イサギたちがラオス砂漠にて祝宴を上げている頃。

帝国では獣王国へ進軍するための準備が着々と進められていた。

侵略するにはとにかく物資がいる。

その物資を効率良く運ぶ役目を持っているのはマジックバッグだった。

なにせ一切の手荷物になることなく、見た目以上の物を詰め込むことができる便利なバッグだ。

荷物が少なくなれば兵士の負担は軽くなり、重量が減れば馬の疲弊も軽減することができる。

結果として兵士たちの進軍速度も上がるというわけだ。

そのため錬金術師課統括長であるガリウスは宮廷錬金術師たちの作ったマジックバッグの進捗の確認に向かっていた。

「ガリウス様! お疲れ様です!」

ガリウスが錬金術師の作業室に入ると、宮廷錬金術師たちが作業の手を止めて一斉に頭を下げた。

「そういうのはいい。で、マジックバッグの生産状況はどうだ?」

「こちらになります」

ガリウスの問いかけに眼鏡をかけた金髪の宮廷錬金術師長が歩み寄り、成果物となるマジックバッグを積んでいるテーブルに案内した。

「おい、どうなっている? マジックバッグの数がまったく足りていないぞ? 俺が作れと指示をした数は二百だ。これではその半分にも達していないではないか」

テーブルの上に載せられたマジックバッグの数は三十ほど。宮廷錬金術師が総動員で取り掛かった結果がそれである。

「申し訳ありません。なにぶん、軍用魔道具の生産に時間を取られており作業時間が確保できないもので」

「何を言っているのだ? 前回の侵略では私の要求したノルマを揃えてみせたではないか! 私をからかっているのか!?」

「あれはイサギが一人で作ったものです」

ガリウスがドンッとテーブルに拳を打ち付ける中、錬金術師長はきっぱりと告げた。

「バカを言うな。たった一人で作れるわけがないだろう」

「本人によるとポーションを使用し、一週間睡眠を摂ることなく作ったそうです」

「だったらお前たちもそれをしろ。イサギ程度でできるのであれば、お前たちなら余裕でできるだろう?」

「無理です。私たちには不眠不休でいられるポーションの作り方なんて知りませんから」

仮に作れたとしてもここにいる錬金術師たちはやらないだろう。不眠でいられるポーションを服用したとしてもそれは身体を誤魔化しているだけに過ぎない。それだけ身体を酷使したツケは後になって必ず本人に返ってくる。いくら宮廷錬金術師といえ、そこまで準ずる覚悟の者はいなかった。

「だったら睡眠時間を削って生産数を増やせ!」

「仮に私たちの仕事時間を増やしたとしても課せられた数を増やすのは物理的に無理ですよ」

「なぜだ?」

「マジックバッグは錬金術による高度な空間拡張によって出来上がり、一つ作成するだけでとんでもない魔力が必要になるので大量に作ることが無理なんです」

「イサギは一人でやってみせたではないか? なぜ貴様たちが束になってもできない?」

「……あいつは卑しい平民ですが魔力量が多く、さらに魔力回復速度もずば抜けていました。本当にムカつくことですが、私たちが束になっても奴の魔力総量には敵いません」

ガリウスの問いかけに錬金術師長は深いため息を吐きながら真実を吐露した。

イサギ、イサギ、イサギ……どこに行っても奴のせいで綻びが出る。

解雇してやったというのに、その名前を耳にしない日はなくガリウスの心は日に日に荒んでいくばかりだ。あいつの名前を聞くだけで心がざわついて不愉快な気持ちになる。

「ガリウス様が連れてきた錬金術師たちも軍用魔道具しか作ることができませんし、以前のような生産数は無理です。生産数を下げることを提案いたします」

「黙れ! これはウェイス王子の命令なのだ! これは絶対に変えることはできない! 用意できなければお前たちの首はないものと思え!」

本当のところは追い詰められたガリウスがウェイスに対して安請け合いしたに過ぎないのだが、ここにいるガリウス以外の者がそれを確かめる術はない。

「……はい」

ウェイス王子の命令と言われてしまえば、いくら貴族である宮廷錬金術師たちといえど断ることはできない。

首を横に振ってしまえば、自身の職だけでなく実家にまで影響が出る恐れがあるからだ。

「三日後にまた様子を見にくる。必ず生産数を上げておけ」

こくりと頷く錬金術師長を確認したガリウスは(いら)()たしげに扉を開けて、作業室を出ていった。

「錬金術師長、どうします?」

「あんなこと言われましたけど無理ですよね?」

完全にガリウスの気配がなくなったところで、宮廷錬金術師たちは集まり口々に不安を吐露する。

「……マジックバッグの容量を減らせばいい」

「え? でも、そんなことしていいんですか!?」

「俺たちが命令されたのは規定数のマジックバッグを作ること。収納容量まで具体的に指示されてはいない。そうだろう?」

錬金術師長の言葉に誰も反論する者はいなかった。

そうでなければ、指示された数を生産することなど物理的に無理な話なのだから。