魔道具の設置を行った翌日。

俺は従業員たちの様子を見るためにゴーレム馬で農園を回ることにした。

移動していると、ネーアが農作業ゴーレムを連れてキャベツ畑にいるのが見えた。

ネーアが球を斜めにして外葉を広げて二枚残し、株元に包丁を入れては切り取る。

一つ、二つ、三つと切り取ると、(うね)を跨いでまた一つ、二つと切り取っていく。

ネーアが切り取ったものは後ろにいるゴーレムが素早く籠の中へと入れていた。

「おはようございます。今日も暑いですけど、調子はどうですか?」

「イサギさんのお陰で快適だよ!」

振り返るネーアの首には、小型送風機がかけられていた。

ブラックウルフたちのものを改良して配ったものを、早速身に着けてくれているらしい。

「小型送風機や水霧のお陰で作業中も涼しいし、休憩時間は冷風機のある場所で休めるからね」

「それはよかったです」

ついこの間は暑さで疲労困憊といった様子だったが、魔道具のお陰で暑さを増した午後でも作業を元気に続けられているようだ。

こういった嬉しそうな笑顔を見ると、魔道具を作った甲斐があるというものだ。

帝国にいた時は魔道具を作っても、使用者の顔なんてほとんど見ることができなかった。

やっぱり、俺はこうやって直接使用者の反応が見られる場所で仕事をするのがいいとしみじみと思う。

「ここまでしてもらったからには、あたしたちも一層頑張らないとねー」

俺との会話に応じながらもネーアは手を止めることなく、キャベツの株元に包丁を入れ、芯を切っていく。それらを次々とゴーレムが回収。

「ゴーレムに切り取り作業をやらせた方が楽なんじゃないですか?」

農作業でゴーレムを使用する際は、単純な作業や面倒な作業を任せることが多い。

この場合だとゴーレムにキャベツ切りをさせて、切り終わったものをネーアがチェックし、カゴに放り込む方が楽なように思える。

「うーん、そうなんだけど、この作業に関してはあたしがやっちゃった方が速いんだよねー」

そう答えながらも一気に五つほどのキャベツを切り取ってしまうネーア。

「……確かにこの速度をゴーレムが再現するのは厳しそうですね」

これだけの速度で切り取りができるのはネーアによる軽やかな身のこなしと、包丁技術があってこそだ。いくらゴーレムを軽量化したとしても、真似できる速度ではない。

「ここにいるのに相応しい技能は持っておかないとね。うかうかしていると、イサギさんのゴーレムや魔道具に仕事を取られちゃうし」

のんびりと働いているように見えるネーアだが、本人なりに色々と考えて働いてくれているようだ。

「錬金術師としては人の手が不必要になるところを目指したいところですが、まだまだそれは難しそうなので頼らせてください」

「にゃはは! 存分にあたしを頼るといいよ!」

上機嫌でキャベツを切っていくネーアを見送り、俺は他の従業員の様子を見るために移動することにした。

ゴーレム馬を走らせると、ラグムントとリカルドが空き地で木箱に腰掛けている姿が見えた。

俺が近寄ってくると、ラグムントがすぐに立ち上がり、遅れてリカルドが気怠そうに立った。

「気にしないでくつろいでいていいよ」

「ありがとうございます」

様子を見にきたとはいえ、休憩を邪魔するのは忍びないからね。

そのように言うと、ラグムントとリカルドは再び腰を下ろした。

「水霧の魔道具を早速使ってくれているようだね」

この辺りの空き地は作物の仕分けをしたり、休憩をしたりする場所になっているので、周囲にある木々に水霧の魔道具を設置している。お陰で周囲からは水霧が吹きつけられており、二人のいる休憩場所はヒンヤリとして涼しかった。

「はい、小型送風機もありますし、イサギさんのお陰で作業が大分楽になりました」

「これがなかったら絶対にへばってたぜ」

「そう言ってもらえると作った甲斐がありました」

ラグムントとリカルドの首にも小型送風機がかかっていた。

コクロウやブラックウルフのために作った魔道具だったが、人間からの評価も抜群のようだ。

そんな風に魔道具の使用感を聞いていると、不意にラグムントがお弁当を広げた。

そこにはたくさんのサンドイッチが入っており、パンの間にはぎっしりと彩り豊かな具材が入っているのが見えた。

「綺麗なお弁当ですね! 手作りですか?」

「いえ、私は料理ができません。これはダリオさんに貰いました。農園カフェの弁当を製作中とのことで感想を聞かせてくれと」

「そーそー、オレも弁当を貰ったぜ!」

ラグムントだけでなく、リカルドも弁当を貰っているようだ。

「二つともとても美味しそうなので、今後のお弁当開発が楽しみですね」

ダリオとシーレも農園カフェのために色々と試行錯誤しているようだ。

「イサギ君、ちょっといいかね?」

ラグムントとリカルドがお弁当を食べようというところで、後ろからそんな声が響いた。

振り返ると、ゴーレム馬に乗ったケルシーがこちらにやってきていた。後ろには遅れて同じくゴーレム馬に乗っているメルシアもいる。

「ケルシーさん、どうされましたか?」

「すまないが、これから急いで宿を作ってくれないか?」

慌てて俺が駆け寄ると、ケルシーが口を開くなりそんなことを言ってきた。

「……宿ですか?」

「イサギ君の農園のお陰で外から人が流入しているのは知っているだろ?」

「ええ、まあ」

「これまでは私の家で行商人を受け入れたり、空き家を貸すことで何とかなっていたのだが、農園カフェの噂が外に広まったらしく、これまで以上に流入が増えてだな……このままでは泊まることのできない観光客で溢れ返ってしまうんだ」

「それは一大事ですね」

ここ最近、外からやってきている人が増えているのは知っていたが、まさかそんな事件が起こるほどとは思っていなかった。

「申し訳ありません、イサギ様。父が不甲斐ないせいで」

驚いていると、ここまで見守っていたメルシアが頭を下げて謝った。

「いや、仕方ないよ。こんな風になるだなんてケルシーさんも読めなかっただろうし」

「いえ、外からの流入数の増加については資料を纏めて前々から私の方から忠告をしていました。それを楽観視し、宿の建設に着手しなかった父が悪いです」

どうやらメルシアの方から事前にこういう事態になる警告を受けていたようだ。

きちんと資料を用意し、前もって忠告されていたとなってはフォローのしようもない。

「……娘が厳しい」

メルシアからの厳しい言葉を受けて、ケルシーがさめざめと泣いている。

きっとここにくるまでにコンコンとメルシアから説教されたのだろう。

「当たり前です。結果としてイサギ様のお手を煩わせているのですから」

「まあまあ、そういう時のために俺がいるわけだから」

「イサギ君……ッ!」

ケルシーが救世主を見るような眼差しを向けてくる。

この村で農業を成功させた時よりも、感動しているように見えるのは俺の気のせいだろうか。

「で、どの辺りに宿を作ればいいですか?」

「今すぐに案内しよう!」

どうやら宿を建ててほしい場所は決まっているようだ。

ゴーレム馬で駆け出すケルシーの後ろを、同じくゴーレム馬に乗った俺とメルシアが付いていく。

農園を出て、村の中央広場を過ぎ、少し東に向かったところでケルシーはゴーレム馬を降りた。

「この辺りに作ってくれるとありがたい」

辺りを見渡すと、地面の起伏のほとんどない綺麗な平地だった。

人の一番多い中央広場に近いお陰で道も踏み均されていて歩きやすい。

何より素晴らしいのが、すぐそばに井戸があることだろう。

「わかりました。ここに建てますね」

「よろしくお願いするよ」

「父さんは人員の手配などをお願いします」

「わかった。ここは任せる」

ケルシーはぺこりと頭を下げると、メルシアに言われて中央広場の方に戻っていった。

宿を作っても、肝心の人員がいなければどうしようもない。ケルシーにはそちらの方で尽力してもらうことにしよう。

「さて、やるとしますか!」

俺はマジックバッグから宿の建築に必要な木材や鉄材、ガラスなどを取り出した。

材料を揃えると、ロープを取り出して宿のおおよその広さを決める。

「部屋の数は三十部屋くらいでいいかな?」

「そうですね。いきなり大きな宿を作っても回せるか怪しいですし、それくらいの大きさのものでよいかと思います」

その気になれば百人、二百人が泊まれるような宿を作ることもできるが、メルシアの言う通り運営できるか不明だ。

一か所に観光客を泊まらせるのも無理があるし、足りないようであれば別の場所に宿を建ててもらうことにしよう。今、俺が集中するべきは今日の観光客が満足に泊まることのできる宿作りだ。

部屋数を決めると、俺は建築素材に錬金術を発動。

土台を作り、壁を作り、ガラスをはめ込み、屋根を作り、扉を作る。

そうやって木材、鉄材などを組み合わせ、形状変化させることで俺は宿を作り出した。

「ふう、こんなものかな」

俺の目の前には木材を基礎とした三階建ての宿が建っていた。

「素晴らしい手際です」

「ありがとう、メルシア。最後に内装の意見をくれるかい?」

「私でよければ喜んで」

扉をくぐって中に入ると受付があり、奥には厨房や食材保管庫などがある。右側には併設された食堂があり、大きなイスやテーブルが設置されていた。

「帝国にあった標準的な宿を参考にしてみたんだけど、どうかな?」

「問題ないと思います。あっ、食堂のイスはもう少し間隔を空けられると嬉しいです」

メルシアに指摘されてイスとイスの間隔を確認してみるが、それほど近いように見えない。

前と後ろに人が座っても、人が通れるくらいの広さはある。

「間隔が足りないかい?」

「獣人には尻尾がありますので、後ろの客に尻尾が当たってしまう可能性があります」

「それは盲点だったよ。教えてくれてありがとう」

前と後ろに座る人が獣人だと考えると、確かにメルシアの指摘は十分にあり得るものだった。

獣人の種類によっては尻尾がとても大きい人だっているだろうし、もう少し間隔は広めにしておこう。

食堂を整えると、次は階段を上がる。

二階と三階には宿泊部屋があり、一人部屋、二人部屋、四人部屋、六人部屋と広さを分けてある。

部屋にはベッド、テーブル、イス、クローゼットといった最低限の家具が用意されてあり、大人数の部屋になると二段ベッド、三段ベッドなどを利用してもらうことでスペースを節約してもらう方針だ。

快適に過ごしたい人にはさらに階段を上がって三階がおすすめだ。

こちらは二階の部屋に比べて部屋も広く、ベッドはシングルだったり、ダブルだったりしており、家具の類も充実しており、魔道具も設置されている。

階層が上がって奥の部屋になると広くなってグレードも上がる仕組みだ。

「問題ないですね。この上なく素晴らしい宿です。最終確認のために父を呼んできます」

宿の確認が終わると、メルシアがゴーレム馬に乗って駆け出す。

数分ほどすると、ゴーレム馬に乗ったケルシーとメルシアが戻ってきた。

「もう宿ができているじゃないか。毎度のことながらイサギ君の錬金術には驚かされるな」

「ありがとうございます。早速、中の方を確認してもらえますか?」

「わかった。確認しよう」

俺は先ほどと同じようにケルシーに宿の内装を確認してもらう。

「……な、なんだかうちの村には明らかに不釣り合いなほど豪華だ」

「ちょっと気合いが入りすぎましたかね?」

「いや、悪いことじゃない! 想像以上の出来栄えに驚いてしまっただけだ!」

「三階の奥の部屋は、そこらの貴族が暮らす部屋よりも質が良いですからね」

さすがに魔道具まで設置したのはやりすぎだったか……。

でも、前回は獣王であるライオネルがやってきた。コニアやワンダフル商会の人からもゆっくり泊まれる場所が欲しいって言われていたし、こういう部屋があってもいいと思う。

あまりにも使われないようなら俺が手を加えることもできるのでデメリットは少ないし。

「宿の方は問題ないでしょうか?」

「ああ、バッチリだ! こんな風にうちの村が外から呼び込めるようになったのは、イサギ君のお陰だ。本当に感謝している」

深く頭を下げて感謝の言葉を述べるケルシー。

「いえ、俺だけでなく、メルシアをはじめとする皆さんが協力してくれたお陰ですよ」

確かに俺の錬金術の活躍は大きかったかもしれないが、そのどれもが時間と人手のかかるものだ。

ケルシーが協力して村人に呼びかけ、メルシア、ネーアといった従業員、店員といった皆の力がなくしてできなかったことだ。だから、これは皆の力だと俺は思う。

「また何かあったら気軽に頼ってください」

「ああ、これからもよろしく頼むよ」

「こちらが建築費用になります」

俺とケルシーが握手を交わしていると、横からメルシアが書類を差し出した。

そこには宿の建築にかかった費用が書かれており、真っ青になったケルシーの様子を見る限り、気軽に頼ってもらえる未来は遠のいたのかもしれないと思った。