帝国の本陣に侵入し、魔力大砲を破壊したこともあってか帝国は軍勢を引き上げ、その日は攻勢を仕掛けてくることはなかった。日が沈み、夜になっても帝国は動くことはない。

しかし、その翌朝。

「帝国が動いた!」

見張りの獣人の張り上げた声により、俺たちはすぐに集結をする。

遠見の魔道具で帝国陣の方を見ると、数多の帝国兵がこちらに向かって進軍してきていた。

しかし、その数が尋常ではないくらいに多い。

「……数が多すぎる」

その勢いは帝国兵だけでレディア渓谷を埋め尽くさんとする勢いだ。それなのに後方にはドンドンと帝国兵が続いており、途切れる様子がない。

昨日、様々な策を練り、多大な被害を与えたが、帝国はまったく怯んだ様子を見せていない。むしろ、それがどうしたと言わんばかりだ。

「どうやら帝国はなりふり構わず、圧倒的な物量で私たちを押しつぶすみたいですね」

「最悪だ」

こちらがどれだけ策を弄しても、戦力に十倍もの差があることに変わりはないのだ。

俺たちにとって単純な数によるぶつかり合いはもっとも避けるべきものであり、やって欲しくない戦術だった。

「こうなっては前に出ることはできないわね」

「いいのか、それで!? 昨日みたいにもっと前に出て、色々と何かをした方がいいんじゃねえか?」

レギナの苦しげな決断にリカルドをはじめとした血の気の多い獣人たちが、そんな声を上げる。

「そうしたい気持ちはあるけど、敵がなりふり構わなくなった以上は難しいわ。数で押しつぶされて犬死にするだけよ」

一騎当千の活躍をするレギナやメルシアを投入しても、何千、何万と続けて相手をすることはできない。強化作物を食べた獣人たちなら、協力すれば多大な被害を与えられるだろうが千人も倒すことはできないだろう。

「だったら、イサギの錬金術はどうなんだ? 今日も色々とできねえのか? 森を作って足止めをしたり、錬金術で作った生物をばら撒くとかよお!」

「すみません。あれもそう何度もできるものじゃないので」

最初に森を作った品種改良をした種は、地面に絶大な負担を与えてしまう。

事前に広範囲に肥料を撒いた上での一回きりだ。もう一度種を植えたところで負荷のかかった地面に栄養はなく、昨日のような大規模な森を作り上げることはできない。

小規模な森を作ったところであっさりと粉砕されるだけだ。

錬金生物も獣人たちを撤退させるためにほとんど消費してしまった。

砦の建築や武具、ゴーレムの作成、魔道具の作成、敵の魔力大砲を防ぐために大量のアダマンタイトを使用してしまったために物資も心許ない。

昨日のような大きな動きはできないだろう。

「あたしたちの役目は時間を稼ぐこと。持ち堪えていれば、獣王軍が必ずくるわ」

「本当に獣王様はきてくれるのか?」

「早く情報を知った割にいつまでたってもこないじゃないか?」

「こっちは丸一日帝国を足止めしてるってのによ」

獣人たちから口々に不安の声が上がる。

俺たちと同時にライオネルも侵攻の情報を知っていた。

軍の編成に時間がかかり、獣王都からプルメニア村まで距離があるのは知っているが、それでもそろそろ到着してもいいころだ。

それなのに獣王軍の音沙汰はまるでない。たった一日と思えるかもしれないが、十倍もの戦力差のある帝国を相手に一日も堪えるのは大変で時間が無限のように感じられる。

獣人たちが不安に駆られてしまうのもわからなくもない。

「必ずくる!」

そんな獣人たちの不安をかき消すような声音でレギナが言った。

力強い彼女の声に砦には静寂な空気が流れる。

「今のあたしにはそうとしか言えない。だけど、信じて一緒に戦ってほしいの!」

「王女様にそう言われては男として応えるしかないでしょう」

「そうだな! たとえ死んだとしても王女に請われ、村を守ったと思えば悪くない」

レギナの第一声に俺が反応し、ケルシーが乗っかるように言う。

「そうだな。何を弱気になってるんだ俺たちは」

「ライオネル様は俺たちの力になると言ってくれた。あの方は嘘をつくような人じゃないしな!」

「俺は籠城だろうがなんだろうがやってやるぞ!」

そんな俺たちの声に反応し、次々と獣人たちが協力する姿勢を見せる。

これまで培ってきたレギナの信頼もあるが、前回プルメニア村に訪れた際のライオネルと村人との交流が功を奏したようだ。

俺たちの農園の視察だけじゃなく、村人との交流もしっかりしていたしね。

「皆、ありがとう! ここからは籠城戦になるわ! 苦しいこともあるかもしれないけど、皆で乗り切りましょう!」

レギナの声に砦にいる獣人たちが力強い声で答える。

討って出ることに大きなリスクがあるのであれば、前に出る必要はない。

皆の輪から離れると、レギナがこちらにやってくる。

「ありがとうね、二人とも」

「レギナとライオネル様の人徳があったからこそだよ」

「その通りです」

二人を慕っているからこそ皆は付いていきたいと思うんだ。

俺とケルシーのお陰などではない。

当初の予定通り、俺たちは地の利を生かした籠城戦へ移行することになった。





籠城をすることに決まったとはいえ、錬金術師の俺には他の皆とは違った足止めの方法がある。錬金術を使って谷底に沼を作ったり、ストーンゴーレムなどを潜ませてみたり、崖の至るところに魔石爆弾を仕掛けてみたりと。これらの罠は昨日の大がかりな仕掛けとは違って所詮は一時的な足止めにしか過ぎない。

しかし、一分、一秒といった時間が欲しい俺たちからすれば、十分となる時間稼ぎだ。

手早く罠の設置を終えると、俺はすぐに砦に引き返す。

砦でも俺のやれることは多い。

砦の前に大きな堀を作って、そこに杭を設置したり、防壁の強度を上げたり、防壁の上から射かけるための弓矢を増産したり、熱した油や薬品などを用意したり。隙間時間にはゴーレムを作ったりと錬金術師としてやれることを必死に行った。

そうこうしていると、あっという間に時間は過ぎ去って帝国兵が再びレディア渓谷の中腹にまで迫ってきた。

最初にかかった仕掛けは俺の作り上げた沼だ。

ぬかるみに足を取られ、注意が向いている隙に魔石爆弾を発動させて、崩落を起こす。

足元が悪い中での攻撃に何人もの帝国兵が押しつぶされていくが、すぐに魔道具や魔法が飛んできて落石が破壊される。

さらに魔法使いたちは進軍する前に崖に魔法を放ち、魔石爆弾を誘爆させた。

俺が絶好のタイミングで崩落を起こさせるよりも前に、自発的に爆発させて被害を食い止める作戦のようだ。

確かに兵士たちに当たるよりも前に、作動させれば誰にも被害は出ない。

「妙に魔石爆弾の位置が当てられるな」

一発の爆発の傾向から予測して放っているのかと思いきや、妙に的確に魔石爆弾だけを破壊している。まるでわかっているかのようだ。

「イサギ様、軍勢の中に宮廷錬金術師がいます!」

メルシアに言われて魔道具で覗いてみると、軍勢の中に俺と同じローブを纏う数人の宮廷錬金術師がいた。

「宮廷錬金術師が戦場に出てくるなんて、これは本当になりふり構っていないようだね」

宮廷錬金術師は貴族の豪商の子息ばかりだ。

鉱山採掘といった泥仕事や命の危険が大きい仕事は嫌がって出てこない。

そんな彼らが前線に出ている状況は異常だ。

恐らく、彼らよりも権力が強い、第一皇子であるウェイスがよっぽどの圧力をかけたのだろう。

錬金術師がいれば、地中を探って罠があるか探るかも可能だ。

錬金術によって沼と杭は土に戻され、魔石爆弾や潜ませていたストーンゴーレムが次々と発見されていく。

「これは罠の類はほとんど時間稼ぎにならないね」

敵に錬金術師がいるってだけで、こうも厄介とは思わなかった。

昨日の俺の活躍を目にして、帝国もそんなことを思っていたのかもしれない。

俺の仕掛けた罠をことごとく無効化して、帝国兵たちが砦へと徐々に近づいてくる。

三百メートルほど近づいてくると、帝国兵の足が止まった。

代わりに至るところで魔法の光が輝いた。