灯りを照らしたことで土色の蜘蛛たちが一斉にこちらに飛びかかってきた。

「サンドスパイダーです!」

「くるわよ、イサギ!」

「任せて!」

生理的嫌悪感が半端なく、悲鳴をあげたくなるがそれをグッと堪えて錬金術を発動。

物質変化によって土壁を生成し、目の前を封鎖。それだけでなく奥にも壁を生成し、一本道となった通路を封鎖してしまう。

サンドスパイダーたちがボトボトと壁に直撃する音を聞きながら、俺は土壁に空けた小さな隙間からボールを投げ込んだ。

投げ込まれたボールが封鎖された通路の床で破裂し、白い煙幕が広がった。

アイテムがしっかりと作動したのを確認すると、煙が逃げないように土壁の覗き穴を錬金術で閉じた。

「壁の向こうでサンドスパイダーの悲痛な声が聞こえますね」

「お、ということはアイテムに効果があるっていうことかな?」

俺の耳では壁の奥の声は拾えないが、ティーゼたちにはしっかりと声が拾えているらしい。

「さっきの投げ込んだ白いボールはなんなの?」

「簡単に言うと殺虫玉さ。シロバナっていう花の子房には昆虫や節足動物が苦手とする成分が含まれているんだ」

殺虫玉の説明をすると、レギナとティーゼが感心するような顔になった。

身近にある生活道具の活用法に驚いているようだ。

「アイテムの効果はあるようです。壁の中でサンドスパイダーの気配が消えていきます」

「なら完全に消えるまで待とうか」

アイテムの効果でサンドスパイダーは弱っているだろうが、わざわざリスクを背負って戦う必要はない。楽して安全に勝てるのであればそれが一番なのだから。

「気配が完全になくなりました」

そのまま五分ほど待機していると、気配を探っていたメルシアが静かに告げた。

どうやら通路にいるサンドスパイダーのすべてが息絶えたらしい。

「殺虫玉の成分は俺たちには無害だけど、独特な匂いがするかもだから気をつけて」

人体には無害であることを告げると、俺は錬金術で生成した土壁を崩した。

通路には白い煙が残っている。煙が充満するようにしたのだから当然だ。

「確かに独特な匂いがしますね」

「あたし、この匂い苦手かも」

強い薬物的な匂いを嗅いで、ティーゼとレギナが眉をひそめた。

錬金術師にとっては嗅ぎなれた薬品の臭いだ。

苦手というより、嗅ぎ慣れた匂いに落ち着くといっていいだろう。

メルシアも俺の補助をしているのでこの匂いには慣れており、二人とは違って涼しい顔をしている。

とはいえ、慣れていない二人にとっては不快に違いない。

「煙を払います」

ティーゼが翼に魔力を纏わせ、大きくはためかせる。

それによって風が巻き起こり、通路に漂っていた白い煙はすっかりとなくなった。

強い薬品の臭いが薄れていく。

「風魔法が使えるんですね」

獣人は身体能力が高い代わりに魔法適性が低く魔力も少なめなのだが、ティーゼが発動した風魔法は実にスムーズであり、効果も大きかった。

「ええ、他の属性魔法はからっきしですが風魔法だけは得意なのです」

やや照れくさそうに答えるティーゼ。

どうやら彩鳥族の種族特性として風属性に親和性があるようだ。

魔法が苦手な獣人とはいえ、そういった例外もあるらしい。

クリアになった視界で通路の様子を確認すると、大量のサンドスパイダーの遺骸が転がっている。

ほとんどの個体がひっくり返って脚を天井に向けていた。中にはピクピクと脚を震わせる個体もいるが、痙攣(けいれん)していてまともに動くことはできないようだ。

「全滅ですね」

「いくら殺虫玉っていっても、魔物を倒せるほどの効果を持つものなの?」

「錬金術で成分を抽出し、濃縮。さらに他の素材と組み合わせることで殺虫成分を何倍にも引き上げているからね」

「そ、そう……」

俺の解説を聞いて、ちょっとビックリといった様子のレギナ。

錬金術も使い方次第では、こういったアイテムでさえも作り出せてしまえるというわけだ。

「素材を回収するよ」

俺はマジックバッグを広げて、片っ端からサンドスパイダーを回収した。

わざわざ解体し、素材を厳選して採取しなくてもいいので助かる。

「これさえあれば洞窟に巣食うスパイダー種を一掃できるんじゃない?」

「確かにそうですね!」

「数には限りがあるし、すべてのスパイダー種に効くとは限らないから」

殺虫玉の残りは十九個。

仮にすべてのスパイダー種に絶大な効果があっても、さすがに殲滅(せんめつ)できるとは思えなかった。

「とはいえ、抜群な効果を見る限り、耐性を持った魔物でも相応の期待ができそうです」

「そうだね。惜しみなく使うつもりだよ」

アイテムをケチって大きな怪我を負いたくはないからね。

「イサギのお陰で楽ができたわ。この調子で何かあればお願い」

「うん、任せて」

直接戦闘では三人に劣るが、こういった部分での活躍なら得意だ。

倒したサンドスパイダーの素材回収が終わると、俺たちは通路を抜けて先へと進んでいく。

途中でサンドスパイダーと遭遇したが、少数だったためにレギナ、ティーゼ、メルシアの活躍であっという間に殲滅。

そうやってしばらく進んでいると、俺の調査に確かな反応があった。

「……多分、近くに水脈がある」

「本当ですか!?」

ポツリと呟いた俺の言葉にティーゼが嬉しそうな声をあげた。

錬金術による魔力浸透では明らかに土、鉱石、宝石とは違った水らしき流動的な反応があった。

ここに水源があるのは間違いない。

「で、どこにあるの?」

「もうちょっと下に降りたところにあるはず」

「では、向かいましょう!」

ティーゼが弾んだ声で言う。

水源があるとは思っていなかった場所にあったのだ。嬉しくなってしまうのも当然だろう。

実際、俺たちも嬉しい。この山に水源があるとしたら集落まで水を引っ張ってくることができる。

水を引っ張ってくることができれば生活が便利になるだけでなく、農業だって楽にできる。

このラオス砂漠で農業をするための大きな一歩だと言えるだろう。

水源のある場所まで一直線に走りたくなるが、それをグッと堪えて慎重に進んでいく。

真っすぐに伸びた通路から緩やかな下り坂へと変化した。

魔道具で足元を照らしながら下っていくと、前を歩いていたメルシアの足がピタリと止まった。

「……この先に大きな広間があり、そこに魔物がいます」

水場のあるところには生物がいるのは基本だ。何かしらの魔物がいるとは思っていた。

「数は?」

「一体です。が、かなりの大きさです。ビッグスパイダーの大きさを遥かに超えています」

ビッグスパイダーは全長三メートルを超える大きな蜘蛛だ。

それよりも遥かに大きいと言われると、想像するのが怖くなってしまう。

「もしかすると、キングスパイダーかもしれません」

キングの名を冠する魔物は軒並み強敵だ。対峙するとなると気が重いな。

「倒しにいこうか」

「あら、イサギにしては積極的じゃない?」

これまでの道程はできるだけ安全に動いていた。レギナがそう言うのも無理はない。

「ここで農業をするには水源の確保は必須だからね」

無用なリスクは回避するが、リスクを犯してでも勝ち取る必要があるのなら遠慮なくやる。

「そうですね。集落のためにも危険な魔物の存在は見過ごせません」

「私はイサギ様が行くところであればどこまでも」

「レギナは?」

「もちろん、行くに決まってるじゃない。そろそろ広々としたところで暴れたかったのよね」

獰猛な笑みを浮かべながら背中にある大剣に手をかけるレギナ。

ずっと狭い通路なせいか彼女は大剣をコンパクトに振って対処していた。しかし、大きな広間となれば、レギナも遠慮なく戦うことができる。

ティーゼ、メルシア、レギナがいるのであれば、たとえ上位個体であろうとも倒せる確率が高い。

仮に敵わないとして俺の錬金術やアイテム、魔道具を総動員すれば、撤退することだってできるはずだからね。

「よし、行こう!」

俺たちは斜面を一気に駆け下りると、そのまま魔物がいる大広間に入った。