「着きました。ここが私の家です」

ネーアと別れて村の中心地に進んでいくと、メルシアが一つの大きな家の前で足を止めた。

「大きいね」

建物の造り自体はありふれた木造建築だが、他の民家に比べると三倍くらい大きかった。

「村人たちを集める集会所のような役割も担っていますので」

「なるほど」

離れのような場所に立っている建物が集会所なのだろう。

村長となれば、ゆっくりと腰を落ち着けて村人と話し合う場所も必要に違いない。

「では、父と母に話を通してきますので、少々お待ちください」

「うん、わかったよ」

いきなり知らない人間が訪ねてきたらご両親も驚いてしまう。

両親が混乱しないように、メルシアだけが先に扉を開ける。

「きゃー! メルシアってば帰ってきたのね! お帰りなさい!」

が、ガチャリと扉を開けた瞬間、女性が飛び出してきてメルシアを抱きしめた。

セミロングの黒髪に青い瞳。頭頂部には髪色と同じ猫耳が付いている。

メルシアと非常に良く似た特徴をしている。

自己紹介をするまでもなく、俺はこの女性がメルシアの母親だとわかった。

「わっ! 母さん! 外に誰かがいるときは、聞こえてても待ってて言ってるじゃないですか!」

「ごめんね~、メルシアの声が久しぶりに聞こえたと思ったら我慢できなくなっちゃって」

見計らったかのように出てきたのは、外での俺たちの会話が聞こえていたかららしい。

それほど大声で話したわけではないのだが、さすがは獣人だけあって聴覚が鋭い。

にしても、こうやって抱き合っている姿を見ると、姉妹にしか見えない。

メルシアの母さんはそれほどまでに若々しくて美人だった。

「お母さん、客人の前ですので」

「そうね。メルシアを可愛がるのは後にしてまずは挨拶よね」

耳やら髪やら頬やら全身を撫でまわした末に、メルシアの母さんはメルシアから離れた。

「はじめまして、メルシアの母のシエナと申します」

先ほどの騒がしさは一体どこにいったのやら。

メルシアの母さんは佇まいを整えると、ぺこりと一礼をした。

その変わり様に驚きつつも、俺も慌てて挨拶を返す。

「錬金術師のイサギと申します」

「まずは家に入ってくださいな。詳しい話は村長も交えていたしましょう」

「ありがとうございます。お邪魔いたします」

メルシアの父さんであり、村長である人は家にいるようだ。

一人ずつ話していくよりも、その方がスムーズだ。

シエナに促されて、俺とメルシアは中に入る。

が、玄関を上がろうとしたところでメルシアに止められた。

「イサギ様、こちらでは外靴をお脱ぎになって、こちらの内靴を履いてください」

「へー、こっちではそういう文化なんだ」

帝国内でも内靴や裸足で過ごす地域があると聞いていたが、獣王国でもそういう文化があるようだ。

俺は外靴を脱ぐと、メルシアに促されて内靴に足を入れた。

「軽い上にとても履きやすいね」

「スリッパというものです」

「へー、これはいいや!」

帝城で与えられた寝室や工房では、ずっと外靴のまま過ごしていたけど、スリッパのような内靴を履いて過ごす方がよっぽど快適だ。

外の汚れを持ち込むことがないので床が汚れず、メルシアの手を煩わせずに済む。

どうやって作るのかは知らないが、こちらで住むことができたのなら是非とも取り入れよう。

なんてことを考えながら廊下を進んでいくと、先ほど話していた集会所へたどり着いた。

集会所内は円形の建物で天井が高いせいか見た目よりも広く感じる。

こちらも木造建築であり、壁や床の木目が非常に美しい。部屋全体が木の香りで包まれているようだった。

そんな集会所の奥には灰色の髪をした壮年の男性が腰を下ろしていた。

輪郭のしっかりとした顔つきで、こちらを見据える瞳は鋭くて厳しい。

……この人がメルシアの父さんか。なんだか妙に敵意を向けられている気がする。

ここにやってくるまでに気分を害するようなことをしただろうか?

「どうぞ、お座りになってください」

「ありがとうございます。失礼いたしします」

必死に思考を巡らせるが答えは出ない。

シエナが座布団を持ってきてくれたので、俺は思考を打ち消して腰を下ろした。

メルシアの父さんの横にシエナが腰を下ろし、俺の隣にドスンとリュックを下ろしたメルシアが座った。

「はじめまして、レムルス帝国からやってきました錬金術師のイサギと申します。この度、こちらにやって参りましたのは――」

「ならん!」

名乗りを上げて、こちらにやってきた目的を告げようとすると、メルシアの父さんは覆いかぶせるように言った。

まさかいきなり移民を拒否されるとは驚きだ。

「な、なぜでしょう?」

「どこの馬の骨かもわからない人間にうちのメルシアをやるわけにはいかん! メルシアを嫁にというのであれば、俺を納得させるくらいに強く、村に貢献できる人材でなければ村長として――いや、父として許可することはできん!」

おずおずと尋ねると、思いもよらない返答がきた。

「うん? なんか話が違いません?」

移民の許可を尋ねたら、嫁はやらんと言われてしまった。

おかしい。明らかに会話が成り立っていない。

「なにが違うというのだ? いきなりやってきて娘をくださいと言われて、即座に頷く親がいるものか」

「私はいいと思いますよ」

「おい、シエナ!?」

「だってあの奥手なメルシアが男性を連れて帰ってきたのよ? この子は昔から見る目は確かだったし、きっともう心は決まっているに違いないわ」

俺が呆然としている間にも夫婦の会話は進んでいく。

もしかして、ネーアと同じ勘違いをしているのではないだろうか?

おずおずとメルシアの方を振り返ると、顔を真っ赤にして身体を震わせていた。

両親の勘違いが恥ずかしくて堪らないようだ。

俺が言い出すべきかと思ったが、おたくの嫁を貰いにきたわけではないですと、宣言するのも失礼な気がする。

どうするべきか迷っていると、遂にメルシアが立ち上がった。

「もう! お父さん、お母さん! 今日イサギ様を連れてきたのは、そ、そういうんじゃないですから!」

「「ええ?」」

シエナとメルシアの父さんはそろって呆けた声を上げた。

「……婿を捕まえて戻ってきたのではないのか?」

「い、イサギ様は職場が同じであっただけで、そういう関係ではありませんから!」

「そうか! そうなのか! いやー、村の奴からメルシアが婿を連れて帰ってきたと聞いたので、つい勘違いしてしまった! いやー、早とちりしてすまない!」

どうやらネーアと俺たちの会話が聞こえ、噂話になっていたようだ。

ちょっとした会話であっという間に情報が広まる。獣人の聴覚が恐ろしい。

まあ、長らく遠いところで働いていた娘が、いきなり男を連れて戻ってきたのだ。

噂のこともあり、メルシアのご両親が勘違いしてしまうのも無理はない。

「いえ、誤解が解けたようで何よりです」

俺も肯定してみせると、メルシアの父さんは安堵の混ざった笑みを浮かべた。

こちらを見つめる視線はとても和らいでいる。

どうやら愛する娘が男を連れてきたと警戒していただけで、悪い人ではないようだ。

「誤解でいいの?」

「母さん! やめてください!」

シエナに茶化されてメルシアが顔を赤くする。

帝国ではクールキャラであるが、こちらでは割といじられキャラなのかもしれない。

プルメニア村にやってきて早々、メルシアの知らない一面をたくさん見られて面白いや。