水源の調査に向かった俺たちはティーゼの案内により、集落の北にある山の(ふもと)にたどり着いた。

移動法としてはティーゼに空を飛んでもらいながら先導し、俺、メルシア、レギナがゴーレム馬に乗って追いかけた形だ。

「イサギさんの魔道具はすごいですね。まさか、地上をこんなにも早く移動できるとは……」

「結構な速度を出しましたけど、それでもティーゼさんの速さには敵いませんでした」

移動中、ティーゼを追い抜こうとできる限り速度を上げてみたが、追い抜くことはできなかった。

砂漠地帯であればゴーレム馬の能力を活かせなかったと言い訳もできるが、集落まで山は岩礁地帯であり十全に能力を発揮することができたので言い訳もできないほどに完敗だった。

「地上での速度は他の種族の方に劣りますが、空であれば負けません」

悔しがる俺の様子を見て、ティーゼがクスリと笑った。

物腰が低く、控え目なティーゼがこれだけ堂々と言うということは、それだけ空を飛ぶことに自信と誇りがあるのだろうな。

今はまだ構想段階で実現の目途も立っていないが、いつかは空を飛べるような魔道具を開発してみたいものだ。

なんてことを想いながら俺は視線を前に向けた。

大きな山がそびえ立っている。

仰け反るようにして見上げてみると薄い雲が頂上部を覆っており、頂上がどのようになっているかはわからない。

山肌には一切の植物は生えておらず、傾斜と凹凸が非常に激しい。歩いて登ることは不可能ではないが、ゴーレム馬で駆け上がるというのは難しそうだ。

「ここからは徒歩で向かった方がよさそうだね」

「それでしたら私が運んで差し上げますよ。空を飛べば、洞窟の入り口まですぐですから」

空を飛んで移動すれば障害物などないといって等しい。麓から入り口まで直線距離で進むことができるので大幅に時間を削減できるだろう。

「ありがとうございます。では、順番に……」

「三人一気にで構いません」

「え? 三人となると、さすがに重――」

言葉を言い切ろうとしたところでレギナやメルシアから強い圧が飛んできて、慌てて俺は口を閉じた。

理屈では正しい会話だったとはいえ、さすがに女性への配慮ができていなかったかもしれない。

「このくらいの距離であれば可能です」

失言をしてしまった俺を見て、ティーゼが苦笑する。

「なるほど。では、運びやすいようにしますね」

三人で縄に掴まろうものならば、揺れた拍子に空中で俺たちの身体がぶつかり合うことだろう。

それを避けるためにも運びやすくする道具が必要だ。

俺は錬金術を発動させると、土を変化させて大きな土の箱を作り、上の部分だけを空けて窪みを作る。

あとは縁に穴を空けてティーゼが持ち運びしやすいように縄を二本通せば完成だ。

「ここに俺たちが入れば一度で安全に運べるかと思いまして」

「バスケットのようで面白いですね。やってみましょう」

ティーゼの足に縄を結ばせてもらうと、俺、メルシア、レギナはバスケットの中へと入った。

「では、いきます!」

三人が乗り込むと、ティーゼは勢いよく翼をはためかせて宙に上がった。

それに伴い俺たちのバスケットも地上を離れて宙へと上がる。

「わあ、すごいわ! ちゃんと飛んでるわ!」

「周囲もよく見えます」

バスケットから身を乗り出すようにしてレギナとメルシアが周囲の景色を眺める。

縄にぶら下がって飛ぶ方法も悪くはなかったが腕の筋肉を使うし、安定感に少し欠けている。

遊覧飛行を楽しむのであれば、これくらい安定している方がいいだろう。

「大樹でもこのバスケットを使えば、階層の移動が随分楽になりそうだね」

景色を眺めながらレギナがしみじみと呟く。

「確かに大樹は中の構造が複雑で階段が長いからね。どうせなら大樹だけじゃなくて街の中で試してみるのはどうかな?」

「街の中?」

「ちょっとした移動手段に使うのもいいし、観光名所なんかを空から回ってみるのもいい。あとは俺みたいな戦闘に自信がない人でも外に連れていってもらって採取に向かうなんてこともできると思うんだ」

空ならば地上と違って混雑することもない。

直線距離なので実際に道を進むよりも早く目的地に着くことだってできる。今回のように。

「いいわね、それ!」

「とても素敵なアイディアなのですが、鳥人族の中には空を飛ぶことに誇りを持っている方もいらっしゃるので注意が必要になるかと」

レギナが目を輝かせて強い食いつきをみせる中、飛んでいるティーゼが冷静に言った。

「あー、そういえばそうだったわね」

俺はそれぞれの種族の性格や価値観まで把握していないが、レギナの様子を見る限りそういった人もいるようだ。

確かに便利に使われれば、面白く思わない鳥人族がいるのも納得だ。

「少し軽率な考えでしたかね?」

「いえ、すべての鳥人族がそうというわけではなく、あくまで一部ですから。私のように誰かを運んであげることが大好きな方もいらっしゃいますので慎重に性格を見極めれば問題ないかと。私としてはこの輸送方法には鳥人族にとって大きな可能性があると考えているので賛成です」

よかった。鳥人族の大多数がそういった考えをしているわけでもないようだ。

「ありがとう。その辺りも注意して父さんに相談してみるわ」

移動を楽にするための思いつきだったが、思いもよらない規模に発展しそうだ。

もし、獣王国でこの移動方法が実現するのであれば、ぜひとも体験したいものだ。

「洞窟が見えました。入り口で下ろしますね」

なんて話をしていると、いつの間にか目的地に到着したらしい。

空から直線距離で向かってしまえばあっという間だ。

到着すると俺たちはバスケットから降りる。

「バスケットの方は問題なかったですか?」

「とてもお運びしやすかったです」

即興で作り上げたものだが、ティーゼに負担はなかったようだ。

細かい感想をティーゼから聞き取ると、バスケットをマジックバッグへと収納。

目の前にはぽっかりとした大きな穴が見えている。

高さは三メートルあり、横幅も五メートルほどあるので人間が通るには十分な広さだ。

「さて、水源があるか調査するわよ!」

「待って。その前に灯りを出すから」

レギナは一瞬怪訝な顔をしたものの、俺が夜目が利かないことを思い出したのか納得した顔になった。

マジックバッグから灯りの魔道具を取り出す。

一般的なカンテラタイプであり、内部に光魔石が入っている。

火を使っていないので洞窟内でもガスに引火することもなく安全だ。

「イサギの魔道具にしては普通ね?」

「奇抜な魔道具ばかり作ってるわけじゃないから」

レギナの率直に苦笑してしまう。

とはいえ、錬金術で農業という変わった使い方をしているだけに強くは言えなかった。

「行こうか」

魔道具を用意して中に入っていくと、すぐに太陽の光が差し込まなくなってしまい闇に包まれる。

坑道などと違って定期的に人が出入りするわけではないので、当然壁に魔道具が設置されているわけもない。

魔道具を点灯させると白い光が周囲を照らし、俺の視界でも洞窟内の様子がしっかりと視認できるようになった。

片手がふさがってしまうのは痛いが、これがないと前が見えないのだから仕方がない。

「イサギ様は水源の探索に集中してください。周囲の警戒は私たちが行いますので」

「わかった。任せるよ」

周囲のことは三人に任せ、俺は壁や床に手を触れながら水脈があるかどうかを探りつつ移動。

錬金術師としての能力で山の構造を読み取っていく。

「魔物です」

水脈を探りながら進んでいると、前を歩いているティーゼが小さく声をあげた。

探索を中断して魔道具を前に向けると、灰色の体表をした大きな蜘蛛(くも)が三体いた。

スコルピオの大きさを遥かに超えており、子供くらいの大きさはあるな。

「ビッグスパイダーね!」

洞窟内に出没する魔物についてはティーゼから粗方聞いている。

慌てることなく俺たちは戦闘態勢へ移行。

先に動いたのはビッグスパイダーだ。

グッと体を沈めたかと思うと、勢いよくこちらに飛び込んできた。

レギナは前に出ると、襲いかかってきたビッグスパイダーに合わせて大剣を振るった。

ビッグスパイダーの体が半分に割かれ、緑色の体液を撒き散らして地面に落ちた。

続けて二体目、三体目のビッグスパイダーが地面を()うようにして接近してくるが、二体目はレギナの一振りで、三体目はティーゼの射出した極彩色の羽根によって崩れ落ちた。

「さすがですね、レギナ様。まさか一撃とは驚きました」

「ティーゼこそ洞窟内で戦えないなんて嘘じゃない」

「戦闘力が落ちるだけで、戦えないわけじゃないですから」

不敵な笑みを浮かべ合うレギナとティーゼ。

ティーゼに倒されたビッグスパイダーを確認すると、極彩色の羽根がいくつもの急所に正確に刺さっていた。

戦闘力が落ちた状態のティーゼにも俺は敵う気がしないな。

もし、戦うことになったら近づく前に極彩色の羽に刺され、針(ねずみ)のようになってしまうことだろうな。