大農園を設立することに決めた翌日。
俺はプルメニア村内で従業員を募集するための、募集要項を書いていた。
「とはいっても、普通に募集して集まってくれるかな?」
書いている最中にふとそんなことを思った。
プルメニア村の食料事情を上げるために品種改良した作物の種や苗、肥料なんかを売ったり、分けたりしている。
そのお陰で村人たちでも農業を始めることができるようになった。
自分たちでもできるのに今更俺の作る農園で働こうとする人がいるだろうか。
「普通に声をかけるだけでも集まりますよ。皆、イサギ様には大きな恩を感じていますので、きっと申し出てくれます」
「メルシアの言う通りかもしれないけど、どうせなら俺の農園で働くことでの大きなメリットを与えたいんだよ」
出会う度に声をかけて、感謝の言葉をかけてくれたり、作物を分けてくれる村人たちの態度を見れば、かなり好意的なのはわかる。
だけど、村人たちの義理堅さに頼って雇用するのは違うと感じる。
誰かの下で働くことは個人で働くこと以上のメリットがなければいけないと思う。
「イサギ様はお優しいですね」
「そうかな?」
帝国という大きな組織で疲弊したからかな? 働いてくれる人にはそんな苦労を背負わせたくないと思った。
「メリットでしたら、配っていない品種の栽培を売りにするのはいかがでしょう?」
「いいね! 自分たちでは作れない作物だったら作っていて楽しいだろうし、持ち帰ることができたら嬉しいよね! どうせなら果物とかも栽培しちゃおうか!」
「品種改良に成功した果物があるのですか!?」
なんて面白半分で提案してみると、メルシアが大きな反応を示した。
「うん。数種類だけど、ここでも育つ果物の品種改良に成功したよ」
「……そこにブドウはありますか?」
ごくりと唾を呑みこみながらメルシアが尋ねてくる。
ブドウと限定して聞いてくるのは、彼女の大好物だからだ。
「ごめん。成功したのはイチゴとバナナとリンゴだけなんだ。ブドウはまだ調整中」
「……そうですか。もし、改良に成功しましたら教えてください」
「うん、すぐに教えるよ」
まだできていないとわかると、メルシアの耳と尻尾が切なそうに垂れた。
なんてことないって顔してるけど、すごくしょんぼりしてるな。
ごめんよ。本当はある程度形になっているけど、メルシアの大好物だからこそ良いものに仕上げたいんだ。納得できる品質になるまで、もう少しだけ待ってほしい。
そんな風にメルシアと相談し、イサギ大農園で従事するメリットを捻り出し、基本給金なんかを決めた。
募集人数は五人。
ワンダフル商会との取引量や利益がどれだけのものになるかの見通しが立っていないので、まずは少人数での体制だ。
基本給に関しては多めとなっている。
これは単純に品種改良した作物は成育が早いために、通常の農業よりも作業が大変なためだ。
「よし、これで募集をしてみるよ! 張り出すならどこがいいかな?」
「父に許可を得て、中央広場の掲示板に張り出すのがいいかと。私が行きましょうか?」
「いや、俺が出向いて許可を貰ってくるよ」
ここ最近は研究ばかりでケルシーには会っていなかった。
誠意を見せる意味でも俺自身が向かう方がいいだろうし、久しぶりに会ってみたい気持ちもあった。
そんなわけで俺は募集用紙を手にしてケルシーの家に向かうことにした。
扉をノックするとシエナに迎え入れてもらい、集会所ではなくケルシーの執務室に通してもらった。
「イサギ君、久しぶりだな。最近は研究が忙しいと娘に聞いていたが、そっちの方は落ち着いたのか?」
「はい、お陰様で何とかひと段落つきました」
「ふむ、そっちでのメルシアの働きぶりはどうだ?」
「身の回りのことだけじゃなく、畑の管理に研究のお手伝い、とても働いてくれて頭が上がりません」
「そうかそうか、ちゃんと働いているのであればよかった」
メルシアは実家から通っているはずだけど、そこのところはあまり話したりしないのだろうか。なんて思っていると、扉がノックされてお茶を持ったシエナが入ってくる。
「あなた。あまりメルシアのことを根掘り葉掘り聞いていないで、そろそろイサギさんの要件を聞いたらどう?」
「そうだったな。イサギ君、今日はどうしたんだ?」
「中央広場の掲示板にこれを張り出させてもらいたくて許可を貰えたらと」
そう言って、募集用紙をケルシーに差し出す。
「ふむ、農園の従業員の募集か……むむっ! 給金が高い上に果物まで栽培し持って帰れるのか! よし、俺が従業員になろう!」
「あなたは村長でしょう? 一村民の部下になったら格好がつかないからダメよ」
シエナに一蹴されて、ケルシーががっくりと項垂れる。
ちょっとしたお手伝いならまだしも、村の代表である村長を部下にするというのは体面が悪いだろうな。気持ちだけ頂いておこう。
「そういうわけで私が、イサギさんの農園の従業員になるわ!」
「村長夫人もダメですよ」
「ええっ、そんなっ!?」
ケルシーに言っておきながら、よくも抜け抜けと言えたものだ。
シエナもケルシーと同じ理由でアウトだ。
「とりあえず、これを貼ってもいいですか?」
ごねるケルシーとシエナを宥め、俺は何とか掲示板に張り出す許可を貰った。
●
「イサギ様、従業員の方が集まってきました」
中央広場の掲示板に従業員募集の貼り紙を張ってから五日後。
工房で研究をしていると、メルシアがやってきた。
「どうだった? 応募してくれる人はいたかな?」
「はい。募集人数の十倍を越える数の応募者がやってきています」
「……えっ? なんでそんなに多いの?」
「イサギ様に恩義を感じている者が多数いるのと、単純に条件がいいからかと思います」
人が集まらないことはないとメルシアが断言していたが、まさかここまでとは思わなかった。
「嬉しいけど、ちょっと人数が多いね」
「では、私が面談をして人数を絞りましょうか? おおよその人となりや経歴は把握していますので」
「うん、そうしてくれると助かるかな」
俺はこの村にやってきて間もないが、メルシアであれば、村人たちのことはよく知っている。
俺のために無理をして応募した人もやんわりと断ってくれるだろうし、うちの農園で働くのに適切な人を選んでくれるはずだ。
外に出てみると、メルシアの言う通り募集人数の十倍以上の村人がいた。
こんなにも大人数が集まっているのは宴以来ではないだろうか。
「あー、イサギさんにメルシアだ!」
応募者を見渡していると、ネーアが声をかけてきたことに驚く。
「ネーアさん!? えっと、ここが何の集まりなのかわかってます……?」
「わかってるよ。イサギさんの農園の従業員になるんでしょ? あたし従業員になるよ!」
どうやらネーアはここが何の集まりなのか正確に把握した上でやってきているらしい。
「実家で農業を始めたんじゃなかったんですか?」
「うん! でも、そっちは家族がやってるし、あたしがいる必要なないかなって。こっちの面白そうだし、何よりお給金がいいから!」
持ち前の快活さを発揮して、素直な応募動機を語るネーア。
周囲にいた村人たちは苦笑いしながらも、同意するように頷いていた。
「……そんなに良い方なの?」
「それはもう破格! こんなド田舎であれだけお金を払ってくれる場所なんて中々ないから!」
「なるほど」
都会と田舎では賃金に大きな差があるのはわかっていたが、獣王国でもそれは同じようだった。道理でメルシアが太鼓判を押すはずだ。
だからといって給金を下げるつもりはないけど、応募者にとって給金が大きな魅力に感じてくれているのであればよかった。安くこき使うような真似はしたくなかったから。
「イサギさん、募集人数は五人って書いてあったけどどうするの? 軽く十倍はいるよ?」
「さすがに多すぎるので審査を行って絞ろうかと」
「ねえ、イサギさん……あたしたち友達だよね?」
などと言うと、ネーアが身体を寄せてきて露骨に上目遣いをしてきた。
あからさまな態度だけど、それでも可愛いと思ってしまう。
「審査は平等に行いますので、順番にお並びください」
「ニャー! メルシアちゃん、怖いって! 冗談だから怒らないで落とさないで!」
密着されてドギマギしていると、いつもより数段冷ややかな声をしたメルシアがネーアを引っぺがした。
周囲が落ち着いたところで俺は集まってくれた応募者たちに礼を告げ、人数を絞り込むための審査を行う旨を伝えた。
本当は集まってきてくれた全員を雇いたいけど、大農園が完成して軌道になるまでは大人数を雇うことはできない。
そう伝えると、やはり何人かは無理をしていたのか辞退して去る者もいた。
しかし、それでも四十人以上は残っている。
残っている者たちは、嬉しいことにうちで働きたいという意思を持っていることになる。
これだけ大人数を審査するのは大変だが、農園の未来のために慎重に選ばせてもらおう。