「獣王軍だと!? そんな奴等が来るなんて聞いてないぞ?」

獣王軍の加勢によって帝国は明らかに浮足立っており、みるみるうちに兵を後退させる。

砦から追い出すことができれば、帝国はまたしても傾斜での戦闘を強いられることになりこちらの追い風となっていた。

騎獣に乗った獣人たちが坂を下りながら、一気に帝国兵を渓谷へと押しやっていく。

「獣王軍に続き、私たちも前に出ましょう」

「待って。ティーゼたちにはこれを使ってほしいんだ」

「これは?」

「魔石爆弾さ。衝撃を与えれば、内包されている属性魔石が爆発する」

「なるほど。飛行できる私たちの特性を生かし、上空から落下させるのですね」

「そういうこと」

空を自由に飛べるティーゼたちなら、空を飛んで一方的に攻撃ができるはず。

正面からは獣王軍、上空からはティーゼをはじめとする彩鳥族で挟撃し、相手を混乱させてやるのだ。

「爆弾を落とす時に狙われると思うから障壁の魔道具も渡しておくよ」

「ありがとうございます」

魔石爆弾を落としやすいように一つ一つ分離したポーチに入れてあげ、首輪型の魔道具をかけてあげた。

他の彩鳥族にも魔石爆弾などを渡すと、装備の完了したものから空へと飛び立つ。

ティーゼたちは翼をはためかせると、素早く帝国兵たちの頭上へ移動。

ポーチの蓋を開けると、上空から魔石爆弾を落としていく。

帝国軍の各地で巻き起こる爆発に悲鳴が上がる。

「爆弾!? どこからだ?」

「上です! 上! 空を飛ぶ獣人が爆弾を落としてきます!」

「魔道具で撃ち落とせ!」

死角となる真上からの攻撃を驚異に感じた帝国兵たちが、魔法剣、火炎砲などの各々の魔道具を使って反撃をする。

数々の魔法の雨をティーゼたちは急上昇、急加速することで回避。

「そんな攻撃では私たちを捉えることはできませんよ?」

念のために障壁の魔道具を渡してはいるが、誰一人として展開している様子はない。

もしかしたらいらないものだったかもしれないな。

とはいえ、上空に魔法の弾幕を張られてしまうと降下しにくくなるのだろう。

魔石爆弾が直撃する頻度が下がってしまう。

そんな時、彩鳥族とは別の黒い体毛に翼を広げた獣人たちが前に飛んでいく。

翼を広げると、つんざくような声を上げ始めた。

「不愉快な音だ! あの蝙蝠たちを落とせ!」

「魔法と魔道具の発動できません!」

「なんだと!?」

帝国兵たちは宙に浮く蝙蝠の獣人を仕留めようと奮起するが、どれもが空回りになっている模様。

帝国が魔法を発動できない間に、ティーゼたちは再び降下しながら魔石爆弾を落としていく。

「魔法が発動しないみたいだけど、どうなってるんだろう?」

「あれは黒蝙蝠族の特殊能力よ。魔力をかき乱すことのできる音波を放つことができるわ」

首を傾げていると、レギナが教えてくれる。

「すごい! そんな能力があるんだ!」

「発声器官を酷使するようだからずっと発動はできないけどね」

それでもここぞという時に相手の魔法を無効化できるというのは大きい。

現に帝国は魔法による迎撃も防御もできない。

空から一方的に魔石爆弾を落とされ続けており、甚大な被害が帝国にもたらされているのだから。

解析して魔道具に利用したら、魔法を無効化するような魔道具ができるかもしれないな。

なんて思考が脳裏をチラつくが、さすがに今は戦争中なのでやめておこう。

「わははは! 俺の名はライオネル! 六十二代獣王だ! 総大将の首が欲しければかかってくるがいい!」

「獣王がどうしてこんな前線に出てきてるんだよ!? 国王だろ!?」

前線ではライオネルが帝国兵を千切っては投げてを繰り返している。

遠くから魔法を撃ち込むが咆哮であっけなくかき消され、火炎弾も拳で弾かれる。

あまりにも圧倒的だ。

「くたばれ! 獣王!」

「させん!」

ライオネルを何とかするべく帝国兵は徐々に包囲網を形成。彼の背後から攻撃を仕掛けるが、それを二人の獣人が阻んだ。

あの二人は大樹の入り口を守っていた猿の獣人と犬の獣人の門番だ。

全身鎧に身を包んでおり、巨大な槍と剣を装備している。

「おお、ゴングにソルドムか」

「ライオネル様、前に出過ぎです」

「後ろにお下がりを」

「それはできない相談だ。なにせ俺は獣王。誰よりも先頭に立って戦うのが義務だ」

「であれば、私たちがライオネル様の前に進みましょう」

「ほほう? そう簡単に行くとでも?」

「大樹を守ることに比べれば、ライオネル様おひとりを守ることの方が簡単です」

「わはは! それは違いない!」

ライオネルが呑気に笑う中、ゴングとソルドムが前に出る。

ゴングは密集している帝国兵のど真ん中に飛び込むと、大きな槍を振り回して帝国兵を蹴散らす。猿特有の長い腕から繰り出される鋭い槍は、まさに変幻自在で間合いを計ることすら混乱だ。

帝国兵が魔法剣を突き出すも、その巨躯に見合わない軽やかな動きで回避し、槍を振り回す。

一方でソルドムは帝国の魔法部隊へと突き進む。

帝国の魔法使いたちが詠唱を開始し、ソルドムへと魔法を放つ。

それに対してソルドムは回避運動を取ることもせず、その巨大な鎧で受け止め、そのまま斬り込んだ。

「二人ともかなりの力量です」

「大樹の守りを任されているだけあって二人ともかなり強いわ」

俺たちが大樹に入ろうとした時はお堅い残念な門番といったイメージだが、戦士としての実力はかなりの一級品らしい。

「門番の二人だけじゃなく、獣王軍は戦士のひとりひとりが圧倒的に強いね」

帝国の兵士とぶつかり合っている様子を見ると、勝つのはほとんど獣王軍の戦士だ。

「日頃からお父さんが厳しく稽古をつけているからね」

統率の取れた動き、種族の特性に合わせた部隊の編制と戦術。どこからどう見ても獣王軍の方がレベルが高いと言わざるを得ない。

「逆に思うんだが、帝国の兵士が弱すぎねえか? こんな奴等、集落の戦士見習いでも余裕で勝てるぜ」

キーガスが戦斧で何十人と薙ぎ払いながら言う。

君たちが強すぎるっていうのもあるんだけど、彼の言うことにも一理あると俺は思う。

「帝国兵は悪く言えば装備頼りなところがあるからね」

宮廷錬金術師の作り出す軍用魔道具がなまじ強力なせいか、帝国の戦術はそれに合わせたものになっている。

個人の力量というよりかは、いかに上手く魔道具を使いこなせるかといった面に焦点を当てられており、個人の実力よりも集団行動の方が重視されているからだ。

そのせいかライオネル、メルシア、レギナ、キーガス、ティーゼのような一騎当千の戦士はいない。いや、育つ環境ではなかったと言うべきか。

「ふーん、いくら強い武具があっても個人としての基礎能力が低ければ、発揮できる力は低いと思うけどね」

「そういった主張をした人は上に疎まれて飛ばされるから」

俺のように解雇されるだけならいい方で、殉職と見せかけた暗殺まがいのこともあったと噂で聞いた。

「本当に帝国ってロクでもないわね」

「イサギ様と一緒に出てきて正解です」

前をゴング、ソルドムがこじ開けて、その後ろからやってくるライオネルがさらに大きな穴へと広げる。大きくできたスペースには騎獣に乗った獣王軍をはじめ、俺やメルシア、レギナ、キーガスといった面々がサポートしながら全体を押し上げる。

後退するための道は谷底の一本道だけだ。敵は傾斜を下ることになり、こちらは駆け下りる形で優勢となる。

「た、退却だ!」

「こんなの勝てるわけがない!」

圧倒的に不利な地形や俺たちとの攻城戦によって消耗をしていたこともあり、帝国兵たちは瓦解をはじめた。

「今だ! 帝国兵を逃がすな! 一気に攻め落とせ!」

背中を見せて陣地まで退却をはじめる帝国兵に獣王軍は追撃をする。

獣王軍全体のラインが上がり、遂には帝国の陣地が見えるところまできた。

砦まで一気に押し込まれていたが、ライオネルをはじめとする獣王軍のお陰で一気に形勢逆転といったところだろう。

しかし、そんなタイミングで帝国の陣地から魔力大砲が顔を覗かせた。

「魔力大砲!? あれはイサギたちが壊したはずじゃ!?」

その絶大な攻撃力を知っているレギナをはじめとする村人が一気に顔を青くする。

「正確に言うと、魔力大砲にある魔力回路を壊した。本来ならとてもじゃないけど、使用できるはずがない。ただの脅しという可能性もあるけど、魔力大砲としての用途を変えて、別の軍用魔道具に作りかえることができた可能性もある!」

なにせ帝国陣にはガリウスや宮廷錬金術師長もいた。

錬金術で魔力大砲を改良し、別の軍用魔道具に仕立て上げた可能性も無視はできない。

「ライオネル様、あの軍用魔道具は危険です! もし、発射されれば獣王軍に甚大な被害が!」

「ならば、単純だ。あの軍用魔道具を稼働させなければいい!」

俺が忠告の声を上げると、ライオネルはそのような返事をして魔力大砲目掛けて大跳躍をした。

魔力大砲の斜線上へと一人躍り出るライオネル。

帝国側も獣王が斜線上に入ったことを確認したのか、砲身を上に向けてここぞとばかりに魔力砲を放った。

俺たちに向かって放ったものよりもかなり威力は落ちるが、それでも魔力大砲は軍用魔道具に相応しい威力を誇っていた。

しかし、それよりもライオネルの方が上だった。

「『獅子王の重撃』!」

彼は獅子王に相応しい金色のオーラを身体に纏わせると、そのまま魔力の奔流に突っ込んで魔力大砲を殴りつけた。

アダマンタイトをはじめとする頑強な鉱石で加工されていた装甲が、あっけなくへし折れた。

魔力大砲の装甲の厚さをよく知っているからこそ驚かざるを得ない。

まさか、たった一発で破壊されるとは。さすがは獣王だ。

魔力大砲を完全に破壊されたことで精神的な支えを失ったのか、帝国兵が今度こそ瓦解する。

ライオネルと共に帝国の陣に踏み入ると、そこには第一皇子であるウェイスがいた。

「あいつは?」

「第一皇子であるウェイスです。恐らく、今回の軍勢を率いている総大将でしょう」

「そうか。ならば、こいつを倒せば終わりだな」

「貴様、何者だ!?」

つかつかとライオネルが近づくと、ウェイスが剣を抜きながら誰何の声を上げた。

「獣王ライオネルだ」

「獣王だと!? 貴様、王とあろうものが前線に出てくるとは何を考えているのだ!?」

「お前こそ皇族なのだろう? 兵士にばかりに前に立たせて、自分はこんな安全圏にいるとは恥ずかしくないのか?」

「貴様は何を言っているのだ? 尊き一族に生まれたのであれば、それが当然であろう? 民は我らに仕えるために存在しているのだから」

ライオネルの問いかけに対し、ウェイスは心底理解できないものを見るかのような目で言う。きっと彼ら皇族にはライオネルの信念は理解できないに違いない。

獣王国では民は獣王のために力を貸す代わりに、有事の際に獣王は民を守るために全力で守る。互いに助け合うという信頼で成り立っている。

一方、帝国の皇族たちは自分たちばかりの事を考えており、民のことをいくらでも生まれてくる資源のようにしか思っていない。民から搾取をすることはあれど、民のために尽くすようなことはない。

「それがお前たちの国の考え方か。相容れぬわけだ」

「のこのこと獣王が敵陣にやってくるとは愚か者め! 貴様さえ倒せば、この戦いは我らが帝国の勝利となる! 私が帝位につくための礎となれ!」

ウェイスが声を上げると、テント内に隠れていた帝国兵たちが一気に斬りかかってくる。

が、ライオネルを相手にたった数人の兵士が不意打ちしたところで敵うわけがない。

俺が手を出す必要もなく、ライオネルは一瞬で兵士たちを殴り倒した。

「ま、待て! 話せばわかる! 落ち着いて話し合おうではないか!」

ライオネルのあまりの戦闘力の高さに怖気づいたのか、ウェイスが情けない台詞を言う。

危機に陥った時がもっとも本性が出ると聞くが、これは情けない。

帝城にいた時はもっと威厳に溢れていたような気がしたんだけどな。

「話し合いをすることなく、いきなり攻めてきたのはそちらではないか」

ウェイスの話し合いに応じることもなく、ライオネルは無造作に近づくと彼に顔面に拳を叩き込んだ。