冷風の魔道具の設置が終わると、俺とメルシアは販売所から農園に移動することにした。
農園を警備してくれているコクロウやブラックウルフたちのために作った小型送風機を渡すためである。
「販売所の中が快適過ぎて、外に出るのがしんどいや」
「夏のあるあるですね」
販売所内が涼しいが故に、外に出た瞬間の暑さにげんなりとする。
帝城で働いていた時もよくあったが、未だにこれには慣れないものだ。
「さて、コクロウのところに向かおうか。問題はどこにいるかだけど……」
ブラックウルフたちはともかく、そのリーダーであるコクロウは影を自由に移動できるためにどこにいるかわからない。
スイカ畑の周辺をうろついていることもあるが、従業員やゴーレムの影に潜んでいることもある。
時折、気分転換に山や森を走り回っていることもあるために、狙って会おうとするのが難しい奴だったりする。
「イサギ様、コクロウさんが見つかりました」
この暑さの中を延々と歩き回って探すことになると辛いなどと考えていると、メルシアが中庭を指さしながら言った。
視線を向けてみると、販売所の庭に作ったばかりの休憩所にコクロウやブラックウルフたちが寝転んでいた。
設置してから数十分も経過していないのに、これだけの数が集まっているのが驚きだ。
水霧を浴びて心地よさそうに転がっているブラックウルフたちを見ると、なんとも癒される。
「販売所の周りにまでやってくるなんて珍しいね?」
「フン、ちょうどいい休憩場所があったからくつろいでいただけだ」
「水霧の魔道具は気持ちいいかい?」
「悪くはない」
コクロウとの付き合いも長くなってきたので「悪くはない」という言葉が彼の中で結構気に入っていると訳されるわけだ。
「だが、場所が限定されるのが気に食わん」
「あくまでこれは農園での作業を快適にするためのものだからね。コクロウたちの魔道具は別に用意しているよ」
「ほう?」
コクロウが興味深そうにする中、俺はマジックバッグから装着式の小型送風機を取り出した。
「おい、ふざけるな。我は貴様の飼い犬になったつもりはないぞ?」
すると、魔道具を見た瞬間にコクロウの機嫌が悪くなる。
この反応は予想していたものだ。
「首と身体に引っかけて装着するだけで首輪じゃないよ。ほら?」
「……確かにそうだが、ほぼ首輪みたいなものではないか。気に食わん」
魔道具を見せながら首輪じゃないと懇切丁寧に説明するも、コクロウは気に食わないのかプイッと顔を背ける。
プライドの高い彼にとって、この形の魔道具は受け入れられないようだ。
「首輪じゃないんだけどなぁ……ブラックウルフ、おいで。涼しくなれる魔道具だよ」
「ウォン!」
「貴様! 人間に媚びを売るか!」
近くにいたブラックウルフを呼び寄せると、あっさりと来てくれた。
ブラックウルフのそんな態度にコクロウが叱りの声をあげるが、涼しさという魅力の前では無力のようだ。
大人しく待っているブラックウルフに小型送風機を装着させてあげる。
魔力を流してスイッチを押すと、胸元にある二つの三枚羽根が回転して風が生まれた。
「クウウウウン」
すると、ブラックウルフが気持ちよさそうな表情になった。
「胸元にある羽根が回転して、風を起こしているのか……涼しそうだな」
快適そうなブラックウルフを見て、コクロウがどこか羨ましそうにしている。
形状が気に食わないとはいえ、魔道具に惹かれていることが十分わかる。
「ほら、首輪じゃなくて涼しくなるための立派な魔道具でしょ? コクロウもつけてみなよ」
「試してやらんこともないが、貴様につけられるのは我慢ならん。メルシアにさせろ」
俺が装着しようとすると尻尾で叩かれた。拒まれる意味がわからない。
「なんでさ」
「首輪をはめてもらうことに獣人と同じような意味があるのでしょう」
釈然としない俺の傍でメルシアがクスクスと笑いながら言った。
コクロウが威嚇してくるので、仕方なく魔道具をメルシアに手渡す。
メルシアが傍に寄ると、コクロウは大人しく装着された。
魔力を流してスイッチを押すと、コクロウの首元にある三枚羽根が回転して風が生まれた。
「もう少し風は強くできんのか?」
「胸元にあるスイッチで強弱を設定できるよ」
「ここか!」
調節場所を教えると、コクロウは器用にも自分の脚を使ってボタンを操作した。
三枚羽根の回転速度が上がり、さらに強い風が生まれる。
コクロウの柔らかな黒と銀の体毛がゆらゆらと揺れている。
「……中々の涼しさだ」
気持ちよさそうに瞳を細めながらのコクロウの言葉。
小型送風機はコクロウにとっても涼しいと思える魔道具だったようだ。
「これならどこにいても風を受けられるし、水霧の魔道具の傍にいると、空気もヒンヤリとしていてより気持ちがいいはずだよ」
「悪くない」
「魔物に作る魔道具は初めてだったんだけど、なにか気になるところはない?」
人間が使用する魔道具は数多く作ってきたが、魔物が使用する魔道具を作ったのは今回が初めてだ。
俺たちの感覚では問題ない範囲でも、魔物ならでは感覚では気になるところがあるかもしれない。
今後の参考としてとても気になる。
「……羽根の回転する音が大きいのが難点だ」
「んー、やっぱり聴覚のいいコクロウたちにはうるさいよね」
人間に比べて聴覚が鋭敏なことはわかっていたので、できるだけ素材を工夫して消音性を高めてみたのだが、コクロウやブラックウルフにとってはまだ音が大きく感じるらしい。
「音はどのくらい気になる?」
「この涼しさによる恩恵を考えれば十分に許容できる範囲だ」
よかった。装着するだけでストレスを感じるレベルではないようだ。
「だが、神経質な奴はつけるのを拒むだろう」
コクロウがそう述べる後ろでは、何体かのブラックウルフがメルシアから逃げ回っていた。
「拒まれてしまいました」
「あいつらは音に敏感だからな」
しょんぼりとしているメルシアを慰めるコクロウ。
前から思っていたが、俺には厳しいのにメルシアにはちょっと優しいんだな。
「イサギ様、魔道具が七つほど余ってしまいましたが、どうしましょう?」
「俺たちの分として再利用しちゃおう」
メルシアから余った魔道具を受け取ると、俺は錬金術を発動。
魔道具の形状を変化させると、自分の首へと引っかけた。
魔力を流してスイッチを押すと、気持ちのいい風が首へと吹きつけた。
「うん、首が涼しいや」
首元には熱が溜まりやすく汗もかきやすいので、夏には助かるだろう。
気になる音の方だが、聴覚が鋭敏なコクロウたちに気を配って消音性を高めていたお陰か、かなり音は小さくなっており俺はまるで気にならない。
「メルシアも使ってみてくれる? 俺は気にならないんだけど、獣人の人がどうか気になるから」
追加で形状変化させた魔道具を差し出すと、メルシアは手を伸ばそうとして引っ込める。
それから妙に身体をもじもじとさせて窺うように言ってくる。
「……では、首にかけてくださりますか?」
「うん? 別にいいけど?」
別にこの魔道具は首に引っかけるだけだから装着するのが難しいわけじゃないんだけど。
だからといって、頼みを断るほどの理由があるわけでもないし、俺は素直にメルシアの首に魔道具をかけてあげた。
「…………」
「メルシア?」
魔道具をかけてからメルシアの反応がまったくなかったので呼びかけると、彼女はハッと我に返ってスイッチを押した。
すると、二つの三枚羽根から風が送られる。
メルシアの黒い髪が魔道具によって生じた風によりふわりと揺れた。
「とても素晴らしいです」
「よかった」
ちょっと予想と違うコメントだったけど、涼しいということだろう。
「……貴様は存外と大胆なことをするな」
「え? なにが?」
ただ魔道具を首にかけただけじゃないか。それに何の意味があるというんだろう。
首を傾げると、コクロウが哀れなものを見るような目になった。
納得がいかない。けど、今は意味合いよりも魔道具の感想が大事だ。
「メルシア、魔道具の音とか気にならない?」
「まったく気になりません」
どうやら獣人であるメルシアにとっても気にならないようだ。
これなら両手がふさがることもないし、農作業のお供にいいかもしれない。
後でネーアたちにも配ってみよう。
これで夏の作業も皆で乗り切れそうだ。