深い森の中を抜けると、急に周囲が明るくなった。
「イサギ様、もう間もなく獣王都です」
メルシアの声を聞いて身を乗り出すと、街をぐるりと囲う大きな城壁がそびえ立っているのが見えた。
城門の下には鎧を纏った獣人が立っており、入場者をくまなくチェックしている。
城門の上には歩哨が立っているだけでなく、鳥系の獣人と思わしきものが空を飛んで周囲を警戒していた。
「まさか、四日ほどで獣王都にたどり着くなんて驚きなのです……」
俺が感動している傍ら、コニアは驚愕の事実を受け入れられないでいるようだ。
獣王都の景色を見て、どこか呆然としている。
「思っていたよりも早く着きましたね」
「早いなんてものじゃないのです! 通常の工程の半分以下なのですよ!? このゴーレム馬があれば、今まで商いにかけていた移動日数を大幅に軽減することができるのです! イサギさん、このゴーレム馬をぜひともワンダフル商会に売ってほしいのです!」
間に挟まされているメルシアの太ももに身を乗り出しているせいか、メルシアがちょっと迷惑そうだ。
まあ、これだけの移動手段を前にして興奮しない商人はいないだろう。
「わかりました。獣王都での用事が終わったらお作りいたしますから」
「ありがとうございますなのです! にゅふふ、これでワンダフル商会はさらなる飛躍を遂げることができるのです!」
ゴーレム馬を作ることを約束すると、コニアはニヤリと笑った。
完全に商売人の顔だ。
「にしても立派な城壁だね」
「大きさは帝国の城壁に劣るでしょうが、防衛体制ではこちらに軍配が上がるかと」
いつまでも太ももの上に乗っかったままのコニアを退かしながらメルシアが言う。
闇夜ですら見通すことのできる視覚、何百メートル先の音を捉えることのできる鋭敏な聴覚。人間族に比べると、獣人族の身体能力はかなり高いので、外敵が侵入するのは非常に困難だろう。
「イサギさん、列は気にせずに横から進んでくださいなのです」
「え? いいんですか?」
「イサギさんたちは獣王様の命によって招かれた賓客なのです。優先されるのは当然なのですよ」
それもそうか。俺たちは一国の王に招かれた客なんだ。少しくらいの便宜を図ってもらえるか。
コニアの指示に従い、俺は城門へと続く待機列の横を通っていく。
「そこの馬車、止まれ――って、御者がいないぞ?」
「勝手に馬が走ってる!?」
城門の下にやってくると城門警備の獣人が寄ってくるが、ゴーレム馬を見るのは初めてだったのか驚いていた。
「ワンダフル商会のコニアなのです! 獣王様の命により、お客様をお連れしたのです!」
警備が戸惑う中、馬車から降りたコニアが書状を見せながら言う。
「確かにライオネル様の書状だな」
「失礼だが、念のために検査だけさせていただきたい」
「お好きにどうぞなのです!」
コニアが頷くと、警備の獣人二人が荷車をチェックする。
とはいっても、具体的に荷物を確認するのではなく、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるだけだ。
「よし、問題なし!」
「お客人も聞いていた特徴と一致している。通ってよし!」
「ありがとうございますなのです!」
俺が疑問に思う間に検査は終わり、俺たちは晴れて獣王都へ入ることが認められた。
「……今のだけでいいんですか?」
俺が宮廷錬金術師を辞めて帝国を出る時や、メルシアと共に他の街に入ろうとした時の方が検査は厳しかったくらいだ。いくら王の招いた客とはいえ、首都の検査がこんなに緩くていいのだろうか?
「彼らは獣人の中でも特に嗅覚に優れた者たちです。匂いを嗅いだだけで我々が何を持ち込んだのか把握し、違法薬物などがあれば即座に感知してくれます」
「匂いを嗅いだだけでそんなことまでわかるんだ」
獣王国で過ごしていると獣人たちのすごさを改めて実感させられるな。
城門を越えて中に入ると、舗装された道に整然と並んでいる民家が広がっていた。
が、それ以上に印象的なのは天を突くようにそびえ立っている大樹の存在だ。
「……大きな木だ」
「始まりの樹『ウルガリオ』なのです! 獣王都の名物なのです!」
「初代獣王があの大樹を中心として建物を作り、今の獣王都を作り上げたと言われています」
まるでお伽話に登場する世界樹のように悠然と佇(たたず)んでおり、どこか神聖さを感じられた。
初代獣王があの樹を中心として街を作った気持ちがわかる気がした。
「ちなみに私たちが向かうのもあそこなのですよ」
「え? ライオネルってあそこに住んでるの!?」
ただの大樹にしか見えないが、コニアの説明を聞いてみると、中は人が住めるようにくり抜かれているようだ。
森に住むエルフという種族も木々を活用して生活拠点にすると聞く。それと同じような感じなのだろう。
馬車を進ませていると、大通りには数多の獣人が歩いている。
獣人の国の首都だけあって、当然獣人が多いな。
プルメニア村でよく見る、犬系、猫系、狼系、熊系だけでなく、象系、牛系、猿系といった村の中ではあまり見かけない種類の獣人もいる。
同じように見えても微妙に耳や尻尾の形や色などが違っていたり、毛の生え方が違っていたりして面白い。
歩いている八割から九割が獣人で、残りの一割がエルフ、ドワーフ、人間などの他種族といったところだろう。ここにいる人間族が俺だけでないことに少しだけホッとした。
大通りを進んで長い坂道を上ると、俺たちはウルガリオの真下にたどり着いた。
大樹の入り口には二人の門番が立っていた。
犬系の獣人と猿系の獣人だ。
雰囲気だけで先ほどの城門警備とは格が違うとわかった。
それに身に纏っている鎧や装備している槍も一級品だ。
ここは獣王都のシンボルであり、王の住まう場所。その入り口を守護する門番の質が高いのも当然だと言えるだろう。
俺たちが馬車から降りて近づくと、門番たちが厳しい視線を向けてくる。
「何者だ?」
「ライオネル様の命により、客人をお連れしたのです」
「通すわけにはいかない」
書状を見せて前に中に入ろうとするコニアだが、それを阻止するように槍と斧が交差した。
「はい? どうしてなのです?」
「お客人がやってくるのは少なくとも十日後だ。本日やってくるとは聞いていない」
「ライオネル様の招いた客人とは別者の可能性がある」
「それはイサギさんの開発したゴーレム馬のお陰で、移動日数を大幅に短縮することができたのです」
「そんなものは知らぬ」
コニアが精いっぱい抗議をしてみせるが、門番は首を横に振って取り合う様子がない。
まさか、到着が早すぎることで怪しまれることになるとは思わなかったな。
これには俺とメルシアも顔を合わせて苦笑するしかなかった。
「でしたらライオネル様に取り次いでくださいなのです。私たちを直接見れば本物だとわかるはずです!」
「ライオネル様はお忙しいのだ。こんなことでいちいち取り次いでいられるものか!」
「これ以上騒ぐのであれば、力づくで追い返すぞ!」
門番が声を張りあげ、武器を構える。
剣呑(けんのん)な空気を察知してメルシアが俺の前に出た。
「お前たち、その者たちは俺の客人だ。手荒な真似はするんじゃない」
一触即発といった空気の中、第三者の声が頭上から響いた。
思わず視線を上げると、大樹から伸びた幹の一つに獣王であるライオネルが立っていた。
「ライオネル様!」
二人の門番が驚きの声をあげると、ライオネルは何十メートルもの高さのある幹から降り、音もなく着地した。特に魔力を使ったような形跡はない。己の身体能力で衝撃を逃したようだ。
ライオネルがやってくると、二人の門番が恭(うやうや)しく片膝を地面についた。
「事前に客人が来ると言っていただろう?」
「しかし、その者たちの到着は少なくとも十日後だと聞いております」
「まったくお前たちは堅すぎだ。もっと柔軟な対応をしろといつも言ってるだろう」
「も、申し訳ございません」
どうやら二人の門番がこういったいざこざを起こすのは初めてではないようだ。
「すまないな。戦士としての力量は一級品なのだが、どうにも不器用な奴等でな。部下の非礼を詫びさせてくれ」
「いえ、予定よりも早く来てしまったのは俺たちですから」
それだけ大事な場所を守っているんだ。不審な者への対応が多少厳しくなってしまうのは仕方がないだろう。
「そういうわけで彼らは俺が直々に招待した客だ。中に入れるが問題ないな?」
「「どうぞ、お通りください!」」
ライオネルが言うと、門番はすぐに立ち上がり、大樹への入り口を開けてくれた。