかある。あの辺りなら水も引き込みやすいはずだ」
「へえ、こちらの集落には井戸があるんですね」
「この辺りには地下から湧き出る水が点在しているからよ」
詳しい話を聞いてみると、オアシスから水を汲んでくる以外には、地面を掘った先にある小さな水源から水を確保しているようだ。
試しに錬金術を発動して水源を探査してみると、キーガスの言う通り赤牛族の集落の真下にはいくつもの小さな水源が点在していた。
「確かに水源がありますね」
なるほど。キーガスたちの先祖はそれがわかっていたから、ここに集落を作ったのかもしれないな。
ティーゼたちの住んでいた集落の周囲にはまったく水源がなかったので苦労したが、こちらなら楽に畑を作ることができそうだ。
「でしたら、ここに畑を作りましょう!」
集落から南下した何もない平地で俺は立ち止まって宣言した。
「はぁ? こんなところに畑を作っちまったら水を運ぶのに時間がかかっちまうぞ? 水が必要なら井戸のある集落に近いところの方がいいだろ?」
「水ならありますよ。この真下に」
「はぁ? いい加減なこと言うんじゃねえよ」
「俺には錬金術があるので水源があるかどうかわかるんです」
「……じゃあ、今から掘ってやる。嘘だったらぶん殴ってやるからな!」
キーガスはそのような物騒な台詞を放つと、トマホークを両手で握った。
「キーガスの身体から真っ赤なオーラが……ッ!」
トマホークを構えたキーガスの身体には血潮のようなオーラがまとわりついていた。
それだけじゃなく、キーガスの筋肉がさらに隆起しており太い血管が隆起している。
「これは身体強化でしょうか?」
「赤牛族は獣人ながら身体強化が得意っていう稀有な種族なのよ」
メルシアの疑問にレギナが答えてくれる中、キーガスは練り上げた魔力をトマホークへと流し、そのまま地面へと叩きつけた。
ズンッという派手な重低音が響き、衝撃で地面が深くまで陥没。
衝撃により真下にあった地下水が露出し、空へ向かって大きな水の柱が昇った。
水の飛沫が俺たちに降り注ぎ、宙に綺麗な虹の橋がかかった。
「はっはー! 本当に水があったじゃねえか! すげえな、お前!」
「いや、すごいのはたった一撃でこんなに深い穴を空けることができるキーガスさんですよ」
畑を作る前に錬金術とゴーレムを駆使して、水源を掘ろうと思っていたが、まさかこんなにすぐに掘り当てることができるとは思わなかった。
周囲では赤牛族たちが新たなる水源を目にして喜びの声を上げている。
この砂漠で水源は生きるために必要な資源だ。大喜びするのも当然だった。
「にしても、赤牛族っていう呼称は、この身体強化によるオーラの色を表していたんですね」
「そういうわけで力仕事は得意ってことだ」
見た感じまったく赤い感じがなかったのでずっと不思議だったけど、ようやく納得がいった。
獣人種の中で特に力のある牛族、そこに身体強化まで加われば、パワーはとんでもないな。
水源の確保ができたのなら話は早い。
俺は早速、水源の周囲の土壌を調べて回る。
「うん、ティーゼたちの集落と土質はそれほど変わらないね」
こちらは岩礁地帯よりもやや砂が柔らかく、乾燥気味だが、土壌の性質自体はほとんど変わらない。
土壌が変わらないのであれば、ティーゼたちの集落で植えた作物がそのまま使用できるというわけだ。
「であれば、キーガスさんたちには早速働いてもらうことにしましょう。ロープで囲った地面のところを鍬で耕してください」
「おう! 任せろ!」
マジックバッグから鍬を放出すると、キーガスをはじめとする赤牛族たちが次々と手にする。
そして……。
「なぁ、土を耕すってどうするんだ……?」
キーガスをはじめとする赤牛族は、彩鳥族たちと同じ疑問を口にした。
そうだ。この人たちも農業をやったことがないんだった。
鍬を手にして所在なさげにする赤牛族に、俺たちは丁寧に土の耕し方を教えるのだった。