翌朝。リビングのソファーでゆったりとしていると、扉がノックされた。

扉を開けると、そこに立っていたのはメイド服に身を包んだメルシアだった。

いつもは凛としたクールな表情をしているのだが、今日はわかりやすいほどに不貞腐れているようだった。

なんとなく結果は察せられるけど、きちんと聞かないとね。

「おはよう、メルシア。昨日はケルシーさんとちゃんと話し合えた?」

「……残念ながら父の許可は下りず、実家から通ってお仕えすることになってしまいました。イサギ様、申し訳ありません」

おずおずと昨晩の経緯を尋ねると、メルシアは悔しそうな顔で告げた。

「そうなんだ。まあ、ちゃんと話し合えたようで良かったよ。俺としては実家からの通いでも十分過ぎるほどだから」

元から一人で暮らし、身の回りのことはできるだけ自分でするつもりだった。

こっちにやってきてからも手伝ってくれるだけで十分にありがたい。

それに帝城のような広い場所ならともかく、一つ屋根の下で共に暮らすというのはちょっと緊張するものだし。これでよかったのだろう。

しかし、メルシアとしてはそれでよろしくないようだ。

「私は不十分です。いずれ父を説得して、住み込みでお仕えできるようにいたします。その時まで少々お時間をください」

「無理はしなくていいからね」

せっかく故郷に帰ってきたのに父親と喧嘩状態とかになったら悲しいと思うから。

「こっちでもメイド服なんだ?」

「私はイサギ様のメイドですので」

どうやらメルシアにとって場所は関係ないらしい。仕事を辞めて帝城を出ようともメイド服を着続けるようだ。

「そうなんだ。メイド服以外の私服も見られると思ったから、ちょっと残念かな」

「イサギ様がそうおっしゃるのであれば、たまにであれば私服というのもアリかもしれません」

ふむ、それでもたまにしか着ないらしい。

メルシアはメイド服に並々ならぬ執着があるようだ。

あまり無理強いするのはやめておこう。

「朝食は食べられましたか?」

「うん、昨日のミルクスープを温めて食べたから大丈夫だよ。メルシアは食べた?」

「はい。実家で済ませてきたので問題ないです」

「じゃあ、早速仕事にとりかかろうか」

「もうですか? こちらにやってきたばかりなので、もう少しごゆっくりされても問題ないと思いますが?」

「昨日ぐっすりと休んだから大丈夫だよ。それにできるだけ早く取り掛かりたいし」

自分が品種改良を施した作物が、こちらでも育つのかどうか早く確かめたい。仮に何かしらの調整が必要であれば、時間がかかることになる。

もしものことを考えると、早めに取り掛かっておくのがいいだろう。

「わかりました。イサギ様がそうおっしゃるのであれば」

そんなわけで俺とメルシアはすぐに外に出た。

新居の周りには昨日除草剤を撒いたからか雑草はほとんど生えていない。

だが、少し外れた場所に移動すると、雑草が生え放題だった。

「あっ、でも土は柔らかいや」

歩いてみると、家の周囲とは明確に土の柔らかさが違った。

「この辺りは少し前まで細々と作物を育てていたそうです。その名残があるのでしょう」

「なるほど」

なるほど。そういう理由もあってケルシーはこの辺りの土地を振り当ててくれたのか。

放置されていたとは、一度畑として作られた場所なら再利用しやすい。好都合だ。

「まずは除草しよう」

畑を作るにせよ、まずは雑草が邪魔だ。

メルシアにも除草液を渡し、畑として活用したい範囲の雑草を一掃する。

とぽとぽと除草液を撒くと、周囲に生えていた雑草はすぐに枯れてくれた。

「……イサギ様の除草液はすさまじいですね。これを売るだけでぼろ儲けできそうです」

「そうなのかな?」

「はい。きっともう爆売れです」

地味に調整を施すのが難しい代物だが、そこまでの人気が出るのだろうか。

お金に困ったときは、メルシアの言う通り売ってみるのも一つの手かもしれない。

まあ、今は農業に専念したいので本当に困った時の一つの金策だ。

枯れた大量の雑草はメルシアと一緒に端に避ける。

雑草がなくなると畑が露わになった。

次はこれを耕していくのだが、手作業でやっていては時間がかかってしまう。

ここで使うのは錬金術だ。

「おっ、ちょうど邪魔な石があるし、これを元にしよう」

畑の傍にある大きな石に触れると、錬金術を発動。

石の成分を解析し、魔力を流すことで瞬時に形を変える。

石が象ったのはゴーレムだ。

大きさは約二メートル近く、細かい動作ができるようにしっかりと手足まで作り込んである。だが、このままではゴーレムは動かない。いくら錬金術でもただの石人形を動かすことは不可能。だから、動力となる魔石をぽっかりと開けておいた胸元にはめ込んだ。

すると、ただの石人形だったゴーレムが目を赤く光らせる。

魔石から魔力が循環し、起動した証だ。

「前に歩け」

俺が命令をすると、ゴーレムは歩き出す。

今度は後ろに下がるように命令すると、同じように後ろへと歩いた。

魔石に刻まれた命令式は問題なく作動しているようだ。

動きに不自然な点や命令を受け取るまでのタイムラグもほとんどない。

「うん、動作や魔力の流れに問題はないな。ゴーレム、この鍬を使って土を耕してくれ」

マジックバッグから取り出した鍬を渡すと、ゴーレムはこくりと頷いた。

鍬を振り上げてザックザックと土を耕し始める。

邪魔な石を除去すると同時に頼もしい労働力を手に入れることができた。一石二鳥だな。

人間とは根本的な馬力が違う上に、疲れを知らない体なので耕す速度が段違いだ。

俺とメルシアが二人がかりで耕してもゴーレムの速度に追いつくことはないだろう。

「イサギ様のお作りになるゴーレムは、やはり動きが違いますね。とても動きがスムーズでまるで人間のようです」

「単純労働に最適だからこそ、色々なことができるように工夫しているんだ」

帝城にも宮廷錬金術師の作ったゴーレムが警備として動いていたが、彼らは侵入者を排除するという役割に最適化されていたせいか、それ以外の命令に対しての反応は緩慢だった。

錬金術師にとってゴーレムは頼もしいパートナーだ。

一つの役割だけでなく、色々な役割をこなせる存在でいて欲しいと俺は思っている。

「イサギ君、一体あれはなんだ?」

ゴーレムが畑を耕していると、ケルシーがやってきた。

俺たちの様子を見にきたら、いきなりゴーレムが畑を耕しているのが見えて驚いたのだろう。

「錬金術で作り出したゴーレムです。人を襲うようなことはないので安心してください」

「そ、そうか。錬金術師とは便利なのだな」

納得したように頷いてはいるもののやはり気になるようで、ケルシーの視線はゴーレムに向いている。

とはいえ、慣れればまったく気にならなくなるので時間の問題だろう。

「コホン。二人とも、もう仕事を始めていたのだな」

「はい。自分の作った作物がここでもちゃんと育つのか確かめたいので」

「イサギ君の見立てではどうだね?」

「土質は帝国の土とそう変わりはないので問題なく育つのではないかと思っています。あくまで現段階での予想ですが……」

「それが本当であれば嬉しいものだな」

ちなみにここまでメルシアは一切ケルシーの言葉に反応していない。

除草液で枯らした雑草を黙々とひとまとめにしている。

おそらく、住み込みで働く許可をケルシーから貰えなかったので拗ねているのだろう。

ケルシーもそれがわかっているからか、どう接すればいいのかわかりかねている様子だ。

板挟みになっている俺が一番気まずい。

「これからちょうど錬金術で作物を育てますので良ければ見ていってください」

ゴーレムが土を耕し終えたので、俺はこれ幸いと作業を進めさせてもらう。

「う、うむ。他にも仕事があるので少しの時間だけ観察させてもらおう」

「大丈夫ですよ。上手くいけば、すぐに収穫できるようになりますから」

「すぐに収穫だと?」

俺の言葉にケルシーは胡乱な顔つきになる。

まあ、それはすべてが上手くいけばという話だし、口で説明するよりも工程を直接見せてあげる方が早い。俺はそれ以上の説明はせず、作業を進めることにした。