集落に水を引くことができた翌朝。俺たちはティーゼの家に集まっていた。

「集落に水を引くことができたけど、次はどうするの?」

朝食を食べ終わるなりレギナが尋ねてきた。

「砂漠の素材採取だね!」

「砂漠にある素材とは具体的に何を示すのでしょう?」

「何でもですよ。植物、動物、魔物……あらゆる生物から素材を集めるんです」

農業の基盤となる水源の確保ができた以上、あとは土壌と育てるべき作物の品種改良を行うのみだ。

通常なら土を耕して作物を植えるところだが、それでは育たないのがラオス砂漠という過酷な環境。この環境に適した改良を施してやらないといけない。そのためにはこの砂漠にある素材が必要だった。

「わかったわ。なら、砂漠へ向かいましょう!」

これからの方針が決まったところで俺たちは準備を進めることにした。

砂漠まではティーゼがバスケットで運んでくれるとのことなので、俺たちはバスケットに乗り込んで移動をする。

ティーゼの家の前から出発し、そのまま集落を超えて、ラオス砂漠へ。

集落の周りは岩礁地帯だったが、小一時間もしないうちの周囲の景色は砂漠へと変わった。

「この辺りから歩いて調査しよう」

そのように言うと、ティーゼはこくりと頷いてバスケットを地上へと下ろしてくれた。

メルシアがロープを解くと、バスケットをマジックバッグへと収納した。

「おっ、サボテンだ!」

ふと視線を向けると、目の前には大きなサボテンが直立していた。

俺はサボテンに近づくと、ピンセットを用意して生えている棘のひとつひとつを丁寧に採取していく。

針の採取が終わると、枝分かれした果肉にナイフを差し込んで切り落とす。これも採取だ。

「こちらのサボテンは食べられるのでしょうか?」

「一応食べられますが、ウチワサボテンほど美味しくはありません。苦いが強いので」

後ろでは首を傾げるメルシアにティーゼが答えている。

どうやらサボテンだからといって何でも食べられるわけではないようだ。種類によって味の良し悪しがあるらしい。

「素材採取って本当に何でもいいのね」

サボテンの素材を夢中になって採取していると、レギナがちょっと呆れた顔で言う。

砂漠の素材採取にきたのに、いきなりありふれたサボテンを採取しているものだから気が抜けたのだろう。

気持ちはわかるが、レギナは俺の品種改良にとってどれだけ現地での素材採取が重要かわかっていないようだ。

「サボテンだって貴重なサンプルなんだよ?」

「どうして? 砂漠ならどこにでも生えているものじゃないの?」

「極度に雨量が少なく、乾燥しており、寒暖差の激しいラオス砂漠。こんな厳しい場所でどこにでも生えているっていうことが実はすごいことなんだよ?」

「確かに! 通常の植物であれば、この灼熱のような気温で枯れ果てているところです!」

俺の言っていることの意味がわかったのか、ティーゼがハッとした顔になって言った。

「えっと、つまりどういうこと?」

ティーゼはすぐに理解したが、レギナはまだちょっと理解が及んでいないようだ。

「このサボテンはここで生き抜くための何かしらの性質を宿しているんだ。そうでないとここでは生き抜くことができないからね。寒暖差に強かったり、少ない水を長期間貯蓄する術を持っていたり。それらの性質はここで農業をする作物の糧になると思うんだ」

「……なるほど。イサギの言っている意味がようやくわかったわ。確かに言われると、このサボテンっていう植物はすごいわね」

細かく説明すると、レギナはようやくサボテンという素材がどれほど有益かを理解できたようだ。

レギナの目つきが真剣なものになる。

通常の植物であれば、ラオス砂漠では生き抜くことはまずできない。しかし、サボテンはこのような環境でも絶滅することなく、ありふれた植物として根付き、生存している。

それがどれだけすごいことか。

当然、それはサボテンだけでなく、他に棲息しているスコルピオ、スパイダーといった魔物も同じことだ。

彼らはこの厳しい環境に適応することによって生き抜いている。

それらの因子はここで育てるための品種改良にきっと役立つ。俺はそう(にら)んでいた。

だからこそこの砂漠ある素材はできるだけ採取しておきたい。

「だったら、あっちにあるサボテンも採取しましょう!」

レギナが駆け出した先には、真っ赤な体表をしたサボテンが生えている。

こちらにあるサボテンとは色も形も違うので、まったく違う種類のものだとわかった。

が、錬金術師としての眼力で素材の構成を読み取っていくと、そのサボテンが危険であることがわかった。

「レギナ様、危険です!」

ティーゼが警告の声をあげた。

それによりレギナは足を止めるが、既に赤サボテンの攻撃範囲に入っていたらしい。

赤サボテンは身を震わせると、その身に生やしている棘を全方位に射出させた。

赤サボテンの特性を読み取っていた俺は、即座に錬金術を発動して周囲にある砂を操作。

赤サボテンを覆ってやると、射出された刺はすべて砂に吸収された。

やがて錬金術を解除すると砂と共に針も地面に落ちた。

「ビックリしたー。近づくだけで無差別に棘を撒き散らすだなんて」

などと呑気に呟くレギナは俺たちよりも遥かに後方にいた。

どうやら赤サボテンが棘を射出するまでの一瞬で、あそこまで退くことができたようだ。

恐ろしい反射神経と身体能力だ。

「気を付けてください。肝が冷えます」

「ごめんごめん。ちょっと採取することに意識がいき過ぎちゃったわ」

たははと苦笑するレギナを見て、ティーゼがしょうがないとばかりにため息を吐いた。

「にしても、おっかないサボテンだ」

「そちらは炸裂ニードルといいまして外敵が近寄ってくると、棘を無差別に撒き散らす習性があるんです」

「また近づいたら棘を発射してくるのでしょうか?」

「いえ、棘が生えてくる小一時間くらいは無防備になります」

メルシアが尋ねると、ティーゼが首を横に振った。

「なら今のうちに採取しちゃおうか」

一度、棘を放出すると無害になるのであれば恐れる必要はない。

俺たちは遠慮なく炸裂ニードルに近づいて、先ほどのサボテンと同じように素材を採取した。

炸裂ニードルを採取すると、周囲に採取する素材がなくなったので俺たちは素材を求めて歩いていく。

しかし、辺り一面は砂景色のみで生き物らしい姿はまるで見つからない。

「……生物がいないわね」

「だだっ広い砂漠ですから」

これだけ広大な砂漠なんだ。集落からちょっと移動したところに魔物がわんさかいるはずもないだろう。

「私が上空から索敵してみます」

ゴーレム馬にでも乗って採取する場所を変えようかなと思っていたところで、ティーゼが空に飛び上がった。

洞窟内は狭かったが故に大広間以外ではほぼ飛ぶことはなかったが、空間に制限のない砂漠であればティーゼは思う存分に翼を活かせる。

宙に上がったティーゼは円を描くように旋回(せんかい)

しばらく、周囲を索敵していたティーゼが下降してきながら言う。

「七百メートル先にある砂丘を越えたところにデザートウルフの群れがいます」

俺たちの位置からは砂丘の傾斜によって何も見えないが、上空からはデザートウルフと呼ばれる魔物が目視できたらしい。

「行きましょう! 倒してデザートウルフの素材を手に入れるのよ!」

などとそれらしいことを言っているレギナだが、ただ身体を動かしたいだけというのは明白だった。

わかりやすいレギナに苦笑しながらも俺たちはティーゼに先導してもらって前に進むことに。

小高い砂丘を登った先はちょっとした岩場となっており、砂に同化するかのような黄土色の分厚い毛皮を纏ったオオカミたちが寝転んでいた。

数は十体。岩にできた影によって猛暑を凌いでいるようだ。

砂漠に順応しているように見える魔物でも暑いものは暑いらしい。

「こちらにはまだ気付いていないようですね」

メルシアが僅かに顔を出しながら呟く。

砂丘がちょうどいい具合に俺たちの姿を隠しており、風が吹いていないお陰で匂いも流れていないからだろう。

風が吹き、こちらが風下になってしまえば瞬時にバレる可能性がある。

「俺が砂を操ってデザートウルフを拘束するよ」

優位が台無しにならない今のうちに仕掛けるべき。

瞬時に判断した俺は錬金術を発動して、デザートウルフたちを拘束した。

砂丘から宙に舞い上がったティーゼが極彩色の羽根の雨を降らせる。

異常事態を察知したデザートウルフたちは砂から抜け出そうとするが、魔力によって圧縮された砂の塊に拘束は容易に抜け出すことはできず、半数以上が羽根を生やして沈んだ。

残りの三体は運良く砂の拘束を逃れたものや、岩が(しゃ)(へい)になって難を逃れることができたものだ。

三体のデザートウルフは分厚い毛皮をなびかせながら猛スピードで砂丘を駆け上がってくる。

レギナとメルシアは砂丘を駆け下りて交錯したかと思うと、三体のデザートウルフが血を流して倒れた。

「周囲に魔物の気配はありません」

空から周囲を見渡しながらのティーゼの言葉。

「討伐完了だね」

「さすがはイサギ様です」

「イサギの錬金術ってつくづく反則ね」

「大抵の相手に先手を取ることができますからね。私のように空を飛ぶことができれば別ですが……」

「周囲にある砂が錬金術で容易に操作できるからね。砂漠じゃなかったら、こんなに自由に動かすことはできないよ」

さらさらとした細かい砂の粒だからこそ、このように流動性がある操作ができるのだ。

プルメニア村のような粘着質のある土壌では、自由自在とはいかないだろう。

他にデザートウルフが隠れていないことを確かめると、俺は意気揚々と素材の確認をする。

「なるほど。この長い体毛で身体が砂に入るのを防ぎ、体温を調節しているのか……」

ウルフの魔物にしてはやけに体毛が長いと思っていたが、そのような役割があるようだ。

やっぱり過酷な砂漠を生き抜いているだけって、ここに棲息している魔物はいいいサンプルになる。

毛皮の特性を確かめると、俺はデザートウルフたちをマジックバッグへ収納した。

振り返るとメルシアが岩場を覗いている。

「何か見つけたのかい? メルシア?」

「苺らしきものを見つけました」

近寄ってみると岩の傍に植物が生えており、苺のようなものが自生している。

「砂漠苺です。美味しそうな見た目をしていますが毒を持っています」

遅れてティーゼがやってきて言う。

確かに構成を読み取ってみると、強い毒が含まれているようだ。

俺は砂漠苺を摘み取ると、そのままひょいと口に入れる。

そんな俺の姿を見て、レギナとティーゼがギョッとする。

「何してるんですか!?」

「ちょっ! ティーゼが毒って言ってたのに聞いてなかったの!?」

「大丈夫! 錬金術で毒は抜いてるから!」

二人が吐かせようとしてくるので俺は慌てて説明する。

口に入れる前に錬金術で砂漠苺に干渉し、内部にある毒素だけを抽出した。

毒素がなくなれば、ただの苺も同然だ。

「それならそうと早く言ってよ」

「ごめん。つい癖で」

「イサギ様、砂漠苺のお味はいかがです?」

二人とは違い、メルシアはこんな光景にも慣れているのか特に慌てたりする様子はない。

冷静に味の感想を尋ねている。

「すごく美味しいね。厳しい環境で育っただけあって栄養を蓄える術を持っているんだろうね」

「私も一つ頂いてもよろしいでしょうか?」

「いいよ」

錬金術で毒素を抜いた砂漠苺を渡すと、メルシアは小さな口を開けて頬張った。

「美味しいです。砂漠苺の濃厚な甘さと強い酸味がとてもいいです」

砂漠苺を食べて頬を緩ませるメルシア。

そんな彼女の様子を見て、レギナとティーゼがごくりと喉を鳴らした。

「……本当に毒は抜けているのよね?」

「抜けてるよ。仮に残っていたとしても、この程度なら既存の解毒ポーションで解毒できるよ」

猛毒や複合毒であれば、既存のポーションでは対応できないが幸いにして砂漠苺は弱毒性だしね。

「じゃあ、少し貰ってもいい?」

「……私もお願いします」

丁寧に説明すると、レギナとティーゼがおずおずと手の平を差し出してきた。

手の平に砂漠苺を載せると、二人は顔を見合わせてからおっかなビックリと言った様子で口にした。

「美味しい!」

「まさか砂漠苺がこんなに美味しいなんて……」

砂漠苺の美味しさに驚きの表情を浮かべる二人。

「ですが、イサギさんがいないと食べることはできないんですよね……」

砂漠では甘味は貴重だ。ティーゼが残念に思う気持ちもわかる。

「俺が集落にいる間は解毒してあげますので採取したら持ってきてください」

「ありがとうございます! 集落の皆のためにたくさん摘んでいかないと!」

ティーゼが嬉しそうに笑って、自生している砂漠苺を採取する。

自分が食べるためでなく、集落の皆に食べさせてあげたいと思うところが彼女らしいと思った。