「イサギ!」

これで終わりかと思ってテントの外に出ると、そこにはガリウスがいた。

「……知り合いか?」

「ぶん殴ってやりたいと思っていた帝国の元上司です」

「なるほど。ならば、手を出さないでおこう」

「ありがとうございます。過去の確執なので俺一人でケリをつけさせてください」

「いいえ、殴ってやりたいと思っていたのは私もです。私も戦います」

前に出ると、メルシアも隣に立ってくる。

そうだ。あいつに酷い目に遭わされたのは俺だけじゃない。

ガリウスの無茶な仕事をこなすためにメルシアだって何度も徹夜をしたことがあるし、俺の助手をしていたことで圧力がかかったり、メイドから嫌がらせを受けたこともあると聞く。メルシアにだってガリウスをぶん殴る権利はあるだろう。

ライオネルは俺たちの様子を見ると、ニヤリと笑って傍の岩に腰を落とした。

優雅に見学するらしい。いい趣味をしている。

既に戦いは終わっているが、ここで決着をつけないとスッキリしない。

申し訳ないが少しだけ皆の時間を貰うことにした。

「イサギ、メルシア……薄汚い孤児と獣の血を引く獣人でありながら帝国で働かせてやったというのにその恩を忘れ、帝国にたてつくとは恥ずかしくないのか?」

「「ええ? 働いてあげていたのはこっちで働かせてもらっている気持ちなんて一度も抱いたことないんですけど」」

俺とメルシアの口から一言一句違わぬ言葉が出た。

そんな素の言葉を聞いてライオネルが後ろで爆笑し、ガリウスが羞恥で顔を真っ赤に染める。

大体、俺たちを雇用したのはガリウスではなく先進的な考えを持っていた前任者だ。その人に感謝することはあってもガリウスに感謝するような謂れはない。

「その生意気な言葉と態度……貴様は本当に変わらないのだな。貴様たちのせいで私がどれだけ苦労したことか!」

「え? 一方的に解雇しておきながらそんなこと言われても知りませんよ」

俺としては引継ぎくらいはしたいと思っていたが、すぐに出て行けといったのはガリウスの方だ。俺がいなくなって業務に支障が出たとか言われてもどうしようもない。

「もしかして、この方はイサギ様がどれだけ帝国に貢献していたか知らずに解雇されたのでしょうか? 生活魔道具の作成、マジックバッグの作成、魔道具の修繕、素材加工とイサギ様がお一人で行っていた作業はかなり膨大です。宮廷錬金術師の方が道楽で軍用魔道具を作っていられたのが誰のお陰か知らなかったのですか?」

「そんな報告は受けてないぞ!」

「でしょうね。貴族たちはご自分たちの都合のいい報告しか致しませんから」

あー、ガリウスからの評価がやけに低いと思ったが、そんな背景もあったんだな。

とはいえ、ここで誤解が解けたところで何もかもが遅い。

俺とメルシアは既に帝国と縁を切ったのだから。

「もう決着も着いたところですし、大人しくお縄についてくれませんか? かつての部下

のよしみで殴るのは一発だけにしておきますよ」

「うるさい! 薄汚い孤児が私に哀れみの視線を向けるな! 跪くのはお前たちの方だ!」

ガリウスはマジックバッグから長細い銀の棒を取り出して、こちらへと振るってきた。

明らかに届かない間合いであるが、銀の棒は途中で形状を変化させて鞭のようにしなってくる。

慌ててその場を飛び退くと、俺たちのいた場所を鋭い鞭が穿った。

「気を付けてメルシア。ミスリルに魔力を流して形状変化ができるようになっている」

「あの人は錬金術師じゃないですよね?」

素材を瞬時に形状変化させて戦うのは錬金術師の得意分野だ。メルシアが驚くのも無理はない。

「うん、錬金術師じゃないよ。多分、形状変化を記憶させて魔道具化しているんだと思う」

「その通りだ」

ガリウスは錬金術課を統括する貴族であるが、錬金術師ではない。

大体、錬金術師であれば、他の錬金術師に対して敬意があるはずだからね。

「私が前に出ます。イサギ様はサポートをお願いします」

「わかったよ」

俺は頷くと同時に地面に手をついて錬金術を発動。

ガリウスの足元にある地面を形状変化させて、杭として打ち出す。

「そんなもの見え透いた技に当たるか」

一応、錬金術師がどのような攻撃を繰り出してくるかは知っているらしい。

ガリウスはその場から素早く跳躍することで躱す。

その隙にメルシアが地面を蹴ってガリウスに接近する。

ガリウスは素早く魔道具を起動させると、鞭として振るう。

メルシアは接近するのを中断すると、身を屈ませて鞭を回避。

同じく俺も身を低くして伸びてきた鞭を避けた。

ガリウスが広範囲に鞭を振るってくる。

いくら素早いメルシアでもあれだけの広範囲をカバーされては近づくことができない。

一度は回避した鞭であるが、軌道を変えてメルシアの後方へと回り込む。

「くっ……!」

予想外の攻撃に反応が遅れたのか、メルシアの脇腹をミスリルが掠める。

恐らく魔道具の力でミスリルの硬度を変えて、軌道を自在に操っているのだろう。

器用な男だ。

またしても軌道を変えて振るわれるガリウスの鞭。

死角から回り込もうとする鞭の軌道を読み切った俺は、彼女の背後に移動して剣で弾く。

「イサギ様!」

「援護は任せて!」

俺は錬金術師。戦士であるメルシアが前に進むようにサポートするのが役目だ。

このまま俺が死角かたの攻撃を弾いて、メルシアを前に進ませればいい。

「そうはさせるか」

そうやってメルシアを襲う鞭を弾いていると、突如として俺の剣に鞭が絡まってきた。

そのまま手まで絡め取られそうになったので慌てて剣を手放した。

「ははは、戦場で剣を手放していいのか?」

「俺は錬金術師。素材さえあれば、剣なんていくらでも作り出せます」

俺は即座に錬金術を発動させると、先ほどと同じサイズの剣を土で構成した。

先程の剣に比べると切れ味は劣るが、魔力圧縮によって作り上げた剣なので強度はこちらの方が上だ。鞭を弾くにはこちらの方がいいだろう。

すぐに錬金術で武器を補強すると、ガリウスは忌々しそうな顔を浮かべて鞭を振るってくる。広範囲の攻撃にメルシアと俺は近づくことができない。

「イサギ様、どういたしましょう?」

「俺がガリウスの鞭を何とかするよ」

「わかりました」

それがどのようにやるのかメルシアは尋ねてこない。

どのような方法であれ、俺が攻撃を止めてくれると信じてくれているからだ。

さて、彼女に信頼に応えないとね。

「火炎級」

ガリウスが鞭を振るいながら火魔法で牽制してくる。

戦闘能力の高いメルシアを最大限に警戒しているらしく、彼女は回避に専念せざるを得ない。

貴族なので一応は魔法を使ってくると、想定していたが鞭を振るいながら発動するとは器用な奴だ。

俺は錬金術を発動し、再びガリウスの足元の地面を操作する。

杭を打ち出そうとしたが、それはガリウスが強く地面を踏み、魔力を流すことで発動することはできなかった。

「フン、小手先の技を食らうか」

一応は錬金術師を統括しているだけあって、どうやって対処すれば無効化できるか知っているようだ。

しかし、それはこちらも織り込み済みだ。

俺の狙いは彼の狙いをこちらに向けることだ。

「先に貴様から処分してくれる!」

火炎弾をメルシアに連発しながら、ガリウスがミスリルの鞭を振るってくる。

俺は伸びてきた鞭に手を差し出すと、自ら鞭を握り込んだ。

「私の鞭を掴んだところで武器を奪えるとでも――うがッ!?」

ガリウスが力任せに引っ張ろうとしたタイミングで俺は錬金術を発動。

彼が握っているミスリルの柄から鋭い刺が生え、手の平の皮膚を貫いた。

その痛みにガリウスは思わず魔道具を手放す。

その隙をメルシアが逃すはずがなく、彼女は地面を強く蹴って前に出るとガリウスの腹に拳を突き刺した。

「おっ!? おおっ……」

メルシアの重い一撃にガリウスが身体をくの字へと折り曲げる。

「イサギ様」

「ああ。どうもお世話になりましたっと!」

悶絶しているガリウスに近づくと、俺はそのまま接近して顔面に拳を叩き込んだ。

解雇された時に敢えて言わなかったお別れの台詞を添えて。

軟弱な俺の拳だが弱っていたガリウスには致命傷だったらしく、彼は地面をゴロゴロと転がると白目を浮かべ、立ち上がることはなかった。

「最後にいいものを見せてもらった! これにて戦争は終結だ! 我らが獣王軍の勝利である!」

既に総大将であるウェイスが捕らえられ、軍勢のほとんどが敗走、捕虜となっている帝国側に抵抗する気力はない。

ライオネルが正式に戦争の終結を宣言すると、獣王軍から勝鬨の声が上がった。