身体が言う事を聞かずに前のめりに倒れ込んでしまう。

呼吸ができ、ドクドクと心臓が震える音がする。俺はどうやらまだ生きているみたいだ。

何もすることができずに倒れ伏していると、地面から激しい振動が伝わってくる。

帝国兵だ。魔力大砲を放って獣人たちを大きく下がらせたんだ。

この機会を逃すわけがない。逃げないと。だけど、身体が疲弊して動かすことができない。

もしものためにライオネルから貰った世界樹の雫を利用したポーションがあるが、使うことができなければ意味はなかった。

「イサギ様!」

遥か後方からメルシアの声らしきものが聞こえる。

最初に感じたのは安堵だった。

「よかった。無事だったんだ」

顔は見えないけど、かなり距離が遠い。

恐らくメルシアが俺を回収するよりも、帝国兵の魔法が先に届くだろう。

帝国兵たちの足音が近づき、ドンドンと大きくなっているのがわかる。

残念ながら俺は助からない。

「だけど、大切な人を守り切れたのなら、ここで死ぬのも悪くはないかな」

最期に男として格好いいところを見せられた気がする。

「なんだ貴様、ここで死にたいのか?」

「えっ!? コクロウ?」

目をだけを動かしてみると、傍らにはコクロウが佇んでおり、哀れな顔でこちらを見下ろしている。

「どうしてここに?」

「我はずっと貴様の影に潜んでいたからな」

「な、なるほど」

それなら魔力砲を防ぐ時に力を貸してくれてもよかったんじゃ……思わず、そんなことを思ったがコクロウにそこまでの力はないし、過度な期待をしてはいけない。

「で、ここで野垂れ死ぬのが望みか?」

「え、いや。生きたいです。助けてください」

「しょうがない奴だ」

コクロウがため息を吐くと、俺の真下にある影が揺らめいてずぶずぶと身体が沈んでいく。

「な、なにこれ!?」

「我の影に入れてやっているんだ。息を止めておけ」

どうやらコクロウやブラックウルフがやっている影移動を行ってくれるようだ。

というか人間である俺も移動できるのか? わからないけど、それしか道がないので従うしかない。

ずぶずぶと沈んでいく得体の知れない感覚に恐怖しながらも、コクロウの言うことに従って息を止めた。

今の俺は指一本動かすことができないんだし、身を任せるしかない。

程なくして俺とコクロウの身体は影に沈んだ。

目を開けても何も見ることのできない完全な暗闇だ。

「チッ、人間を連れて移動するのは難しいな」

傍らにいるコクロウが悪態をついている。

この空間にとって俺は異物なのだろう。妙な圧迫感がある。

俺という異物がいるので移動に苦戦しているようだ。

疲弊している中、息を止めているのはかなり辛い。

「小娘、足を止めろ!」

「コクロウさん!?」

酸欠で意識が遠くなる中、コクロウの声とメルシアの驚く声が響いた。

次の瞬間、俺の身体がふわりと浮上する。

「イサギ様!?」

ちかちかとする視界の中で、こちらを見て驚いた顔をするメルシアが見えた。

どうやらメルシアの影に移動したようだ。

「小娘、さっさとこいつを拾い上げろ」

「は、はい!」

コクロウが俺の身体を押し上げると、メルシアが速やかに回収してゴーレム馬の前に乗せてくれた。

「イサギ様、ご無事でよかったです」

「あはは、心配かけちゃったみたいだね」

「まったくです。あんな無茶をされるだなんて」

「言葉を交わし合うのはいいが、まずは後ろをどうするかが先ではないか?」

コクロウに言われて後ろを振り向くと、帝国兵たちが進軍してきていた。

こちらはゴーレムが全滅し、戦力のほとんどが砦まで引いてしまっている。

中々前に進むことのできなかった帝国からすれば、絶好の機会。

「砦に引き返します!」

メルシアが慌ててレバーを操作して、ゴーレム馬を走らせる。

「コクロウのさっきの技で逃げたりとかは……」

「人間が一緒にというのは無理だ」

さっき苦戦していた様子から、コクロウにとって人間ごと影移動を行うのは負担の大きいことのようだ。あれが使えたら安全に一瞬にして避難できるというのに残念だ。

「このままですと、私たちと一緒に帝国兵まで砦に接近してしまいます!」

俺たちの後方には帝国兵たちがいる。このまま何もせずに砦まで引き返しては、帝国兵まで連れていくことになりかねない。

「コクロウ、あそこの崖に攻撃することってできる?」

「ああ」

俺が指をさすと、コクロウは影の刃を飛ばした。

黒い刃は崖に直撃すると勢いよく爆発し、谷底へと岩を落とした。

「なんだ今の爆発は?」

「撤退する時のために魔石爆弾を埋めていたんだ。あっちとあっちにも埋めているから攻撃して作動させてくれるかい?」

本来ならば、俺が錬金術で遠隔作動させる予定だったのだが、今は魔力が空なのでそれすらもできない。

コクロウに頼むと、彼は次々と影から刃を飛ばして、俺が指定したポイントに命中させてくれた。地中に埋めてあった魔石爆弾が次々と起動し、大量の岩や土砂が谷底を塞ぐ。

だけど、まだ足りない。ちょっとやそっとの岩じゃ帝国はすぐに破壊して進軍してくる。

岩の撤去を妨害するような戦力が必要だ。

俺は気力を振り絞ってポーチの中から瓶を取り出す。

そこにはコクロウと一緒に作成した錬金生物の種が入っているのだが、疲弊しているせいか瓶を開けることすらままならない。

「ええい、じれったい! 撒けばいいのだろう!」

苦戦しているとコクロウが影を伸ばして俺の瓶を回収し、影を操作して器用に蓋を開けると、中に詰まっている大量の種を地面に撒いた。

種はひとりで地面に埋まると、瞬く間に成長して異形の植物と化す。

ある個体は数メートルもある蔓を伸ばし、ある個体は人間のように手足を生やし、ある個体は全身に刺のようなものを生やす。それらに共通している点は、どうみても人と共存できるような見た目ではないことだ。

「イサギ様、あれは?」

「錬金術で品種改良した作物だよ」

「そ、そうですか」

こんなものを作っているとメルシアに知られたくなかったし、彼女の目の前で使いたくもなかったが、俺たちには立て直しをする時間が必要だった。

大量の土砂と錬金生物を谷底に落とすと、俺たちは防衛拠点である砦へと引き返すのだった。





「イサギ! 大丈夫なの!?」

メルシア、コクロウと共に砦に帰還すると、真っ先にレギナが出迎えてくれた。

「ああ、なんとかね」

「よかった」

まったく動くことはできないが無事であることを伝えると、彼女は心底ホッとした顔になった。

撤退する時は冷静にメルシアを止めてくれたが、心配で気が気じゃなかったようだ。

「あの攻撃で怪我をした人はいない?」

「イサギのお陰で全員が無事に撤退できたわ。あなたが防いでくれなかったら、きっとあたしとメルシアも……本当にあなたには感謝しきれないわ」

「なら、よかった」

そう言ってもらえると身体を張った甲斐があるものだ。

俺の行いは無駄じゃなかったらしい。

「ごめん。先にポーションを飲ませてくれるかな? さっきから身体の痛みやら、魔力の欠乏でしんどくて」

「ご、ごめんなさい! 好きにどうぞ!」

レギナに断りを入れると、俺はマジックバッグから一つのポーションを取り出す。

それは他の治癒ポーションや魔力回復ポーションとも色が違う、透き通るような青色をしていた。

これはライオネルから貰った大樹の雫や枝葉を利用して作成したポーションだ。

これを飲めば傷だけでなく魔力さえも全快するだろう。

震える手で持ち上げると、後ろにいるメルシアが蓋を開けてくれた。

それだけじゃなく、俺の口へと瓶を傾ける。

「はい。イサギ様」

「いや、自分で飲めるんだけど……」

「稀少なポーションを万が一落とすようなことがあってはいけませんから」

確かに満足に一人で蓋を開けることができない奴が言っても説得力がないのかもしれない。

俺は素直に口を開けて、メルシアにポーションを飲ませてもらった。

すると、俺の身体が青い光に包まれる。

魔力大砲による攻撃で負ってしまった火傷、切り傷、打撲といった外傷は綺麗さっぱりと治ってしまい、空になっていた魔力が満たされていく。

魔力回復ポーションを摂取した時のような、急激な魔力生成による魔力器官への負担や、気持ち悪さといったものは一切ない。

「わっ! イサギの傷が治った!」

「それだけじゃなく、魔力も全部回復したよ。さすがは大樹の素材を使ったポーションだ」

「すごい効果ね!」

「興味本位で使っちゃダメだよ? ここぞという時に使ってね?」

「わかってるわよ」

俺だけじゃなくレギナにもこのポーションは持たせてある。

作成できたのが二本しかないので、もう一本はケルシーかメルシアに持たせようとしたが、全力で反対されたので二本目は俺が持っていたのである。

結果的に死にかけていたので持っていた良かったと思う。