「にゃー! 二人ともいいところにきてくれた! ちょっと大変なんだよ!」

果物畑にやってくると管理人であるネーアがすぐに寄ってきた。

いつもだったら二人乗りしている姿をからかってきたりするのだろうが、今日はそんな余裕もないと言った様子だ。

「どうしたんですか、ネーアさん?」

いつもと違う変化を感じ取った俺は、すぐにゴーレム馬から降りた。

「うちの果物畑が荒らされているんだよ!」

「ええっ!? 本当ですか?」

「ひとまず、果物の様子を確認させてください」

「わかった。こっち来て!」

彼女が案内してくれたのは果物区画の中でも奥にあるスイカ畑。

多くの蔓や葉が茂り、大玉から小玉のスイカがゴロゴロと転がっているスイカ畑だが、今日はいくつものスイカが無残にも赤い身を露出させていた。

「酷い。一体、誰がこんなことを……」

「昨晩は嵐でもありませんでしたし、ちょっとしたことでスイカがこんなに割れるとは思えません」

自然現象じゃないとなると人為的なものとなる。

村人がやっただなんて疑いたくないな。

「昨日はこんな風になっていませんでしたよね?」

「うん。あたしが仕事を終えた頃はいつも通りだった。でも、朝やってきたらこんな風になってて……」

「荒らされた果物は他にもありますか?」

「ザーッと確認した感じだとここだけだと思う」

どうやら荒らされたのはスイカ畑だけのようだ。それがひとまずの救いだろう。

「……ごめんなさい」

「ネーアさんのせいじゃないですよ」

いくら従業員とはいえ、勤務時間外の真夜中の畑まで監視するのは無理だ。

誰もネーアが悪いだなんて思うわけがない。

「ひとまず、ダメになってしまったものを回収いたしましょう」

「そうだね」

残念ながら被害に遭ったスイカは売ることができないし、俺たちで食べることもできないだろう。廃棄するしかない。

俺たちは割れてしまったスイカを回収し、箱詰めにしていく。

それと同時に割れたスイカを確認して形跡を確認。

被害にあったものを見てみると、鋭い爪のようなもので抉られていたり、直接噛み砕かれているようなものが多い。それに地面には犬のような足跡があちこちで残っていた。

「……形跡からして人がやったものじゃないね」

「はい。ほのかに野生の匂いが残っていますので動物、あるいは魔物の仕業ではないかと」

良かった。どうやら村人を疑う必要はないようだ。

「見てみて! こっちに黒い毛が落ちてる!」

声を上げるネーアの手には真っ暗な毛束が握られていた。

触ってみると、とても硬く人間や獣人の毛質とは異なっているのがわかる。

「……ブラックウルフの毛だろうね」

「触っただけでわかるの?」

「素材の情報を読み取ることには自信があるからね」

錬金術師は素材の構造を読み取ることができる。微かな痕跡さえあれば、相手の情報を読み取ることも可能だ。今回は体毛というわかりやすい素材があったので、すぐにわかった。

「となると、夜にあちらの山からブラックウルフが降りてきたということでしょう」

「多分ね。このスイカ畑は農園の中でも一番森側に近いから」

俺の農園も随分と広がったせいで西にある森との距離も近くなってしまった。

「スイカの甘い香りに誘われたか、ブラックウルフの縄張りを刺激したか……」

「なんとなく前者のような気がします」

「あたしもそう思う!」

魔物さえ食べたがるスイカとして喜んでいいのかわからない。複雑だ。

畑の周りは柵で囲っているし、ゴーレムだって定期的に巡回をさせている。

とはいえ、機動性が高いブラックウルフからすれば、柵なってあってないようにものだし、鈍重なゴーレムの目をかいくぐるのは簡単だろう。戦闘用ゴーレムならまだしも、うちの畑には農業用ゴーレムしかいないからな。

「また今夜もやってくるかな?」

「必ずきます」

不安そうに尋ねるネーアの言葉にメルシアは断定するように答えた。

一度味を占めてしめた野生の獣は必ずもう一度やってくる。

人を襲って食べたクマが、また人を襲って食べるようになるのと同じだ。

「じゃあ、どうするの?」

「広い農園を守って戦うのは難しいだろうから、こっちから討って出るよ」

相手は素早く集団行動を得意とする魔物だ。広い農園のすべてをカバーしながら戦うには分が悪すぎる。

「ネーアはラグムント、リカルドを呼んで農園を守るように言ってくれ」

「わかった!」

ラグムントとリカルドは狩人であり、いざという時の戦闘もこなせる。

仮にブラックウルフがまたやってきたとしても、彼らなら持ちこたえることができるだろう。

「でも、命を優先で頼む! 作物は作り直せても人の命は作り直せないからな!」

獣人の戦闘力の高さはメルシアから聞いているので重々承知しているが、それでも無理は禁物だ。人の命よりも大切な作物なんて存在しない。

ネーアにそのことを厳命すると、俺は近くにいたゴーレムを呼び寄せた。

「全員、作業を中断し、農園の警備を優先させること」

創造主である俺が命令すると、ゴーレムはこくりと頷いて農園の警備を始めた。

一体のゴーレムを介して、他のゴーレムにも命令が届き、続々とゴーレムが集まってくる。

農業用のゴーレムではあるが、馬力は人間とは比べ物にならない。大勢並べているだけでブラックウルフへの大きな牽制となるだろう。

残った俺は森に向かうためゴーレム馬にまたがる。

すると、メルシアが見事な跳躍で俺の後ろに乗ってきた。

「イサギ様、お供いたします」

前回の素材採取でメルシアの戦闘能力が桁外れだということは十分に理解している。

彼女の同行を拒否する理由はない。

「ちょっとスピードを出すから落ちないようにしっかりと掴まって」

「はい!」

肯定を意味する返事をすると、メルシアは嬉しそうに笑って腰に手を回した。





ゴーレム馬に乗った俺とメルシアは、ブラックウルフの生息する西の森に入る。

スイカ畑から薄っすらと直線状に足跡が残っているが、俺の目ではしっかり追うことができているか自信がない。

「メルシア、こっちの方角で合っているかな?」

「はい。足跡は依然として奥まで続いておりますし、ほのかに匂いも残っています」

「わかった」

メルシアに痕跡の観察は任せて、俺はゴーレム馬を走らせることだけに集中する。

魔石による魔力を動力としているために通常の馬よりも速く走れるが、何分周囲には木々が乱立しているし、地面にも起伏があるからな。転ばないようにしっかりしないと。

「止まってくださいイサギ様!」

しばらく真っすぐに走っていると、不意にメルシアが叫んだので急いでゴーレム馬を停止させる。急停止させたために身体がグッと前に流されたが、しっかりと手綱を握って耐えていたために落ちることはなかった。

「どうしたのメルシア?」

「ブラックウルフの匂いが一気に濃密になり広がりました。私たちはハメられたかもしれません」

疑問の言葉を発しようとした瞬間、周囲に大量の魔物の気配を感じた。

薄暗い森の中に隠れるように何体ものブラックウルフがいる。

「いつの間にこんな数が……」

「追跡している我々に気付いて誘導したのでしょう」

「いくら集団行動が得意なブラックウルフとはいえ、そんなことをできるはずが……」

基本的に魔物は人間よりも知性の劣る生き物だ。

そんな作戦を思いつけるわけがない。

となると、通常の魔物よりも遥かに知性が優れ、群れを統率するだけの力をも備えた上位個体がいることになる。

一体、どこにそんな奴が……

「イサギ様!」

思考していると、突然メルシアがこちらに覆いかぶさってきた。

ゴーレム馬から落ちて地面に転がっていく。

何が起こったのかと視線を巡らせると、ゴーレム馬の影から大きな狼が飛び出してくるのが見えた。

狼は強靭な爪を振るい、ゴーレム馬を両断した。

即座に受け身を取って立ち上がると、俺たちのいた場所にはブラックウルフよりも二回り以上も大きく紫がかった毛並みをした魔物がいた。