作り上げたばかりの販売所にコニアと謎の大柄な獣人がやってきた。

ワンダフル商会の従業員だろうかと思ったが、ワンダフル商会は犬系獣人のみで構成された商会だと聞いている。

隣に立っている獣人の男性は荒々しいブラウンの髪をしており、丸い耳を生やしている。

その見た目を形容するのであれば獅子だろう。とてもではないが犬系獣人には見えない。

となると、ワンダフル商会の従業員ではないだろう。

というか、身長が二メートルを越えているし、全身の筋肉がかなり隆起している。

内包している魔力も尋常じゃないし、一従業員にはとても見えない。

……二人の繋がりがわからないな。

「はーい、ここにいますよー」

とりあえず、隣の男性のことは横に置いておいて返事をする。

すると、コニアと隣にいた獅子獣人がこちらにやってくる。

「ねえ、メルシア。コニアの隣にいる人は――って、ええ?」

その間に俺は傍にいるメルシアに獅子獣人のことを尋ねようとすると、メルシアをはじめとする従業員たちが跪いていることに気付いた。

「ど、どうしたの急に?」

メルシアや従業員たちのいきなりの低身具合に驚いてしまう。

「イサギ様、数多の見た目を持つ獣人の中で、獅子の血を引くものは王族だけです」

って、ことはコニアの隣にいる人は王族なのか。

メルシアの説明を聞いて、俺はすぐに片膝をつけて跪いた。

「そなたがこの大農園の支配者であるイサギか?」

「はい、イサギと申します」

「俺は六十二代獣王、ライオネルだ」

辺境の村にくるくらいだから王位継承権の低い王族かと思いきや、正真正銘の国王だった。

「そう畏まらなくてもいい。今日は噂の大農園とやらが、どのようなものか気になってな。ワンダフル商会に頼み込んで連れてきてもらったのだ」

一応、後方には王族専用の馬車や臣下たちがいるようだが、最小限といった様子。

帝国の皇族と比べると、あり得ないフットワークの軽さだ。

獣人の中でも最強種と呼ばれる獣王だからこそできることなのだろう。

王族の頼みとなると実質的には命令のようなもの。案内するハメになったコニアも気の毒だな。

「では、お望み通り農園の中を案内いたしましょうか?」

「そうしてもらえると助かる」

俺の言葉を聞いて、満足そうに頷くライオネル。

そんなわけで俺とメルシアはライオネルを農園に案内することにした。

「コニアさんも付いてきますか?」

ここまでライオネルを連れてきてくれたのはコニアだ。一応、付いてくるべきなのではないだろうか?

「いえ、私はこちらで従業員の方たちとお話するのです。農園にできる販売所とやらが気になりますので!」

なんて建前らしく物言いをしているが、きっぱりと断った様子からすると付いていきたくないことがわかった。

ワンダフル商会の人でも王族の接待なんて荷が重いよね。

俺も同じ立場になったからこそコニアの気持ちが痛いほどわかった。無理強いはできない。

販売所を出るとライオネルの臣下らしい、髭を生やした初老の獣人や、鎧などを身に纏った兵士たちが付いてくる。

「宰相のケビンです。可能であれば、私と護衛の者たちも同行させていただきたい」

「……とのことですが?」

「すまんが入れてもらえると助かる」

「わかりました」

宰相であるケビンや護衛の者たちを連れて、農園の敷地内に入っていく。

とはいえ、うちの農園の敷地は膨大だ。

相手は王族なので長々と歩かせるのも申し訳ない。

俺はマジックバッグからゴーレム馬を取り出すことにした。

「ぬ? この馬のようなものはなんだ?」

「錬金術で作成したゴーレムの馬です。徒歩では移動は大変かと思い、こちらの乗り物をご用意させていただきました」

「ほう! ゴーレムで馬を再現したのか! 面白い! 乗らせてもらおう!」

ニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、颯爽とゴーレム馬に跨るライオネル。

ライオネルは身体がかなり大きく、通常サイズのゴーレム馬では乗ることができないので、以前メルシアと二人乗りした時に使った大型のゴーレム馬だ。

俺とメルシアは普通の一人乗りの方に、ライオネルの臣下の方たちにも同じように一人用のものに乗ってもらうことにした。

「右足のペダルを踏みこむと進み、左足のペダルを踏むと止まります。方向については手綱を引くことで調整できます」

「おお! 理解した!」

軽く説明をすると、ライオネルはすんなりとゴーレム馬を走らせてみせた。

運動神経の悪い人だと乗りこなすのに時間がかかるのだが、ライオネルの心配はいらないようだ。

家臣の人たちは初老の人が少し勝手に戸惑っているようだが、他の人たちがサポートすることによって何とか乗ることができた。

「イサギ! 俺はこれが気に入った! 是非ともほしいぞ!」

軽く周囲を走り回ってくるなり、ライオネルが実に活き活きとした顔で言った。

まるで新しい玩具を見つけた少年のようだ。

「正式に発注していただけるのであれば、ライオネル様に相応しいゴーレム馬をお作りいたしますよ?」

別に今の個体を渡してもいいのだが、ライオネルが乗るには窮屈感だ。

それに彼の見た目に迫力がありすぎるので、見た目負けしている。

国王である彼が乗るのであれば、もっと威厳ある見た目のものがいいだろう。

となると、ライオネルのためにちゃんと作り直した方がいい。

「では、そうしてくれ! あと、そっちの小さい馬も欲しい! 娘の誕生日が近いのでな!」

「でしたら、こちらのゴーレム馬に関しては、ご息女様の誕生日祝いとして献上させていただきます」

「さすがにそれは――いや、わかった。有難く受け取っておこう」

遠慮しようとしていたライオネルだが初老の獣人が咳払いして睨むと、慌てて言い直した。

まあ、これに関しては俺から言い出したことなので遠慮なく受け取ってもらえると助かる。

王族の誕生日と聞いて、こっちもお金を払えなんて言うのは無粋だしな。

「では、農園を案内しますので付いてきてください」

話に区切りがついたところでゴーレム馬を走らせる。

「……イサギ、もっと速くても構わんぞ?」

ゆったりとゴーレム馬を走らせていると、後ろにいるライオネルが言ってくる。

とてもウズウズしている。速く走らせたくて堪らないのだろうな。

気持ちはわからなくもないし、できるだけリクエストに応えてやりたいが、こればかりはそうはいかない。

「農園内は道幅も狭く、農作業用のゴーレムもいますので、これぐらいの速度でお願い申し上げます。申し訳ありません、ライオネル様たちの安全が何よりですので」

「……それは非常に残念だ」

「安全な場所であれば、いくら速度を出してもらっても構いませんので」

「そうか!」

シュンとしていたライオネルだが、小声でそう言うとすぐに元気になった。

厳めしい見た目や肩書きもあって萎縮してしまいガチだが、こうして話してみると妙に親しみを感じるな。帝国の皇族たちとは大違いで、なんだか不思議な感じだ。

そうやってゴーレム馬を走らせると、野菜畑の区画にたどり着いた。

「こちらは野菜畑の区画となります」

「おお! かなり広いな!」

野菜区画を見るなりライオネルが感嘆の声を上げた。

「この辺りはかなり土地が痩せており、まともに農業ができない土地だと聞いていた。それなのにこれほど多種多様な作物が栽培されているとは驚きだ。これを可能にしたのは錬金術だな?」

コニアには錬金術で農業を行っていると告げている。

視察にやってきた国王に嘘をついて良い事はないだろう。

「はい。錬金術で作物に品種改良を行い、繁殖力を上げ、痩せた土地に強く、病害、虫害などに強いものへと作り変えました」

「口にすることは容易いが、完成させるのはさぞかし大変だっただろうな。そなたはとても優秀なのだな」

「恐縮です」

地位の高い人からそんな風に言われたのは初めてだ。

誰かに褒められたくて行ったわけではないが、それでも褒めてもらえるというのは嬉しいものだ。胸の奥がジーンッと温かな気持ちになった。

「む? もうトマトが生っているのか……季節外れの作物があるというのは本当だったのだな」

噂を聞きつけてきただけあって、うちの農園のある程度の特徴は知っているようだ。

「よろしければ、おひとつ食べてみますか?」

「貰おう」

ゴーレム馬から降りると、収穫期のトマトを一つ収穫した。

布でトマトの汚れを拭って渡すと、ライオネルは豪快にトマトに齧り付いた。

さすがは獣王、食べ方もワイルドだ。

「うおおお! トマトとは思えないほどの甘さだ! 今まで食べてきたトマトの中で一番美味い!」

「ありがとうございます!」

そう言ってもらえるように日々改良を重ねているので、非常に嬉しい感想だ。

現在は糖度の高いトマトだけでなく、果肉がしっかりとしていて煮崩れしづらい調理用トマトなんかも開発中だ。ただ甘いだけでなく、色々な料理に使えるような汎用性の高い品種も作っていきたいものだ。

「……今日は妙に騒がしいな」

ライオネルの世話をしていると、トマト畑の影からコクロウが出てきた。

「陛下! お下がりください!」

農園内に突如魔物が出現したことにより、ライオネルの護衛たちが武器を構え出して物々しい雰囲気となる。

しまった。農園内にコクロウやブラックウルフたちがいるのを伝え忘れていた。

「申し訳ありません! 彼らは農園内を警備してもらっている魔物ですので、どうか武器をお納めください!」

「あくまでそっちが手を出してこない場合だがな」

「こら、コクロウ。相手を挑発するようにことを言うな」

せっかく諫めているのに、余計なことは言わないでほしい。

お陰で護衛の人たちがムッとしているじゃないか。

「ブラックウルフの上位個体、シャドーウルフか……」

そんな中、ライオネルは平然とコクロウの前に歩み寄る。

護衛の人たちが口々に下がるように言うが、まるで気にしていない。

ライオネルとコクロウは睨み合う。

固唾を呑んで見守っていると、ライオネルが不敵な笑みを浮かべながら右手の人差し指をくいくいっと動かした。

かかってこいと言わんばかりのわかりやすい挑発。

コクロウは喧嘩を売られたと感じたのか即座に影に潜る。

どこに行ったと思った次の瞬間、コクロウは護衛の影から飛び出し、無警戒なライオネルの背中へと襲い掛かった。

「甘いな」

ライオネルは一切の視線を向けることなく、丸太のような左腕を振るってコクロウを吹き飛ばした。

二メートル近い体躯を誇るコクロウが紙切れのように飛んでいく。

吹き飛ばされながらもコクロウは畑の影へと避難。

すると、次はライオネルの真下にある影から姿を現した。

影から身体を出すのは最小限にし、僅かに影から出して前脚の爪でライオネルの足を斬り裂くつもりだ。

「ぐっ!?」

「だから甘いと言っておろうが」

ライオネルは即座に反応して、真下から奇襲してきたコクロウを蹴り飛ばした。

「ずっと影の中でジッとしているからイライラするんだ、犬っころ。俺が存分に相手してやるから能力を使わずに挑んでこい」

「殺す」

ライオネルから犬っころと誹りを受けたことで頭にきたのか、コクロウが知性をかなぐり捨てるようなけたたましい咆哮を上げて襲い掛かった。

コクロウが本気で牙や爪を向けるが、対するライオネルは笑いながらそれらを跳ね除けている。

しかも、コクロウをできるだけ傷つけないように手加減をしながらだ。両者の力量の差は素人でもわかるほどだろう。

「コクロウがあんな風に遊ばれるなんて……」

「さすがは最強種と謳われる獣王様ですね」

コクロウは冒険者ランクの定める討伐ランクBの上位個体だ。

実際に森で対峙した俺とメルシアだからこそ、コクロウの恐ろしさ知っている。

そんなコクロウがライオネルの前では犬っころ扱いとは……。

無邪気で気さくなライオネルだが、人の上に立つ才能を立派に兼ね備えた王なのだな。

コクロウと素手での取っ組み合いを繰り広げるライオネルを見て、しみじみと思った。