「あっ、ラグムントとリカルドが来た!」
微笑ましく見守っていると、ネーアが俺とメルシアの手を取って裏に回った。
「お二人にもやるんですか?」
「リカルドはともかく、あの真面目なラグムントがどんな風に慌てるか見たいじゃん?」
見たくないかと言われれば嘘だけど、普通に怒られそうだ。
とはいえ、俺とメルシアもネーアに悪戯を仕掛けた側なので、偉そうに止めることもできない。
結果として俺とメルシアは稼働のさせ方をネーアに教えるしかなかった。
リカルドとラグムントが歩いて販売所の入り口にやってくる。
様子を見る限り、リカルドが一方的に話しかけていて寡黙なラグムントが相槌を打ちながら聞いており、たまに質問を返す程度。
正反対な性格のように見える二人だが、意外と仲がいいのかもしれない。
なんて俺が思っている中、相槌を打っていたラグムントの視線が妙に上へと向いた。
特に声を上げることはないが、不思議そうに上部を見つめている気がする。
「ラグムントさん気付いているんじゃないですか?」
「えー? それはないよ。普通はあんなとこ見ないって。それよりそろそろいくよー?」
俺の言葉にとりあう様子もなく、ネーアはリカルドとラグムントが入り口に到達した途端に魔力を注いだ。
「どわあっ! 冷てえっ! なんだこりゃ!?」
噴射された水霧をリカルドはもろに受けたが、ラグムントは気付いていたのか後退して避けた。
「にゃー! なんでラグムントは避けれたの!?」
「入り口にいつもと違う物が付いていれば警戒するだろうに」
声をあげて詰めかけるネーアにラグムントは呆れの視線を向けた。
やっぱり、ラグムントは魔道具が設置されていたことに気付いていたらしい。
「いやいや、入り口なんて普通注視しないよね!?」
確かにネーアの言う通り、普段通い慣れた職場の入り口など滅多に注視しない。
ましてや今回設置した魔道具は目立たないようにしている。ラグムントがどうやって発見できたのかは俺も不思議だった。
「農園の安全のために施設に危険物がないか注視するのは当然だろう?」
「販売所は外部からの出入りも一番多い場所ですからね」
ラグムントが平然とした顔で言い放ち、メルシアも同意するように頷いた。
「……なんだかあたしたちとは見ている世界が違う」
ネーアが俺の気持ちを代弁するかのように呟く。
だけど、そんな二人がいるからこそ俺たちは安全に働けるのだと思う。
「とにかく、これが涼しくするための魔道具なんだよね?」
「はい。農園のすべてに設置とはいきませんが、作業量の多い場所や休憩所の傍には配置したいと思います。あとは移動式の小型送風機なども作っていく予定です。少しの間はご不便をおかけしますが、これで頑張っていただけると助かります」
「にゃー! これがあるだけでも大助かりだよ!」
「さっきはビビったけど、これめっちゃ気持ちいいもんな! 最高だぜ!」
「わざわざ、私たちのためにありがとうございます」
「いえいえ、従業員の皆さんが快適に働けるようにするのが俺の役目ですから」
ネーア、リカルド、ラグムントは礼を告げると、販売所の中に入っていった。
「さて、庭にも水霧の魔道具を設置しておこうかな」
「庭に……ですか?」
俺の言葉にメルシアが不思議そうな声をあげた。
水霧の魔道具は建物の玄関口や、作業場、一通りの多い道などに設置するものだ。
開けた庭に設置することはあまりない。メルシアが不思議に思うのも当然だ。
「広い場所で水霧が噴き出す場所があったら子供たちが喜ぶかなと思って。機能的に考えると、無駄かもしれないけど、豊かな生活にはこういう無駄も必要かなって」
なんて意図を伝えると、メルシアは呆然とした顔を浮かべたが、すぐに表情を笑みへと変えた。
「子供が笑顔になれる場所が無駄なわけがありません。きっと喜ぶかと」
「そうなるといいな」
帝国ではこういった使い方は許されないことだった。
でも、今の俺がいるのは帝国とは関係ない獣王国のプルメニア村。ここでならこういった設置の仕方もできる。
俺はマジックバッグから木材を取り出すと、錬金術を発動。
木材を加工、変質させて、一休みするための屋根とイスを作った。
帝城の庭園にあった東屋のようなイメージだ。
イスの下に空間を作ると、そこにタンクを設置するとチューブを屋根伝いに伸ばして括り付けた。
タンクに魔力を流すと、屋根に通されたノズルから水霧が噴き出した。
「うん、イスに座っていても濡れないね」
「風通しもとてもいいので心地いいです」
メルシアと並んでしばらく腰かけて体感してみると、とても気持ち良かった。
天気がいい日には農園カフェのジュースを片手に、ここで談笑したりできるだろう。
水霧の魔道具の設置が終わると、俺は次の魔道具を設置するために販売所の中に入る。
フロアではノーラをはじめとする販売所の店員が動き回っている。
販売所内の扉は開かれ、窓もしっかりと開け放っているが、気温が高いせいかどこかむわっとしている。
品出しをしているノーラの額にはじんわりと汗をかいていた。
これだけ気温が高いと、作物への影響も懸念される。早めに作っておいて本当によかった。
店員たちが作業をする中、俺とメルシアはフロアの奥へ進む。
マジックバッグから冷風の魔道具を取り出すと、おもむろに設置した。
「イサギさん、なにを置いているのです?」
魔道具を設置すると、ノーラが疑問の声をあげた。
自分の職場に上司が何かを設置したとなれば、気にならない店員はいないだろう。
「販売所を涼しくするための魔道具の設置です」
「「本当ですか!?」」
答えると、ノーラだけでなく他の店員も反応を見せた。
それだけ販売所内の暑さに辟易していたということだろう。
「早速、稼働させてみますね」
ノーラたちが集まってくる中、俺は冷風の魔道具に魔力を流した。
噴出口から冷たい風が勢いよく噴出した。
氷魔石に生み出された冷気が風魔石によって生まれた風によって押し出され、拡散された。
程なくして暑い空気が押し出されて、周囲に冷たい空気が漂い出す。
「はぁぁ~……ヒンヤリとした風がとても気持ちいいです」
冷気を浴びたノーラが恍惚した表情を浮かべる。
他の店員たちもヒンヤリとした冷気を浴びて、とても気持ち良さそうにしていた。
「冷気を逃がさないために窓や入り口を閉めてもらえますか? その方がもっと涼しくなるので」
「皆さん、急いで戸締りを!」
もっと涼しくなるという言葉に我に返ったのか、ノーラがパンと手を叩きながら言う。
すると、店員たちが一斉に動いて扉、カーテン、窓を閉める。
上の階に上る手間すら惜しいと思ったのか、壁を走って二階へと移動している店員もいた。
彼女は窓とカーテンを素早く閉めると、そのまま二階から飛び降りて優雅に着地。
乱れた髪と衣服の整えると、気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「獣人の身体能力の無駄遣いを見た気がする」
雇用する前から雑談をする間柄のご婦人だったが、まさかあんなアクロバティックな動きができるとは。
やっぱり獣人ってすごい。
皆の行動の速さに圧倒される中、俺とメルシアはフロアの右側に二台目を、左側に三台目の魔道具を設置。魔力を流すと、それぞれの魔道具からの冷気が噴射された。
しばらく待っていると、販売所内の空気がヒンヤリとしたものに包まれた。
「フロアが広いから完全に涼しくなるまで少し時間がかかるね」
「細かい部分は設置場所を変えることで詰めていけるかと」
「そうだね。後は空気を攪拌するために送風機を設置すると、効率よくフロア内を冷やせるかも」
まだまだ詰めるべき部分はあるが、そこは稼働させながらデータを取ることで改善されそうだ。
「とにかく、これなら作物も傷まないし、店員やお客さんも快適かな?」
「はい! とても快適ですわ! 家よりもこちらの方が快適で帰りたくないですわね」
「さすがに家には帰ってくださいね?」
なんて言ってみるが、誰からも冗談だという返事がこないのが恐ろしい。
さすがにちゃんと家に帰ってくれるよね? そこはノーラたちを信じるとしよう。