大農園の見学が終わると、農園カフェの開店に向けての準備が始まった。

シーレとダリオによる内装のデザインが固まったので俺が錬金術で内装を整えた。

基本的な調理器具、食器、雑貨などはワンダフル商会に発注しており、残りのテーブルやイス、魔道具などを俺が完成させてしまえば、後は発注した品の到着を待つのみ。

農園カフェの開店までの道のりは順調と言えるだろう。

工房で農園カフェに必要な家具を作っていると、扉がノックされた。

返事をすると、メルシアが入ってくる。

「イサギ様、シーレさんが農園カフェの内装についてご相談があると」

「相談?」

「少し調整していただきたい部分があるようです」

「わかった。すぐに行くよ」

内装は既に整っているとはいえ、作業を進めるにつれてちょっとした修正点が出てくるのはよくあることだ。

シーレのことだから、きっと農園カフェをよりよくするための改善点を見つけたのだろう。

俺は作業を中断し、出来上がった分のテーブルとイスをマジックバッグに詰めて、農園カフェに向かうことにした。

販売所にある農園カフェのスペースにやってくると、シーレが待っていた。

「こんにちは、シーレさん」

「こんにちは。忙しいところ呼んでごめんなさい」

「気にしないでください。ところで、ダリオさんは?」

「彼は奥で料理の開発中」

「なるほど」

農園カフェの準備はちゃくちゃくと進んでいる。

料理人である二人は開店準備だけでなく、提供する料理についても考えないといけない。

内装よりも、むしろそっちの方が大変かもしれないな。

「ところで相談したいことというのは?」

「採光窓を増やすことって可能?」

採光窓というのは、室外の自然光を取り入れる窓のことだ。

人間が住居で快適な暮らしを送るために、一定以上の自然光を取り入れることが望ましいとされている。

「可能ですが、どうして?」

「今のままだと少し暗い。農園カフェの明るいイメージをお客に与えるためにもう少し明るくしたい」

販売所のフロアを明るく見せるために農園カフェ側の壁はガラス張りにしているのだが、窓際以外のところはシーレの言う通り少し暗く感じた。

販売所のフロアが大きいために光が分散してしまっている結果だろう。

「わかりました。採光窓を作ります」

「ありがとう」

パッとこの場で作ってしまいたいところだが、さすがにガラスとなると作成するのに火が必要なので工房に戻る必要がある。

「待っている間は、出来上がったイスやテーブルの配置を考えていてください」

「もうこんなにできてるんだ。助かる」

マジックバッグから出来上がったイスやテーブルを取り出すと、その場はシーレに任せて俺は工房に戻ることにした。





工房に戻ってくると、俺は裏口に回る。

そこには耐火(れん)()で組まれた小さな溶融炉がある。

錬金術で金属や鉱石を作成したり、武具などを作成する際に使う道具だ。

「よし、ガラスを作るか」

炉に薪をくべると、火魔法を発動して炎を大きくする。

炎を高温度まで到達させると、俺は錬金術を発動。

まずは不純物を取り除き、混入を避けるために錬金空間を作り上げる。

不純物を取り除くと、そこに珪砂、トロナッタ鉱石、ガラスの破片、魔力を混ぜ込み、炉で加熱していく。

熱によって溶けた材料はゆっくりと渦を描くように混ざり合い、粘りのある泥のようなものになる。

泥のようなものは全体を加熱されるにつれて、徐々に半透明な板になる。

泡などの不純物を錬金術で追い出すと、半透明だった板は透き通るようなガラスになってくれた。

耐熱グローブをはめて、ガラス板をくまなく観察。

「うん、バッチリだね」

端の方はまだ微妙に曇っているが、熱がなくなるにつれて完全に透明になってくれるだろう。

「あっ、しまった。シートを持ってくるのを忘れた」

ガラスを一旦地面に置こうとしたところでふと気づいた。

マジックバッグから取り出そうにもガラスを持っているために両手がふさがっている。

どうしたものかとあたふたしていると、ちょうど工房の窓を拭いているメルシアと目が合った。

メルシアは窓から離れると、ほどなくして裏口から出てきた。

「耐熱シートです」

「ありがとう」

メルシアが地面に耐熱シートを敷いてくれたので、その上にゆっくりとガラスを置いた。

「出来上がったガラスは私が並べますので、イサギ様はガラス作りに集中してください」

「わかった。そうさせてもらうよ」

俺は再び錬金空間を作り上げると、そこに珪砂、トロナッタ鉱石、ガラスの破片、魔力を入れて加熱。

先ほどと同じ要領でドンドンとガラスを生産。出来上がったものはメルシアが回収し、次々と耐熱シートの上に並べていく。

ガラス板が六枚もあれば農園カフェの採光窓には十分だが、ガラスはなにかと入用になるので多めに作っておくことにする。

「イサギ様、この辺りにいたしましょう。これ以上の続けての作業はお身体に差し障ります」

「わっ、汗まみれだ」

メルシアに言われて、ふと自身の身体を見てみると、大量の汗をかいていることに気付いた。

溶融炉の前でずっと作業をしていたからだろう。

服が濡れてべったりと肌に吸い付いているレベルで、これ以上の発汗は身体への負担が大きいだろう。

「そうだね。これくらいにしておこうか」

本当はもうちょっと続けていたかったけど、これ以上の作業はヘタをすると命の危険がある。

メルシアに言われたタイミングで俺はガラス作りを終えることにした。

農園カフェに取り付ける採光窓は完成しているし、ストックもできたので十分だろう。

そう納得して溶融炉の火を落とした。

「うん、いい仕上がりだ」

耐熱シートの上に並べられたガラスは、どれも綺麗に透き通っており曇り一つない。

俺は錬金術で地面をブロックへと変形させると、それを土台にして上にガラスを設置した。

強度の実験をするべくマジックバッグからハンマーを取り出し、大きく振りかぶる。

すると、メルシアがサッと後ろに回り、俺の右腕を優しく掴んだ。

「イサギ様、何をなされるつもりですか?」

「今回のガラスは少し組み込む素材と魔力の比率を改良したんだ。だから、強度の実験をしようかと思って……」

「そういう危険なことは私に任せください」

「え? ああ、うん」

危険だからこそ男性がやるもんなんじゃ……と思ったりもしたが、明らかにメルシアの方が身体能力が優れているし、戦闘技術も高いので何も言えなかった。

スッと握っていたハンマーが取られて、俺は仕方なくその場から離れることにした。

「結構硬いと思うから気を付けてね?」

こくりと頷くと、メルシアはハンマーを大きく振りかぶってガラスに叩きつけた。

次の瞬間、ガンッという鈍い音が鳴り、打ち付けられたハンマーが跳ねる。

ガラスを確認してみると、表面には傷ひとつ付いていない。依然として透明な輝きを放っている。

俺が思っている以上にメルシアが強い力で叩きつけたので、ヒヤッとした。

「……硬いですね」

「うん、今回は質の良いトロナッタ鉱石を混ぜ込んでいるから」

トロナッタ鉱石は単体では大した硬度を誇らないものの、魔力と混ぜ合わせることで強い硬度になる性質がある。トロナッタ鉱石の純度が高く、魔力の質が良ければ良いほどに硬度は上がる。

もちろん、錬金術でトロナッタ鉱石から不純物は取り除いており、魔力も高密度にしたものを注いだ。お陰でちょっとやそっとの衝撃では割れない強化ガラスとなっているのだ。

「イサギ様、もう一度試してみてもいいですか?」

「いいよ」

頷くと、メルシアはなぜかハンマーを地面に下ろし、大きく深呼吸をし始めた。

おかしい。強度実験をするのにどうしてハンマーを下ろすんだ。

「あの、メルシアさん?」

「イサギ様、少々危険ですので離れていてください」

「あ、はい」

声をかけようとしたが、メルシアはすっかりと集中しているらしい。

とにかく近くにいたら危ないことだけは確かなので、俺はメルシアから離れることにした。

俺が十歩ほど離れると、メルシアはカッと目を見開いて拳をガラスに叩きつけた。

ガアアンッという甲高い音と凄まじい衝撃が響き渡る。

なんでハンマーよりも威力が高いんだろうとか、より硬質な音が出ているのだろうとか色々疑問が湧いてくるが、それはひとまず置いておく。

おそるおそる近づいてガラスを確認してみると、そこには表面に少しだけ傷がついた強化ガラスがあった。

「少し傷が入っただけですか……」

「いあ、ちょっとやそっとの衝撃は割れない強化ガラスだから傷が入るだけすごいよ」

メルシアは不満そうにしているが、普通は傷が入らないものだから。

「イサギ様、もう一度やらせてください。次こそは割ってみせます」

「そこまでしなくて十分だから」

なんだか当初の目的と微妙に違う方向にいこうとしている気がした。

不満そうにするメルシアを宥め、俺は販売所の屋根に採光窓を取り付けるのだった。