ゴーレム馬を走らせること一時間半。俺たちはミレーヌの町にやってきた。
目の前には灰色の大きな外壁がそびえ立っており、その下には大きな門がある。
「本当に短時間で着いちゃった」
「思っていた以上にゴーレム馬が速かったですね」
出発する際は三時間かかるだろうと思っていたが、ゴーレム馬の速度が予想以上で半分の時間でたどり着くことができた。
馬車を使えば、半日はかかるのでゴーレム馬の速度がどれだけデタラメかわかることだろう。
「この速さでやってこられるのであれば、今後も気軽にやってくることができそうです」
メルシアがどこか嬉しそうに呟く。
これだけ短時間でこられるのであれば、頻繁にやってくることは可能だ。
ゴーレム馬さえあれば、もっと気楽に買い物にやってこられる。
これがわかっただけでも今日は大きな収穫と言えるだろう。
とはいえ、今日の目的は持て余している在庫を減らし、お金を稼ぐこと。
きちんと町で作物を売らないとな。
門の前では鎧を身に纏に、槍を手にした騎士のような者が商人や旅人をチェックしている。
ゴーレム馬を降りてマジックバッグに収納すると、俺たちも同じように列に並んで。
列が進んでいくと、俺たちの番となる。
名前を告げ、どこからやってきて、どのような目的があるのかなどを告げると、すんなりと通された。
門をくぐると、石畳の道に煉瓦造りの建物が目に入った。
プルメニア村よりも建物が大きく数も段違いだ。
獣王国の町なので住んでいる人のほとんどが獣人。
だけど、ほんの少しだけ人間族、ドワーフ族、エルフ族などの他種族もチラホラ確認できる。
人口が多いだけあって他種族の割合もそれなりにいるようだ。
さすがに帝都のように栄えてはいないが、ミレーヌも十分に栄えている町だと言えるだろう。帝都は腐っても大国の首都だ。比べるのがおかしい。
「イサギさんはミレーヌにやってくるのは初めて?」
「プルメニア村にやってくる前に通りましたよ。とはいえ、馬車の乗り換えをしただけで本当に通っただけなんですけどね」
ここにやってきたのは本当に馬車の乗り換えのためだけだ。やってきてすぐに馬車を乗り換えて、出発しただけなので滞在していたとは言えないだろう。
「そうなんだ。じゃあ、今日はゆっくり見て回りなよ」
「そうですね。仕事がひと段落つけば」
興味の赴くままに見て回りたいが、それは仕事を終えてからだ。
「個人で商売をするにはどうしたらいい?」
こういった町では、周囲の集落や村からやってきた人、あるいは旅人のような者が商売できるようなシステムがあるはずだ。ミレーヌにやってくる前にメルシアから自由に商売ができると確認済みだ。
「自由市で手続きをしてお金を支払えば、貸し与えられた場所で商売をする権利を得られます。追加でお金を払えば、場所だけでなく小さな店や屋台も借りることもできますが、今回はどういったものを売るおつもりでしょう?」
「果物を売ろうと思う。それだけじゃなくて、ブレンダーで作ったフルーツジュースも提供してみようかなって」
在庫の多くを占めているのは品種改良した果物たちだ。
できれば、それらを商売品として扱って消費したい。
「なら、屋台形式で問題ないんじゃないかな? 果物とフルーツジュースならそんなに場所も必要ないし」
「私も問題ないと思います」
「わかった。なら、それでいこう」
ミレーヌについてはネーアやメルシアの方が詳しいので、俺は素直に従うことにした。
町の中心部分に向かっていくと、自由市にたどり着いた。
区画内には様々な屋台や店が立ち並んでおり、雑多な印象を受ける。
入り口の横では仮設テントが立っており、テーブルの傍には受付員がいた。
メルシアが受付に向かうと、基本プロフィールなどを記入。
お金を払って黙札を受け取ると、裏口に回って貸出用の屋台を受け取った。
そのまま自由市に入ると、木札の示す場所へと移動。
俺たちが商売できる場所は自由市の入り口に比較的近いところだった。
「さて、品物を出していこうか」
屋台をテキパキと設置していくと、俺はマジックバッグから果物を出していく。
イチゴ、リンゴ、バナナだけでなく、最近品種改良に成功したモモ、オレンジ、ナシなんかも陳列していく。
「よし、これで準備完了」
「えー、このままじゃ面白くないよ!」
木箱に入れた果物を並べると、ネーアからそんなことを言われた。
これにはメルシアも俺もキョトンとしてしまう。
「面白い、面白くないは関係ないのでは?」
「そうそう。うちの果物は美味しいんですから」
「そんなのお客さんにはわからないじゃん?」
「……食べてもらえればわかります」
「そこに行くまでが遠いんだよ。きちんと手に取ってもらえるように工夫しないと」
確かにそれはそうかもしれない。
だけど、商売とは無縁の生活をしていた俺とメルシアにはどうすればいいかわからない。
俺は素直に助言を求めることにした。
「具体的には?」
「可愛い容器とか持ってない?」
「村で買った蔓籠ならたくさんありますけど?」
「いいね! それ出して!」
頼まれて、俺はプルメニア村で買った蔓で編まれた籠を出していく。
すると、ネーアは木箱からリンゴ、バナナ、オレンジ、モモ、ナシを少しずつ取っていって籠の中に詰め始めた。
「じゃーん! 果物詰め合わせセット! これなら見ためも鮮やかだし、お土産にも買いやすい!」
離れたところから屋台を見てみると、ネーアが詰め合わせてくれた果物セットがかなり目立っていた。
「これいくらかしら?」
これはいいかもしれないなどと思っていると、屋台に女性獣人がやってきた。
まさかもう客が来るとは思っておらず、価格設定もまともにしていなかった。
咄嗟にメルシアに視線をやると、指を三本立ててくれる。
「銀貨三枚になります」
「一ついただくわ」
果物なので少し根が張るのだが、女性獣人は気にすることなく銀貨三枚を払ってくれた。
そして、そのまま果物が入った籠を持って去っていく。
「すごいですね、ネーアさん! 早速一つ売れましたよ!」
「まあ、こういうところで物を売るのは初めてじゃないから」
賞賛すると、ネーアは照れくさそうに笑った。
どうやら今までの経験からくるやり方らしい。
「細かい陳列はネーアさんに任せてもいいですか?」
「任せて! 蔓籠以外にも容器があれば、出してくれると助かるよ!」
ネーアに言われるままにマジックバッグから容器を出していく。
それらの使用法はネーアに任せて、俺は詰め合わせセットを量産していく。
メルシアはジュースのための仕込みとして果物をカットしていき、看板などを立てて品物の値段を記していく。
そんな作業をしている間にぽつぽつとお客さんがやってきた。
「うん? 随分と時期外れの果物がないか?」
どうやら売っている果物に季節外れのものがあるので怪訝に思っているようだ。
モモやバナナはともかく、他の果物なんかは明らかに季節外れなのでそう思うのも無理はない。
とはいえ、言われっぱなしではうちの果物のイメージが悪くなるので、きちんと説明しておかないとな。
「うちの農園ではどのような季節でも美味しくできるように育てているんですよ」
「どうやって?」
「それは秘密です」
誰もが真似できるわけではないが、言い触らす必要もないことだ。
とはいえ、肝心なところをはぐらかしたせいで声をかけてきた獣人の不信感は高まっている様子。
「……こんな時期に育ったイチゴが美味いのか?」
「でしたら一つ味見はいかがです?」
どう説明すれば、納得してくれるだろうと悩んでいるとジュースのための食材をカットしていたメルシアがイチゴを差し出した。
「もちろん、お代はいただきません」
「お、おお。それなら食べてやるよ」
メルシアのイチゴを受け取ると、獣人はパクリと口に放り込んだ。
「う、うめえ! なんだこりゃ!? 俺の知ってるイチゴじゃねえ! 甘みが段違いだ!」
そうだろう、そうだろう? 理想のイチゴを探求するべき、何度因子の組み換えや配合を繰り返したことか。
「このイチゴをくれ!」
不信感を抱いていた男性も品種改良したイチゴの前にはイチコロだった。
「ありがとうございます!」
「イチゴオーレというジュースもありますがいかがです?」
「なに? それも貰おう!」
イチゴがお好きなようなので勧めてみると、案の定そちらも買ってくれた。
メルシアがカットしたイチゴやミルクをミキサーに入れる。
ボタンをポチッと押すだけで中にあるイチゴが砕かれて、ミルクと混ざり合う。
あっという間にイチゴオーレが出来上がり、コップへと注がれた。
男性はコップを受け取ると、勢いよく傾けて喉を鳴らした。
「こっちも美味い! イチゴとミルクの優しい甘みが抜群だ!」
恍惚の表情を浮かべながら感想を述べる男性。
見ているこっちが嬉しくなるような顔だ。
どうやらジュースの方も気に入ってくれたらしい。
「なあ、そのジュース私にもちょうだい」
「俺にはバナナオーレっていうのをくれ!」
「こっちには果物の詰め合わせを二つちょうだい!」
俺たちと男性のやり取りで興味を引いたのか、気が付けば屋台の前には大勢の人がいた。
「はーい! 他の人の迷惑にならないように一列に並んで! 順番に対応していくからね!」
あっという間に人だかりができてあたふたしそうになったが、ネーアが速やかに整列させてくれた。
「ここはあたしに任せて、イサギさんは品物の管理をお願いできる?」
「わかったよ」
お客の対応は慣れた様子のネーアに任せ、俺は会計を手伝ったり、籠に果物を詰めたりと裏方に徹することにした。