「イサギ様、コニアさんが農園カフェの料理人を連れてまいりました」

コニアに料理人の派遣を頼んで二週間。

工房で頼まれていたミキサーを作っていると、メルシアがノックしながら言った。

早速、コニアは料理人をプルメニア村に連れてきてくれたらしい。

「わかった。ミキサーの処理を終わらせたら行くよ」

「かしこまりました。応接室でお待ちしております」

メルシアの気配が終わると、俺は最後のミキサーにブレードを取り付けて蓋をした。

無属性の魔石をはめて、魔力を流すとしっかりとブレードが回転することを確認。

最後にミキサーの表面にワンダフル商会の紋章を刻み込むことで完成だ。

「うん、これで五十台目が完成だ」

農園カフェの準備をしていたせいでかなり遅れてしまったが、ちょうどコニアがやってくるタイミングで完成させることができたようだ。

工房内にあるすべての五十台のミキサーがしっかりと稼働することを確認すると、俺はすべてをマジックバッグへと詰めて応接室に向かった。

「遅れてすみません」

「いえいえ、突然やってきたのはこちらなので気にしていないのです」

応接室に入ると、コニアがティーカップを優雅に傾けていた。

傍らには茶色い髪に垂れ耳をした犬獣人の男性と、桃色の髪を肩口で切り揃えた犬獣人の女性が座っている。

どちらも真っ白な料理人服を身に(まと)っている。恐らく彼らがコニアの連れてきてくれた料理人だろう。

「そちらのお二方がコニアさんの連れてきてくださった料理人の方ですか?」

「そうなのです! さあ、自己紹介をお願いするのです!」

コニアが言うと、二人の料理人とイスからスッと立ち上がった。

が、垂れ耳の勢いをつけ過ぎてしまったのかテーブルの端に足を打ち付けてしまった。

ガンッとテーブルから音が鳴り、その上に乗っているティーカップやらお茶請けのお皿が震えた。

「わ! ごめんなさい!」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」

心配の言葉をかけると、男性は恐縮したように頭を下げた。

外見に見合わず、気は小さいようだ。

隣の女性はドンくさいものを見るような冷たい目をしている。

男性がこんな風にやらかすのはいつものことなのかもしれない。

改めて男性が立ち上がる。

デカいな。座っている時から高身長だと思っていたが、立ち上がっている姿を見るとさらに大きく見える。隣に立っている女性が小柄だというのもあるが、それを抜きにしても大きい。

「獣王都にある『ワンダーレストラン』からやって参りましたダリオと申します。よ、よろしくお願いします!」

「……同じく『ワンダーレストラン』からやってきましたシーレです。よろしくお願いします」

「『ワンダーレストラン』ですか!?」

ダリオとシーレの自己紹介を聞くなり、控えていたメルシアが驚きの声をあげた。

「メルシア、そのレストランはそんなにすごいのかい?」

雰囲気からしてすごいっぽいレストランなのだが、俺は獣王国出身ではないのでどのくらい人気なのかまったくわからない。

「獣王都にある高級レストランの一つです。予約しようにも一年は待たされるほどに人気だとか」

「え? 本当に?」

「本当なのですよ! ワンダーレストランはワンダフル商会が出資しているレストランなので、これくらい造作もないのです!」

尋ねると、コニアが薄い胸を張って堂々と答えた。

名前が似ていることから何となく察していたが、ワンダフル商会とワンダーレストランの繋がりは密接なようだ。

だとしても、高級レストランレベルの料理人がくるなんて思っていなかったので驚きである。

「はじめまして、錬金術師であり大農園の管理をしていますイサギと申します」

「ダリオとシーレは幼い頃からワンダーレストランで修行しており、真面目なだけでなく調理の腕も保証できるのです。きっと、農園カフェの開店の役に立つのです」

「……えっと、本当にいいのですか?」

「なにがです?」

「二人は有名なレストランで働く期待の料理人じゃないですか。人の少ない場所で農園カフェの営業をしてもらうのが申し訳ないなーっと思って」

言えば、ダリオとシーレは歴としたところでキャリアを積んだエリートだ。

そんな二人がこんな田舎で働いてもらってもいいのだろうか。

「そんなことはありません! これは僕たちが望んで選んだ道です!」

「そうなんですか?」

「ここの大農園の食材を食べた時に感動しました。今まで扱っていた食材と同じでも、まさかこんなにも違いがあるなんて思いもしなくって。それと同時にこの食材の美味しさを、自分で表現したいと思ったんです」

「こちらの食材を扱えることは私たちの料理人生においてかけがえのない経験になると思っています。ですから、イサギさんがそのような心配をする必要はありません」

大きな声で熱い想いを語るダリオと、淡々としながらも瞳の奥にある炎を燃え上がらせているシーレ。

どうやら二人がきちんと考え、目標を定めた上でここにやってきてくれたらしい。

だとしたら、これ以上変に心配するのは彼らにとって失礼だろう。

「わかりました。では、改めてお二人を歓迎いたします。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします!」

改めて手を差し出すと、ダリオが両手で包み込むようにしながら大声で返事した。

うん、君は声がデカいや。

「コニアさんもご紹介していただきありがとうございます」

「気にしないでほしいのです。それよりも頼んだミキサーの方はできるだけ早くお願いするのです」

改めて連れてきてくれたコニアに礼を言うと、彼女が念を押すように頼んできた。

「ああ、それなら既に完成させてありますよ」

「はえ? たった二週間なのですよ? いくらイサギさんでも魔道具を五十台も用意するのは無理なのでは?」

コニアが間抜けな声をあげる中、俺はマジックバッグからミキサーを取り出した。

「無理じゃありませんよ。こちら注文してくださったミキサー五十台分です」

「ひゃええええ! もうできたのですか!? しかもひとつひとつにうちの商会のマークが入っているのです!」

ミキサーを確認する中、コニアは俺の(ほどこ)したサービスに気付いてくれたようだ。

「そちらは特別サービスですよ。いつもコニアさんにはお世話になっているので」

こういう施しをするのなら追加料金をちょうだいするのだが、コニアには大農園の立ち上げの助言をしてくれたり、今回のようにすぐに料理人を確保してくれたりと恩があるからな。

「わー! ありがとうなのです! イサギさん!」

商会マークの入ったミキサーを胸に抱いて、コニアは子供のように喜んだ。





「こっちの区画が農園カフェの営業予定場所になっています」

ダリオ、シーレとの顔合わせが終わると、俺たちは販売所にやってきていた。

こちらは二人たっての希望で職場となる場所を見ておきたかったのだろう。

「思っていたよりも広いですね」

「これなら思っていた以上に色々なことができそう」

農園カフェのスペースを見て、ダリオとシーレが感心したように呟く。

田舎にあるカフェなので、もっとこじんまりとした職場をイメージしていたのかもしれない。

いい意味で期待を裏切れたようで嬉しい。

「販売所の方に食材がたくさんありますね!」

「あっちを見ると、あっという間に時間が終わるから今日は内装」

「……はい」

明らかに販売所の食材を見たそうにしているダリオだが、シーレにそう言われて肩を落とした。

ダリオの方が明らかに年上であり強そうなのだが、力関係はシーレの方が上のようだ。

不思議なコンビだ。

「イサギさん、少しいい……ですか?」

見守っていると、シーレが声をかけてきた。

言葉が詰まっていることから、あまり敬語を使うことに慣れていないらしい。

「いつもの口調でも結構ですよ」

相手に敬意を持つことは大切だが、込み入った話をする際は邪魔になる。

誤解なくやり取りをするために、それを取っ払うことを俺は気にしない。

もともと、そこまで敬語を気にするタイプでもないしね。

「……後でコニアさんにチクったりしない?」

「しませんよ。というか、あの人ってそんなに偉い立場なんです?」

この場にいないコニアのことを気にする意味が気になった。

「知らないの? ワンダフル商会にいる五人の幹部のうちの一人だよ」

「……そんなに偉い人だとは思っていませんでした」

ワンダフル商会は獣王国の中でもかなり大きい商会だとメルシアに聞いた。

そんな大商会の重役のポジションに収まっているとは思わず、絶句してしまった。