バスケットの中で揺られ続けること一時間程度。
俺たちは赤牛族と出会った集落を越えて、さらに南西に向かっていくと集落と思われるものが俯瞰して見えた。
こちらは彩鳥族の集落と違って、平地に民家を建てているようだ。
壁は石灰岩の切り石を重ね、漆喰を使って白く塗り固めている。屋根は灰色の平らな石をバランスを取りながら円錐状に積み上げている。接合材らしいものを使っていない実にシンプルな造りだ。
「家同士の屋根がくっ付いていますね?」
可愛らしいとんがり帽子のような民家だが、きちんと見れば隣の家と屋根が繋がっているのがわかる。
「家を連続させることで屋根を大きくして貴重な雨水を少しでも多く溜めるためだろうね」
それに漆喰壁は雨水を濾過するだけでなく、直射日光を反射し、内側にある熱を外に逃がさない性質も持っている。
入手しやすい材料で建てているのではなく、砂漠の厳しい気候を意識して造られた家だった。
「脳筋っぽい感じだけど、意外とちゃんと考えて生活しているのね
あまりに率直なレギナの呟きに苦笑してしまう。
「何も考えずに生活していると、あっという間に干上がっちゃうだろうしね」
屈強な獣人をもってしても耐えることが難しい環境だ。本当に何も考えずに生活していたら間違いなく滅びているだろう。
「このまま入り口まで行くか?」
「近づき過ぎると何をされるかわかりません。このまま集落の上で飛んでいれば、向こうから出てくるでしょう」
「あっ、赤牛族たちが続々と出てきました」
ティーゼの言った通り、集落の上空を派手に旋回していればキーガスをはじめとする赤牛族の戦士たちが続々と出てきた。
そのタイミングで集落から程よい距離の所まで離れて、俺たちは地上に降りる。
「俺たちの集落の上を飛び回ってなんのつもりだ?」
こちらまでやってきたキーガスが剣呑な雰囲気を漂わせながら言う。
この間と同じ大きなトマホークを持っており、後ろにはオアシスで出会った仲間たちもいた。
突然、集落の真上にやってきて挑発するように旋回していたのだ。
キーガスたちが警戒するのも無理はない。
「あんたに話があってやってきたのよ!」
勇ましく第一声を開いたのはレギナだ。
「話だぁ?」
「彩鳥族の集落で作物を育てることできたのよ! そういうわけでオアシスであたしたちを侮辱したことを謝罪しなさい!」
レギナの直球な要求にキーガスも呆れたような顔になる。
「はぁ? いきなりやってきて何を言ってやがる?」
「あんたが出来ないって言っていたことができたのよ。だから、あたしたちは謝罪を要求するわ!」
まあ、いきなり農業に成功したのであなたたちも一緒に農業をやりませんか? などという胡散臭く思える提案よりは取っ掛かりがあるかもしれない。前に出会った時にバカにされたのは確かなのだし。
「そんなの信じるわけねえだろ」
「あなたならそう言うと思って迎えにきてあげたのです。信じられないというのであれば、うちの集落に見に来てください」
「ティーゼ、本気か……?」
「ええ、私は本気ですよ」
真意を探ろうとするかのようにキーガスは凝視するが、ツーンとした様子のティーゼからは何も情報は探れないだろう。
「信用できねえな」
「怖いのですか?」
「べ、別に怖くはねえよ! ただ一人で行ったら何をされるかわからねえからな! 仲間も二人ほど呼ぶが問題ねえよな?」
「好きにしてください」
売り言葉に買い言葉みたいな会話の応酬だが、キーガスは彩鳥族の集落に来てくれるようだ。
「族長、イサギたちは俺たちが運ぶぜ」
「いいえ、あなたたちにはキーガスたちをお願いします。イサギさんたちは私が責任を持ってお運びしますから」
リードがそのように声をかけるが、ティーゼは綺麗な笑みを浮かべて断った。
「ええー! 俺たちもイサギたちがいい!」
「赤牛族の奴等、絶対重いって……っ!」
「ダメです。族長命令です」
「横暴だ!」
「三人とも後ろにキーガスさんたちがいますから!」
やんややんやと話し合っているすぐ後ろではキーガスとお供である赤牛族の戦士が二人やってきている。当然、嫌がる三人の会話は丸聞こえだったらしく、頬をひきつらせていた。
「キーガスさんたちはこちらにお乗りください」
俺は錬金術ですぐに大き目のバスケットを作って案内すると、キーガスたちは少し驚きながらも素直に乗り込んでくれた。
「さっさと連れていけ」
キーガスはつっけんどんな声を上げると、バスケットの中に座り込んだ。
ティーゼが顎で示すと、リードとインゴは嫌そうにしながらもキーガスたちの乗り込んだバスケットを持ち上げた。
「おわあっ!」
キーガスたちのバスケットから突如として上がる悲鳴。
「誇り高い赤牛族の戦士が、空が怖いなどとは言いませんよね?」
「誰がビビったりするか! ちょっと揺れたから驚いただけだっつうの!」
僅かながら顔を出したキーガスだが、すぐにバスケットへと引っ込んだ。
顔をすごく真っ青にしていたし、すぐに顔を引っ込めたところからビビッていたのは間違いないだろうな。
鳥人族でもない限り、まともに空を飛ぶなんて経験はないだろうし仕方がないだろう。
そんな様子のキーガスたちを見てクスリと笑うと、ティーゼは俺たちの入ったバスケットを持ち上げて上昇した。
●
行きと同じように二時間ほどバスケットで揺られると、俺たちは彩鳥族の集落へと戻ってきた。
バスケットが地面に着くと、キーガスと二人の戦士が一目散にバスケットから降りた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ! ちょっと喉が渇いただけだ!」
その言い訳には無理があるのではないかと思ったが、キーガスたちのプライドとして高い所が怖かったなどとは言えないのだろう。
せめてもの情けとして俺はゆっくりとバスケットを回収することにした。
「で、あの半透明な家の中に作物があるってか?」
そんな僅かな時間でキーガスたちの体調はある程度のところまで回復したようだ。
こちらに歩み寄って声をかけてくる。
「ええ、ちょうど収穫をしているところなので入ってみましょう」
キーガスたちを連れてハウスに入ると、中では彩鳥族たちが実った作物の収穫をしているところだった。
土をかき分け、蔓を引っ張り、大きなジャガイモを引っ張り上げる子供たち。
黄金色になって稲穂を刈り取り、それらを束にして集める女性たち。
鋏を使って茎を切り、ブドウを収穫する老人たち。
奥では男たちが翼を使って宙に浮かび、高いところに生っているデーツやカカオを収穫していた。
「すごい。砂漠にこんなにも作物が実っている」
最初に呟いたのはキーガスの後ろにいた戦士の一人だった。
そんな中、作物を目にしたキーガスはズンズンとジャガイモ畑に近づくと、蔓を引っ張り上げた。
「……あり得ねえ。俺たちと出会ってまだ一か月も経っていないんだぞ? ある程度苗が大きくなるくらいなら理解もできるが、どうやってこの短期間で収穫まで持っていったっていうんだ」
「それがイサギの力よ」
ジャガイモを手にして身体を震わせるキーガスの言葉にレギナが誇らしげに胸を張りながら答えた。
「どうやったっていうんだ?」
「錬金術を使って作物に品種改良をしました。乾燥した空気や流砂、激しい寒暖差に負けないように改良しただけでなく、成長率、繁殖力なども強化させました」
「なんだそりゃ!? そんなことが簡単にできるっていうのか!?」
短期間で栽培、収穫ができた理由を告げると、キーガスが驚いた顔になる。
「決して簡単じゃありませんよ。俺だけじゃなく、レギナ、メルシア、ティーゼさんをはじめとする彩鳥族の人たちが協力してくれた結果です」
レムルス帝国、プルメニア村で得た知識や経験を総動員すれば、俺の力でなんとかなると思っていたが、実際は俺の想像の遥か上をいく難易度だった。間違っても簡単ではなく、一人で成し遂げたことではない。
ティーゼとレギナが少しでも多くのサンプルを集め、リードやインゴたちが土を耕し、実験作物の世話をし、メルシアが研究データを元にアドバイスをくれなかったら、もっと多くの時間がかかっていたに違いない。
これは俺一人の成果じゃない。皆の成果だ。
「嘘だ! これはどこかから持ってきて植えた作物に違いない!」
そう叫んだのは最初に呟いたのとは別の若き戦士だ。
実際に一から実験品を育て、何度も試行錯誤した上に成功したことを知っている彩鳥族たちから怒りの視線が集まる。
「外から持ってきた作物を植えれば簡単に育つほど、ここの砂漠は生易しいのでしょうか?」
「いや、そうじゃないが……」
にこやかな笑みを浮かべるティーゼの言葉に若き戦士は口ごもる。
砂漠の厳しさを嫌というほどに知っているからこそ、この環境が生易しいなどとは口が裂けても言えないだろう。
「では、実際に育つ様をお見せしましょう」
彼らには砂漠では農業ができないというイメージが染みついている。だったら、そのイメージを覆してやればいい。