「まあ、コニアさんのことはおいておいて農園カフェの内装についての話。どんな風にしたいか要望はある?」
「清潔感があり、販売所の雰囲気を壊さず、お客さんがリラックスできる場所になればいいと思っています」
「なるほど」
俺が要望を伝えると、シーレはカウンターに画用紙を広げ、ペンでなにかを書き始めた。
「こういうイメージはどう?」
シーレの提示した画用紙には、農園カフェのイメージとなる内装がイラストとして描かれていた。
自然素材を生かしたナチュラル系デザインである。
販売所の内装と非常に合っている。
実際に農園カフェが開店した時のイメージを想像すると、自然と溶け込んでいるように思えた。
「はい! まさにそんな感じです! というか、イラストがお上手ですね!」
「……食材や料理のスケッチをしていると、ある程度は描けるようになる」
錬金術師も素材を覚えるためにスケッチすることがある。
料理人とは、そういうところが似ているなと思った。
「必要な調理器具、食器、家具についてはワンダフル商会から仕入れても構わない?」
「構いませんが、家具と魔道具に関してはできるだけ俺が錬金術で作ったものを活用してくださると助かります」
調理器具や食器については仕方がないし、ありがたいことにコニアが割引を申し出てくれている。
大農園が潤っているお陰で資金については余裕があるが、だからといって大胆に使えるわけじゃない。必要なところにお金をかけ、節約できる場所については節約するべきだ。
「こういうL字のカウンターを作ることってできる?」
「大まかにであれば、すぐにできますよ」
俺はマジックバッグから木材を取り出し、錬金術を発動。
シーレの描いてくれたL字カウンターのように変質させた。
出来上がったL字カウンターに近寄ると、まじまじと見つめながら手で触れるシーレ。
「イメージ通り。なるほど、これならわざわざ商会に家具や魔道具を発注する必要はなさそう」
どうやら彼女の期待に応えることができたようで安心した。
「他に要望はある?」
「さっき言ったことを守ってくだされば特に注文をつけるつもりはありません。お二人の働きやすいようにしてくださればと」
「つまり、それ以外は僕たちの裁量で内装を決めていいってことですか!?」
気楽に丸投げしてみると、傍で話を聞いていたダリオが食いついてきた。
「そういうことになりますね」
頷くと、シーレとダリオの目が強く輝いた。
「やった! じゃあ、私の好きなようにする!」
「ズルいですよ、シーレさん! 俺にも店の内装を考えさせてください!」
ある程度の裁量を持って自由に内装をいじれるのが嬉しいのだろう。
俺もプルメニア村にやってきて、自由に家を改造し、工房を作っていいと言われた時はワクワクしたのですごく共感できた。
嬉しそうに話し合う二人を見ていると微笑ましくなるのであった。
●
「二人とも今日はもう遅いし、このくらいにしておこうか」
「それもそうですね」
いつの間にか太陽の光がすっかりと赤く色づいている。
フロアにいたお客たちもすっかりと姿を消しており、店員たちが店仕舞いの準備をしていた。
一斉に立ち上がって帰る準備をする中、シーレが「あっ」と間の抜けた声を漏らした。
「そういえば、私たちってこれからどこで寝泊まりするの?」
あっ、二人の生活場所についてすっかり忘れていた。
うちに泊めるか? ダリオはともかく、シーレは女性だしそれは良くない気がする。
「お二人が寝泊まりする場所については、販売所にある二階のお部屋をご用意させていただいております」
どうしようかと迷っていると、ひょっこりとメルシアが姿を現せた。
「本当ですか!?」
「ここに泊まれる部屋があるんだ」
「ただいまご案内いたしますね」
メルシアの後ろを付いていって階段を上ると、そこにはいくつかの私室がある。
そのうちの二つの扉を開くと、室内にはテーブル、イス、ベッド、本棚、ソファーなどのある程度くつろげるだけの環境が整っていた。
「こんなに広い部屋を好きに使ってもいいんですか?」
「どうぞ。お好きなように使っていただいて構いません」
メルシアが頷くと、ダリオとシーレは上機嫌な様子で部屋に入っていった。
販売所の倉庫兼、従業員が寝泊まりできるように広めの部屋を作ってはいたが、生活できるような準備は整えていなかった。
二人の生活場所を考えて、メルシアがなにからなにまで用意してくれたのだろう。
「助かったよ、メルシア。農園カフェのことに夢中で二人がどこで生活するなんてまったく考えてなかったからさ」
「そういったところを補佐するのが私の仕事なのでお気になさらず」
礼を告げると、メルシアがにっこりと微笑みながら言う。
なんて気遣いのできるメイドなんだろう。本当にメルシアには頭が上がらないや。
「ねえ、ここには厨房ってある?」
「一階の従業員フロアの奥に簡易的なものがありますが……」
チラリとメルシアの視線がこちらに向いた。
使用の許可については俺の判断にゆだねるということだろう。
料理人の二人にとって料理とは生活の一部。農園カフェが開店するまでに自由に厨房を使えないのは不自由だろう。
「ダリオさんとシーレさんなら好きに使っていいですよ。ただし、きちんと戸締りや後片付けの方をお願いします」
「ありがとう。本当に助かる」
「使う前よりも綺麗にする! 料理人の鉄則ですからね!」
真面目なシーレとダリオであれば、厨房を汚したりすることはないだろう。
他の従業員もあまり使っていないことだし、遠慮なく使ってほしい。
「イサギ様、浴場についてはどういたしましょう?」
「どうせなら販売所内に作っちゃおうか」
「「はい?」」
俺の言葉を聞いて、ダリオとシーレがなぜか間抜けな声をあげた。
販売所の一階には農作業で付着した土や泥を落とせるように洗い場を作ってあるのだが、どうせなら身体を丸ごと洗いたいという要望がネーアをはじめとする数人の従業員から要望が入っていた。
せっかくだし、これを機会に浴場へと変えてしまおう。
俺は一階にある従業員区画にある裏口へ向かう。
作業が気になるのか、後ろにはメルシアだけじゃなく、ダリオやシーレもいる。
見ていて楽しいものになるかはわからないが、錬金術師がどんなことをできるのか理解してもらうのは悪いことではない。
気にしないことにして外に出ると、手足を洗うことのできる小さな洗い場がある。
大農園の作業で手足や靴、衣服などを汚してしまった時は、ここの洗い場で汚れを落としている。簡単に汚れを落とすだけなら外でもいいが、裸で湯船に入る以上は外から丸見えにするわけにはいかない。
俺はマジックバッグから木材を取り出すと、錬金術で変質、変形させて丸太小屋を組み立てた。
「う、うわわわ! 木々が勝手にくっ付いてく!」
錬金術で家を作る光景を見るのは初めてだったのか、ダリオが驚きの声をあげた。
彼の新鮮な反応にクスリと笑いつつ、俺は作り上げた丸太小屋の内装をいじっていく。
脱衣所を作ると、浴場に大きな湯船を錬金術で作る。
浴場や湯船からお湯を排水できるようにパイプを繋げると、最後に温水の出る魔道具を設置。
魔力を注ぐと、魔道具からお湯が流れて湯船に溜まっていく。
「うん、こんなものかな!」
温度を確認してみると、大体四十度くらい。
個人によって温度の好みはあるが、標準的な温度のお湯が出ていると言えるだろう。
浴場を作り上げると、ダリオとシーレがポカンとした顔になっていた。
もしかして、即興で作ったが故にクオリティの低さに呆れてしまっているのだろうか。
「すみません。急いで作ったせいでこんなに低いクオリティで。明日にはきちんと手を入れて、もっと使いやすいものにするので今日はこれで勘弁を……」
「いやいや、どうしてそうなるんですか!? むしろ、その逆ですよ! 一瞬で立派な浴場ができてしまったので驚いちゃいました!」
「……もしかして、イサギさんってすごい錬金術師?」
宮廷錬金術師であれば、胸を張ることもできたのかもしれないが、生憎と解雇されてしまった身だ。
すごい錬金術師と言われると、首を傾げざるを得ないだろう。
「はい、その通りです」
どう答えるか迷っていると、控えていたメルシアが何故か誇らしげに答えた。