従業員の審査が終わった翌日。
俺の家の前には絞り込まれた五人の従業員が集まっていた。
その中には昨日色仕掛けのようなものをしようとしていたネーアもいた。
「ニャー! 今日ここに呼ばれたってことは、あたしたちが採用ってことでいいんだよね?」
「そういうことになります」
周囲を見ながらのネーアの問いかけを肯定すると、他の四人の従業員もホッとしたような顔になった。
「やったー! イサギさんの農園で働けるんだ! これで将来は安泰だー!」
「まだ軌道にも乗っていませんし安泰とは言えませんが、皆さんを安泰にさせてあげられるように努力しますよ」
そこまでの保証はできないが、いずれ俺の農園で働けばそう言ってもらえるようになりたいものだ。
「既に顔見知りだとは思いますが、念のために自己紹介をお願いします」
同じ村に住んでいるとはいえ、住んでいる方角が反対だったりすると相手の情報をほとんど知らなかったりすることもあるからな。
というのは建前で、まだ顔と名前が一致していない俺のためだったりする。
「あたしはネーア! 農業は昔お爺ちゃんの畑を手伝っていたよ! よろしく!」
頼むと、ネーアが元気よく自己紹介してくれる。
ネーアについてはメルシアの幼馴染であり、俺とも既に面識がある。
前回畑を手伝ってもらった時に手際の良さは確認しているし、雇用しない理由がなかった。
なんて本人に言ったら調子に乗るだろうから言わないけどね。
「ロドスなんだな。養蜂家の息子で農業の経験はないけど、体力と力には自信があるんだな」
二番目に口を開いてくれたのは、ずんぐりとした体型した熊獣人だ。
藍色の丸い耳に短くて丸い尻尾が特徴的。
彼は農業経験がないが、村を移動している時に荷運びをしている姿を見ていた。
ロドスなら大量に収穫した作物をゴーレム並の馬力で運んでくれるに違いない。
「ノーラと申します。父が細々とやっていた畑を手伝っていました。よろしくお願いいたします」
ぺこりと丁寧に頭を下げたのは紫色の髪をした兎獣人の女性だ。
彼女の特徴はとにかく小さいというに限り。身長は百三十センチくらいだ。
「畑仕事に向いてるようには見えねえが大丈夫なのか?」
そんなノーラの姿を見て、まだ自己紹介をしていない茶髪の獣人が率直に言う。
彼としては気を遣っての言葉なのだろう。
「皆様に比べると体力や力はないかもしれませんが、細々とした作業や事務作業は得意です」
失礼とも言える言葉だが、ノーラはにっこりと笑みを浮かべて返答した。
だけど、微妙にカチンと来ているのか目は笑っていなかった。
ノーラはメルシアの推薦で採用することを決めた従業員だ。
他の従業員と比べて肉体能力は劣るが、農業経験があることや雑貨屋を手伝っていて経理能力も高いのだ。
今はまだ肉体労働ばかりかもしれないが、将来的なことを考えると、こういう素養がある者が一人いてくれた方がこちらとしても助かる。
「そ、そうか……」
ノーラの得体の知れない迫力に呑まれたのか、茶髪の獣人はそれ以上言葉を重ねることはしなかった。
うん、ちょっとここの人間関係が不安だけど、雇用主としては仲良くやってくれることを願うしかない。
順番的に次の自己紹介は茶髪の獣人の番だ。彼は咳払いをすると、口を開く。
「オレはリカルド。狩人をやっていた。イサギさんがくれた作物で畑をいくつか作っている」
彼は俺が作物を渡した村人の中で一番多くの畑を開墾していた。
現在は残りの家族が畑の管理をしているようだが、俺のやり方に一番に順応してくれている村人だと言えるだろう。
その上、リカルドは狩人だ。今のところは特に害獣被害は出ていないが、今後そういったことが起きた時は頼りたい。後は単純に農園の防衛でも頼りになるだろう。
リカルドの自己紹介が終わると、最後の紹介となる。
「ラグムントだ。農業経験はリカルドと同じようなものだ」
五人目については名前こそ知らなかったものの面識は既にあった。
それは村で開かれた宴の時に、俺に素直な疑問をぶつけてくれた獣人である。
「しかし、本当に俺を雇っていいのか? 宴の時にあんなに失礼な言葉をぶつけてしまった……」
本人もそのことを気にしているのか、どこか気まずげな顔で聞いてくる。
「だからこそ、雇いたいと思ったんです。ラグムントさんであれば、上司になる俺にも物怖じすることなく疑問をぶつけることができるでしょ?」
上下関係ができると、それを気にして率直な意見が言えなくなる。
錬金術による大規模農業は俺もやったことがない事業だ。途中で改良すべき点や問題点が出てくるだろう。
そんなときに物怖じせずに、俺やメルシアに意見ができる者が一人は欲しいと思っていた。
彼ならばきちんと自分の意見をぶつけた上で、相手の意見を聞くことができる。
それがわかっていたからこそ、俺はラグムントを雇いたいと思っていた。
「そうか。ならば、疑問に思ったことは素直に尋ねさせてもらおう。それが俺の役割だからな」
どうやら俺の雇用した理由に納得してくれたらしい。
ラグムントは不安そうな顔から一転して、晴れ晴れとした表情になっていた。
自己紹介が終わると、農園での働き方の説明をメルシアがする。
役職的な頂点は俺になるが、現場の頂点はメルシアだ。
ネーアたちもそのことはわかっているのか、特に異論などが上がることはなかった。
昔からここで住んでいただけにメルシアの優秀さは皆が知っているらしい。
なにせメルシアが一番に畑を把握しているからな。
俺も彼女から受け取ったデータなんかに把握しているが、あくまで数字上や書類上での把握でしかない。
こんな俺が指揮を執るよりも、現場をよく知っているメルシアに任せる方がいいだろう。
そもそも農園を作ったのは俺が細々とした畑作業をせずに、錬金術の研究に専念するためだ。他の作物の品種改良を行ったり、作るべき魔道具なんかがたくさんある。これが最適だ。
とはいっても、俺がまったく畑を手伝わないかと言われればそうではない。
作物によっては俺が錬金術で調整しないと、思うように育たない作物もあるからな。
ちょっとした運動も兼ねて時々畑には顔を出すつもりだ。
「それでは、皆様には今から収穫を手伝ってもらいます」
ひとしきり働き方の説明や質疑応答が終わったのか、メルシアが従業員たちに言った。
「よし、収穫は得意だぜ!」
「何を収穫すればいいの?」
「本日の品目はトマト、キュウリ、ナス、ピーマン、白菜……」
いきなりの収穫作業にやる気満々のリカルドやネーアだったが、メルシアが次々と告げていく品目を聞いて青ざめる。
うん、ざっと聞いただけで十種類くらいあるね。だけど、今の俺たちの農園の規模を考えると、それくらい当然かな。
「あ、あれれ? メルシアちゃん? ちょっと収穫するのが多すぎない?」
「そのためにあなたたちを雇ったのです」
汗水を垂らしながらのネーアの言葉を一蹴するメルシア。
幼馴染であっても容赦がまるでない。さすがだ。
「そんな勢いで収穫して仕事がなくなったりしないのか?」
「ここでは毎日のように収穫が行われますので問題ないですよ。獲っても獲っても次の日には収穫できますので」
率直に尋ねるラグムントの問いには俺が答えた。
懸念する気持ちはわかるが、うちの農園ではそんな心配は一切いらない。
なにせメルシアとゴーレムが毎日収穫しても無くならないからね。
獲ってもまた次が生えてくるんだ。
「……あたし早まったかもしれないにゃ」
毎日が収穫だと言われれば、農業経験者はそれがどれだけ忙しいか理解できるのだろう。
ネーアだけでなく他の従業員も顔を真っ青にしていた。
「大変な仕事だからこそ給金も多いですし、収穫物のいくつかは持ち帰っていただいて構いませんので頑張ってください」
メルシアがパンと手を叩いて言うと、従業員たちは戦慄しながらも歩き出した。