「レギナ!」

「総員遮蔽のある場所に隠れて! 敵の魔法が飛んでくるわ!」

状況を察したのかレギナが声を張り上げた。

すると、外に獣人たちが慌てて砦の中に避難する。

俺もレギナもメルシアも慌てて砦の中へ入り込んだ。

防壁の上に立っていた獣人は、壁にぴったりと身をくっつけて大盾を空へ構えることで備える。

程なくして帝国兵の光が強く輝き始める。次の瞬間、光が弾けて大量の魔法が砦へと降り注いだ。

火級が防壁を焼き、雷が奔り、氷槍が突き刺さる。あらゆる属性の魔法の多くは防壁へと直撃する。

砦の内部に籠っていても振動が伝わってくる。すぐ近くで大量の魔力が渦巻いては散っていくのがわかる。

「イサギ様、この砦は耐えられるでしょうか?」

「大丈夫なように作ったつもりだけどね」

かなりの魔力と素材をつぎ込んで作ったが、

なんて会話をしている間に地響きは続いており、継続して魔法が直撃する音がする。

息を潜ませてジッと待っていると、ようやく振動が止み、魔力が霧散していくのを感じた。

「……収まったかしら?」

三十秒ほど経過したがが、それ以上の魔法が飛んでくることはない。

魔力を浸透させてすぐに砦の内部を把握。

各連絡通路や廊下、農園エリア、武器庫などの重要なエリアから調査してみる。

「今、調べたけど砦は崩壊していないよ。防壁の一部が欠けたけど、すぐに補修できる範囲だ」

安全性が確保されたことで俺たちは砦の外に移動。

レギナが村人たちの無事を確認するために声をかけていく。

獣人の大半は砦に引きこもることができたお陰で一切の怪我を負っていない。

ただ防壁の遮蔽に隠れることしかできなかった者は、すべての魔法から身を守ることはできなかったらしく炎で身を焼かれたり、爆風で防壁から落下して亡くなった者もいたそうだ。

とても悲しいが死者を悼む暇はない。なにせ帝国軍が近くまでやってきているのだから。

「レギナ! 帝国兵が進軍を開始している!」

「総員配置について!」

おそるおそる砦の上部に移動して俯瞰してみると、帝国兵がこちらの砦へと進軍してくるのが見えた。

遠くから魔法を撃ち続ければ、砦を崩せる可能性もあるだろうにその優位性を攻めてやってきた。

徹底的なまでの物量戦。帝国はよほど早く俺たちを倒したいようだ。

物量戦は俺たちがもっとも恐れていること。それに対する仕掛けがないわけではない。

「開門! それから大岩用意!」

レギナが声を張り上げると、獣人たちが防壁を開門して二メートルほどの大きな岩を並べ始める。

レディア渓谷から俺たちの谷底までは緩い傾斜になっている。つまり、俺たちが位置する場所から岩を押してやれば、帝国兵に向かって転がっていってくれるのだ。

「転がせー!」

レギナが号令の声を上げると、獣人たちが大岩を転がす。

コロコロと進んだ大岩は傾斜のよって徐々に速度を上げ、帝国兵へと迫る頃には加速して驚異的な速度となって襲いかかった。

坂上から転がってくる大岩に多くの帝国兵が押しつぶされていく。その勢いは前列だけで留まらず、二列目、三列目と勢いのままに転がっていって帝国兵を押し潰していく。

遠目に見ただけでもえげつない被害だ。人がぺしゃんこになる光景はかなりグロテスクではあるが、こちらも命がかかっている以上は容赦しない。

俺たちは次々と大岩を転がしていく。この時のために砦にはたくさんの大岩を置いているし、俺も錬金術で切り出したものを保存しているのでマジックバッグからじゃんじゃんと放出していく。

大岩もかなり重いので獣人でも押すのは一苦労であるが、強化作物で身体能力がアップされているのですぐに疲労することはない。迫りくる帝国兵たちに次々と大岩を転がしていく。

帝国兵も転がってくる大岩をなんとかしようと魔法で破壊しようとしてくるが、変則的に転がってくる大岩のすべてを破壊することは難しいのか、かなりの打ち漏らしが出て被害が出ている。いい感じだ。

「せいっ」

メルシアの転がした大岩がとんでもない速度で押し出されて転がっていく。

中列にいる大きな盾を手にした重騎士が五人がかりで受け止めようとするが、あまりの威力に弾くことも減衰させることもできずに仲良く潰れることになった。大岩はそのまま減速することなく中複の騎士たちもひき潰してようやく止まった。

彼女の押し出した大岩はとんでもない威力だ。

「次をお願いします」

「あ、はい」

俺はマジックバッグから大岩を取り出していく作業に従事する。

とはいえ、大岩を置いていくだけというのも物足りないので、メルシアの転がす大岩にだけ棘を生やしてみたりと威力の向上に努めた。

その結果、さらなる被害を生み出すことができたので最小の労力で成果を発揮できたと言えるだろう。

「うん? なんか大岩が転がらねえぞ?」

そんな風にサポートを行っていると、獣人たちから訝しげな声が上がるようになった。

防壁を登って確認してみると、俺たちの押し出した大岩が最初のように転がらなくなってしまい途中で止まったり、引っかかることが多くなった。

というか、よく見ると傾斜の確度が穏やかになっている気がする。

不思議に思ってあちこちを確認してみると、坂下に手をついている宮廷錬金術師の姿が見えた。

「錬金術師で傾斜をなだらかにしたんだ! レギナ、これ以上の大岩は効果がない!」

「そういうことね! だったら防御陣よ! ここからはひたすらに防御に徹するわ!」

レギナの指示ですぐに門が閉じられて、獣人たちは砦にこもって防御耐性に入る。

ここからは防壁や砦にある設備だけで帝国の進軍を食い止めるのだ。

帝国兵がなだらかになった傾斜を駆け上がってこちらに近づいてくる。

それに対してこちらは防壁の上にズラリと弓兵隊を並ばせる。

「よーく狙って放て!」

レギナの指示の元、狩人などの弓の扱いに慣れている村人たちが一斉に弓を発射。

山なりに飛んでいった矢が前列にいる帝国兵を打ち抜いていく。

傾斜がなだらかになったとはいえ、俺たちの砦は遥かに高いところに位置している。

駆け上がってくる帝国兵たちを打ち下ろすことのできる構図となっているので防御は硬い。

弓兵隊以外にも魔石爆弾を手にした投擲部隊や、俺の作った軍用魔道具などを運用している獣人たちが防壁から打ち下ろす形で帝国に被害を与えていく。

地形の有利もあって俺たちの防御は鉄壁だ。

あれだけいる帝国兵がロクに近づくことすらできていない。

しかし、それでも帝国兵は前進することはやめない。

理不尽に殺されようとも、前へ前へと進んでくる姿は異様だった。

「こいつら一体いつになったら退くんだよ」

「仲間の死体を盾にしてやがる」

どれだけ被害が出ようとも着実に近づいてくる姿は狂気的だった。

帝国兵の得体の知れない迫力に、どれだけ数を減らしても群がってくる光景に獣人たちは呑まれていく。

そんなゴリ押し戦法によって帝国兵が掘へと近づいてくる。

堀がある以上は楽に進むことはできないのだが、敵には宮廷錬金術師がいる。

俺が錬金術で堀を作ったように錬金術でそれを埋めることも簡単だ。

「あそこにいる宮廷錬金術師たちを近づけないでください! 堀を埋められてしまいます!」

こっそりと重騎士たちに護衛されて近づいてくる宮廷錬金術師のローブを羽織った一団。

そいつらは錬金術で堀を埋めようとしているので絶対に近づけてはいけない。

俺の指示を耳にして弓兵たちが一斉に矢を射かける。

重騎士たちは盾をかざして宮廷錬金術師たちへの攻撃を守ろうとするが、大量の矢の雨を防ぎきることができずに倒れ伏す。

「ざまあみろ! オレたちの堀は埋めさせねえぜ!」

なんてリカルドが威勢のいい声を上げた時だった。

俺たちの足元にあった堀が突如として隆起し、溝が埋まってしまった。