イサギたちを見失った帝国陣では混乱が起こっていた。
突如として後方にある本陣に敵戦力が出現し、かき乱されたのだ。
帝国兵たちが取り乱すのも無理はない。
そんな中、ウェイスは状況を確かめるべく声を張り上げる。
「侵入してきたイサギと獣人共はどうなった!?」
「見失ってしまいました!」
「この私のいる本陣にみすみす侵入を許すだけでなく、取り逃すとは一体何をやっているのだ!」
兵士の報告を耳にして、ウェイスは激昂する。
「申し訳ございません。ただちに侵入経路を洗い出し、追跡を致します」
兵士たちが慌てて捜索作業に戻ると、ウェイスは自身のテントに戻った。
「まったく無能共め」
「ウェイス様、ご報告があります」
一人で毒を吐くウェイスの元にガリウスと錬金術師長が重苦しい表情を浮かべながら入ってきた。
「なんだ?」
「対獣人用に開発した魔力大砲ですが、先ほどの襲撃で破壊されてしまいました」
「破壊!? あれはそう簡単に壊されないように加工をしていると耳にしたが?」
「内部の魔力回路を破壊されました」
「それがどうした? ここには宮廷錬金術師もいる。なんとか修理しろ」
ガリウスは重苦しい表情で原因を告げるが、ウェイスはまるで理解した様子がない。
それも当然だ。彼はあくまで皇子であって錬金術師ではない。
その辺の者よりも錬金術に対する知識や理解はあるものの専門職でないのだから。
ウェイスが状況を理解していないと察したのか、ガリウスは視線を送って錬金術師長に説明を求める。
すると、彼は気だるそうな表情で口を開いた。
「僭越ながら申し上げますが、それは不可能といいますか多大な時間を必要とします」
「なぜだ?」
「魔力大砲を動かすために中枢機関となる魔力回路を破壊されたからです。こちらの魔力回路は壊れたからといってすぐに作り直せるわけではありません。宮廷錬金術師が総出で取り掛かり、多くの時間と魔力を込めて作成するものでして、このような戦場では到底修復することはできません」
「軍用魔道具が破壊されただと!? 貴様、あれにどれほどの資金をかけたと思っている!? あの魔道具はそれほどまでに脆弱なのか!?」
「そんなわけはありません。こちらもそれを最大限警戒して偽装を施しましたが、今回は敵の錬金術師であるイサギに一歩上を行かれました」
見た目では淡々と語っているように見えていたが、その内心には屈辱で満ちており、イサギに対する激しい怒りと嫉妬を抱いていた。
魔力大砲がなくとも自身の提案する戦術でイサギを上回り、獣人共を追い詰める気持ちでいたのが彼は大きな誤算をしていた。
「ですが、魔力大砲がなくとも十分にイサギや獣人共を追い詰める方法は――あっ!?」
ウェイスは淡々と報告する錬金術師長に接近すると、腰に佩いてある剣を抜き、そのまま胸を突き刺した。
「えっ……?」
「解雇された錬金術師よりも無能な宮廷錬金術師など必要ない。死ね」
ウェイスはそう冷酷に告げると、かろやかな動作で剣を引き抜いて血糊を払った。
そんなまさか、なぜ、どうして……そんな言葉すら呟かれることもなく、心臓を貫かれた錬金術師長は死んだ。
すぐ傍で部下が処分されたことに、ガリウスは顔を真っ青にした。
テントで待機していた兵士たちも時が凍り付いたかのように呆然と見ている。
「さっさと処分しろ」
ウェイスが指示をすると、兵士たちは弾かれたように動き出し、血だまりを広げる錬金術師長の死体を外へと運び出した。
「ガリウス、貴様もああなりたくなければ、宮廷錬金術師共を動かして帝国に貢献をしろ」
「はっ!」
ただの宮廷錬金術師ではなく、それを束ねる錬金術師長をウェイスはあっさりと殺した。次にその刃が向くのがガリウスであってもおかしくはない。
もはや、自分が安全圏であるとは到底思えなかった。
戦場で錬金術師たちを戦わせるなんてしたことはないが、首を横に振ることはできない。
そのようなことをしようものならガリウスの首は飛ぶ。
今のウェイスにはそれをやるくらいの迫力があった。
「我が軍の被害は甚大だが、獣を相手に栄えある帝国が撤退などしない! どれだけ被害を出てもいい! 明朝に全軍前進だ! 戦力の差を生かし、徹底的に獣人共を叩き潰せ!」
戦力が多いということは、それだけ消費する物資も多いということだ。
ウェイスの宣言に反対意見など上がることもなく、帝国は短期決戦を行うことになる。