「イサギ様、夕食の準備をしたいのでアウルベアーをこちらに出していただけますでしょうか?」
メルシアに言われて、昼間にレギナが倒したアウルベアーを取り出した。
すると、メルシアは軽々とアウルベアーを担いで裏口に移動していった。
あのアウルベアーの大きさからして、軽く体重が数百キロあるはずなんだけどな。
「あたしも手伝うわ!」
「いえ、そのようなことをレギナ様に手伝わせるわけには」
「そういう遠慮はいいってば。こういうの慣れてるし」
「では、よろしくお願いします」
メルシアとレギナが解体を始めると、俺は手持ち無沙汰になってしまった。
とはいえ、俺は熊の解体なんてやったことがないので力になれるとは思えない。
「暇だし、見張り用のゴーレムでも作ろう」
野営のために家を作ったのはいいが、家の中にいては魔物の接近に気付くことができない。
その対策として家の周囲にゴーレムを配備すればいい。
ゴーレムなら人間と違って睡眠をとる必要もなく、疲労も感じないので一晩中でも見張りを任せることができるからね。
俺はマジックバッグにある鉄、鋼、マナタイトを素材としたゴーレムを作っていく。
帝国の魔物ならば適当な砂や石を素材としたゴーレムで十分だけど、獣王国の魔物は手強いので素材もいいものにしておいた。さらにゴーレムのために大盾と、槍を持たせた。
魔物を倒すことまでは期待していないけど、俺たちが危険を察知して戦闘準備を整えられるくらいに持ちこたえて欲しいからね。
三体のゴーレムに魔石をはめると、魔力を流して起動させた。
「この家に誰も近づけさせないようにしてくれ」
外に引き連れて指示を出すと、ゴーレムたちは家の周囲を歩いて巡回し始めた。
うん、これで大丈夫だろう。
「あれってイサギの作ったゴーレム」
ゴーレムの出来栄えに満足していると、レギナが声をかけてきた。
先ほどまで解体をしていたはずだが、裏口にはメルシアとアウルベアーの姿がないので解体は終わったのだろう。
「そうだよ。見張りをしてもらおうと思ってね」
「……あのゴーレムたちが持ってる盾と槍って魔道具?」
目を細めて凝視するレギナの言葉に俺は驚いた。
ゴーレムが装備している盾と槍は、一見ただの鉄製の盾と槍に見えるがどちらも魔道具だったりする。
盾と槍には雷の魔力が付与されており、触れただけで相手に強電流が流れる代物だ。
「見抜かれないように偽装はしていたつもりなんだけどよくわかったね? 参考までにどうしてわかったか聞いてもいい?」
魔法を生業とする魔法使いや、素材の性質を見通すことのできる錬金術師ならともかく、魔力の扱いが不得手でも、錬金術師でもないレギナに見抜かれたのは予想外だ。
「なんとなくね」
「なんとなく?」
「勘っていうのかしら? 迂闊に触れちゃいけないってわかるのよね」
「獣人の勘か……それはまたすごいね」
レギナの獣人としての本能が察知したのだろう。
獣王国に来る前だったら鼻で笑っていたかもしれないが、こちらにやってきて獣人たちのハイスペックぶりを目にしているので笑うことはできなかった。
獣人による勘かぁ……それはどうしようもないかもしれない。
「お二人とも夕食の準備が整いました」
「わかった。今行くよ」
外の見張りはゴーレムたちに任せて、俺とレギナは拠点へと戻る。
「メインはアウルベアーの煮込みスープと串焼きです」
「美味しそう!」
「野営とは思えないほどに豪勢だわ」
ダイニングテーブルの上には大きな鍋が鎮座しており、お皿には串肉やサラダ、パンなどが並んでいた。サラダとパンはマジックバッグで保存していたものを取り出した形になる。野営でも食事に困らないのがマジックバッグの素晴らしさだね。
「さっそく、いただくよ」
「どうぞ」
まずは串に刺さったアウルベアーのロース肉を食べる。
肉質がものすごく柔らかく、口の中で旨みが弾けた。
「美味しい! 優しい脂の甘みがする!」
そう、特にすごいと感じたのが脂の味だ。
牛や豚の脂身はぎっとりしていてくどさを感じるのだが、アウルベアーの脂身は程よくて優しい甘さを感じる。
「わっ、アウルベアーのお肉ってこんなにも美味しかったんだ!」
「イサギ様が完璧な血抜き処理をしてくださったお陰です」
「それでも熊肉は臭みが強いし、メルシアの適切な下処理があったからだよ」
「ありがとうございます」
率直な感想を告げると、メルシアが気恥ずかしそうに笑って串肉を頬張った。
後ろにあるしなやかな尻尾がブンブンと揺れている。
噛めば噛むほどアウルベアーの力強い旨みが滲み出てくる。
炭火で焼かれているお陰かほんのりと香ばしさがあって堪らないな。
脂身の甘さを活かすために塩、胡椒だけで味付けされているのもポイントが高かった。
串肉を食べ終わると、次はスープにとりかかる。
アウルベアーの脂がスープに溶け出しており、大根、ゴボウなどの根菜やキノコにしっかりと染み込んでいる。
「うん、スープも美味しい!」
「こっちもまったく臭みがないわね」
煮込まれたアウルベアーの肉はとても柔らかく、歯を突き立てるとあっさりと千切れるほどだ。大
通常、熊の肉は煮込めば硬くなるものだが、メルシアの適切な下処理によりまったく硬くなっていない。さすがはメルシアだ。
根は柔らかく、ゴボウが程よい歯応えを演出してくれる。スープを飲めば身体の内側から温まり、旅で緊張していた俺たちに一時の癒しを与えてくれるかのようだ。
「お代わり!」
「どうぞ」
俺がスープを飲んで一息ついている間に、レギナはメルシアにお代わりを貰っていた。
レギナも獣人だけあってか、食べる量が半端ない。二杯目を貰ったかと思うと、あっという間にそれを平らげて、三杯目のお代わりを貰っている。
食べきれないくらいの量があると思ったが、これはすぐになくなってしまいそうだ。
ライオネルが国内の食料生産に頭を抱えるわけだ。
たった一人でこれだけの消費をするのであれば、国内の消費量はとんでもないだろうな。
「ラオス砂漠にはどのくらいで着くんだい?」
夕食を食べ終わると、俺はレギナに尋ねた。
「このペースならあと三日で砂漠地帯に入れそうよ」
レギナによると通常ならば平原を抜けるのに三日、その先にある森を抜けるのに二日、荒野地帯を抜けるのに三日くらいかかるらしい。だけど、今日のペースを考えるとそれくらいで抜けることができるようだ。
特に平原地帯は森と違って障害物もないので、かなりの速度アップが見込めるとのこと。
「砂漠地帯から目的地である氏族の集落まではどのくらいかかるのでしょう?」
「前に走って行った時は一週間かかったわ」
砂漠を走って横断しようとしたことに関しては置いておいて、獣人であるレギナが走ったにもかかわらず一週間だ。人間族が走っての距離だとは考えないほうがいいだろう。となると、砂漠地帯に入ってからかなりの距離があると思った方がいいな。
「遠いんだね」
「いえ、直線距離としては大したことはないわ」
「え? でも、レギナが走って一週間はかかる距離だよね?」
「時間のかかる大きな要因は砂漠の魔物なのよ。砂に紛れてどこに潜んでいるかわからない上にそれぞれが手強い。それに一度遭遇すると隠れる場所がないから逃げることも難しいの」
確かにどこにいるかもわからない魔物を警戒しながらの行軍はかなり難しい。どこで流砂などの危険もあるし、どうしても速度は落とさざるを得ない。
その上、遭遇する魔物が手強いか……アウルベアーを瞬殺していたレギナがそう評するほどの魔物たちがひしめいていると思うとかなり気が重いな。
「ご安心ください、何があってもイサギ様のことは私が守りますから」
不安が顔に出ていたのだろう。メルシアがそんな頼もしい台詞を言ってくれる。
「ありがとう、メルシア。俺もサポートはするから無理だけはしないでね? 危ない時は自分の命を優先するんだよ?」
「はい。命を懸けてでもイサギ様をお守りします」
「うんうん――ってあれ? 自分の命を優先してって言ったよね?」
なんて突っ込むと、メルシアは撤回する気はないとばかりに台所に向かって食器を洗い始めた。
俺の言葉の意味を理解してくれているのか不安だ。メルシアを無事に帰すためにも、俺自身が怪我をしないようにしないとな。