翌朝。目を覚まして寝室からリビングへと顔を出すと、既にメルシアが起きていた。

「おはようございます、イサギ様。朝食の準備は整っていますのでお召し上がりください」

「ありがとう」

テーブルの上には昨夜と同じくアウルベアーのスープとステーキが並んでいた。

スープにはアウルベアーの肉だけでなく、白菜、ネギ、ニンジン、菊などが入っており、スライスされた唐辛子が散らされていた。

同じアウルベアーのスープでありながらも具材のラインナップは違うというわけだ。

「……昨日のスープより美味しい」

スープを飲んでみると、昨日のものよりも脂の旨みと甘みが浸透しているのがわかった。

明らかに昨日のものよりも美味しく、味が洗練されているのだ。

「アウルベアーの骨から出汁を取っていますからね」

骨から出汁って結構な手間がかかるはずだけど、一体いつから起きていたんだろう。

ちょっと心配する気持ちはあるけど、それはそれとして美味しい。

俺が食事を始めると、メルシアも対面に座って食事を始める。

こんな風に家で食事をしてると、旅の最中であることを忘れてしまいそうだ。

「……レギナ、起きてこないね?」

朝食を食べ終わったがレギナが一向に起きてこない。

移動できる時間は限られているので、できるだけ早く出発するべきだ。

しかし、男性である俺が年頃の女性の、しかも第一王女の眠る寝室に入るのは(はばか)られる。

意図を察してくれたメルシアはこくりと頷くと、立ち上がって奥にあるレギナの寝室に入った。

ほどなくしてメルシアが、眠気眼をこすりながらのレギナを連れて戻ってくる。

「眠そうだね? あまり眠れなかった?」

「そういうわけじゃないわ。ただうちの家系は朝が苦手ってだけだから気にしないで」

確かライオンっていう生き物は夜行性だと聞いたことがある。

元になった獣の特性によって、そういった部分は変わるのかもしれないな。

「わっ! このスープ美味しい!」

欠伸(あくび)をしながらもそもそとパンを食べていたレギナだが、スープを口にした途端にカッと目を見開いた。

「ふう、いつでも動けるわ」

あっという間に朝食を平らげるレギナ。美味しい朝食のお陰で完全に脳が覚醒したらしい。

朝食を片付けると、メルシアとレギナが荷物を纏め始める。

俺はその間にダイニングやリビング、寝室に設置した家具などをマジックバッグに回収。

外に出ると、三体のゴーレムが昨日と変わらない様子で巡回していた。

「うん、特に魔物や獣の類は近づいてこなかったようだね」

ゴーレムには傷一つなく、周囲には争った形跡すらない。

ゴーレムの機能を停止させると、魔石を抜いてマジックバッグに収納だ。

「イサギ様、準備が整いました」

メルシアとレギナの身支度が整ったことを確認すると、俺は拠点として使用していた家に触れる。

錬金術で変質させて連結していた部分を解除すると、バラバラと家が崩れた。

「崩しちゃうんだ」

「野営のための簡易的な家だから」

このままの状態でもマジックバッグに収納できるのだが、組み立てた状態だと嵩張るからね。

一度、崩して収納した方が容量の節約になるのだ。

レギナは少し残念そうにしているが、この程度の簡素な家ならばいくらでも作ることができる。

また野営をしたい時は錬金術で建て直せばいい。

「それじゃあ、出発しようか」

マジックバッグから取り出したゴーレム馬に跨り、俺とメルシアとレギナはラオス砂漠を目指すのであった。





レギナの案内で平原を駆け、森を越えて、荒野地帯を駆け抜けると西に進み続けること三日目。

俺たちの目の前には砂漠が広がっていた。

視界の遥か先には(わず)かに岩のようなものが点在しているが、それ以外はすべて黄土色の砂だ。

ただひたすらに砂漠が続いているだけの景色なのに、なぜか美しさのようなものを感じた。

「ここがラオス砂漠」

「暑いというより、熱いといった表現が正しいですね」

「まったくだね」

周囲にある空気は乾燥しており、強烈ともいえる陽光が差し込んでくる。それがジリジリと肌を焼かれているような感触であり、風が吹きつけるだけで熱風を浴びているようだ。立っているだけで汗が滝のように流れるほどだ。

「まずは砂漠でもゴーレム馬が走れるか確かめないとね」

試しにゴーレム馬を走らせてみる。

「……問題なく進めるけど、一定の速度を超えると思うように速度が出ないね」

「恐らくこの柔らかい砂が原因かと」

柔らかい砂のせいで思うように踏ん張れず、細かい砂が足に絡みついてくるようだ。

「時間をかければ、砂漠でもしっかりと走れるように改良できるけど、それをしている間に目的地に着くくらいの時間は過ぎるだろうね。あまり無理に走らせると転倒するかもしれないし、一定の速度で走らせる方がいい」

「ええ、砂漠でもある程度走れるだけで十分だわ」

これまでのような軽快な旅とはいえないが、標準的な馬と同じくらいの速度は出ている。

徒歩で歩くよりも体力を節約できるし、遥かに早いからね。

「ここからは魔物も凶暴になるから細心の注意を払ってね」

「わかった」

こくりと頷くと、俺たちはゴーレム馬を走らせる。

陣形は案内役であり、近接戦闘をこなすことのできるレギナが先頭で、錬金術や魔道具による支援を行うことのできる俺が二番目、索敵と肉弾戦をこなせるメルシアが最後尾だ。

それぞれの戦闘スタイルを考慮しての布陣ではあるが、一番はひ弱な俺を守りやすいようにこういう陣形になったに違いない。俺は二人と違って近接戦闘はできないし、索敵もできないからね。

周囲には俺たち以外に人間の姿はなく、鳥や動物といった生き物の姿も見えない。

時折、吹きつける風がビュウビュウと音を鳴らし、ゴーレム馬が柔らかい砂を踏みしめる音だけが断続的に響いていた。

こうも平和だと危険な魔物なんていないんじゃないかと思えてくる。

なんて呑気な思考をしていると、前を走るレギナの耳がピクリと動いた。

「くる!」

「どこから?」

「真下よ! 離れて!」

レギナの警告に従い、ハンドルを操作してゴーレム馬を横に跳躍。

すると、さっきまで俺たちのいた場所の砂が弾けた。

視線を向けると、砂の中から五体のサソリが姿を現した。

体長は一メートルを越えており、艶やかな紫色の体表が陽光を怪しく反射している。

獲物が通りかかるのを地中で待っていたのだろう。

レギナが教えてくれなければまったく気づかなかったな。

「スコルピオね! ここは任せて!」

ゴーレム馬から降りたレギナが、大剣を片手で引っ提げて駆けていく。

メルシアは俺の護衛を優先するようで、いつの間にか傍にピッタリといた。

スコルピオは左腕の(はさみ)を鈍器のように叩きつけて迎撃するが、レギナはそれを回避する。

続けてスコルピオの尻尾が(むち)のように襲い掛かるが、レギナはそれを予見していたかのようにステップで回避。同時に大剣を()ぎ払い、スコルピオの尻尾を切断した。

身体の一部が切断された衝撃により大きく仰け反ってしまうスコルピオ。

その大きな隙をレギナが逃すことなく、跳躍した勢いを乗せての一撃で一体のスコルピオが沈んだ。

「次!」

一体目を速やかに処理すると、レギナは素早く二体目、三体目へと斬りかかって、スコルピオを沈めていく。

「凄まじいね」

「さすがはレギナ様です」

突然の魔物の奇襲に臆することなく、一人で立ち向かっていく。

とても大国の王女の行動とは思えないが、とても頼もしい。

このまま放置しておいても一人で倒してしまいそうだが、中衛として少しは役に立っておきたい。

俺は地中に手を触れると、錬金術を発動。

四体目と五体目のスコルピオの足元にある砂を隆起させた。

魔力により圧縮された砂の針はスコルピオたちの腹部を貫いて、一瞬にして絶命させた。

「なに今の!?」

スコルピオが片付くと、レギナが興奮した様子で駆け寄ってくる。

「ただの錬金術だよ。砂を魔力で硬質化して、形状変化させたんだ」

「錬金術ってそんなこともできるんだ!」

遺骸となったスコルピオを観察してみると背中や脚などは硬い甲殻に覆われていたが、お腹の部分は柔らかいことに気付いた。思いのほかあっさりと倒すことができたのはそのお陰だろう。

錬金術であっさりと倒せたからといって慢心してはいけないな。

「これならイサギも戦力として数えて良さそうね?」

レギナが不敵な笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。どこまで本気にしているか不明だが、レギナやメルシアのようなパフォーマンスを求められると荷が重い。

「ある程度だからね? あまり当てにしないでね?」

釘を刺すように言うも上機嫌に笑うレギナが、どう受け止めたかは俺にわからなかった。