ガランゴロンと岩が転がってしまって慌てる。

穴から出ずにしばらく様子を窺ってみるも、その音で誰かがやってくる気配はない。

そのことに安堵しつつ、俺はおそるおそる外に出て様子を窺う。

久しぶりの明るい光に目がチカチカとする。それをグッと堪えて視線を巡らせる。

周囲は岩礁地帯になっていたので俺たちはすぐに身を隠し、落ち着いて周囲を確認。

あちこちでテントのようなものが建っていた。周囲には小さな柵が立てられており警戒する兵士が立っているが、こちらにはまったく気付いていない。

「あれは帝国の陣地か?」

「大きな仮設テントなどを見る限り、そうだと思う」

ここだけが戦場のような血生臭い空気が漂っておらず、まったりとした空気が流れている。

前線に出ていないからこその腑抜けた空気だ。

恐らく、ここには軍を率いる王族や、その家臣などが待機しているのだろう。

「魔力大砲はどこなんだ?」

「あそこだ」

ラグムントの指さしてくれた方角を見ると、テントから離れたところに魔力大砲が鎮座していた。その周囲には護衛の兵士が立っており、警備を固めている。

「どうする? 一気に四人で突っ込んで壊すか?」

「いや、私が囮になろう。その隙に三人が近づいて壊すはどうだ?」

リカルドとラグムントが小さな声で魔力大砲を無力化する方法を話し合う。

しかし、それらはどれも危険であり、確実性に欠けると言わざるを得ないだろう。

俺も掘削しながらぼんやりと考えてはいたが、どれも確実性があるとは言いづらい。

「イサギ様、提案があります」

そんな中、メルシアが覚悟のこもった眼差しを向けながら言う。

長年付き合っているだけに彼女が何を考えているか俺にはわかった。

「メルシアが一人で皇族を暗殺するっていうのは無しだよ?」

「ッ!? な、なぜですか?」

「仮に暗殺が成功したとしてもメルシアが犠牲になるからだよ」

「構いません。私一人の犠牲でこの戦いが終わるのであれば安いものです」

「全然、安くないよ。少なくとも俺はそうは思わない」

「俺も同感だ。いくらオレたちより強いって言っても、女だけを犠牲にして助かりたいとは思わねえよ」

「今回ばかりは私も同感です。メルシアさん」

「それに皇族を暗殺したところで帝国の侵略が止まる保障も無いしね」

皇子を暗殺しても、次なる指揮権を持った皇族が控えている可能性もある。

それくらい帝国には大勢の皇族がいるんだ。

皇子の一人暗殺しても終わるとはいえないし、また次の大きな火種になる可能性がある。

「わかりました。ならば、暗殺はやめておきます」

そういった理由も指摘すると、メルシアは納得したのか頷いてくれた。

メルシアだけ犠牲にして、俺たちは助かりましたなんてケルシーに言えないしね。

魔力大砲を無力化しつつ、全員で帰還する方法を俺たちは考える。

「四人で魔石爆弾を投げ込むってのはどうだ?」

「それはアリかもしれない」

「いや、あれほどの巨大な大砲だ。装甲を見る限り、多少の魔法なんかが撃ち込まれることは想定しているだろうから難しいと思う」

チャンスは一度しかない以上、確実性が低いものは採用できない。

「じゃあ、どうしろってんだ?」

「俺が近づいて錬金術で内部から破壊するよ。それが確実だ」

外部からの攻撃が安全性に欠ける以上、内部からの破壊が一番確実だ。

そして、それが実行できるのは魔道具にもっとも精通している俺だけだ。

「周囲には大勢の兵士がいますが……」

「そこはこのローブを使って紛れ込むよ」

魔力大砲の周りには俺と同じローブを羽織った錬金術師たちがいる。

ザッと見たところその中に顔見知りらしきものはいない。

俺が羽織っているのも帝国の宮廷錬金術師のものだ。それとなく入っていけば、警戒されることなく近づくことができる。

「ですが、イサギ様は開戦時や撤退時の活躍で容姿が知れ渡り、警戒されているかと……」

メルシアの言うことはもっともだ。俺の容姿は既に帝国内に共有されている可能性がある。

「ならその容姿を変えればいいんだよ」

俺はマジックバッグから一つのピアスを取り出して、耳につけた。

「うお! イサギさんの髪色が真っ黒になったぜ!」

「それに目の色も黄色から青に……」

これは錬金術で作成したマジックアイテム。カラーピアスだ。

装備した者の髪色と目の色を自由に変えることができる。

「これならぱっと見で俺とはわからないでしょ?」

「ええ、別人ですね」

「……黒髪のイサギ様もアリです」

なんだかメルシアのコメントだけがズレている気がするが、お墨付きがもらえたのならそれでいいだろう。

「オレたちからすれば、匂いで一発だけどな」

「人間族にそこまでの嗅覚は備わってないし、俺の匂いなんてわからないから」

人間族にそのような見分け方はできないので、そこは気にしなくていいだろう。

段取りとしては俺がバレないように近づいて、魔力大砲を内部から破壊する。

メルシアとラグムントには俺がバレた時のために近くに控えてもらう。

場合によってメルシアが敵兵を蹴散らし、ラグムントが魔石爆弾などで牽制することも視野に入れている。

そして、リカルドは洞窟で待機してもらい、確実に退路を確保してもらう。

敵に追いかけられるようなことがあれば、リカルドが魔石爆弾などを投げて誘導をしてもらうという感じ。

「これでどう?」

「異論はないです」

大まかな作戦の流れを説明すると、特に反対の意見が挙がることはなかった。

「決まりだね。じゃあ、行ってくるよ」

「イサギ様、どうかお気をつけて」

メルシアたちに見送られると、俺はこっそりと岩陰から出た。

そのまま帝国兵たちに合流すると、何気ない姿で魔力大砲の方へ向かう。

俺の視界を何人もの帝国兵が闊歩している。

俺がイサギだとバレたら、腰に佩いている剣で斬り捨てられてしまうだろう。

緊張で心臓がバクバクと鳴る。だけど、そんなことはおくびにも出さずに堂々と歩く。

何もないところから現れれば怪しいことこの上ないが、一度紛れてしまえば早々疑われることはない。そう自身に言い聞かせることで、俺は一歩ずつ前に進んでいく。

魔力大砲の傍にやってくると、護衛の兵士がこちらを睨みつける。

その鋭い眼力にビビることなく入っていくと、兵士は軽く頭を下げて通してくれた。

宮廷錬金術師はほとんどが貴族だから。貴族を相手に強く出られる兵士はいない。

そんなわけで俺はあっさりと魔力大砲の傍にやってくることができた。

周囲には俺以外の宮廷錬金術師がいる。幸いにして顔見知りはいない。

いたとしてもカラーリングで変装している俺に気付く者はいないだろう。

気付くほど仲の良かった同僚なんていなかったからね。悲しいぼっちがまさかここにきて役立つとは世の中は何があるかわからないことだ。

俺はシレッと魔力大砲へ近づく。さも軍用魔道具を調整する宮廷錬金術師のように。

魔力大砲に触れた俺は、魔力を流して内部構造を読み取っていく。

ベースはアダマンタイトを使っており、そこに魔鉄、魔鋼といった魔法防御力の高い素材を使っている。もちろん、それらは宮廷錬金術師が加工しており、並の攻撃では傷一つつけることができない硬度に高められている。

上質な素材を用意することはもちろん、これほどの大きさに加工するのも大変だっただろうな。

これを作るのに一体どれほどの金額を注ぎ込んだのか呆れる思いだ。

その資金があれば、大勢の民たちを笑顔にできただろうに。

俺が解雇されてからしばらくの月日が経過したが、帝国は内政にまったく力を入れず、軍事費にばかりお金を注ぎ込んでいるようだ。残念でならない。

そんなことを考えてしまうが、今の俺は帝国の宮廷錬金術師ではない。

プルメニア村に住む錬金術師イサギだ。今の俺がどうこうできるわけもないし、もはや関係のないこと。

余計な考えは捨てて、魔力大砲の構造を把握するべく魔力を浸透させた。