「イサギさーん! ワンダフル商会のコニアなのですー!」

宿を作った三日後。朝食を食べ終わって、ソファーでくつろいでいると自宅の扉が叩かれた。

「今日は定期売買の日だっけ?」

「いえ、違います」

食器を洗い終わったついでに台所周りの掃除をしているメルシアに尋ねるが、彼女はきょとんとた顔で首を横に振った。

定期売買ではない上に、これだけ朝早くやってくるというのも珍しい。何かいつもと違った用事があるのかもしれない。

「とりあえず、出迎えよう」

考えるのもほどほどにして俺はソファーから腰を上げると、玄関にある扉を開いた。

すると、今日も可愛らしい赤い帽子に大きなリュックがトレードマークのコニアがいた。

「お邪魔するのです!」

「リュックは外に置きますね」

「あう」

中に入ろうとしたコニアの後ろにメルシアが回り、彼女のリュックを持ち上げて外に置いた。

どうしてこの子はいつも入らないリュックを持って入ろうとするのだろう。不思議だ。

なんて疑問は置いておいて、コニアを応接室へと案内。

コニア専用となった小さなイスに腰掛けると、俺は対面にあるソファーに腰を下ろした。

メルシアの差し出してくれた紅茶で喉を潤すと、俺は本題を尋ねることにした。

「それで今日はどうされたんです?」

「イサギさん宛にお手紙を持ってきたのです!」

懐から封書を取り出し、テーブルの上に差し出すコニア。

封書の裏には獅子の紋章が描かれているのだが、俺は獣王国の紋章に疎い。

「なんとなく思い浮かぶのですが、念のためにお聞きします。この手紙の差出人は?」

「我らが獣王ライオネル様なのです!」

にっこりとした笑みを浮かべながらの返答に、俺はやっぱりという思いを抱いた。

「この場でお読みしても?」

「はい、ぜひ読んでほしいのです」

コニアが頷くのを確認した俺は、メルシアからペーパーナイフを受け取り、封書を丁寧に開けて中にある手紙を読んだ。

文章を読んで初めに思ったことは、あの王様にこんな硬い文章が書けるんだという思いだった。

気さくな人だったけど、きちんと王様もやっているらしい。

「いかがでした?」

じっくりと文章を読み込んで手紙を折りたたむと、メルシアがおずおずと尋ねてくる。

「俺が品種改良した救荒作物のお陰で獣王国の多くの人々が飢えることなく過ごせたから、正式に感謝を述べたいって……」

「ということは、獣王都に招待されたということですか!?」

「うん、そういうことになるね」

「おめでとうございます、イサギ様! 獣王様に招待され、感謝の言葉を贈られるなど、とても名誉なことですよ!」

こくりと頷くと、メルシアが我がことのように喜んでくれた。

「ありがとう。とはいっても、お礼の言葉を贈られるために王都へ行くのって、ちょっと恥ずかしいね。俺としてはこの手紙に書いてある言葉だけで十分なんだけど……」

俺としては当たり前のことをしただけだ。獣王であるライオネルから直接言葉を貰うことのほどではない。

遠回しに辞退したい気持ちを伝えると、メルシアとコニアが目の色を変えて身を乗り出してきた。

「いいえ! きちんと感謝の言葉は受け取っておくべきです!」

「そうなのです! これだけ大きな功績を残したとなると、獣国様としても公の場で感謝の言葉を贈る必要があるんです! というか、来てくれないと案内を頼まれた私の商会も困ってしまうのです!」

想像以上の猛反発に俺は驚いてしまう。

メルシアの意見はともかく、コニアの意見については主に後半部分が大きな理由を占めていそうだ。

「そ、そうですよね。ライオネル様の立場もありますし、招待を受けた以上は行かないとマズいですよね……」

「帝国ほど拘っているわけではありませんが、ライオネル様にも(めん)()というものもありますので」

雰囲気が緩いので勘違いしそうになるが、一国の王からの招待をただの平民が断るだなんてとんでもないことだ。帝国でそのようなことをすれば、不敬罪として極刑になってもおかしくない。

正式に招待を受けた以上、行くべきだろう。

「そういうわけで、今から獣王都に行くのです」

「ええっ!? 今からですか!?」

獣王都に行く覚悟は決めたが、そんなすぐに出立するくらいの覚悟を決めたわけではなかった。

「プルメニア村から獣王都まで片道で二週間はかかるのです。早く出立しないとライオネル様をかなりお待たせすることになってしまうのです」

「わ、わかりました。ですが、さすがに今すぐにとはいきません。実験中の作物の保存や、農園にある作物の調整、引継ぎ作業などを行うので二日ほど時間をください」

コニアの気持ちや言い分は理解できるが、こっちにも事情がある。

獣王都に行ってしまえば、最低でも一か月はプルメニア村を離れることになる。

というか、行ってすぐに帰してくれるとも限らないので、一か月半、あるいは二か月くらい戻ってこられないことを想定するべきだ。

さすがにそれだけ長期間離れるとなると、ちょっと獣王都まで行ってきますでは済まない。

「二日ですか……」

「その時間をくだされば、ロスした時間を取り戻せるだけでなく、獣王都にかかる日程を大きく短縮することを約束いたしますよ」

「本当ですか?」

「はい。場合によっては今後のワンダフル商会の商いも大いに楽になるかと」

今回だけでなく、将来的な商会の利益を約束すると、やや渋り気味だったコニアの表情が晴れた。

「わかりました! イサギ様がそこまで言うのであれば、信じて二日ほどお待ちするのです!」

「ありがとうございます。メルシア、コニアさんたちを宿に案内してあげて」

「かしこまりました」

二日ほど滞在してもらう以上、コニアたちには泊まる場所が必要だ。

「わー! 最近できたという宿ですね! 楽しみなのです!」

つい先日、宿ができたばかりなのでコニアたちにはそこに泊まってもらおう。

「さて、俺もやるべきことをやらないと」

ワクワクとした様子でメルシアの後ろを付いていくコニアを見送ると、俺は自分のやるべきことを果たすべく工房へ移動した。

工房にやってくると、俺は階段を下りて地下の実験農場にやってくる。

ここには多くの改良中の作物や研究中の作物が存在する。平時であれば、俺とメルシアがこまめに確認してデータをとったり、調整を加えたりするのであるが、獣王都に向かうことになった以上、これまでと同じようにはできない。

植木鉢、プランターといった小型の容器に入れたものは、そのままマジックバッグに回収することで解決だ。同様に苗まで育っているものも掘り起こして、一時的にマジックバッグに収納しておけば成長や変化は訪れないが、枯れることも劣化することもない。

「問題は広い畑や、広範囲に育っている果物だね」

こちらに関しては俺のマジックバッグでも回収することができない。いや、できるにはできるがさすがにすべてを掘り起こして、回収するとなると時間がいくらあっても足りやしない。

「とりあえず、現時点で収穫できるものは収穫かな」

収穫期を迎えているものは、とりあえず片っ端から収穫してマジックバッグに入れておく。

だが、すべての実験作物が収穫期を迎えているわけでもない。まだ芽を出した段階だったり、花をつけたばかりだったり、実が膨らんでいる最中のものもある。

収穫してもまったく使い道がないというわけではないが、限りなく使い道が狭くなってしまうのでできれば収穫したくはない。かといって枯らせるにも惜しいものばかりだ。

「成長を遅らせよう」

俺は作物に触れると錬金術を発動し、成長阻害の因子を組み込む。

成長を促進させることができる以上、成長を阻害することも可能だ。

成長の阻害は作物に大きな負担をかける場合もあるので、できればやりたくなかった手であるが仕方がない。

必要とする日光や水分量を少なくする代わりに、成長速度も遅らせる。これにより通常の作物よりも遥かに成長が遅くなる。

生命を維持するのに水は必要になるので、そこはゴーレムに任せよう。

残っている作物に成長阻害を施すと、実験農場の方は大丈夫だ。

「あとは農園の作物の調整かな」

とはいえ、こちらは従業員たちがいるので成長阻害を施す必要はない。

成長してもいつもの業務として従業員たちが収穫、調整をしてくれるからだ。

しかし、俺がいないと栽培ができない品種もあるので、それだけはゴーレムに掘り返してもらってマジックバッグに収納することにした。

また帰ってきてから埋め直し、育ててやればいいさ。