試食会から一週間後。
販売所の一画にある農園カフェの営業が開始されることになった。
「ねえ、イサギさん。開店はまだかしら?」
「もう少々お待ちください」
先頭に立っているシエナを宥める。
販売所には農園カフェ目当てに大勢の村人が集まっており、シエナの後ろには大行列ができていた。
皆が目をキラキラとさせて、いまかいまかと開店を待っている様子。
販売所の開店に匹敵するほどの行列だ。特に感じるのが女性の多さだ。
いかに女性たちが農園カフェを求めていたのかわかるような女性比率だった。
ある程度、賑わうとは思っていたけど、ここまでとは思っていなかったな。
販売所の人気ぶりを鑑みて、販売所の店員に二名ほど応援として入ってもらったが、それでも追いつかない可能性が大きい。
「イサギ様、本日は私も接客に入ってもよろしいでしょうか?」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
俺とメルシアは遠目から農園カフェの様子を観察するだけのつもりだったが、これだけお客が多いと手伝ってあげた方がよさそうだ。初日ということもあるし、万全の態勢で行こう。
店員たちと段取りの確認が終わると、メルシアはこちらに視線を向けてきた。
どうやら開店の準備は整ったらしい。
「大変お待たせいたしました! 農園カフェの開店です!」
「ようやくね。待ちくたびれちゃったわ」
それぞれの人数を確認すると、メルシアをはじめとする店員たちがお客をテーブルへと案内していく。
客入りの多さに厨房で作業をしていたダリオが見事に硬直し、シーレにしっかりしろとばかりに背中を叩かれていた。緊張してミスをしないか心配になったが、調理に入ってしまえば集中するので問題ないだろう。
お客たちがメニューを手に取り、わいわいと声をあげている。
どのランチにするか話し合っている姿がとても楽しそうだ。
やがて注文するべき料理が決まると、続々と手が上がってメルシアたちが注文を取りにいき、厨房へと伝えられた。
ランチで提供されるのは試食会で食べた四種類。
種類は多くないが、数を絞っているが故に素早く提供することができるのが大きな利点だ。
ダリオとシーレは素早く厨房を動き回ると、調理作業にとりかかる。
厨房の中でくるりくるりと入れ替わっているのに一度もぶつからず、次々と料理が完成していく様は一種のショーを見ているようだった。
これだけスムーズに動けるのは、同じレストランで働いていたが故に互いの呼吸がわかっているからだろう。
出来上がったランチは店員が次々と運んでいってお客の元へ届けられていく。
他の店員が片手に一つずつトレーを運んでいく中、メルシアは尻尾でもトレーを支えて三つのトレーを一度に配膳をしている。
「あんな風に尻尾でも運ぶことができるんだ」
「獣人だから誰でもできるってわけじゃないのよ? 尻尾を意図的に動かすっていうのは結構難しいし、鍛えにくいから」
「へー、そうなんですね」
思わず呟くと、席に座っていたシエナが答えてくれた。
同席している他のご婦人たちも同意するように頷く。
どうやら獣人だからといって誰でも自在に尻尾を動かせるわけではようではないようだ。
そういえば、シエナの尻尾もメルシアと同じで綺麗な黒い毛並みをしている。
コクロウやブラックウルフたちとは違う、ほっそりとしていてしなやかそうだ。
触ったことはないけど、どんな手触りなのか気になる。
「そんなに熱のこもった眼差しで見つめられると照れちゃうわ」
なんて考えていると、シエナがもじもじと恥じらうように言う。
「え!? ごめんなさい! 尻尾の話題が出てしまったので、つい」
もしかして、獣人にとって尻尾を凝視するのはマズかったりするのだろうか。
「お待たせいたしました。ロールキャベツのトマト煮定食です」
セクハラをしてしまったかもしれないと、あたふたとしているとメルシアがやってきてシエナへと配膳をした。彼女にしてはちょっと荒めに配膳だ。
「メルシア、配膳をする時はもっと丁寧にしないとダメよ」
「わかっています」
シエナの窘める言葉に淡々と返事すると、メルシアは他のお客には丁寧に配膳をした。
今の出来事で何か彼女が不機嫌になる要素があったのだろうか?
クスクスと笑うシエナには理由がわかるようだが、素直に尋ねていいものかの判断がつかない。
「うふふ、嫉妬しちゃって可愛いわね」
「お客さま、お皿をお下げいたしますね」
「ああ! ごめんなさい!」
シエナが半泣き気味になって謝ると、メルシアは溜飲が下がったようで満足したように去っていった。
「さて、料理が揃ったようだし、いただきましょう」
テーブルにランチが揃うと、シエナたちは早速と料理に口をつけた。
「……っ!? なにこれ! とっても美味しいじゃない!」
その反応は明らかに想定していた美味しさを上回っていたとわかるようなものだった。
「こっちのパスタも美味しいです!」
「こっちのグラタンもチーズと野菜の相性が抜群よ!」
シエナだけでなく、他の女性たちも口々にその美味しさに唸っているようだった。
他のテーブルでも料理の美味しさに感動する声があがっている。どのお客もダリオとシーレの作った料理に満足しているようだ。
よしよし、掴みはバッチリだ。
この調子でお客さんを捌いていけば、今日の営業は大成功と言えるだろう。
第一陣のお客が退店していき、第二陣、第三陣が入ってくる。
しかし、そこでランチの配膳ペースが遅くなったのがわかった。
不思議に思って厨房に声をかけてみる。
「調理ペースが遅くなりましたが何かありましたか?」
「すみません。予想以上の客入りにお皿の数が足りなくなってしまって……」
シンクに視線をやると、シーレが必死に汚れたお皿を洗っていた。
なるほど。調理担当のシーレが皿洗いに回ってしまったせいで、料理を作るペースが落ちてしまったようだ。
接客をしている店員に皿洗いを頼む方法もあるが、そちらを減らしてしまえば満足な接客ができなくなってしまう恐れがある。
錬金術で食器を作り出せばいいと思ったが、ダリオとシーレは料理に合わせた食器を用意して提供している。ヘタに違う種類の食器を用意しても、二人の作ってくれたランチのイメージを損ねてしまうだろう。
俺はマジックバッグから木材を取り出して錬金術を発動。
錬金術による変質で木材を人形にすると、動力部分に魔石をはめ込んでゴーレムを作成した。
「シーレさん、食器洗いは任せてください」
「ゴーレム?」
魔力を流して指示を出すと、シーレと交代する形でゴーレムがシンクの前に立つ。
俺の与えたスポンジと洗剤を手にすると、ゴーレムは汚れた皿を手に取って洗い始めた。
スポンジに洗剤を垂らし、軽く皿を撫でると水で流す。
「いや、さすがにそんなんじゃ汚れは落ちない――って、綺麗になってる!? なんで?」
雑にも見えるゴーレムの動きに眉をひそめていたシーレだが、すっかりと綺麗になったお皿を見て表情を驚きへと変えた。
「ゴーレムに持たせているスポンジと洗剤は、錬金術で作った特殊製ですから」
その洗剤は錬金術で洗浄力が極限まで高められたもの。
さらにもスポンジもワンダフル商会から仕入れた、海辺でとれる天然のスポンジを改良したものだ。通常のものよりも泡立ちや泡持ちも桁違い。この驚異的な組み合わせによって、どんな油汚れでも軽く撫でて水で流すだけで落ちてしまうのである。
「そして、洗い終わったお皿は錬金術で乾燥。これですぐに食器が使えますよ」
「……このスポンジと洗剤、すごく欲しいんだけど――って今はそんな場合じゃない! ありがとう。お皿の方はイサギさんにお任せる」
目を輝かせていたシーレだが、我に返ると急いで調理作業に戻った。
料理人の二人が調理に集中できるようになると、配膳スペースは元の速さへと戻った。
そのまま続けて食器をゴーレムに洗ってもらい、洗い終わったものを錬金術で乾燥させる作業を続ける。
皿洗いの速度が劇的に上がったお陰で、あっという間に溜まっていたお皿は消えた。
仕事がほとんどなくなると暇になり、俺もちょっとした接客や会計も手伝えるほど。
「美味しい料理を食べながらゆっくりと談笑ができるなんて夢みたいだわ。素敵なカフェを開いてくれてありがとうね、イサギさん」
会計をしていると、シエナをはじめとするお客からそんな声をかけられた。
急遽、農園カフェを作ることになって驚き、バタバタとしたが期待に応えられたようでよかった。
その後は営業も安定し、農園カフェ開店の初日は大成功だった。