「ふう、ようやく波が落ち着いた」
屋台で果物やジュースを売り続けること数時間。
大勢のお客が捌け、ようやく俺たちも一息つけるほどの時間ができた。
「想定以上の勢いでしたね」
「うん、まさかここまで忙しくなるとは思わなかったよ」
飲食店経営者はこれを毎日のように行っているのかと思うと畏敬の念でいっぱいだ。
果物やジュースを買った者からの口コミで、ちょいちょいと買いにくる客はいるがピークは完全に越えたといっていいだろう。
「在庫は減りましたか?」
「かなり減ったよ。これでマジックバッグの容量にも少し余裕ができたかな」
さすがに何百キロという数の果物を屋台ですべて捌き切るのは不可能だ。それでもかなりの数の果物が売れていることだし、ミレーヌにやってきた大きな目的は達したと言ってもいいだろう。
「あっ! そういえば、買い物もしないといけないんだったよね?」
ミレーヌの目的といえば、町での買い物も一つの目的だ。
切らしてしまった生活用品の仕入れをしたいとメルシアが言っていた。
「イサギさんとメルシアちゃんは用事を買い物に行ってきてもいいよー?」
「ネーアさんだけに任せるわけにはいきませんよ。俺も残ります」
「可愛いメルシアちゃんを一人で買い物に行かせる気!? 忙しさも大分マシになったから一人でも問題ないよ。ほら、二人ともいったいった!」
遠慮しているとネーアに背中を押されて俺とメルシアは屋台の外側へと押し出される。
この強引さがネーアの気遣いだとわかった俺は、それ以上遠慮の言葉を述べるのをやめた。
「ありがとうございます、ネーア」
「お礼にお土産を買ってあげるから」
「にゃー! イサギさんはわかってるー! 楽しみにしてるからね!」
屋台で一人残ってくれたネーアを残し、俺とメルシアは歩き出すことにした。
「さて、何を買いに行くんだい?」
「付いてきてくださるのですか?」
ひょっとして別々行動になると思っていたのだろうか?
メルシアの買い出しのほとんどは俺の生活に必要なものがほとんどだ。自分が生きていくのに必要なものの買い物を面倒くさがったりはしない。
「俺がいれば荷物の持ち運びも楽だからね」
「ありがとうございます。では、遠慮なく回らせていただきます」
自由市を出ると、メルシアが先頭を歩いて進んでいく。
何度も来たことがあってミレーヌの地理についても詳しいようだ。反対にほとんど土地勘のない俺はメルシアの後ろを素直についていく。
メルシアが最初に向かったのは調味料屋だ。
煉瓦造りの店内にはたくさんの棚が並んでおり、そこには瓶に入った塩、胡椒、ハーブ、合成調味料、液体調味料といったものがズラリと並んでいた。
さすがは町だけあって調味料の類もバリエーションが豊富だ。帝都ではまったく見たことのない調味料もあって興味深い。
「塩と砂糖を一キロずついただけますか?」
キョロキョロと店内を眺めていると、メルシアは慣れた様子で店員に話しかけた。
膨大な量となると店員に話しかけて交渉するのが手っ取り早いようだ。
「一キロで塩が金貨二枚、砂糖が金貨三枚になります」
調味料はそれなりに貴重品だ。少量ずつであれば一般的な平民でも買うことができるが、これだけの量を一般的な家庭が買うことは難しいだろう。
「かしこまりました。中を確かめさせてもらっても大丈夫ですか?」
「構いません」
これほどしっかりとしたお店ならないだろうが、悪質なお店だと上部分だけ本物で下半分はまったくの別物だったりすることもある。しっかりと中を改めるに越したことはない。
「……うん?」
「どうされましたか、イサギ様?」
「いや、不純物が多いなって思って」
革袋に入った塩や砂糖を確認すると、少し茶色っぽくなっている部分もあり不純物が多いと感じた。
「申し訳ありません。こちらとしても気を付けて作っているのですが、どうしても一定量は混ざってしまうのです」
物質の構造を見抜ける俺の瞳には、塩田の泥や鍋の錆、長時間の輸送により砂埃といった不純物が多く見えた。このままでも問題はないだろうが、進んで食べたいとは思わない。
「なら、取り除いちゃおう」
俺は錬金術を発動し、塩と砂糖に含まれている不純物を除去する。
すると、テーブルの上には真っ白な塩と砂糖が入った革袋が並び、傍らには茶色い不純物の塊が鎮座した。
それを見た店員が驚愕する。
「塩や砂糖がこんなにも真っ白に!? これは一体……!?」
「錬金術で不純物を取り除いただけですよ」
「……お客様、一つご相談があるのですが」
「他の塩や砂糖の不純物も除去してほしいんですよね?」
「話が早くて助かります」
なにせ店員からその提案を出させるために、わざわざ目の前で錬金術を使ってみせたんだからね。
店員との交渉の結果、お店にある在庫の塩と砂糖の不純物を除去する代わりに、塩と砂糖を三十キロほど無償で貰うことができた。
革袋にぎっしりと詰まった大量の塩と砂糖をマジックバッグに収納する。
「イサギ様のお陰で出費を抑えることができました。ありがとうございます」
「役に立てたようで良かったよ」
「最後は熱烈なお誘いを受けていましたね」
熱烈なお誘いというのは、店と専属契約をしないかと言われたことだ。
お店側は不純物の一切ない高品質な塩と砂糖を富裕層に売って儲けることができるので、俺たちに無償で渡してくれた値段以上に利益を上げることができる。
それが今後も続くとなるとお店は今まで以上の収益を上げることができるので、店員が血走った目で契約を持ち掛けるのも無理はない。
「不純物を除去するだけの作業なんて絶対に嫌だよ。俺はお金稼ぎをしたくて錬金術をやっているわけじゃないから」
もちろん、生きていくのにお金は必要だが、それに縛られるだけにはなりたくはない。
「わかっておりますよ。だからこそ、私もイサギ様を支えていきたいと思えるのです」
「ありがとう」
なんだかそんな風に面と向かって言われると気恥ずかしくて仕方がないや。
「次の買いにいくのはなにかな?」
「お次は食器屋、その次は布屋です」
あからさまな話題転換にメルシアはクスリと笑いながらも乗ってくれた。
メルシアと一緒に次のお店に移動していると、通りにやたらと露店が立ち並んでいることに気付いた。
視線を向けてみると、指輪、首輪、腕輪といった装飾品などが売っているようだ。
それを見に来ている女性客やカップルなどで賑わっており、他の場所よりも華やかな印象を受ける。
「メルシア、ちょっと見にいってもいい?」
「構いませんよ」
完全に買い物とは別の道草になるが、こういうのも町で買い物をする時の醍醐味だろう。
俺とメルシアは近くの露店へと近寄ってみる。
露店にはたくさんのケースが並んでおり、そこには指輪、首輪、腕輪などがズラリと並んでいる。
基本となる素材は魔力を込めることで変形する魔力鉱を使っているようだ。
それを自在に変形させて花にしたり、ハートにしたり、動物や魔物などを象っている。
帝都で貴族たちが身に着けているギラギラとした装飾品よりも、こっちの方が俺は好きだな。
そんな風に思いながら眺めていると、ふと気になる装飾品を見つけた。
「んん? このちょっと大きな丸い輪はなんだろう?」
指輪にしては大きすぎるし、腕輪にしては少し細いような気がする。
「それは耳輪ですね」
「耳輪? ああ、獣人の耳につける専門の装飾なんだ」
首を傾げていると、メルシアが自身の耳を指しながら教えてくれた。
獣人には人間族よりも大きく象徴的な耳がある。この輪っかは獣人の大きな耳につけるための装飾品のようだ。
「へー、面白いや」
「装飾品に興味がおありなのです?」
感心しながら見ていると、メルシアが尋ねてくる。
「錬金術のためにだよ。こういったデザインはアイテムや魔道具を作る時の装飾として参考になるんだ」
俺自身は装飾品をつけることに興味はない。あくまで錬金術のためだ。
そのように答えると、メルシアは納得したように頷いた。
それにしても獣王国の装飾品はとても面白い。やっぱり、帝国とは文化も違うし、生息する植物や生き物が違うからだろう。装飾品のモチーフとしてそれらも反映されており、見ているだけで楽しい。
夢中になって装飾品を眺めていると、メルシアがジーッと装飾品を見つめているのに気付いた。
彼女の視線の先を辿ってみると、青系統でまとめられた髪飾りが並んでいた。
魔力鉱で象り、青い宝石が埋め込まれて花を表現したり、植物の葉っぱを表現したりしている。メルシアはああいった感じの髪飾りが好きなのだろうか。
「気に入ったのでも何かあった?」
「いえ、私にはこういったものは似合いませんので」
尋ねてみると、メルシアはぷいっと顔を背けて言った。
メルシアならきっと似合うと思うんだけどな。
気に入っていたのであれば、日頃のお礼も兼ねて買ってあげたいと思っていたんだけど頑なにああ言われては提案しにくい。
買うのが難しいなら俺が作ってみようかな。幸いにしてベースの材料は魔力鉱だ。
山で採掘した分がたんまりとあるし、宝石類も微量ではあるが持っている。
髪飾りを作るくらいなら問題ないだろう。
「イサギ様、もうよろしいでしょうか?」
「うん、時間を取らせちゃったね。そろそろ買い物に戻ろうか」
メルシアが気にしていた髪飾りのデザインを脳裏に焼き付けると、俺は買い物に戻った。