「ワンダフル商会のコニアなのです! 作物の買い取りにやってきたのです!」

朝食を食べ終えると、玄関先から元気のいい声が響いた。

農園ができてから何度も行われているやり取りなので慌てることはない。

返事をすると、作物が大量に収容されているマジックバッグを手にして外に出る。

扉の傍にはコニアがちょこんと立っていた。今日も大きなリュックを背負っている。

敷地内には何台もの馬車と屈強な犬獣人たちが並んでいるが、これも見慣れた光景だ。

「おはようございます、イサギさん!」

「おはよう、コニア。いつも通り作物の買い取りだね?」

「はい! お願いするのです!」

要件を聞いたところで俺はマジックバッグを解放し、庭にドンドンと作物が収納された木箱を置いていく。

小麦、野菜、果物、薬草、山菜などと多岐に渡る作物がズラリと並んだ。

「確認なのです!」

「「はっ!」」

いつもの定量を放出すると、コニアの号令で犬獣人たちが動き出した。

ひとつひとつの木箱の蓋を開けて作物を確認していく。

こちらでも厳重に作物の状態などはチェックしているが、万が一があってはいけないので確認作業は大事だ。

「メルシアさんから手紙で聞いたのですが、農園の警備に魔物が加わっているとは本当なのですか?」

確認作業が終わるまで俺とコニアは待機となるので、この時間はいつも雑談がとなる。

「ええ、シャドーウルフとブラックウルフたちが警備についてくれますよ」

「どちらにいるのでしょう?」

小さな丸い尻尾を振りながら周囲を眺めるコニア。

魔物を警備に就かせていると聞いてもこの反応。

どうやら魔物を使役する、あるいは共生することに関してはプルメニア村の住民だけでなく、獣人全体として受け入れられているようだ。

言葉を話せるコクロウでも呼ぼうと思ったが、付近にはいない様子。

いつもどこかしらの影に隠れているのでこちらから見つけられないのが難点だ。

用が無い時は無駄に絡んでくるんだけどな。

コクロウがいないならばブラックウルフでもいいだろう。

「あそこのゴーレムの裏にブラックウルフがいますよ」

「本当なのです!」

「呼んでみましょうか?」

「お願いするのです!」

提案すると嬉しそうにコニアが頷いたので俺はブラックウルフに声をかけた。

個体によっては素っ気なくて呼んでも来てくれない奴もいるのだが、今回のブラックウルフはとても素直な個体のようだ。すくっと立ち上がってこちらに駆け寄ってくれた。

お礼にスイカを一切れ渡すと、ブラックウルフは嬉しそうにパクリと食べた。

「ふあああ、ブラックウルフなのです! イサギさん、触ってみても?」

「本人が許すのであれば問題ないですよ」

俺は撫でるのがヘタらしいので逃げられるが、獣人であるコニアであればツボを抑えているので問題ないだろう。

コニアがおそるおそる手を伸ばす。

それに対してブラックウルフはジーッと佇んでいたかと思いきや、急に跳躍してコニアの帽子を奪った。

「あっ! 私の帽子! 返すのです!」

尻もちをついたコニアはすぐに帽子がなくなったことに気付き、ブラックウルフを追いかけた。

コニアの反応を面白がってブラックウルフは逃げていく。

コニアも必死で追いかける。

身体は小さくてもさすがは獣人。短い手足からは想像もつかない速度だが、相手が俊敏性特化のブラックウルフとあっては分が悪いようだ。

というか、あんなに大きいリュックを背負ってよくあれだけ走れるな。

「こうなったら本気を出すのです!」

距離を詰めることができないことに焦れったくなったのか、コニアが遂に大きなリュックを下ろした。

すると、コニアの速度が爆発的に早くなって、瞬く間にブラックウルフに追いついた。

「獲ったのです!」

威勢のいい声を上げながら帽子を咥えたブラックウルフに飛びつくコニア。

しかし、次の瞬間ブラックウルフが影に沈んだ。

「ええええええええええ!」

目標を見失ったコニアは地面に見事なダイビングを決めることになった。

派手に土を撒き上げてコニアが転ぶ。

「ふえええ、急にブラックウルフがいなくなったのです」

「残念だったな小娘よ」

よろよろと上体を起こした先にはコクロウが意地の悪い笑みを浮かべていた。

ブラックウルフが捕まりそうになった瞬間に影へと移動させたのだろう。

実に性格が悪い。

そんなコクロウを前にしてコニアは怒るでも怯むでもなく、すぐに相手に飛びついた。

「シャドーウルフさん、捕まえたのです」

「なっ! 離せ小娘!」

まさか、初対面でいきなり抱き着いてくるとは思わなかったのだろう。

コクロウが動揺しながら身をよじる。

だけど、コニアはがっしりと抱き着いていて離れない。

「帽子を返してくれるまで絶対に離さないのです!」

身体は小さくとも身体能力は立派な獣人だ。あのように抱き着かれてはコクロウであっても容易に剥がすことはできないだろう。

「我が持っているわけではない!」

「あなたが魔物のリーダーなので、あなたが命令すればブラックウルフは返してくれるのです!」

「おい! 貴様、こいつをどうにかしろ!」

コニアの賢い行動に感心していると、コクロウがこちらを見ながら言ってくる。

「いつもみたいに影に逃げればいいじゃん」

「こんな風に纏わりつかれていては影に入ることもできん!」

便利な能力だが、それなりに制約もあるようだ。

「素直に帽子を返してあげればいいじゃん」

「それでは面白みがないであろう?」

本当にこいつという奴は……

「返してください!」

「くっ、わかった。返してやるから耳元で叫ぶな」

コニアを引き剝がさそうとしていたコクロウであるが、コニアの音響攻撃に折れたのか素直にブラックウルフを呼び寄せて帽子を返却した。





「コニアさん、収穫した作物をもう少し買い取っていきませんか?」

帽子を取り返して満足そうにしているコニアに俺は話しかけた。

「それは取り引きの量を増やしたいということなのです?」

「はい」

現状、農園での生産はワンダフル商会、コクロウやブラックウルフたちに支給する分を差し引いても多い。余っている分はマジックバッグに収納されているのだが、バッグの肥やしにばかりするのもどうかと思うのだ。可能なのであれば、もう少し多く買い取ってもらいたい。

「具体的にどのくらいの増量なのです?」

「現状の一・五倍くらいの量でいかがでしょう?」

具体的な数字を提示すると、コニアは腕を組んで唸った。

「……嬉しいご提案ではあるのですが、今すぐにというのは難しいところなのです。積み込めるだけの馬車が足りないですし、どこに配分するかという問題もあるのです」

「そうですよね」

さすがに今すぐに増量して買い取ってもらうというのは難しいか。コニアたちにも都合というものがあるだろうし。

「農園で生産した作物が余っているのです?」

「はい。安定して生産できるようになったのも理由の一つですが、研究で作り過ぎてしまったというのが大きな理由です」

俺が錬金術に集中できるようになった分、色々な作物の品種改良を行うようになった。

地下の実験農場で成功したものを、次は試験的に農園で育ててみる。

そんなことを繰り返していると、たくさんの作物が収穫できてしまったというわけだ。

特に最近は果物の品種改良を繰り返しているために果物余りがすごい。

ケルシーやシエナに渡したり、村人たちと物々交換をしてはいるが、それでも大量に余っている状態だ。

「それでしたら町に売りに行くというのはどうです? イサギさんの農園で育てた作物ならば、飛ぶように売れること間違いないのです!」

なるほど。自分たちで売りに行くという選択肢はなかったな。

街に売りに行くとなると作物を運ぶのがネックになるが、マジックバッグを持っている俺ならば大して苦にならない。

「ありがとうございます。早速、売りに行ってみようかと思います」

「お役に立てたようで良かったのです!」