まずは視界の確保が優先だ。

他の三人は暗闇の状態でも昼間のように見えるが、俺にとってはそうではない。さすがに手強そうな魔物を相手に片手で立ち回るのは危険だ。

俺は魔道具をマジックバッグに収納すると無属性魔法を発動し、大広間の上空に光源を打ち上げた。

白い輝きが灯り、大広間の中央に鎮座している魔物の正体が露わになる。

体長十メートルを超える巨大な蜘蛛だ。

脚の長さを合わせると、全長は倍近い大きさになるだろう。

黒光りした甲殻と毒々しい色合いの模様が特徴的だ。

「キングスパイダーです!」

「それにしてはデカいわね!」

「恐らく変異種のようなものかと! 気を付けてください!」

ティーゼの忠告を耳にして、俺たちは警戒をさらに引き上げた。

キングスパイダーってだけでも手強いのに、通常とは異なる進化をしている可能性があるらしい。

開始の一撃を放ったのはティーゼだ。

彼女は翼を広げると、自らの羽根を蜘蛛へと射出した。

極彩色の嵐が襲いかかるが、巨大な蜘蛛は避けることもせずにその身で受け止めた。

雨が終わった後に蜘蛛を確認してみると、甲殻に浅い傷を作っただけで大きな傷らしいものはまるでなかった。

「なんて硬さなのでしょう……」

ティーゼの羽根は、サンドスパイダーやビッグスパイダーを容易に貫くほどの威力があった。

それなのにこの蜘蛛にはまるで効いていないことに驚きを隠せない。

ティーゼの攻撃に反応し、巨大な蜘蛛が突進してくる。

これだけの質量を持っていると、ただ突進してくるだけで必殺の一撃となる。

一塊になっていては纏めて餌食となるので俺たちは散開するように回避。

「くらいなさい!」

レギナがこちらに振り向こうとしている蜘蛛の足に大剣を斬り付けた。

硬質な音同士が擦れ合う音。

レギナの叩きつけた一撃は蜘蛛の前脚に浅くではあるが傷をつけた。

「浅っ!」

メルシアは太ももに巻き付けたベルトからナイフを引き抜くと、すかさずそこに投げつけた。

傷口を(えぐ)る追い打ちに蜘蛛から苦悶の低い声があがった。

今までは拳や蹴りを主体として戦うメルシアの姿しか見ていなかったが、あんな風に武器を扱った戦いもできるようだ。というか、あんなところに武器を隠していたんだ。

「私たちの一撃では決定打にはならないですね」

「レギナ様を主体とし、私たちは撹乱(かくらん)や追い打ちに徹するのがよさそうです」

「そうだね」

俺たちが攻撃を仕掛けても、堅牢(けんろう)な甲殻に弾かれてカウンターを喰らってしまう確率が高い。

だとすれば、確かな一撃を与えられるレギナを中心として戦いを組み立てる方がいいだろう。

「撹乱は任せてください」

方針を決めると、ティーゼが翼を動かして舞い上がった。

ティーゼは蜘蛛に近づくと上空から極彩色の羽根を浴びせたり、発達したかぎ爪で攻撃を仕掛ける。

一撃の威力こそ低いが、絶え間なく繰り出される攻撃を蜘蛛は嫌がっている。

堪らず長い脚を振り回し、口から白い糸を吐きだすがティーゼはひらりひらりと(かわ)した。

大きく距離を取ったかと思えば、懐に入り込むような急潜行。

緩急のついた立体的な動きに蜘蛛はまるで付いていくことができない。

これまでは狭い洞窟内だったが故に飛ぶことはできなかったが、ここは空間にかなり余裕のある大広間。彩鳥族としての強みを存分に生かすことのできる展開となっていた。

ティーゼに注意が向かえば、他の仲間たちが動きやすくなる。

「足元がお留守よ!」

楽に距離を詰めることのできたレギナが大剣で脚を斬り付け、その傷をメルシアが短剣で抉っていく。

「下ばかり見ていていいのですか?」

蜘蛛の注意が足元に向かおうとすれば、ティーゼが上空からかぎ爪による一撃をお見舞い。

俺も錬金術を発動し、土の杭を生やすことで蜘蛛に攻撃をしつつ、動きを阻害する。

地上と上空からの波状攻撃がこんなにも強いなんて思わなかった。

キングを冠する魔物を相手にこんなにも一方的な展開になるとは驚きだ。

レギナの一撃によって脚だけでなく、甲殻も破壊されていく。そこにティーゼとメルシア、俺が傷を広げるように追撃をかけていくので蜘蛛の体はボロボロになっていた。

分厚い甲殻はボロボロになり、堅牢な脚も表皮を大きく胡坐れて肉繊維が露出している。

今なら殺虫玉を使えば、当てられるか?

殺虫玉を使えば、絶大な効果を与えられるかもしれないが、一度使ってしまえば大きく警戒されることになる。絶対に当てられるであろうタイミングで使うのが効果的だ。

攻撃を仕掛けながら考えたところで蜘蛛が上体を起こし威嚇するように脚を広げた。

複眼をギョロギョロと動かして怪しく明滅させている。

表情など全くない蜘蛛だが、俺たちの好き勝手な攻撃に怒り狂っているというのはわかった。

先程とは違った挙動に警戒すると、蜘蛛がまったくの予備動作なく跳躍した。

プレスを仕掛けてくるのかと思ったが、蜘蛛が落ちてくる様子はない。

見上げると蜘蛛は天井に張り付いていた。

体を震わせて鳴き声のようなものをあげると、天井にある穴から次々とスパイダーが出てくる。

「ちょっ、どれだけ出てくるのよ!?」

「これはマズイですね……」

穴から出てくるスパイダーの数は既に百を超えている。それくらいで止まってくれると嬉しいのだが、穴からは絶え間ない数のスパイダーが湧いて出ている。

ヘタをするとこの洞窟にいるすべてのスパイダーが集まってきているのかもしれない。

数百や千であればいいほうでヘタをすると万という数がいるかもしれない。

そうなればいくら俺たちでも多勢に無勢となって勝ち目はない。

「俺は穴を塞ぐので雑魚はお願いします!」

俺は即座に地面に手をついて錬金術を発動。

大広間に魔力を浸透させ、スパイダーが湧き出てくる穴を塞いだ。

「よくやったわ、イサギ!」

「助かります!」

穴を防ぐことで増援を食い止めることはできたが、スパイダーたちが壁を破ろうと攻撃をしたり、土を掘って別の入り口を作ろうとしている。

俺は錬金術で壁を補強、維持し、新たに作りだそうとする穴を塞ぐことに手一杯だった。

とはいえ、内部に入り込んだスパイダーの数も多かった。

レギナが大剣を振るい、ティーゼが羽根を射出し、メルシアが両手に短剣を持っているが、それでも数が多い。三人だけで支えるには辛い状況だ。

「ちょっと匂いますけど許してください!」

俺は大広間の穴を錬金術で塞ぎながら、マジックバッグから取り出した殺虫玉を周囲にばら撒いた。

殺虫玉が破裂し、白い煙が噴き出す。

「ティーゼさん、頼みます!」

俺の意図を汲み取ってくれたティーゼが風魔法を発動して、俺たちの視界を遮らないようにしながら煙を拡散させてくれる。

白い煙がスパイダーに吹き付けられると、あちこちで苦しげな声をあげてひっくり返っていく。

ただ先ほどの通路と違って密閉状態ではないせいか、効果が十分に発揮されず死に至っていない個体もいる。だが、殺虫玉の効果によって明らかに動きが悪くなっており、それらはレギナやメルシアが手早く処理をしてくれた。

殺虫玉をばら撒いたのが俺だとわかったのだろう。

天井に張り付いていた巨大な蜘蛛の複眼と目が合った。

あ、これ。襲いかかってくるやつだ。

そう認識した瞬間に蜘蛛が天井から勢いよく降下してくる。

大広間の穴を食い止めることに手一杯の俺は回避行動に移ることができない。

圧倒的な質量を伴った黒い塊がくるのを呆然と眺めていると、横合いから飛んできたメルシアが蜘蛛を吹っ飛ばした。

「イサギ様に手を出そうなど許しません」

「メルシア……ッ!」

勢いの乗ったメルシアの蹴りに、蜘蛛はお尻を大きく凹ませて壁に叩きつけられた。

さっきは武器を使っていたが、やっぱり一番得意とするのは体術のようだ。

あちこちにできた傷口から緑の体液を噴き出した蜘蛛は、脚を動かして何とか立ち上がろうとする。

が、既に脚にかなりのダメージを負っているせいか、スムーズに立ち上がることができない。

「動きを止めます!」

相手が止まっているのであれば、少しくらいは助力ができる。

俺は穴の維持の片手間として、錬金術を発動させて壁や地面を変質。蜘蛛の脚に絡みつくようにして動きを阻害する。

「とどめよ!」

そこにレギナが跳躍し、両手で振りかぶった大剣を思いっきり蜘蛛の頭へ叩きつける。

レギナの全力での一撃を急所に受けてはどうすることもできず、蜘蛛は緑の体液を撒き散らしながら地面に沈んだ。

「やったね!」

「イサギ様は少々お待ちを。私たちが残党を駆逐いたします」

「あっ、はい……」

喜びの声をあげていたのは俺だけで、メルシアとティーゼは広間に残ったスパイダーの処理をしている。レギナに至っては蜘蛛が並外れた生命力を持っていると睨んで、頭以外の場所に何度か大剣を突き刺して確実に命を奪っていた。

適切な処理によって生命活動を停止するのを確認。

「イサギ、他のスパイダーたちはどうなった?」

レギナに問われて地中や壁中を探査してみると、既にスパイダーたちはいなくなっていた。

増援がこないのであれば穴を維持する必要はない。

「……キングスパイダーが討伐されて逃げていったみたい」

俺の言葉を聞いて、レギナはがホッとしたように息を吐いた。

俺は錬金術を解除。

周囲を見渡してみると、大広間には巨大な蜘蛛と小さな蜘蛛の亡骸で溢れ返っていた。

「増援を呼ばれた時はどうなるかと思いましたね」

「ですが、イサギ様のお陰で助かりました」

「いやいや、皆が支えてくれたからだよ」

これほど強力な魔物を倒すことができたのは皆のお陰だ。誰か一人のお陰などではない。

皆の勝利と言えるだろう。

「これも回収するの?」

「牙、爪、刺、毒腺、糸袋……使えるべき素材はたくさんあるからね」

解毒ポーション、毒、アイテム、魔道具、武具への加工。

使い道はたくさんある。たくさん回収しておいて損はない。

俺はキングスパイダーやスパイダーの亡骸をマジックバッグに回収していく。

「あ、もちろん。最終的な利益はティーゼさんたちにもお裾分けします」

キングスパイダーの討伐はもちろん、スパイダーなどの討伐にティーゼも大きく貢献してくれている。マジックバッグで回収しているからといって、利益を独り占めするつもりはない。

「でしたら、ここでは手に入らない品物でいただけますと嬉しいです」

ワンダフル商会で売却できる値段を推測して金銭を渡す方法もあるが、このような土地では金銭はあまり役に立たない。ティーゼが直接品物を欲しがるのも当然と言えた。

「わかりました。集落に戻りましたら品物をお渡しします」

「助かります」

「さて、水脈を見にいこうか」

会話が一段落ついたところで水脈の調査だ。

大広間を抜けて奥の通路へ進んでいく。

すると、俺の耳でも感じ取れるほどに水の音が聞こえてきた。

そのまま進んで通路を抜けると、広大な空間に出てき、中央には湖が鎮座していた。

水面の輝きが天井の岩に反射して波打っている様子は幻想的だ。

「大きな湖!」

レギナの感嘆の声が洞内に響き渡った。

周囲に魔物の気配はない。湖の傍にいる生物は俺たちだけのよう。

まあ、傍にあんな巨大な蜘蛛が巣を作っていたんだ。

他の魔物がいたとしても近寄ることはないだろう。

「まさかここに本当に水があるなんて……」

ティーゼが湖を見つめながら呆然と呟いた。

突如として集落の近くで発見された水源にやや現実味がないのかもしれない。

しかし、目の前に広がっている光景は本物だ。

「ねえ、これって飲めるの?」

「問題なく飲めるよ」

水質については確かめている。汚染物質などは含まれていないので、このまま飲むことも可能だ。

問題ないことを告げると、レギナとティーゼが水をすくって飲んだ。

「はぁー、美味しい!」

「はい。とても美味しいです」

俺も飲んでみると水はちょうどいいくらいに冷えており、喉の奥へとスルリと通っていった。

乾いていた喉に水が染み渡る。

「これほど豊富な水源なら集落まで問題なく引っ張れそうだね」

「どうやって集落まで引っ張るの?」

「錬金術で掘削して傾斜に沿って流していくよ」

「……集落まで結構な距離があったけど大丈夫なの?」

「多めに見積もって三日かな」

「そ、そんなに早く済むの?」

「イサギ様だからできることです」

メルシアの返答を聞いて、レギナとティーゼが納得したように頷いた。

「そうかな? 宮廷錬金術師なら誰でもできることだと思うけど……」

大袈裟な表現だったので訂正してみると、メルシアが残念なものを見るような目を向けてきた。

ええ? 帝国の宮廷錬金術師だった皆これくらいできたよね? 具体的にそういった作業や魔力量を見たわけではないが、宮廷錬金術師になれたのならそれくらいの魔力量はあるってガリウスにも言われたし。

「とにかく水源が見つかったことだし、これで農業の水問題については問題ないわね?」

「うん、これで盤石な体制で農業ができると思う」

魔道具だけでは心許ない砂漠の農業だが、これだけ広い水源があるのであれば問題ないだろう。

俺たちは湖までの道のりを丁寧にマーキングしながら集落まで戻ることにした。