「獣人たちの集落まであとどれくらいでしょう?」

オアシスで休憩していると、ふとメルシアがレギナに尋ねた。

地図でおおよその地形や位置関係はわかるが、俺たちがどこまで進んでいるかまでは土地勘がないのでわからない。

「半日もしない内に彩鳥族の集落があるはずよ」

前回、レギナが向かった時は一週間ほどかかったと言っていた。

三日目にして残り僅かなところまできているのだからかなり短縮できているだろう。

「赤牛族の集落は?」

「そっちはもう少し南西の方になるわ」

ライオネルに頼まれた援助先の氏族は二つだ。

彩鳥族だけでなく赤牛族の方にも援助に向かわなければならない。

となると、先に彩鳥族の集落に訪れてから赤牛族の集落に向かうことになるだろうな。

「下がって!」

などと今後の方針を考えていると、レギナが鋭い声をあげながら後退。

突然の警告に驚きながらも、レギナの指示に従って俺とメルシアも後ろに下がる。

次の瞬間、俺たちが立っていたところに色彩豊かな羽根が地面に突き刺さった。

羽根の飛んできた方角を見ると、上空に男性が二人浮かんでいた。

顔や身体はメルシアのように人間がベースになっているが背中から大きな翼が伸びており、ふくらはぎより下は鳥のような脚になっていた。

「彩鳥族ね」

空に浮かぶ獣人たちを見てレギナが言った。

二人の彩鳥族の羽根は暖色系、寒色系となっており、それぞれ色が違っていた。

個体、性別などで羽根の色が違うのだろうか。なににせよ、彩鳥族と呼ばれるのに相応しい羽根色だ。

大きな布に穴を空けてすっぽりと被ったような衣服を着ており、腰には曲刀を履いている。

余所(よそ)者がここで何をしている!」

「我らのオアシスを荒らすつもりか!」

彩鳥族の二人が翼を動かし、宙に浮かびながら怒鳴り声をあげた。

水が極端に少ない砂漠でオアシスは貴重な水資源であり、生命線だと言える。

ここから近い位置に集落を構えている彩鳥族にとって、ここのオアシスは自分たちの支配する領域なのかもしれない。

「オアシスを荒らすつもりなどありません! ここには獣王様の頼みで彩鳥族の集落に向かうために立ち寄っただけです!」

「人間族が我らの集落に用だと? 信じられんな」

「しかも、獣王様の頼みなどとは大きく出たものだ」

「嘘じゃありませんよ! ほら、証拠に第一王女であるレギナ様がいます!」

「「第一王女?」」

こういった摩擦が起きるのはこちらとしても想定済みだ。

これを解決するために俺たちには案内役であり、第一王女であるレギナがいる。

王族である彼女が同行していることこそ、ライオネルから頼まれたという証拠だ。

「ふふん、あたしのこの耳と尻尾をよく見なさい! 立派に獅子の血を引いているでしょ? これであたしたちが怪しいものじゃないってわかったでしょ?」 

頼られて嬉しそうなレギナが前に出て、自らの耳や尻尾を指し示した。

これで彩鳥族の二人は俺たちを怪しむことなく平和に話し合うことができるはずだが、何やら二人の様子がおかしい。

「……おい、獅子の獣人を見たことがあるか?」

「いや、ない。そもそも獅子ってどんな獣だ?」

どうやら彩鳥族の二人は王家のことをまったく知らないようだ。レギナの姿を見てもまったくピンときている様子はなかった。

「ええ!? そんなことある!? 獣人族たるもの王の血を引く獅子くらい知っておきなさいよ!」

「レギナ、本当に彩鳥族の集落に行ったことがあるの?」

「あるわよ!」

「でも、あの二人は知らないって言ってるけど……」

「あの二人が世間知らずなだけだってば!」

思わず疑いの眼差しを向けると、レギナが頬を真っ赤に染めながら言った。

「俺たちを愚弄するか!」

「確かに頭が足りないだとか思慮が浅いだとか族長によく言われるが、余所者に言われる筋合いはない!」

レギナに負けないくらい顔を赤くして怒りを露わにしている。

沸点が低い。

「ほら、あの二人が特別にバカなだけよ!」

「うるさい! 王族の名を語る無礼者たちめ! 我らが成敗してくれる!」

「覚悟しろ!」

売り言葉に買い言葉というやつだろうか、レギナの言葉ですっかり頭に血が上った彩鳥族の二人が腰にある曲刀を抜いて襲いかかってきた。

「こういう摩擦を回避するためにレギナがいるんじゃないの?」

「だって、あたしのことを知らないなんて言うから!」

「ひとまず、応戦しましょう!」

誤解を解くにも相手はすっかりと頭に血が上っている。

武器を手にしている以上、冷静に話し合える状況ではない。

不本意ながらも俺たちは覚悟を決めて彩鳥族を迎え撃つことにした。

「おやめなさい!」

俺たちと彩鳥族の間に割って入るように一人の女性が現れた。

プラチナブロンドの髪に色彩豊かな虹色の羽根が特徴的だ。

華奢な身体つきをしており、胸元やお尻には最小限の衣服が纏われていた。

「「げっ、族長!」」

突如として現れた彩鳥族の女性を目にして、男性たちがギョッとしたような顔になる。

「リード、インゴ、あの御方は獣王ライオネル様のご息女であるレギナ様です。武器を収めなさい」

「そうなのか!?」

「獅子の特徴を見ればおわかりでしょう?」

「いやー、その、なんというか……」

「前に教えてもらったような気はしたけど、忘れたからわからなかったというか……」

リードとインゴと呼ばれる彩鳥族の二人の釈明を聞いて、族長と呼ばれた女性は大きくため息をついた。

「自分たちで判断できないことがあれば、持ち帰って判断を仰ぐ……いつもそう言っているじゃないですか」

なんだかとても苦労していそうだ。錬金術課の中間管理職の人もよくこんな顔をしていたっけ。

「申し訳ございません、レギナ様。この者たちも決して悪意があったわけではなく、生命線であるオアシスを守ろうという強い想いがあっての誤解です。何卒ご容赦ください」

「申し訳ありません!」

族長が片膝をついてレギナに謝罪の言葉を述べると、リードとインゴも慌てて膝を突いて深く頭を下げた。

沸点が低かったり、思慮が浅いところはあるが根が悪い者たちではないようだ。

「許すわ」

レギナもカッとなったとはいえ、挑発するようなこと言ってしまったんだ。仮に思うところはあっても文句は言えないだろうな。

単なる誤解だということはわかっていたので、俺とメルシアも頷いて謝罪を受け入れる旨を伝えた。

すると、リードとインゴがホッとしたような顔になって頭を上げた。

わだかまりが溶けて一段落したところでレギナと族長が柔らかな笑みを浮かべた。

「久しぶりね、ティーゼ」

「お久しぶりです、レギナ様。前に集落にやってこられたのは五年ほど前でしょうか? 随分と大きくなられましたね」

「まあ、五年も経ったからね」

微笑ましそうな笑顔を浮かべながらの族長の言葉にレギナは照れくさそうに頬をかいた。

どうやら彩鳥族の族長とは以前からの知り合いらしく、とても仲がいいようだ。

こうして和やかに話している姿を見ると、姉妹のような関係に見える。

「レギナ様、お連れの方々に挨拶をしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ」

しばらく二人の会話を見守っていると、族長がこちらにやってきた。

「改めまして、私は彩鳥族の代表をしておりますティーゼと申します」

「はじめまして、錬金術師のイサギです」

「イサギ様のお手伝いをしております、メルシアと申します」

「よろしくお願いします」

ティーゼが手を差し伸ばしてきたので、俺とメルシアは順番に手を差し出して握った。

彩鳥族にも握手をする文化があるのか、それとも俺たちの文化に合わせてくれたのか、どちらか不明であるが、ティーゼの様子を見る限り歓迎されていることは確かだった。

王族であり、知り合いのレギナがいるからだろう。俺とメルシアだけじゃこうもスムーズにはいかなかっただろう。

「ゆっくりとお話したいところですが、ここは安全とは言い難いので集落の方までご案内してもよろしいですか?」

「もちろんです」

もともと彩鳥族の集落を目指していたんだ。ティーゼの提案に異論はない。

襲ってくることはないが周囲には水を求めてやってくる野生動物や魔物の気配があった。

実力差を悟って攻撃を控えてはいるが、いつ痺れを切らして襲いかかってくるかわからない。

「ねえ、ティーゼ! 前にやってもらったやつがしたいわ! ティーゼたちの翼なら集落まですぐでしょ?」

「懐かしいですね。いいですよ」

レギナの提案を聞いて、ティーゼがやや苦笑しながら頷いた。

なんとなく彩鳥族の手を借りて移動するのだとわかるが、どうやって移動するのか見当がつかない。

ティーゼたちの身体はとても細く、俺たちが背中に乗れるようには見えない。

首を傾げていると、ティーゼ、インゴ、リードの三人が懐から縄を取り出して足へと結びつけた。

「縄に掴まってください。私たちが飛んで集落までお連れしますので」

バサバサとティーゼが羽ばたいて宙に浮かぶと、足に結びつけられた縄が目の前に垂れ下がる。

縄の先は輪っかとなっており、ちょうど握りやすいようになっていた。

なるほど。これに掴まって空を飛んで移動するのか。

「重さとか大丈夫なんですか?」

「問題ありませんよ」

一見して華奢な女性の身体に見えるが、ティーゼの下半身は鳥類のようになっておりとても発達している。本人も自信満々のようだし、俺が思っている以上に強靭な下半身をしているのかもしれない。

「では、遠慮なく」

一言かけてから俺は目の前に垂れ下がった縄の輪っかに手をかける。

メルシアはリードの縄に掴まり、レギナはインゴの縄に掴まった。

「では、行きますよ」

ティーゼは強く翼を羽ばたかせると俺はいとも簡単に地上から足が離れた。

そして、ドンドンと俺の身体は浮かんでいき、あっという間に空へと上昇した。

彼女の言った通り、本当に人間一人くらいの重さであれば余裕で持ち上げることができるらしい。

ある程度の高さにまで上昇すると、ティーゼは翼を動かして前へと進んだ。

「うわっ、すごいや! 空を飛んでいるみたい!」

彼方まで砂漠が続いており、地平線と空の境目が見えた。

足跡一つない砂山には風紋が走っており、凹凸が光と影を作って独特な立体感を醸し出していた。

三日間の移動で散々見てきた光景なので、もう感動することはないだろうと思っていたが、まさか今更感動することになるとは思わなかった。

「いい景色ね!」

「風が気持ちいいです」

振り返ると、レギナとメルシアも空からの光景を目にして感動しているようだった。

こうやって空を移動していると、まるで自分が鳥になったかと錯覚してしまうほど。

世界中をこんな風に移動できればいいな、などと子供じみた願望を抱きながら俺は景色を眺め続けた。