ディアブルの解体を終えると、俺とメルシアは肥料に必要になりそうな素材を採取。その道すがら魔物を探しては積極的に倒しては魔石を回収という動きを繰り返した。
「うん、これだけあれば肥料を作ることができそうだよ」
「かしこまりました。では、村に戻りますか?」
メルシアに提案されて俺は少し考える。
森の奥深くまでやってきたせいか、前方には大きな山が見えていた。
空はまだ青く、日が暮れるまでに時間はある。
「……どうせなら山も調査したいかな。見たところ鉱石がありそうだし」
採取しながら進むごとに、徐々に土質が変化していき、鉱石の類が発見できるようになった。
間違いなくあの山には鉱石がある。
「そうですね。あの山からは鉱石が産出されます。ですが、今から採掘するとなると、かなり時間がかかりませんか?」
「大丈夫。俺には大体どの辺りに鉱脈があるかわかるから」
なにせ俺は錬金術師だ。物質の構造を見抜く能力には長けているわけで、当然どの辺りに鉱石があるかわかるわけで。無駄なく狙い打ちして採掘ができるということになる。
今から山に向かって採掘をしても、日が暮れる前に村に戻ることができるだろう。
「でしたら問題なさそうですね。採掘ポイントに案内いたします」
そんなわけで俺とメルシアは続けて山も調査することにした。
平坦な道から険しい傾斜道へと変化していく。
この辺りになると、人の通った形跡は薄くなっており踏み固められている道も少なく、切り立った崖のようになっている。
俺が慎重に足を進めていく中、前を歩くメルシアは軽やかに進んでいく。
猫獣人だからこれくらいの悪路もなんてことはないのだろう。そうだとしてもロングカートにパンプスであれだけ動けるのはすごい。
「イサギ様、大丈夫ですか?」
メルシアが振り返り、心配そうな声をかけてくる。
運動音痴というわけではないが、彼女からすればモタモタと付いてくる俺の動きは非常に危なっかしく思えるのだろう。こちらを見つめる瞳が「抱きかかえて進みましょうか?」と言っているように感じる。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「そうですか」
甘えたい気持ちもあるが、俺にも男としての意地があるので我慢だ。
しっかりと返事をしながら足を前に進める。
メルシアにチラチラと心配げな視線を向けられながら進んでいくと、やがて大きな横穴に見えた。
「……はぁ、はぁ、ようやく着いた?」
「はい、イサギ様。こちらが坑道となっております」
息を荒げて額から汗を流す俺とは反対にメルシアは涼しげな顔をしており、汗一つ流していなかった。
その事実にちょっと情けなさを感じながらタオルで汗を拭い、水分補給。
呼吸と喉の渇きが落ち着いたところで横穴を眺める。
男性が四人ほど横並びになっても通れそうなほどの幅だった。
天井や壁は土を焼き固めることで崩落を防止しているらしい。
とはいえ、錬金術師からすれば少し心許ない処理だ。
それに単純に月日が経過することによって風化したり、もろくなっている部分がある。
「イサギ様?」
壁をペタペタと触っている俺を見て、メルシアが不思議そうに首を傾げた。
「老朽化していている部分があるから補強してもいいかな?」
「是非、お願いします」
メルシアの許可を貰ったので錬金術を発動して、魔力で土を圧縮して硬度を上げた。
手当たり次第に硬質化すればいいというわけじゃない。全体のバランスを見ながら、必要なところだけ強化してやる。
「うん、これでちょっとやそっとで崩落することはないよ」
「大昔に掘られたものなので限界がきていたのでしょう。崩落が起こる前にイサギ様が処理をしてくださって助かりました」
正直、いつ崩落してもおかしくない状態だった。
採掘にきている人が事故に巻き込まれる前に、俺が対処できたのは幸運だっただろう。
「では、中に案内いたします」
「お願いするよ」
メルシアに先導してもらって、俺は横穴に入っていく。
坑道内は薄暗く、太陽の光が届かなくなると真っ暗になった。
メルシアはなんら変わらぬ様子で歩いていくが、さすがに真っ暗な状態で歩いていくのは怖い。
「……ねえ、メルシア。ここには灯りとかないの?」
「あっ、すみません。私たち獣人は夜目が効きますので、多分そういったものは設置されていないかと思います」
思わず尋ねると、メルシアは失念していたとばかりに言った。
坑道内に灯りがないなんて普通ならあり得ないのだが、村人のほとんどが獣人のプルメニア村では普通なのだろう。
「真っ暗じゃちょっと怖いから灯りをつけるよ」
マジックバッグから俺はランプ式の魔道具を取り出した。
スイッチを付けると、内部にある光魔石が反応して光がついた。
真っ暗だった坑道内が明るい光によって照らされる。
「魔道具は私がお持ちします。イサギ様は鉱石の探知に集中なさってください」
「ありがとう。助かるよ」
先導するメルシアにランプを持ってもらい、俺は壁を触りながら探知する。
魔力を流し、意識を壁の奥へと浸透させて物質を読み取っていく。
「……あった。この辺りに大きな鉱脈がある」
そうやって進んでいくことしばらく。坑道内の傍を走る大きな鉱脈を見つけた。
「では、私が掘りましょう」
「いや、その必要はないよ」
通常ならばツルハシを使って土や岩盤を砕いていくのだが、錬金術師ならばそんなことをする必要はない。
錬金術は魔力を流して物質の性質を強化することができる。
ならば、その反対のことができるのも道理。魔力を流すことによって物質を脆弱化させることができ、構造的弱点に力を加えることで破壊することも可能なのだ。
俺は錬金術を使用した。土壁に魔力が流れ、ひとりで砕けていく。
土塊が出てくる中に混じってゴロゴロと鉄鉱石が出てきた。
「鉱石の回収をお願い」
「わかりました」
メルシアはランプを地面に置くと、採掘された鉱石類をひとまとめにしてくれる。
俺はメルシアのところに大きな土塊が落ちないように注意しながら、大きな石や岩盤を砕いて掘削していく。
鉱脈を狙いうちしているので掘る度に鉱石の類が出てきて楽しい。
「イサギ様、少しだけペースを緩めてください。足元が鉱石で埋まってしまいます」
「あっ、ごめん。掘るのが楽しくてつい」
どうやらメルシアが纏めるペースを越えて掘り出していたらしい。
言われて冷静になった俺は掘削するのをやめた。
「さすがはイサギ様ですね。鉱脈を見抜く力だけでなく、このような掘削技術もあれば各鉱山で引っ張りだこになりそうです」
「すべての錬金術師が見抜く力に長けているわけじゃないけど、重要な鉱石が発掘された場所に宮廷錬金術師が派遣されることはあるよ。給金はとてもいいけど、採掘場での生活は辛いから不人気だけど……」
そのような生活を宮廷務めの貴族たちがやるわけがなく、罰則労働のような扱いとなっていたりするのが現状だ。
俺の場合は研修とか言いがかりをつけられて、無理矢理赴任させられたりしたけどね。
なんて昔のことを思い出しながら、掘り出した鉱石をメルシアと共に確認。
「鉄鉱石、銅鉱、鉛、魔力鉱、わずかながら金や宝石類もありますね」
「さすがにミスリルやアダマンタイトはないか……」
ミスリルとはガラスのような透明な輝きを放ち、この世界で最高の魔力伝導率を誇るとされている鉱石。アダマンタイトは世界でもっとも硬いとされている鉱石だ。
「この村で採掘されたという話は聞いたことがないですね」
それらがあれば錬金術にもっと幅が出るのだが、この山では発掘されたことがないようだ。
「そっか。まあ、そっちについてはおいおい手に入れればいいや」
地下深くを探っていけば可能性があるが、今そこに情熱を注ぐほど優先するべき事柄でもない。今はプルメニア村の食料事情を改善するのが優先だからね。
「鉱石をそれぞれの種類ごとに分けてくれる? 先に抽出しちゃいたいんだ」
「かしこまりました」
鉱石類には不純物が混ざっているものだ。
どうせ後で取り除くことになるし、この場でまとめて抽出してしまうのがいい。
メルシアに鉄鉱石をひとまとめにしてもらうと、俺は錬金術を発動して抽出を開始する。
たくさんあった鉄鉱石はあっという間にカサを減らし、純度の高い鉄のブロックとそれ以外の不純物へと分けられた。
不純物の方に使い道はないので、そのまま砕いて土に還してあげる。
そうやってそれぞれの鉱石の必要な成分だけ抽出し、コンパクトなサイズにしてマジックバッグに収納した。
「たくさん鉱石が手に入りましたね」
「うん、これなら色々と作れそうだよ」
畑で働かせているゴーレムを増やすことは勿論、素体だって強化してやれるし、便利な農具だってもっと作れる。それに開発を見送らせていた工房だって作れるだろう。
手に入れた素材で何を作ろうかと考えるだけで頬を緩んだ。