農園カフェが開店して一週間。まだまだ開店したばかりということもあって、農園カフェは絶え間ない賑わいを見せているが、大きなトラブルもなく営業ができていた。

主な利用客はプルメニアの村人。家族や友人を誘ってランチにやってきたり、ふらりとお茶やジュースを飲みにくる人が多いようだ。

ここ最近は外からやってきた村人や旅人、行商人なんかを顔を出すようになって、村内だけでなく外の人からの評判も良いようだ。

ダリオとシーレの腕がいいのもあるが、自分の農園で穫れた食材が気に入ってもらえると嬉しいものだね。

「農園カフェは村に馴染んでるみたいだね。一応、聞くけど今のところ何か問題はある?」

尋ねると、メルシアが少し悩んだような素振りを見せ、口を開いた。

「強いて申し上げるなら、ネーアが農園カフェに入り浸りすぎて、ラグムントさんやノーラさんに連れ戻されることが多くなって困っていることくらいでしょうか?」

「……うん、平和で何よりだよ」

本当に小さな問題だった。

それだけ農園カフェの居心地が従業員にとってもいいということだろう。

度が過ぎれば、他の従業員やメルシアが注意するだろうし、わざわざ俺が注意するまでもないだろう。やるべきことさえこなしていれば、俺はそこまで文句を言うつもりはないし。

「とにかく、これで農園カフェに関する仕事は落ち着いたね」

「はい。これ以上はイサギ様がお手を煩わせる必要はないかと」

農園カフェの営業が軌道に乗ると、俺が深くかかわる必要はない。

俺はあくまで錬金術師であって料理人や経営者ではないのだ。農園カフェの経営については、ダリオとシーレの二人に任せよう。

そんなわけでここ最近バタバタしていた俺もようやく、本業である錬金術師の仕事に戻れるわけである。

「今日はどうされますか?」

「農園を回ったら、久しぶりに魔道具でも作ろうかなって。メルシアは?」

「私はイサギ様の家と工房の掃除をしようかと。お恥ずかしいことにここ最近はあまり家事の方にまで手が回り切っていませんでしたから」

などとメルシアは言っているが、俺の家と工房はとても綺麗なんだが。でも、それは俺がそう思うだけで、彼女からすれば納得できないらしい。

「わかった。それじゃあ、外に出てくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

互いのいつものスケジュールを確認すると、俺はメルシアに見送られて家を出ることにした。

靴を履いて外に出ると、強い太陽の光が差し込んでくる。

あまりの(まぶ)しさに俺は思わず目を細めてしまった。

「今日は暑いな」

ここ最近は比較的暖かい日が続いていたが、今日は暑いと思ってしまうほどの気温。

どうやらプルメニア村も本格的に夏を迎えつつあるようだ。

農園に入ると、ゴーレム馬に跨って移動。

畑にたどり着くと、作物の様子を見ながら必要に応じて錬金術で調整をする。

そんな風にして畑を移動していると、木陰でぐったりとしているネーアとロドスが見えた。

「二人とも大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないんだなー」

「今日、暑すぎ」

「ですよね。俺もここにくるだけで汗をたくさんかいちゃいました」

ロドスは大きなお腹を露わにして仰向けになっており、ネーアは熱を逃がすかのようにうつ伏せになっている。

今日の気温はほぼ夏といってもいいくらいだ。二人が暑さに参ってしまうのも無理はない。

「おい、この暑さは何とかならんのか」

俺も木陰で一休みしていると、足元にある影からコクロウが顔だけを出しながら言ってきた。

「コクロウは平気なんじゃないの?」

コクロウは影を操り、影へと移動できるシャドーウルフだ。影の中に入っていれば、暑さなんて感じないじゃないだろうか。

「ずっと影にいられるのであれば苦労はない」

素朴な疑問を投げかけると、コクロウは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら答えた。

なにかしらの制約があるのは知っていたがやはりずっと影に潜っていられるほどの力はないようだ。

それでもこうやって影に潜って、暑さから避難できるのはズルいと思う。

にしても、こっちの夏がここまで暑いなんて思わなかった。

このままでは従業員が倒れるなんて可能性もある。これは早急に何とかしないといけないな。

「わかりました。俺がこの暑さを軽減できるように魔道具を作りましょう」

「ええ!? そんな便利な魔道具があるの!?」

俺の言葉を聞いて、ぐったりとしていたネーアが勢いよく上体を起こした。

「ええ、外での作業が快適とまでとはいかなくても、大分働きやすくなるとは思います」

「従業員だけでなく、俺たちも過ごしやすくなるような魔道具を作れ」

「わかっているよ。コクロウだけじゃなく、ブラックウルフたちも快適になるようなものを作るから」

「フン、ならいい」

コクロウとの関係はあくまで契約によるものだが、俺は彼らも立派な農園の仲間だと思っている。

従業員じゃないからといって、サポートを緩めるつもりはない。

「急いで魔道具を作りますので、今日はあまり無理をせず、しっかり休憩と水分をとるようにしてください」

「わかった! ありがとう、イサギさん!」

「よろしくお願いするんだな」

ネーア、ロドス、コクロウと別れると、調整作業を切り上げて工房に戻ることにした。

ゴーレム馬を停車させて工房に入ると、ちょうどメルシアが掃除をしていたらしく出迎えてくれた。

「いつもよりお戻りが早いですが、何かありましたか?」

通常、俺が農園のすべてを回るとなると、ゴーレムを使っても二時間ほどはかかる。

それよりも短い時間で帰ってきたことをメルシアが不思議に思うのは当然だ。

「今日はすごく暑かったから、これからのことを考えて、従業員のために涼をとれる魔道具を作ろうと思って」

「確かに夏は炎天下での作業が辛いでしょう」

「帝城での仕事が長かったものだから、つい暑さの対策を忘れていたよ」

「帝城の中には至るところに涼のとれる魔道具がありましたからね」

帝城は皇族が住んでいるだけでなく、数多の貴族といった権力者の集う場所だ。

宮廷錬金術師によって作成された魔道具が城内の至るところに設置され、年中が快適な気温に保てるようになっていた。

そんな場所で長年働いていたものだから、つい季節の変化による対応を失念してしまっていた。

仕事、同僚、上司には恵まれなかったものの、環境事態は立派なものだとしみじみと思う。

「そんなわけで今から涼をとるための魔道具を作るよ」

「かしこまりました。ですが、その前にまずはお召し物を着替えるべきかと。そのまま作業に入ってしまっては風邪を引いてしまいます」

メルシアに注意され、俺は自分の身体が汗だくになっていることを思い出した。

確かにこのまま乾くようなことになれば、体温が急激に奪われて風邪を引く可能性がある。

メルシアが衣装棚から取り出してくれたシャツを受け取ると、俺はその場で錬金術師のローブを脱ぎ、中にあるシャツを着替えた。

「お召し物は私が洗濯しておきます」

「ありがとう」

汗で湿っているにもかかわらず、メルシアは嫌がることなく俺のローブとシャツを回収して部屋から出ていった。

新しいシャツに着替えると、とてもスッキリとして気分がいい。

メルシアの言う通り、作業にとりかかる前に着替えてよかった。