買い物を終えて屋台に戻ると、ぐったりとした様子のネーアがいた。

買い物に行く前に、たんまりと補充していた果物はすべてなくなっており、完売の文字を表す看板が出ている。見るからに修羅場をくぐったことが伺えた。

「えっと、ネーアさん大丈夫ですか?」

「にゃー、途中で仕事終わりの人たちが大量にやってきて死にそうになった」

俺たちが営業していたのは午前中から昼過ぎだ。

日中、仕事で買いにこられなかった労働者層が一気に押し寄せてきててんてこ舞いになったらしい。波を越えて落ち着いたように見えたが、次なる大きな波が控えていたとは予想外だ。

「頑張ったよ、あたし……」

「お疲れ様でした、ネーア」

「本当にありがとうございます」

精魂尽き果てた様子のネーアに俺とメルシアは優しく労いの言葉をかけた。

ぐったりとしたネーアを休ませ、屋台の片づけは俺とメルシアでテキパキと終わらせる。

とはいっても屋台をきっちりと洗浄して、道具類はマジックバッグに収納していくだけなので後片付けはすぐに終わった。

屋台と木札を返却し、受付で退却手続きを終えるとすんなりと自由市を出ることができた。

その頃には太陽が落ちてきて夕方に差し掛かる頃合い。

ゴーレム馬を使えば、薄暗くなるギリギリ前くらいにはプルメニア村に戻ることができるだろう。

外壁の外に出て、マジックバッグからゴーレム馬を三台出す。

「さあ、帰りましょうか」

「ねえ、あたしへのお土産は……?」

ゴーレム馬に跨ったところでネーアがポツリと尋ねた。

そういえば、屋台を任せる時にそんなことを言っていたような気がする。

買い物するのに夢中ですっかり忘れていた。

「もしかして忘れていたの!?」

「安心してください。ネーアの好きなワインを買ってきてありますよ」

「本当!? さすがはメルシアちゃん!」

すっかり忘れていた俺と違ってメルシアはちゃんとお土産を買っておいたようだ。

マズい。俺だけ何も用意してなかったとなると怒られてしまいそうだ。

「俺からもお土産がありますよ」

実際には忘れていて買ってなどいないが、お土産となるものなら持っている。

「おお、イサギさんは何をくれるの?」

「塩と砂糖です」

自信満々に品を告げると、ネーアが露骨にがっかりとした顔になった。

「……イサギさん、それはないよー」

「ただの塩と砂糖じゃないですよ!? 錬金術で不純物を取り除いた高品質の塩と砂糖なんです! 実際に買おうとしたらかなり高いですし、この辺りは滅多に手に入れられませんよ?」

「実用的なのは認めるし、嬉しいんだけど情緒がない」

俺が熱弁してみるも、ネーアはバッサリと切り捨てた。

「では、その砂糖を使って私がお菓子を作ってあげますよ」

「ほら、イサギさん! こういうの! こういうのだよ!」

極めて実用的で貰ったら嬉しいのであれば、それで十分じゃないか? ネーアに言わんとすることが俺にはわからず、帰り道の間ずっとからかわれるのであった。





ゴーレム馬を一時間半ほど走らせると、プルメニア村に戻ってきた。

町に行くのも楽しかったが、やはり生活拠点となっているプルメニア村の方が落ち着くな。

まだここに住んで半年も経過していないが、俺の中でこの村はしっかりと帰るべき場所として認定されているようだ。

農園で働く従業員たちは既に作業を終わらせているのか、それぞれの家に戻っている。

同様に同行してくれたネーアにも礼を告げると、そのまま家に帰ってもらった。

あまり遅くまで付き合わせるとネーアの家族も心配するだろうからね。

ゴーレム馬をマジックバッグに収納すると、俺とメルシアは自宅へと戻った。

「今日はもう遅いし、夕食は大丈夫だよ」

「いえ、こういう疲れた時こそ、イサギ様にはしっかりとした食事を召し上がっていただきませんと。夕食も私に作らせてください」

今日はかなり忙しかったので気遣っての提案だったが逆効果だったみたいだ。

逆にメルシアは燃え上がっている様子。

きっと、俺一人だと適当に済ませると思っているんだろうな。正解です。

今日はもう食べなくていいんじゃないかと思っていました。

「わかった。それなら頼むよ」

「はい、イサギ様はゆっくりなさってください」

かといってメルシアの言われるままに寛ぐのは申し訳がないので、俺は奥にある作業部屋に籠って髪飾りを作ることにした。

マジックバッグからベースとなる魔力鉱やサファイアなどの宝石を取り出す。

どちらも既に不純物は取り除かれているので、このまま加工開始だ。

魔力鉱に魔力を込めて、ミレーヌの露店で見た髪飾りの形にしていく。

植物の葉っぱをイメージして、ゆっくりと変質させていく。

魔力鉱に魔力を込めて変質させるのは錬金術を使って物質を変質させる工程にとても良く似ている。そのためにこういった装飾品を作るのも俺は得意なようだ。

「意外とやれるな」

装飾品を作るのは初めてなのでもっと苦労すると思ったが、これならすぐにいい出来栄えのものができそうだ。

縁をしっかりと丸め、宝石を埋められるようにしっかりと凹みをつける。

錬金術でサファイアを小さなサイズに分離し、葉っぱの形に変形させると、凹みをつけた魔力鉱に埋める。固定に関しては魔力鉱に魔力を込め、サファイアを包み込むようにすることで外れないようにした。

「うん、思っていたよりもずっといいんじゃないかな」

あらかた出来上がったものを見てみると、中々の出来栄えとなった。

ただサファイアの輝きにバラつきがあるような気がする。

もっと色々な角度から綺麗に輝くようにひとつひとつの表面を削ってみよう。

そうやって作業に没頭し、調整を繰り返すことしばらく。

俺はようやく満足のいく出来栄えのものを完成させることができた。

大雑把な形ならすぐに再現することができたが、細かい見た目や宝石の光り方、全体的なシルエットなどを拘り、メルシアに似合うようにアレンジしてみたら時間がかかってしまった。でも、その甲斐だけあっていいものができた気がする。

「イサギ様、夕食の準備が整いました」

出来上がった髪飾りを眺めていると、メルシアに扉をノックされた。

「ちょうどいいや。入ってきてくれる?」

「……? わかりました」

怪訝な顔をしながら入ってきたメルシアだが、作業台の上にある髪飾りを見て驚いた。

「これは、ミレーヌの露店であった髪飾り? いえ、それよりもずっと綺麗です」

露店で凝視していただけあって、メルシアはすぐに何かわかったようだ。

良かった。露店で見たものよりもチープだなんて言われたら心が折れていたところだ。

「メルシアに似合うと思うんだけどどうかな?」

「これを私にいただけるのですか?」

「うん。日頃お世話になっているからお礼にプレゼントしたいと思って。受け取ってくれるかな?」

「お礼だなんてとんでもございません。でも、ありがとうございます。とても嬉しいです」

手渡すと、メルシアは嬉しそうに受け取ってくれた。

それから両手の上に髪飾りを載せて、宝物のようにジーッと見つめる。

「あの、ここで付けてみてもいいですか?」

「もちろん」

頷くとメルシアは髪飾りをつけた。

「どうでしょうか?」

「メルシアの綺麗な黒髪と相まって綺麗だ。とても似合っていると思うよ」

「ありがとう……ございます」

素直に感想を言うと、クールなメルシアにしては珍しく顔を赤くして俯いてしまった。

ミレーヌでは自分には似合わないなどと言っていたけど、こういった装飾品をつけるのが恥ずかしくて言ってしまっただけなのかもしれない。

嬉しそうに髪飾りを触るメルシアの姿は、いつもの落ち着いた姿と違って年相応の女の子に見えた。