「焔旋風!」

レギナの大剣を凪ぎ払うと、付与された炎の力も相まって強力な炎の嵐が迸る。

至近距離にいた帝国兵は両断され、周囲にいた者たちも爆風のあおりを受けて大きく吹き飛ばされていた。

レギナの周りに敵がいなくなったので俺とメルシアはゴーレム馬で彼女の傍に寄る。

「絶好調だね!」

「ええ、だけど何か手応えがないのよね」

レギナから明るい返事がくると思ったが、大剣を肩に担ぎ上げた彼女の顔色は神妙だった。

「手応えがないってどういうこと?」

レギナだけでなく、俺たちが倒している帝国兵が偽物というわけではない。

戦場に漂う血の匂いや、転がっている遺体が、この上なく現実のものだと訴えかけていた。

これらが夢や幻のわけがない。

「ごめんなさい。感覚的なものだから口では説明しにくいわ」

「レギナ様は現状に違和感を覚えているということですね?」

「ええ。だけど、その違和感の正体がわからないのよ」

レギナとメルシアが小首を傾げる中、俺は落ち着いて周囲を見渡してもみる。

帝国の被害が甚大に与えた上に、こちらにも死傷者はいるものの被害は軽微だ。

敵の魔道具部隊も無力化することができ、戦槌ゴーレムを鹵獲したお陰で俺たちは破竹の勢いで戦線を押し上げることができている。

……戦線を押し上げている?

そのキーワードに引っかかりを覚えた俺は、ふと後ろを振り向く。

気が付くと、俺たちの戦線はかなり前に出ており、防衛拠点からかなり離れていた。

それに対して帝国は陣をドンドンと後退している。

武装ゴーレムや鹵獲した戦槌ゴーレム、レギナの活躍、強化作物で強化された獣人といった大きな要素はあるものの、帝国の抵抗があまりにも少ない。

まる、奥へ奥へと誘われているように。

遥か前方にある帝国陣の奥を見ると、巨大な黒い棒が姿を現した。

遠見の魔道具を覗き込んでみると、それは棒なのではなく巨大な大砲だというのがわかった。バレルだけで二十メートルもあり、表面には浮き出るほどに大量の魔力回路が接続されているのが見えた。

「レギナ、急いで皆に下がるように言ってくれ!」

「ええ!? どうして!?」 

「俺たちは誘い込まれたんだ! このままだと、あそこにある軍用魔道具に一網打尽にされる!」

指を差すと、視界の遥か先にある巨大な大砲が見えたのか、レギナが身体を硬直させた。

しかし、それは一瞬で自らが何をするべきか悟ったらしい。

「全軍、ただちに撤退! 敵の軍用魔道具の斜線上から離れて!」

俺は風魔法を発動。レギナの声が戦場に広く響き渡るように音を拡張した。

その音量に獣人たちは身体をビクリと震わせる。

少しうるさかったかもしれないが、聞こえないよりも百倍マシだろう。

「ええ? なんでだ!? せっかく帝国兵たち潰せるってのに!」

「リカルド、レギナ様の命令だ! 従え!」

「あー。ったく、わかったよ!」

前線では困惑している者もいるが、ラグムントをはじめとする冷静な者が率先して声をかけてくれたお陰か撤退の動きができる。しかし、中には戦いに熱が入って聞こえていないものいる。そういった者は俺がゴーレムに指示を出して、無理矢理に後退させておいた。

俺たちが撤退する動きに帝国も気が付いたのか、巨大な大砲に魔力が充填され始める。

「マズい! 既にここも射程範囲だ!」

今まであれを隠していたのは、俺たちを引き込んで殲滅するため。最大の効果を発揮するために引き付けていただけで、既に射程圏内に入っていたらしい。

砲身に途方もない量の魔力が集まっていく。

魔力を扱う生業だからこそわかる。収束している魔力の量がとんでもないことを。

あれが放たれれば、射線上にいるすべてのものは消し炭となる。

「なんだ!? あのでっかい大砲は!? あれも帝国の魔道具なのか!?」

異様なほどの魔力の収束に素養のない獣人たちも畏怖を覚えたようだ。

「いいから走れ! 後ろを見るな!」

今は立ち止まってはいけない。俺はゴーレム馬に乗りながら、後退してくる獣人たちに声をかける。

獣人たちは全力で走ってくれているが、あの大砲がどれほどの射程範囲を誇るのかわからない。

己の足で走るよりもゴーレム馬の方が速いと判断したのか、レギナがメルシアの後ろへ器用に飛び乗る。

「もしかして、砦にまで届くんじゃないでしょうね!?」

「いくら帝国の錬金術師でも、それほどの超遠距離軍用魔道具は開発できていないはず!」

もし、帝国の陣地から俺たちの砦にまで届くのであれば、最初からぶっ放しているはずだ。

それをしなかったということは、あの大砲まで魔力を放つことができないのだろう。

というか、そう思うしかない。

祈りをささげるような気持ちで必死に走らせる。

ゴーレム馬は既に爆走モードで限界以上の速さを出してくれている。

しかし、それでも砦までの距離が遠い。時間が足りない。

チラリと後方を確認すると、膨大な魔力が砲身の先で圧縮され固められる。

「イサギ様、敵の攻撃がきます!」

敵の攻撃は既に放たれる寸前だ。

既に射程圏内に入っていた以上、殿を務めている俺たちには直撃する可能性が高い。

このままだと俺もメルシアもレギナも死んでしまう。

俺はまだしもレギナを失えば、俺たちの勢力は瓦解する。

それだけは避けなければいけない。

俺はゴーレム馬を操作して旋回させると、レギナとメルシアを先に行かせて一人だけ残ることにした。

「イサギ様!? なにをしているんですか!?」

「敵の攻撃を食い止めるから二人は砦に!」

爆走状態のゴーレムが急停止をすることはできない。

メルシアとレギナを乗せたゴーレムがグングンと前へ走っていく。

メルシアが慌てて引き返そうとする姿が見えたが、俺の決意を汲み取ってくれたレギナが必死に止めてくれていた。

助かる。そうじゃないと俺だけが残って意味がない。

「ケルシーさんに娘を傷つけないようにって言われているからね」

ごめん、メルシア。力を貸してほしいって言っておきながら、結局は一人で見栄を張ってしまった。

でも、これは俺にしかできないことなんだ。ここが皆の守るための正念場だ。

戦場に一人残った俺は、残っているゴーレムに指示を出して集める。

武装ゴーレムの身体を構成しているのは、アダマンタイトや魔力鉱、魔力鋼といった強力な素材だ。魔力に対する抵抗力がとても高く、拡散させる能力を持っている。

鹵獲したゴーレムを合わせると、数は二百五十体ほど。

斜線上に設置しておければ、それだけで十分に盾として機能してくれるだろう。

しかし、砲身に収束している魔力量を考えると、これでもまだまだ足りない。

俺は地面に両手をつけると、錬金術を発動。

地面を変質させて大砲の斜線上に次々と圧縮した土壁を隆起させる。

十枚や二十枚じゃない。何百、何千という枚数の土壁を間隔を空けながら設置していく。

一枚一枚に土壁に圧縮をかけながら硬度を上げていく。体内にある魔力がゴリゴリと減っていくのがわかる。

それでも魔力ポーションを口にしながら俺は錬金術を発動し続けた。

体内で急速に魔力が生成され、消費されていく感覚が酷く気持ち悪い。

頭痛と吐き気がして今に倒れそうだ。

しかし、それでも止めるわけにはいかない。

夢中になって魔力を注ぎ続けていると、遂にその時がきた。

空気が振動し、大地が大きく揺れた。

壁やゴーレムで前が見えないが、収束された魔力がこちらに向かって一気に解き放たれたのを察知した。

射線上にあった土壁が紙のように破壊されていく。

砦の防壁ほどではないが、一枚一枚がかなりの硬度を誇っているのにだ。

何百もの土壁が次々と消滅し、三百、四百、五百と一瞬にして蒸発していく。

土壁を破壊するごとに魔力砲の威力は少しずつ減衰している。しかし、それでも威力はまだまだ健在でとてつもない勢いで土壁が割られていく。

七百、八百、九百……遂に千枚目が破られて、防衛陣を組ませたゴーレムたちに直撃。

ゴーレムの盾はこれまでの土壁に比べると、あっさりと食い破られることはなかった。

しかし、アダマンタイトの装甲でもこの魔力の質量や熱量には耐えられないのか、一体、また一体と溶け出していく。

俺はマジックバッグから残っているすべてのアダマンタイトを出すと、錬金術で加工して目の前に展開。全魔力を注入して硬度を引き上げた。

やがてゴーレムたちが消滅し、俺の作り上げたアダマンタイトの壁に直撃。

とてつもない魔力の波動が俺に襲いかかる。

アダマンタイトの壁が赤熱し、じんわりと中心部から融解していくのがわかる。

悲鳴を上げているのは壁だけじゃない。俺の身体もだ。

酷使された俺の魔力器官が悲鳴を上げ、口から血が飛び出る。

余波による高熱が俺の全身の肌を焼き上げる。

痛い、熱い、苦しい……でも、それでもやめるわけにはいかない。

俺の後ろには大切な人がいるんだ。

「止まれえええええええええええっ!」

衝撃と魔力欠乏によって意識が吹き飛びそうになるが、なんとか気力で堪えた。

そして、目の前にあるアダマンタイトの壁が決壊。

消滅の波が俺を呑み込むかと思ったが、魔力砲はアダマンタイトの壁によって減衰して、進行先が逸れてくれたようだ。

後方のどこかに逸れて着弾する音が聞こえる。

そんな音が聞こえるだけで、今の俺に振り返って確認する体力はなかった。