「ああっ!? なんで堀が埋まってやがるんだ!」

宮廷錬金術師はリカルドをはじめとする弓兵たちが仕留めてくれた。

熟練の土魔法使いでもあれだけの規模の堀を埋めるには時間がかかる上に、魔法陣が浮き上がったりなどの兆候が見える。しかし、それがなかった。

だとしたらこの現象は錬金術以外にありえない。一体どこに錬金術師がいたというのか。

「イサギ様! あそこです! 兵士の姿をした宮廷錬金術師が!」

メルシアの指さした地点を見ると、ただの歩兵の格好をした男たちが掘に手を当てていた。

「しまった! やられた!」

宮廷錬金術師のローブを羽織っていた男たちは囮で、こっちが本物だったのか。

道理であっさりと仕留められたわけだ。

兵士に紛争した錬金術師たちは堀を埋めると踵を返して去っていく。

俺ならすぐに堀を作ることができるが、帝国軍が目の前にいる状況で外に出るのは無理だ。

掘の再生はできない。

「こうなったら帝国兵が少しでも近づけないように俺たちも応戦するしかないね」

「お供します」

ここからは純粋な防衛戦。どれだけ帝国兵の勢いを削いで、足止めをできるかだ。

レギナやケルシーは全体の指揮を執るのに忙しい以上、自由に動ける俺とメルシアが積極的に攻撃を仕掛けるしかない。

帝国兵が数十人がかりで巨大な槌を運んでくる。

破城槌と呼ばれる城門を破壊し、突破することを目的とした攻城兵器だ。

弓兵たちも破城槌を運ぶ兵士を優先的に狙うが、人員が倒れるとまたすぐに別の人員が入れ替わる。

やがて門の前にたどり着いた破城槌の部隊が槌を打ち付けようとするところ、俺は錬金術を発動。砦の防壁から杭が隆起、破城槌の部隊が吹き飛んでいく。

「堀がなくなっても近づけるとは思わないことだね」

「さすがはイサギ様です!」

この防壁も砦も俺が錬金術で一から作り上げたものだ。すべてに俺の魔力が浸透しているのでそれを操作するのは造作もない。

「イサギ様、今度は矢の雨が!」

破城槌を撃退していると、今度は帝国陣地から矢の雨が飛んでくる。

防壁の上で攻撃を仕掛ける俺たちを排除したいようだ。

「屋根を作るから問題ないよ」

俺は錬金術を発動し、防壁についている壁をさらに高くし曲線上の屋根をつけた。

すると、俺たちの頭上に降り注いだ矢が屋根に吸い込まれた。

風魔法で散らすこともできるが、何度も飛んでくることを考えると屋根を作った方が魔力の消耗は少ない。

「お返しに射ち返してやろう」

「そうしたいところですが、弓兵隊の矢が尽きそうです」

弓兵隊の矢筒を見ると、中に入っている矢がかなり少なくなっている。

さっきから何度も矢を運んでいる者がいるが、それでも補給が追いついていないようだ。

弓兵隊は帝国兵を砦の近づけないための要だ。ここで攻撃の手を緩めることはしたくない。

「問題ないよ。ここにたくさんあるから」

俺はマジックバッグを解放すると、そこからたくさんの矢を取り出した。

この日のために錬金術で矢は大量に生産していたからね。

「おっしゃ! これなら帝国兵共に思う存分に食らわせてやることができるぜ!」

弓兵たちは素早く矢を補充すると、すぐにポジションに戻って矢を射かけ始める。

地の有利はこちらにある。それを崩すことなく徹底的に防戦するんだ。

そうすれば、きっとライオネルをはじめとする獣王軍が駆けつけてくれる。

そう信じて俺たちは遅滞戦闘に務めた。





太陽が中天を過ぎた頃になっても激しい攻防は続いていた。

未だに帝国の攻撃は止むことがなく、俺たちは消耗を抑えながら遅滞戦闘に務めている。

それでもこちら側には限界が近づき始めていた。

帝国には万を越える軍勢がいるのに対し、こちらは千人にも満たない戦力。

あちらは休憩を挟み、交代をしながら攻めることができるが、こちらは常に全員がフル稼働だ。誰かを休めようものならば、どこかで綻びが出る可能性が高いほどにギリギリの沿線だ。休みや交代を挟むような予知はない。

幸いにして砦内にある農園によって食料などは供給されるお陰で、長期戦になっても飢える心配はない。強化作物もあるお陰で身体もよく動く。

しかし、どれだけ物資があっても精神までは回復することは難しい。時間が経過するにつれて獣人たちの動きが悪くなっているのを感じた。

はじめての戦争ということもあってか獣人たちも酷く疲弊しているようだ。

獣人たちだけじゃなく、もはや俺の限界も近い。

なにせずっと錬金術を使い続けては、防壁から魔法を使うことで敵を迎撃している。

魔力には自信のある俺だったが、さすがに長時間使い続けると限界だ。

魔力が減ったことにより、頭痛、めまいといった魔力欠乏症の症状が出始めている。

魔力回復ポーションを飲めば少しは回復するだろうが、度重なる服用のせいで動悸がする。これ以上の服用は間違いなく身体に影響が出るだろうな。

防壁に火炎弾がぶち当たる。

「イサギ様! 防壁に亀裂が!」

「わかった。すぐに補修をするよ」

度重なる帝国からの魔法、魔道具による攻撃により、俺が作成した防壁にはボロが出ていた。

こうやって敵の攻撃でヒビが入るのも何度目だろう。その度に錬金術を使って、補強をしながら騙し騙しでやっているが、そろそろ限界だ。

もう一度防壁を補修しようと思ってマジックバッグに手を入れるが、欲しい魔力鉱、魔力鋼、魔鉄といった素材が出てこない。つまり、補修のための物資が底を尽きた。

「イサギ! 防壁の補修をお願い!」

「ごめん、レギナ。もう素材がないからできない」

「ええ? じゃあ、その辺にある土や石を代用するのはダメなの?」

「それじゃすぐに壊される。焼け石に水だ」

魔法耐性のない素材を使用して作っても、帝国の魔法や魔道具によってすぐに破壊される。

たった一回や二回しか機能しない防壁を作っても何の意味もない。

防壁は今も帝国からの攻撃に晒されて耐えてくれているが、いつ壊れたとしてもおかしくはない。

「防壁が壊れちまったらどうなるんだ!?」

俺たちの会話が聞こえたのか、リカルドが取り乱した声を上げる。

周囲にいる獣人たちも不安になりながら聞き耳を立てているのがわかる。

「あとに残されているのは砦だけね。そこに帝国兵がなだれ込んできてしまえば、あたしたちは囲まれて集中砲火で終わりね」

そうなってしまえば、逃げることもできない完全な敗北だ。

「イサギ様! 危ない!」

次の瞬間、俺たちのいた防壁の壁に火炎弾が着弾。その一撃は防壁に入っていた亀裂に着弾したようで、傍にある壁が見事に破砕した。

「いてて……」

急にメルシアに押し倒されることになったので腰やお尻が痛い。

レギナとリカルドも俺と同じく無事だったようで、呻き声を上げながら起き上がる。

俺も起き上がろうとするが覆いかぶさったメルシアが退いてくれない。

「メルシア?」

「…………」

返事がないことを不審に思って、そのままの状態で上体をむくりと起き上がらせる。

メルシアの顔を見ると、額からは一筋の血を流しており気絶していた。

後ろを見ると背中の服は破れ、爆破による熱と衝撃によって火傷を負ってしまっている。

どうしてそうなってしまったのかを俺は瞬時に理解した。

「メルシア!」

彼女は俺を庇って負傷してしまったのだ。

必死に声をかけてみるが、彼女が返事をすることはない。