ティーゼの家で朝食を食べ終わると、俺たちは揃ってプラミノスハウスに向かうことにした。

「何事もなければ、ついに収穫ができるのですよね?」

「はい。その通りです」

二週間の間に俺は育てる作物の品種改良を仕上げて、プラミノスハウスで育てていた。

砂漠の乾燥した空気、流砂、寒暖差、水分の少なさなどの厳しい障害に耐えうるように改良を施し、成長率、繁殖力、病害、虫害などの耐性を引き上げたものを作り上げたのである。

もちろん、その中にはティーゼから頼まれていたカカオやナツメヤシも含まれている。

そして、今日が改良品の収穫日となっていた。

「ティーゼったら緊張し過ぎよ」

ティーゼは起きてからずっとソワソワとしていた。

今朝も起きてからずっと落ち着きがなくリビングを歩き回っていたし、食事の時もどこか心あらずといった様子だ。こうして歩いている今も視線を巡らせたり、羽根の繕いをしたりと非常に落ち着きがない。レギナにからかわれるのも仕方がないと言えるだろう。

「もし、作物が無事に実っていれば、うちの集落で初めて作物が収穫できることになるのですよ? こんな一大事に落ち着けというのが無理な話です」

「ティーゼさんのお気持ちはわかります。私も故郷でイサギ様の作物を育てる時はドキドキしました」

「ですよね?」

などとメルシアが同意するように言うが、彼女の場合は澄ました顔をしていたような? 

とても緊張していたようには見えなかったが、メルシアも一応は緊張していたらしい。

驚きの事実を耳にしながら進んでいくと、程なくして実験農地であるプラミノスハウスが見えてくる。

プラミノスハウスの周囲にはリードやインゴをはじめとする多くの彩鳥族たちが待機していた。

本当にこの地で収穫ができるのかこの目で確かめにやってきたのだろう。

宴の時と同じく大勢の人が集まっているけど、宴の時とは対照的にプラミノスハウスの周囲はとても静かだった。

「なんだかあたしまで緊張してきたんだけど」

「俺も」

プラミノスハウスには昨日も通っていたので、作物のおおよその様子はわかっている。

だけど、万が一を考えると怖かった。昨日までは元気に育っていたものが、翌日ぱったりと枯れてしまうなんてことは品種改良を施していった上でよく起こったことだ。

今回の作物もそうならないとは限らない。

それでも逃げるわけにはいかない。

彩鳥族の――ラオス砂漠の未来をより明るいものにするために確かめざるを得ない。

ジャガイモを育てているプラミノスハウスの扉に手をかけて振り返ると、ティーゼ、メルシア、レギナがしっかりと頷いた。

三人の覚悟が決まったことを確かめると、俺は勢いよく扉を開けて中に入った。

ハウスの中に入ると、そこにはしっかりと育った作物たちがお出迎えをしてくれた。

ひとまず、作物が急に枯れたりしていないことを目にしてホッとする。

まずはジャガイモ畑だ。

近づいて確認してみると、地表には青々とした葉っぱが出ており、茎もしっかりと伸びている。

こんもりとした土を掘り返してみると、中にはしっかりとした大きさのジャガイモが露出していた。

ジャガイモは問題なし。

次に隣のエリアを確認してみると、黄金色の小麦畑が広がっていた。

稲にはたくさんの粒が付いており、重さによって穂先が垂れている。

病気に犯されている様子もないし、虫害による被害もない。健康そのもの。

こちらの小麦も問題なしだ。

そのような感じでブドウ、カカオ、ナツメヤシと品種改良を加えた作物を次々と確認していく。

「……イサギさん、作物はどうですか?」

一通りの確認が終わったところで、おずおずとティーゼが声をかけてくる。

農業初心者である彼女には無事に成育ができているのかの判断がつかない。

それ故の問いかけだろう。

「すべて問題ないです。収穫できます」

結果を伝えると、ティーゼは笑顔になってすぐにプラミノスハウスの外に出ていった。

「収穫できます!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」

透き通るようなティーゼの声が響き渡ったかと思いきや、外からプラミノスハウスを震わせるほどの雄叫びがあがった。

喜びのあまり彩鳥族たちが空を飛び回る姿が見える。

初めて集落で農作物ができたことを集落全体で祝っているようだ。

「やったわね!」

レギナが両手を上げてハイタッチを求めてきたので、俺も合わせるように両手を伸ばした。

バチンッと派手な音が鳴る。めちゃくちゃ痛いです、レギナ様。

「おめでとうございます、イサギ様」

「ありがとう。メルシアのアドバイスのお陰だよ」

メルシアが過去のデータと参照しながら的確なアドバイスをしてくれなければ、俺はずっと迷走していたかもしれない。そう思うと冷静に指摘やアドバイスをしてくれた彼女には感謝しかない。

「イサギ様のお力になれて嬉しいです」

改めて感謝を伝えると、メルシアは頬を仄かに染めながら頷いた。

「ねえ、今から赤牛族の集落に向かいましょう!」

「赤牛族の集落? どうして……?」

「キーガスとかいう族長にぎゃふんと言わせるのよ! 忘れたの? あたしたちがやろうとしたことを侮辱されたことを!」

俺が小首を傾げると、レギナが信じられないとばかりに言ってくる。

「そういえば、そんなこともあったね」

「えー、忘れてたの?」

「それよりも品種改良を成功させることに必死だったから」

その時はキーガスたちを見返してやろうという思いもあったが、作業に没頭するにつれてすっかりと頭から抜けてしまっていた。

「さすがはイサギ様、器が大きいです」

「というより、そんなことを考えるほどの余裕がなかったとも言えるけどね」

器が大きければ帝国の仕打ちに怒ることもなかっただろうから、きっと俺の器はそれほど大きくはないと思う。

「ぎゃふんと言わせるかは置いておいて、赤牛族にも農業はやらせてあげたいからね。今から彼らの集落に向かおうか」

「面倒ですが、実際に栽培されたものを見ないと認めてくれないでしょうし」

収穫した作物を見せても、マジックバッグを所持している以上、外部から持ち込んだものだと思われる可能性がある。赤牛族も農業に引き込むのであれば、プラミノスハウスで育てられた作物を見せつけるのが一番効果的だ。

「キーガスたちを集落に呼ぶのですか?」

彩鳥族と喜びを分かち合っていたティーゼが不服そうな顔をしながら戻ってくる。

キーガスたちとはこれまで小競り合いを繰り返していただけに心象が良くないのだろう。

「彩鳥族だけでなく赤牛族も救うっていうのがライオネル様の命令であり、俺たちの目的だからね」

彩鳥族だけに手を差し伸ばせば、赤牛族だけが次第に困窮していくのは目に見えている。

赤牛族が困窮する中、傍で暮らしている彩鳥族だけが食料を生産し、豊かに暮らしていると知れば、その後に起こり得る結末はわかりきっている。

それはこれまでの砂漠の生活と何ら変わらない。

「……わかりました。彼らを集落に招くのは甚だ遺憾ですが、イサギさんやライオネル様のためにも協力いたしましょう」

「ありがとうございます」

ティーゼもそんな結末がわかっていたのか、感情としては嫌だろうが協力を約束してくれた。

マジックバッグからバスケットを取り出すと、俺とレギナとメルシアが乗り込んだ。

「リード、インゴ、あなたたちも付いてきてくれますか?」

「わかりました!」

ティーゼが声をかけると、リードとインゴもやってきた。

帰りはキーガスをはじめとする赤牛族数人くらいは運ぶことになるんだ。

さすがにティーゼ一人では運び切れないためだろう。

リード、インゴは脚のかぎ爪でガッチリとバスケットを持ち上げると、そのまま空まで羽ばたいた。

バスケットに乗っている俺たちもそれに伴い高度を上げていく。

最初はちょっとした揺れに驚いたが、この移動法にも大分慣れたのでビビることもない。

「では、赤牛族の集落に向かいます!」

「お願いします」

ティーゼの案内の元、俺たちは赤牛族の集落に向かうことにした。