イサギたちが彩鳥族の集落で作物の収穫に成功している頃。
帝国では侵略のための準備が着々と始められていた。
帝国お抱えの商人が国内からかき集めてきた物資が次々と帝城の中庭へと運び込まれる。
「ガリウス、マジックバッグの数は揃ったか?」
「問題なくご用意いたしました」
「おお、これだけのマジックバッグがあれば今回の侵略も楽であろう!」
ガリウスが用意したマジックバッグの山を見て、ウェイスは満足げに微笑んだ。
マジックバッグ一つで中隊規模の物資が保管できる上に、兵站業務の一切が不要となる。統治者からすると非常にコスパのいい道具だ。
「お前たち、物資をマジックバッグに詰め込め!」
「「はっ!」」
ウェイスの命を聞き、帝国兵士が支給されたマジックバッグを手にする。
「ありったけの食料を詰め込め!」
「こんだけ大量の物資を詰め込めるんだからマジックバッグ様々だ!」
「なにせ他国に侵略するってのにピクニック程度の手荷物でいいんだから最高だぜ!」
笑い声を上げながらマジックバッグに物資を詰めていく帝国兵士の様子をガリウスはホッとした思いで見つめていた。
少し前までは命令した数の半分も作ることができなかった。
しかし、ガリウスが喝を入れると、宮廷錬金術師たちは心を入れ替えたのか目を見張る生産速度でマジックバッグを作り上げてみせたではないか。
なんだ結局はできるじゃないか。
要はノルマがしんどい故に嘘をついていただけなのだろう。
怠け者たちを働かせるために今後も自分が管理をしておかないとな。
「ああ? なんか入らねえぞ?」
などとガリウスが心の中で思っている矢先、兵士から怪訝そうな声があがった。
「嘘つけ。まだいつもの半分も入れてねえだろうが」
「いや、でも入れようとするとつっかえるんだよな」
「入れる角度が悪いんだろう。無理矢理入れちまえ」
マジックバッグを手にしている兵士の代わりに、別の兵士が無理矢理に物資を詰め込んでいく。
そんな光景を見て、ガリウスは嫌な予感というものを感じ取った。
マジックバッグがつっかえる。それは即ち容量の限界を迎えている証だ。
しかし、兵士が指摘したように収納した物資は小隊規模程度のもの。少なく見積もっても五倍以上は入るはずだ。
こんなすぐに溢れるなどあり得ない。気のせいだ。
ガリウスが嫌な汗を流しながら見守る中、兵士は無事に物資をマジックバッグに詰めることに成功した。
「ほれ、入った」
「なんだ角度の問題か」
顔を見合わせて笑い合う兵士だったが、次の瞬間マジックバッグが光を放って破裂した。
破裂したマジックバッグからは詰め込んだ物資が飛び出し周囲に散乱。
物資を詰め込んでいた兵士たちは破裂した衝撃で頭を打ったのか気絶していた。
「なんだ!? 今の音は!?」
「ウェイス様、お下がりを!」
突如発生した炸裂音にウェイスが驚きの声をあげ、護衛の騎士たちが囲むようにして周りを固めた。
しばらくして何も起こらないことを確認すると、ウェイスは物資を運び込んだ商人を睨みつけた。
「商人!」
外から運び込んだ物資を収納している最中に炸裂したのだ。
誰が一番怪しいかと言われると、外から物資をかき集めてきた商人に他ならない。
ウェイスは帝国の第一皇子だ。命を狙われる理由はいくらでもあった。
主の意図を汲み取った騎士たちが物資に責任者である商人に槍を突き付ける。
「ち、違います! 私は物資の中に危険物など持ち込んでおりません! 恐れながら申し上げますと、原因はマジックバッグにあるのではないかと推察いたします!」
勘違いで処刑などされては堪ったものではない。帝国お抱えの商人は必死に弁明をした。
「マジックバッグだと……?」
「物を収納しようとした時につっかえるのはマジックバッグが収納限界を迎えている証です。そこに無理矢理物資を詰めようとする破裂するのは当然のことかと」
原因が物資ではなく、マジックバッグにあるとなると当然責任は商人ではなく、それを用意したガリウスへと向かうことになる。
「ガリウス!」
「申し訳ございません。どうやらご用意したマジックバッグの中に不良品が一つ混ざっていたようで……」
「なあ、こっちのマジックバッグも物資が入らなくなったんだが……」
「俺のもだ。無理矢理入れようとしたら、さっきの奴等みたいになるってことだよな?」
必死に釈明をしようとするガリウスだったが、不良品は一つではなかったらしく、次々と兵士が収納限界の報告が上がってくる。
ガリウスからすれば理解できない出来事であった。
「そんなバカな!? す、すぐに部下に確認を入れてまいります!」
頭が真っ白になるような出来事であったが、ガリウスはすぐに落ち着きを取り戻して自分が取るべき行動を決めた。
「もう良い! 私が貴族たちに声をかけてマジックバッグを集める!」
しかし、ウェイスはガリウスに見向きもせず、すぐに新しい方針を打ち出した。
「も、申し訳ありません」
ガリウスは深く頭を下げるとそのまま中庭から下がり、宮廷錬金術師たちのいる作業室に向かう。
「おい、どうなっている!? お前たちの作ったマジックバッグは不良品ばかりではないか!」
扉を開けて怒鳴り込んできたガリウスに錬金術師たちは動じる様子はない。
予想できた出来事にやっぱりかぁといった表情を浮かべるだけであった。
「錬金術師長! どうなっている?」
「指示された通りにマジックバッグをご用意しただけですが?」
「なんだあの容量は! 小隊規模の物資しか入っていないではないか!」
「私たちは期日までに二百個のマジックバッグを用意しろと言われ、実現可能な範囲で作っただけです」
「貴様……っ!」
錬金術師長の態度にカッとなって胸倉をつかむガリウスだが、相手はまったく動じた様子がない。
「イサギがいなくなってから魔道具の修繕や生活魔道具の作成ノルマが増えて面倒で仕方ないんですよね。私たちが得意としているのはこんなんじゃなくて人殺しの魔道具なんですよ」
怒りを覚えていたガリウスだが、錬金術師長の主張ももっともだと思った。
ここにいる宮廷錬金術師たちは軍用魔道具の作成を得意としている者たちばかりだ。そんなものたちにそれ以外の魔道具の成果を期待しても仕方がない。
苦手なものに従事させるよりも、得意なものに従事させる方が良い結果が出るだろう。
結果としてそれでイサギを殺せるのであれば、それでいい。
目の前の錬金術師長はムカつくやつだが、軍用魔道具を作らせて横に出る者はいない。
獣王国を侵略する上で必要な者だ。
瞬時に気持ちを切り替えたガリウスは、錬金術師長の胸倉から手を離した。
「そうか。そうだったな。無理を言って悪かった。お前たちは存分に軍用魔道具を作るといい」
「ええ。そうさせてもらいます」
ウェイスから評価が下がろうが別に構わない。
イサギの作った大農園を強奪し、奴を殺すことができればそれで十分なのだから。