イサギがミレーヌの町で農園の果物を売っている頃――
ガリウスは、ウェイス第一皇子の私室に訪れていた。
以前、イサギを辞めさせたことをウェイスから叱責され、イサギが担うはずだった食料生産の代案を提出するためである。
ガリウスの提出した書類にウェイスはじっくりと目を通す。
読み込んだウェイスは、書類を放り投げるようにテーブルの上に戻した。
「どれも食料生産の一助になるであろうが、イサギの研究に比べると効果が低すぎる。もっと劇的に効果の出るものを出せ」
これでも宮廷錬金術師を総動員させて提出した食料生産の改善案だ。
それがイサギの研究よりも劣るという評価を受けるのは屈辱に他ならなかった。
これ以上の良案などすぐに出るとは思えない。だが、未来の皇帝を前にそのような言い訳が許されるはずがなかった。
「……かしこまりました」
ガリウスは込み上げてくる感情を堪え、冷静にテーブルの上に残った書類を回収した。
そこで突然、私室の扉がノックされる。
「お話中のところ大変申し訳ありません! ガリウス様に至急ご確認して頂きたいことがあるのですが……」
「後にしろ。今はウェイス様とお話をしている最中だ」
「いや、入れ。私の部屋に訪れてくるほど急ぐ必要のある報告なのだろう?」
ウェイスがそのように言うと、ガリウスの部下はおそるおそるといった様子で入室した。
いくらガリウスが上司とはいえ、それよりもさらに上に位置する上司の命令の方が優先されるのは当然だ。
「それで至急相談する必要のある要件とは?」
その言葉の意味するところは、ガリウスやウェイスの時間を取るに値にする内容なのだろうなというところだろう。
圧をかけられて顔色を青くする部下であるが、既に引き下がることはできない。
ガリウスの部下は相談内容を包み隠さずに伝えることにした。
「錬金課に魔道具やアイテムなどの修繕依頼が届いておりますが、それらの作業が滞っているために各課から催促の声が届いております。既に行われた修繕依頼も依頼者側から満足がいかない出来栄えなのかクレームがきている始末でして……いかがなさいましょうガリウス様?」
「なんだと? 今までそんなことはなかっただろう? なぜそのような事態が起こっている?」
「魔道具やアイテムの修繕に関しては、ガリウス様のご命令でイサギに任せていたので……」
「他の者に少量のノルマを課して回しているだろう。それで問題なく回るはずだ」
「恐れながら錬金課に依頼される修繕数は膨大です。とても我々だけでこなせる数ではありません。それに修繕はイサギが一手に引き受けていたが故に、今の宮廷錬金術師には修繕の経験が致命的に足りないのです」
ガリウスはイサギが気に入らないことや平民であることを理由に、様々な修繕依頼をイサギ一人にやらせていた。それは勤務時間外であってもだ。
今までの修繕依頼はガリウスの理不尽な要求に、イサギが答えていたからこそ実現できたもの。
他の宮廷錬金術師は皆貴族だ。いくらガリウスといえど、イサギにしてきたように無茶な割り振りはできない。そんなことをすれば、猛反発を食らうからだ。
イサギのワンマンパワーに頼り切りだった今の錬金課が、以前までと同じ量の修繕依頼に応えられるはずがなかった。
「どうやらイサギがいなくなったことで食料生産の政策だけでなく、他の業務にも支障が出ているようだな? ガリウス? こうなると益々イサギを辞めさせた判断は間違っていたことになる。代案を出すよりもイサギを連れ戻す方が早いのではないか?」
「……もうしばらく、良案を出すための時間をくださいませ」
ウェイスからの非難の言葉を受けたガリウスは、またも屈辱に身を震わせた。