ワンダフル商会との取り引きが終わった後、俺は農作業の指揮をしているメルシアに先ほどの出来事をかいつまんで話した。

「そういうわけで余った果物を町に売りに行こうと思うんだ」

「良いと思います。ちょうど生活用品を買い足したいと思っていたところでしたので私としても助かります」

町に作物を売りに行くことはメルシアも賛成のようだ。ついでに他の用事も消化できるのであれば、一石二鳥だろう。

「にゃー! 町に行くならあたしも連れてって!」

メルシアと町に行く段取りを話し合っていると、近くにいたらしいネーアが言ってきた。

どうやら作業をしながら聞き耳を立てていたらしい。

「どうして行きたいんです?」

「あたし、この農園で作った作物の美味しさをもっと皆に知ってもらいたいんだ!」

メルシアが尋ねると、ネーアが拳を握りながら熱く語った。

実に嘘くさい理由である。

普段から勤務態度が真面目なラグムントであれば、信用したかもしれないが、のらりくらりとやっているネーアの口から出たともなれば信用値は無いに等しい。

「で、本当の理由は?」

「仕事ばっかりで疲れた! たまに町に遊びに行きたい!」

改めて尋ねると、ネーアが実に素直な理由を吐いてくれた。

「にゃっ! しまった! イサギさんにハメられた!」

「いや、勝手に自分で吐いただけじゃないですか」

「とにかく、あたしも町に行きたい! 行きたいにゃ!」

やましい部分を疲れるも悪びれることなく、むしろ開き直ってみせるネーア。

この間、従業員たちの気分転換にピクニックに連れていったが、やはり町に行くのは別格のようだ。

「遊びに行くのではなく、あくまで仕事ですよ?」

「別にいいの! 村の外に行けるだけで気分転換になるから!」

ネーアの言葉を聞いて、メルシアが困ったようにため息を吐いた。

そして「どうしますか?」とばかりの視線を向けてくる。

「それじゃあ、ネーアさんに付いてきてもらいましょう」

「やった! それじゃ、準備してくるから待ってて!」

俺が了承すると駄々をこねていたネーアはすぐに動き出して、テキパキと仕事道具を片付け出した。

この後、行う作業もゴーレムにしっかりと引き継がせているのでぬかりは無い様子。

「私の幼馴染だといって気を遣っていませんか?」

「そういうわけじゃないよ。町で作物を売るにしても二人だとかなり忙しくなりそうだし、従業員の中ではネーアが一番接客できそうだし」

単純に俺たちの忙しさが分散するというのもあるが、こういう仕事はコミュニケーション力の高い彼女に向いていると思った。

決してメルシアの幼馴染だからとかいって甘やかしているわけではない。仕事なのでネーアにはしっかりと働いてもらうつもりだ。

「確かにそれもそうですね。接客の方はネーアに頑張ってもらいましょう」

メルシアがクスリと笑うと、後片付けをしていたネーアがぶるりと身を震わせていた。





「準備できたよー!」

準備を整えたらしきネーアがやってくる。

服装は作業着から着替えており、綺麗目なシャツに短パン、ストッキングといった私服になっていた。快活なネーアの雰囲気と実にマッチしている。

「着替えたんですね」

「そりゃ町に行くんだから当然だよ」

町に出る以上はそれなりに格好を整えておきたいというのが乙女心らしい。

一方メルシアは変わらずメイド服だ。

「メルシアちゃんも、たまには可愛いお洋服とか着よう?」

「今回は仕事ですので」

「ええー、つまんないー。メルシアちゃんの可愛いお洋服姿も見たいー」

それには同感だったが、今回は仕事で向かうのであまりグダグダしていられない。

「ここからだと、どこに売りに行くのがいいかな?」

なんとなくプルメニアの周囲の地形は把握しているが、どこの町に売りにいけばいいのかまではわからない。

「ここに来る途中に立ち寄ったミレーヌが良いかと思います」

ミレーヌというのは、俺とメルシアが帝国からやってくる途中に立ち寄った町だ。

プルメニア村からもっとも近い位置にあり、町の外にある集落や村から品物を売りに来る人たちが多く、活気のあった町だと思う。

「馬車で半日くらいの距離だね。今から急いで向かえば、ギリギリ夜までには戻ってこられるかな?」

「いえ、ゴーレム馬を使えば、三時間もかからないと思いますよ」

「そっか! あたしたちにはイサギさんの作ってくれたゴーレムがあるもんね!」

馬車を使えば片道で半日かかるだろうが、ゴーレム馬に乗っていけば大幅に時間は短縮できるだろう。

マジックバッグから量産したゴーレム馬を三台取り出す。

ワンダフル商会に素材を集めてもらったお陰でゴーレム馬の量産もしっかりとできており、農園で十台ほどが常に設置されているほどだ。

前回のようにメルシアに二人乗りをさせるような苦労はさせない。

だというのに、どことなくメルシアが不満そうな顔をしている気がした。

「どうしたの?」

「……いえ、なんでも」

尋ねてみると、メルシアは曖昧な返答をしながらゴーレム馬に跨った。

もしかして、ゴーレム馬の造形美に不満があるのだろうか? いや、前回と同じ見た目をしてるし違いはないんだけど……。

次にゴーレム馬を作る時は、もうちょっと見た目を意識して作ってみよう。

なんてことを考えながら俺もゴーレム馬に跨る。

「それじゃあ、行こうか」

ネーアも無事に跨って出発準備が整ったのを確認すると、俺はゴーレム馬を走らせた。

ゴーレム馬の脚が力強く地面を蹴ってドンドンと前に加速していく。

風を切って進む感覚が気持ちいい。本物の馬に乗っているかのような心地良さだ。

「ねえねえ、村の外だからもっとスピードを出してもいいよね?」

しばらくゴーレム馬を走らせていると、並走しているネーアが言ってきた。

農園内や村内で使われているゴーレム馬であるが、交通事故を懸念して高スピードで走らせることを禁止している。

しかし、ここはもうプルメニア村内ではない。ここまでやってくれば道を歩く人はほぼいない上に、視界が十分に開けているので仮に歩いている人がいても事故を起こすことはないだとう。

「そうですね。思いっきり走らせてみますか」

右足側にあるペダルを強く踏み込むと、内臓されている魔石が唸りを上げてゴーレム馬が一気に加速した。

あまりの速さに身体が流されそうになり慌てて手綱を強く握り占めた。

ペダルを踏みこんでいくと、ゴーレム馬はまだまだ加速していく。

「やっほー!」

「中々の速さですね」

同じようにペダルを踏みこんで加速させているネーアとメルシア。

ネーアは気持ち良さそうな声を上げており、メルシアは涼しそうな顔をしている。

あまりの速さに俺はおっかなビックリといった様子だけど、二人とも平気なようだ。

獣人だから本気で走れば、これくらいの速度が出るのかもしれないな。

未だに最高速ではないが、馬を全力で走らせた速度よりも速い。

ゴーレム馬を作ったのは俺自身なので馬力の強さはわかっていたが、想像以上だ。

徐々にスピードにも慣れてきて俺の心にも余裕が出てくるようになる。

速く走るって、こんなにも気持ちがいいんだ。

気が付けば俺もペダルを強く踏み込み、ネーアと同じように声を上げていた。